フリーエリア2
「ぎゃーーーーーー!!!!!」
ばっしーーーーーん!!!!!
「ぅぎゃっ!…ぃってぇぇぇぇぇぇ。何すんだよ?!」
次の日の朝。
目覚めは最低だった。
いい気分で寝ていた俺は、オスカルの絶叫と平手打ちで目覚めたのだった。
「こ、こここ、ここはどこだ?!なぜお前と一緒に寝ているんだ?!お、お前私に何か不埒な真似を…」
飛び起きたのか、ベッドの上でお姉さん座りをしてなぜか胸を隠しているオスカル。
「何もしてないよ!!服、着てるだろ?!」
「こ、これは私の服ではない!!」
その体勢のまま後退る。
オスカルはものすごーく疑ってるんだが、俺はものすごーく心外だ!!
「びしゃびしゃに濡れてたから俺の服貸したんじゃないか。…昨日のこと覚えてないのか?!」
「…昨日は…えーっと…」
「昨日酔っぱらって俺に電話してきたんだよ。スネーク・ラウンジにいただろう?酔っぱらってどうしようもないから俺の家まで連れて帰ってきたんだ!」
「スネーク・ラウンジ…?!」
「それすら覚えてないのか…」
「で、ではなぜお前私に抱きついていた?!」
「それもお前が昨日の夜抱きついてきたんじゃないか!」
「…」
だめだ。疑ってる。
昨日の夜、どれだけ俺が苦労して突き上げてくるものを押し殺したと思ってるんだ!!
目を閉じた…はよかったが、頭は冴え、まぁ、他のところも冴え、お前が動くたびに緊張し、本当に辛かったのだ。でも俺は耐えに耐えた!!
(オスカルが酒臭くなければマジでヤバかった。)
それなのに。オスカルったらひどい。
このままじゃ俺は疑い続けられるだけだ。
とりあえず話を変えよう。
「…お前、今日仕事は?」
「…仕事…」
そうつぶやくと、オスカルは急に暗い顔になり、うつむいてしまった。
俺、しくじったか?
「オスカル?」
「…仕事…行きたくない。」
「え?」
「今日は休みたい。」
「…」
普段からあまりオスカルは今の仕事の話をしたがらなかった。
秘書には守秘義務もあるだろうし、俺も深く聞いたことはない。
ただ、嫌がることは今まで一度もなくて、愚痴だって言わなかった。
よっぽど辛いことがあったのか?
だから昨日あんなに酔っ払ってたんだろうか?
…もしや、あのジェローデル様に何かされたんじゃないだろうな。
仕事の部下だって言ってたけど、彼の目はあきらかにオスカルを愛している目だった。
もしかして迫られて逃げきれず…?!
そ、そんな…
「…なんでお前がそんな顔をしているのだ。」
はっ。
自分の世界に入ってしまっていた。
オスカルが訝しげに俺を見ている。
「あっ、いやその…そ、そうだ、今日俺も仕事休みなんだ。それで気分転換にアラスにでも行こうかなって思ってたんだけど…。もしよかったら一緒に行かないか?」
「でも…」
「ロワール古城巡りもいいな、近いのに行ったことないんだよね。アラスだったらあの大聖堂見てみたいなぁ。おいしーもの食べてさぁ。」
「…それならアラスにしよう。アラスにはちょっと縁があるのだ。」
「えっいいの?!それじゃさっそく準備しなきゃ…オスカルシャワー使う?それから朝メシだな!カフェを入れるか。それから…」
「シャワーの前に服を着替えたい。少し出掛けてくる。」
「一旦家に帰るのか?」
「いや…北マレに馴染みのブティックがあるのだ。」
「え?まだはやいけど大丈夫なのか?」
「なんとかなる。一時間で帰ってくるからプティ・デジュネを頼む。そのあとシャワーを貸してくれ。」
「わ、わかった。」
「では、行ってくる。」
「あ、ああ。気を付けて。」
服、貸した服のまま着替えてないけどいいんだろうか。(所謂ジャージだ。)
まぁ、いっか。
