フリーエリア２
ああ、オスカル。
綺麗だ。
オスカル、お前に伝えたいことがあるんだ。俺、お前のこと…
プルプルプル…
ん？
プルプルプル…
電子音に乗って、オスカルが踊り出した。
プルプルプル…
なんだこの宇宙人みたいな踊り？
プルプルプル…
シルバーの全身タイツを着て…なんて斬新なんだ…その頭についているものはなんだ？
プルプルプル！
そんなお前でも俺は…
プルプルプル！！
「はっ！」
ようやく目覚めた俺は、目覚ましを止めようとした。
プルプルプル！！！
あれ？止まらない…あっ電話か！
「アロ…」
ガッシャン！！
しまった、慌てすぎて電話を落としてしまった。
「アロー？アロー？」
電話口から声が聞こえてくる。
この声はもしや？！
慌てて電話に出た。
「アロー！オスカルか？すまない、うるさかったろ？」
「アロー、アンドレ。私だ。起こしたか？」
「いや、大丈夫だ。どうした？」
「仕事で少し時間が空いたのでデジュネでも一緒にと思って。」
「えっ？」
「駄目か？」
「い、いや、駄目じゃない！すぐ行くよ。オスカル、今どこにいる？」
「実はもう５区にいるんだ。サン・ミッシェル橋を渡ってすぐのカフェ。」
「そっそうか、用意してすぐ行く。３０分…いや２０分待ってくれ！」
「ああ、待っている。じゃあ後で。」
こうしちゃいられない。
他ならぬオスカルのお誘いだ。
時計の針は１１時を過ぎたところ。
仕事は１４時からだから大丈夫だ。
何着ていこう。
お気に入りのジャケットは昨日着てしまったし。
どーしようどーしよう。
ああこんなことをしている場合じゃない。とりあえずさわやかに見えるように白パンツ、ストライプシャツに黒のニット。
ジャケットは…レザーにしよ。
身支度を終え、慌てて家を飛び出した。
パリ、５区。
ソルボンヌ大学の程近く、ブールバール・サン・ミッシェルから路地に入って５分程歩いたところに俺のアパルトマンはある。
昨夜は帰ってからも興奮してなかなか寝付けず、オスカルの(正確にはフランソワーズの)写真集を見ながらニヤニヤしたり、あの美しい笑顔を思いだしてうっとりしていたので、おそらく眠ったのは明け方近くだっただろう。
そして眠りについたと思えば、夢にまでオスカルが出てきて美しい笑顔を振り撒くのだ。(なぜか途中から変なものを見た気がするが)
オスカル。
今日もプライベートで会えるなんて思っていなかった。
しかもオスカルから誘ってくれるなんて…
俺は、少し期待してしまっている。
恋人はいないって言ってたし。
恋人候補の一人にぐらいはなりたい。
「アンドレ！こっちだ。」
そうこうしているうちに、待ち合わせのカフェについた。オスカルはテラス席から俺を呼んでいた。
「オスカル、遅くなってすまなかった。」
「いや…ふふっ。寝癖がついているぞ。」
「えっ？あっ！あれっ？！ちゃんと直してきたつもりだったんだけど」
俺は窓に映った自分の姿を見て焦った。前髪がはねてる。オスカルはそんな俺を見てくすくす笑っている。
「そんなに笑うなよ。」
あまりにも恥ずかしくて拗ねたようにオスカルから顔を背けた。最悪だ。好きな人の前で、まさか自分の前髪に裏切られるとは。
「お前は本当に感情が豊かなやつだな！あはは」
「うるさい。」
「あはは…怒ったか？」
「別に。」
「すまんすまん。あは」
「まだ笑っているじゃないか。」
「あはは」
オスカルはおかしくてたまらないというようにコロコロ笑っていた。
通りかかったギャルソンに注文を済ませ、一息つく。オスカルもカフェしか頼んでなかったので、一緒に。
「今日は何時から仕事？」
「今日は１４時からだよ。」
「じゃ、お前と一緒にオテルに戻るよ。」
「仕事は大丈夫なのか？」
「ああ、大丈夫だ。」
「そうか。」
「ところで今日リネン交換に来た男性、ユランとか言ったか、一瞬しか話さなかったが、なかなか切れ者に見えた。」
「ああ、ユランさん。彼はリネン室の責任者だからな。ひたむきで実直な人だよ。なぜかあだ名が伍長なんだが。」
「なんで伍長なんだ。他にも昨日のディネで挨拶に来た、グランシェフのダグー氏もなかなかの人物と見た。」
「ダグーさんも優しくてひょうきんでいい方だよ。…よく名前まで覚えているな。」
「名前と顔を覚えるのは得意だ。他にも…」
このあともオスカルはオテルのスタッフのことを聞いてきた。接客についたスタッフのことをよく覚えているのだ。そして、人柄についても的を得ていた。その数ざっと１０人以上。なぜそんなにスタッフのことを聞くのか疑問に思ったが、誉められると自分のことを誉められているような気になって、悪い気はしなかった。
「だがこんなに有能なスタッフが多いのだから、５０人もいらないのではないか？もっと効率的にやれば…」
「うーん、そうかもしれないけど…でもみんな揃ってオテル・ラ・ガルドだからなあ…もちろん、今までには辞めていったスタッフもたくさんいたけど。でも効率的にやるためにスタッフを削るなんて、今のところオーナーのブーレンビリエさんも考えてないと思う。ホスピタリティが低下してもどうかと思うしね。」
「そうか…」
少しオスカルの顔が翳ったような気がして、話題を変えた。
「オスカルはどうしてモデルになったの？スカウト？」
「まあ最初はマリーにスカウトされたのだが…続けられたのは父への反抗心かな。」
「反抗心？」