とりあえずシャワー浴びて準備しよ。
…オスカル、大丈夫かな。
いい気分転換になればいいが。
シャワーを済ませ、軽く身支度をする。
着替えはまた後でゆっくり。
オスカルが帰って来る前に、食事の準備。
バケットにチーズとハムを挟む。
なんか、幸せだなぁ…
オスカルと一緒にプティ・デジュネ。
一緒に食える日が来るなんて…
ちょっと新婚みたいじゃないか。
しかも今日はデートだし。
にやけてしまう。
「…なにを鼻歌なんか歌っている。」
「うわっ!オスカル、早かったな。」
「その台詞は前にも聞いたぞ。お前はぼーっとした奴だな。」
「(ひ、ひどい。)だって出てから一時間たってないぞ。」
「とろとろするのは嫌いなんだ。」
「そ、そうか。すぐ朝メシにするから。先にシャワー浴びるか?」
「いや、後にする。それはそうとなぜ着替えてないことを言ってくれないのだ。恥をかいたではないか。」
「…(ぼーっとしてるのはオスカルでは…)すまない。よし、朝メシにするから、座って待ってて。」
「メルシ。」
慌ててカフェを入れ、さっき作ったバケットをテーブルに並べる。
オスカルはものすごく優雅にカフェを飲んでいる(まだ俺のジャージなんだが)。
ただ座っているだけで絵になるなぁ…
綺麗だなぁ…
あー…いいなぁこういうの…
ふとオスカルが顔を上げる。
「私の顔に何か付いているか?」
「いや…綺麗だなぁと思って…オスカルって本当に絵になるよな。本当に綺麗だ。」
「ぶっ!!ゲホゲホ…す、すまない、ティッシュを…」
盛大にカフェを吐かれてしまった…。
でも、口元を拭きながら俯いて、少し赤くなっているのは気のせいだろうか。
「…お前はよく面と向かってそんなことが言えるな。」
カフェを飲みながらそう呟き、そっぽを向いてしまった。
沈黙…。
…とりあえず俺もバケットを食べよう。
「アラスに行ったらさ、大聖堂は絶対行きたい。それからアンドゥイエット(臓物の腸詰め)食べような。英雄広場も行きたいな。」
「ふふ。楽しそうだな。」
「楽しいよ。休みに遠出するなんて久しぶりだしな。」
オスカルと一緒にいられるし。
幸せにきまってる。
「私もアラスは久しぶりだな。」
「そういえばオスカル、縁があるって言ってたよな。」
「ああ、その昔ジャルジェ家の領地があったのだ。その縁で、時々寄る。」
「り、領地。スケールがでかい話だな…じゃあ、どこかオススメの場所とかないの?」
「そうだな…私がよく行くレストランのアンドゥイエットは絶品だぞ。」
「それじゃ、絶対に行こう!楽しみだなぁ。」
「わかった。そろそろ準備しなくてはな。アンドレ、シャワーを貸してくれ。」
「ああ。ドライヤーなんかも置いてあるし、なんでも自由に使ってもらっていいよ。さすがに化粧水とかはないけどさ。」
「さっき準備してもらったから大丈夫。では、借りるぞ。…絶対に覗くなよ。」
げっ。
まだ疑われていたのか。
「覗くわけないだろ!早く入ってこいよ。」
オスカル、浴室に行きながらもまだ疑いのまなこ。
はぁぁぁ。
…でも、オスカルの一言で、ものすごく意識してしまった。
キュッ。
蛇口をひねる音が聞こえる。
あの扉の向こうには…はっ裸のオスカルがいる…
だ、だめだ。
あの扉を見てはいけない…!!
あの扉の向こうには…
〜妄想中につき、しばらくお待ち下さい〜
「何をまたぼーっとしているのだ。」
はっ。
また浸ってしまった。
気付けばオスカルがもうシャワーを終えて出てきていた。
浴室のドアに背を向けたまま、俺はどれぐらい突っ立っていたんだろう。
オスカルの方に向き直る。
「あ、いや…早かっ」
え?
てゆーか、てゆーか、てゆーか…
…化粧してる?
スタンドカラーの少し透け感のある白のブラウスに、細身のブラックデニム。その上にグレーのツィードジャケット。
普段のオスカルとは違う、女性の格好だ。
やばい、き、緊張してきた。
「なんだ?じっと見て。」
「オ、オ、オスカル、き、きき、今日は良い天気だね。」
「は?まあ確かにいい天気だが何を突然。」
「あの…えっと…」
「?変なやつだな。」
「…俺も着替えてくる。」
だめだ。目眩がする。
パタン…
「はぁー。」
寝室のドアを閉めたあと、しばらくへたりこんでしまった。
はやく…着替えなきゃ。
覚束ない足取りで、ようやくクローゼットの扉を開ける。
思考が儘ならない。
手だって震えている。
どうしよう。
胸が高鳴る。
外まで聞こえてしまいそうなほど。
俺と出かけるのに女性らしくしてくれた。
俺のためではないのかもしれないけど。
でも、嬉しくて嬉しくて、愛してるって言ってしまいそうだ。
いつも着なれている服たちなのに、あまりのことにどれをどう合わせればいいのか全くわからなくて、何度も何度も着替え直した。
落ち着け、俺。
あれは、きれいなオネーサンの皮を被った、ただのオスカルだ(だからこそまずいんだが)。
中身はいつものオスカルなんだ。
何も気負うことはない。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
大きく深呼吸をし、覚悟を決めて扉を開けた。
オスカルはソファに掛け、背もたれ越しにこちらに振り返った。
「遅かったな。」
女優帽と、サングラス。
ブルーグレーのムートンダッフルコート。
とっくに準備できていたようで、退屈そうに俺を見る。
「ゴメン。さあ、行こうか。」
顔の半分を隠すサングラスのおかげで、なんとか平常心を保てそうだ。
いや、多分…。
アラス。パリの北約180kmに位置する、パ・ド・カレー県の県庁所在地だ。
パリ北駅からTGV北ヨーロッパ線で一時間程。
俺たちは奇跡的に5分後発車の切符を買うことができ、ホームまで大慌てで走った。
「はぁはぁ…ふーっ、間に合った!」
「はぁはぁ…あははっ!こんなに猛スピードで走ったのは久しぶりだ。」
「オスカルはヒール履いてるのによくあんなに速く走れるよな!抜かされるかと思ったよ!」
「はは!アンドレ、弛んでるぞ!」
「なかなか走る機会なんてないもんな。毎日自転車通勤してるけど関係ないみたいだな〜。」
「自転車通勤…お前らしすぎる。それにしても走ったら喉がかわいたな。バー車両で何か買ってこよう。」
「そうだな。俺、行ってくるよ。オスカルは先座ってて。」
「メルシ!」
とりあえずミネラルウォーターでいいかな。適当につまみも買っとこう。
あーうきうきするなぁ。
1日一緒にいれるなんて初めてのことだし、楽しむぞ。しゃべってみればいつも通りのオスカルだ。舞い上がらずに、楽しまなきゃ損損。
「アンドレ!こっちだ。」
先に席についていたオスカルは、こちらを向いてヒラヒラ手を振っていた。
「とりあえず適当に買ってきたよ。チョコとナッツと…」
「ミネラルウォーターか。…ワインはないのか?」
「あれ、ワインがよかった?喉乾いてるんなら水がいいかと思って。買ってこようか?」
「いや、まぁいい。」
「そう?」
俺も席について思いっきり伸びをする。
「うーん…TGVに乗ったの久しぶりだ!俺、結構電車好きなんだよね。路面電車とか無駄に乗ったりする。」
「そうか。私は速い乗り物が好きなのだ。だからTGVに乗るとわくわくする。サーキットカーにも乗ってみたい。コンコルドがまだあったら絶対乗ってみたかった。」
「好きそう好きそう。」
「お前…ジャポンに行ったことはあるか?」
「ん?いや、ないけど。」
「ジャポンのシンカンセンという乗り物知っているか?」
「ああ、聞いたことあるよ。」
「最高時速自体は我らがTGVの方が速いのだが、あのシンカンセン、時速300キロ出るらしいのだ。ヒメジというところでそのマックススピードを出して走っていて…私はヒメジでその最速時速のシンカンセンを見た。あれはまさにファンタスティック…(うっとり)」
「そ、そうなのか。」
「さらに、トーキョーで車内清掃するのだが、清掃スタッフの素晴らしいこと。7分で清掃全て終了して、乗客に向けて一礼するのだ。あまりの素早さと礼儀正しさに、私は心から敬礼した。」
「そうか。」
「よし、アンドレ。次はジャポンに行こう。ヒメジとトーキョーだ。」
うっそーーー。
行く行く。
絶対行く。
喜んで行かせて頂きます。
なんならすぐにでも。
「それから、ジャポンのシロを見学しよう。ヒメジに行くからにはヒメジジョーだな。あそこにはカタナやヨロイというものが飾ってあって、テッポウという銃まである。非常に興味深いのだ。」
「オスカルそういうものに興味があるんだなぁ。」
「言わなかったか?ジャルジェ家は代々帯剣貴族なのだ。だから私も父に剣の手ほどきを受けている。ジャルジェ家の剣と銃のコレクション、お前にも見せてやりたいな。」
「そうなんだ。一度見てみたいな。」
オスカル、楽しそうだな。
見てるこっちまで楽しくなる。
「笑わないんだな。」
「え?どうして?」
「…女らしくないし。」
「確かに珍しい趣味ではあるけど…でもオスカルらしいじゃないか。」
「そう…か?」
「うん。」
するとオスカルは心から嬉しそうに笑った。まるで子どもみたいに。
「私らしいなんて言われたことないぞ。モデルだったら、美容とかファッションとかに興味あるものだと思われているし。実は私はそういうものにぜーんぜん興味がない!まぁはっきり言って、いつも人に任せっぱなしだ。」
「あはは。それもオスカルらしいな!」
「ヴィクトールなんか、いつも私にドレスを着てくれと言うのだぞ。まぁ時と場合によってはドレスを着ることもあるが、そもそも私よりマリーやロザリーみたいに女性らしいタイプが着てこそ絵になるというもの…」
「…(オスカル…お前はなーんにもわかっていないんだな…)でも初めて会ったときドレスだったろ?すごく似合ってたよ。」
「あれはマリーにどうしてもと言われて…。普段着慣れない格好だからすごく疲れた。」
「そうなのか。本当に綺麗だったよ。よく似合ってた。」
「そうか?」
「うん。でもいつものマニッシュな感じの方がオスカルらしいけどな。」
「…でもたまには私だって女性らしくしたいときもあるのだぞ。」
あれ?なぜか急に膨れっ面になってしまったんだが…俺、変なこと言ってないよな?
「…寝る。アラスに着いたら起こしてくれ。」
「オスカル?」
「おやすみ」
えーっと…
なんで急に不機嫌になったんだろ?
ぜ、前途多難。
完全に出端を挫かれた俺は、しばらくしゅんとして小さくなっていたが、あと30分以上あるTGVでの移動を少しでも有意義に過ごそうと、タブレット端末でアラスの情報を仕入れることにした。と言っても、デジュネの店は決まっているし、アラスの観光地はだいたい中心部に集まっているのであまり調べることもなく、なぜ急に不機嫌になったか不明のオスカルの機嫌を如何にして治すかということで頭がいっぱいで、検索ワードを入力しては消し、入力しては消しを繰り返していただけだった。
でも30分かけても俺には理由がわからなかった。
オスカル、目が覚めたら超ご機嫌になっていますよーに。
そうこうしているうちにTGVはもうすぐアラス駅に着く。オスカルを起こさなければ。
「オスカル、アラスだよ。オスカル。」
少し躊躇してオスカルを揺する。
「…ああ。」
うわーん。まだご機嫌ななめじゃーん。
ムスッとした顔のまま、身支度を整える。
「あの、オスカル。まずどうする?お前の言っていたレストランに行くにはまだ少し早いし…」
「任せる。」
「そ、それならまず観光局に行って、地下の石切場の見学をするか?」
「それでいい。」
ぶっきらぼうに答えると、荷物を持ち、さっさと歩き出してしまった。
TGVがアラスの駅に止まる。
駅から約10分ほど歩くと、英雄広場に構えた教会のような佇まいの市庁舎がある。
「うわ〜すごいな、あれが市庁舎かぁ。この広場も独特だよね。早速アラスに来た甲斐があった気がする!」
大袈裟でなく、本当にアラスの街並みは美しい。バロック・フラマン様式の建物に囲まれた広場は壮観だ。
俺たちは早速観光局でガイド付きの石切場見学ツアーを申し込んだ。
ツアーが始まるとオスカルはガイドの説明に夢中になっていた。俺もどんどん話に引き込まれていった。
アラスの1000年以上の歴史を、まるで自分が見てきたかのようにリアルに話すのだ。
オスカルは、最初こそ俺に対してぶっきらぼうだったものの、興味深い話のお陰かだんだんと怒りもとけてきたようで、最後にはいつも通りのオスカルに戻っていた。
ガイドさん、本当にありがとう。
俺は心の中で大きくガッツポーズをした。
「なかなかあのガイドは話がうまいな。この石切場の話は私ももちろん知っているが、ぐいぐいと引き込まれてしまった。」
ツアーが終わり、レストランに向かう道すがら、オスカルはずっと嬉しそうに話していた。機嫌治ってよかった…
オスカルの行きつけのレストランのアンドゥイエットは本当に絶品で、地ビールとの相性も最高だった。
オスカルは上機嫌で、アラスの歴史なんかをただひたすら喋っていた。
その後、アラス大聖堂や市庁舎の楼閣、大広場などを見学し、日暮れになったが帰る前に街外れの公園をのんびり散策することにした。
「今日はアラスに来れてよかったよ。パリとはまた全然違うよな。すごく歴史を感じる街だ。」
「ああ。アラスは本当に美しい。素晴らしい街だと来るたびに思う。」
「そうだな。」
芝の上に腰をおろし、俺たちは語り合った。
「…ところでアンドレ。お前に恋人がいないのは本当だな。お前、モテないだろう。」
「は?恋人は確かにいないけど、なんだいきなり。」
「お前、女性が髪を切っても気付かないタイプだろう。そんなやつがモテるはずがない。」
「失礼なやつだな…悪いが俺はモッテモテだ!」
「モッテモテ…?ふん、それはよかったな。」
え?なんかまたオスカルが機嫌悪くなってきたのはなんで?
「あの…モッテモテは冗談だ。」
「そんなことはわかっている!」
あっちゃ〜…
完全にご機嫌ななめに舞い戻ってる。
なんでなんだ…わかんないよ。
「オスカル?どうしたんだ?」
「別に。」
「何を怒ってるんだ?」
「怒ってなどいない!」
「怒ってるじゃないか。何なんだよ?」
「何って…お前…今日の私を見て何か感じることはないのか?!」
「へ?」
「どこかこう…いつもと違うなと思わないか?!」
え?怒ってたのはそこ?
俺が何も言わなかったから?
オスカルはそっぽを向いてしまった。
「あの…オスカル。もちろん気付いてたよ。でもなんでそれで怒るの?」
「…なぜ何も言ってくれないのだ?私がどんな気持ちで…いや、もういい!」
まだそっぽを向いたまま。
せっかく今日1日、意識しないでおこうと思っていたのに…
意識すれば…普段通りになんてできやしない。嬉しくて舞い上がってしまいそうな心を、どれだけ抑えたか。
でも、オスカルがこの調子なら…舞い上がったままでもよかったのかもしれない。
「…今日のオスカル、綺麗だよ。」
「うるさい。」
「本当に綺麗だってば。」
「…お前には普段のマニッシュな格好の方が良いのだろう?」
「そんなことない!いや、もちろん普段のオスカルも良いんだけど…でも今日は、その格好をしてくれて、本当に嬉しかった。嬉しかったから、舞い上がってしまうと思って、意識しないようにしてたんだ。何も言わなくてすまなかった。だからオスカル、怒らないでこっちを向いて?」
そう言って、オスカルの肩に右腕を回し、無理矢理こちらに向けさせた。
少し頬を朱に染めてはいるが、まだ口はへの字のまま。
右腕を肩に回したまま、左手で顎を持ち上げ、口付けしようと顔を近付けたときだった。
ばっしーーーーーん!!!!!
「お、お前、私に狼藉を働こうというのか!!!」
「…いってーーーーー…。あっ、おいっオスカル!ま、待て!!待ってくれ!!俺が悪かった!!!」
俺をおもいっきり殴った後、オスカルは肩を怒らせ超大股で駅に向かって歩いていってしまった。
せっかくいい雰囲気だと思ったのに!
オスカルの心なんて、全くわからん!!
心の中で毒づきながら、どんどんとおざかっていくオスカルの後ろ姿を、慌てて追いかけた。
でも、帰りのTGVの中で、眠るオスカルが頭を俺の肩に乗せてきたので、起こさないようにそっと肩を抱いた。
…これぐらいは許されてもいいよな?
オスカルが目覚めても、殴られませんように…。
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