「昨日も言ったが、父は私を男として育てようとしたんだ。私には姉が５人いるが、跡継ぎたる男がいなかったから。子供の頃は父の言うことによく従っていたと思うが…少しずつその育ち方に疑問がわいてきて。１３歳の頃には、毎日のように父と喧嘩していて、家にもあまりいたくなかった。その頃スカウトされたんだが、それを機に家出同然に一人暮らしを始めた。そして、『フランソワーズ』という女の名前で世に出たって訳だ。私は女だ！フランソワーズだ！って、世に知らしめたくて。必死で努力した。父に私は女だと認めさせたかったんだ。」
「そうだったのか。でもすごいよ。なりたくったって、そう簡単にはトップモデルになれる訳じゃないんだろうし、相当努力したんだろうな。すごいよ、オスカルは。でも、どうしてモデルの仕事をやめたんだ？」
「…あるとき、たまたま実家に帰ることがあって、たまたま父の書斎を覗いたんだ。そしたら私の写真集や雑誌の切り抜きなんかがずらっと置いてあって。それですっと力が抜けた。ずぅっと背伸びをしていたが、素の自分に戻りたくて仕方なくなった。いくら肩肘はっていても、私はオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェでしかないんだ。そして、元々目立つのは好きではないし、なんとなく続ける理由がなくなってしまって…それできっぱりやめた。」
「そうだったのか…」
「こんなこと、あまり人には話さないんだ。詮索されるのは好きじゃない。公の場ではフランソワーズで通しているのも、ジャルジェ家の人間だと知られたくないから。知られたら、プライベートもなくなってしまうから。でもなんとなく、お前なら大丈夫な気がするのだ。お前なら、理解してくれる気がする。お前と一緒にいると楽だ。まだ出会って日が浅いのに、おかしいかな。」
「そんなこと！…俺も、お前といると楽だよ。お前はお嬢様だし、超有名人だからもっと気を使わないといけないかもしれないが…。でも、本当に一緒にいると楽だし、楽しい。」
「それはよかった。オテルには明日までだが、これからも友として会いたい。」
「俺もお前に会いたい、オスカル。」
「はは。これからもよろしく。」
手を伸ばしてきたオスカルと握手を交わす。
…本当は、その手をひいて、抱き締めたかった。
でも今は、まだ「友として」お前の側にいよう。
時間が許すぎりぎりまでカフェにいて、それから二人でオテルに向かった。
昨日の浮かれた気分と違って、今日は仕事に身が入った。恋人じゃなくても、友として、これからもオスカルと会える。
なんとなく、それだけで気持ちが引き締まるのだ。
次の日の朝、チェックアウトを済ましジェローデル様とオスカルは去って行った。
別れ際に、オスカルはチラッと俺に目配せして微笑んだ。
オスカル、これから先もお前と一緒にいられる俺になりたい。お前に見合う男になりたい。
それから、本当にオスカルはよく連絡してきた。週の半分以上は会うようになった。
俺のシフトに合わせて、デジュネを一緒にとったり、スネーク・ラウンジに飲みに行ったり。最もなかなか休みが合わず、１日一緒にいることはなかったが。
一度、アランと三人で飲みに行った。
アランはオスカルとフランソワーズが同一人物だと知って、目を白黒させていた。
この二人、馬があう。
そして分かりやすく、アランはオスカルに熱い視線を送ることがあった。
それを指摘すると、「そんなことねえよ！」と焦って言っていたが、やはり分かりやす過ぎる。あいつはケツの青いガキだ。
だけどオスカルは誰にも渡したくない。
あのジェローデル様にもアランにも。
オスカルの側にいたい。
オスカルをもっと知りたい。
オスカルと…愛し合いたい。
どんどんどんどん、俺の想いは大きくなっていった。
そんな日が続き、気付けばはや12月。
ブーッ！ブーッ！ブーッ！ブーッ！
仕事が終わって、ロッカールームについたころ、マナーモードにしておいた携帯がなる。
オスカルからの着信だ。
「アロ〜！アンドレ！はやく来い！」
「オスカルどうしたんだ？酔ってるのか？どこにいるんだ？」
「酔ってなんかいないぞ〜あっはっは！はやく来い〜」
「めっちゃくちゃ酔ってるじゃないか！どこにいるんた？すぐ行くから。」
「アンドレ〜」
「どこにいるんだってば！」
「アンドレ〜あはは」
「おい、大丈夫か？スネーク・ラウンジか？」
「う…ん。ア…ンドレ…はやく…」
「オスカル？おーい、オスカル？寝るなよ！すぐ行くからな！」
「は…やく」
ツーツーツーツー
喋りながら電話を切ってしまったらしい。
慌ててタクシーでスネーク・ラウンジへ向かった。
どうしたんだろう。
オスカルがこんなに酔うなんて初めてだ。
底無しのザルのようなやつなんだが…
「オスカル！」
オスカルはカウンターに突っ伏して眠っていた。揺らしても起きない。
顔見知りのギャルソンも困り果てている。
どうしよう。
ここから家までならタクシーで５分とかからない。とりあえず連れて帰って、寝かせてやりたい。
とにかく一度起こさないと。
「オスカル！オスカル！」
少し強く揺らす。
「う…ん…もう朝…？まだ眠い…」
「オスカル、わかったから一度起きてくれ。帰ったらゆっくり寝ればいいから。」
「あ…アンドレ…アンドレ？アンドレ！」
突然オスカルが身を起こしたかと思うと、ガバッと俺に抱きついてきた。
「アンドレ！会いたかったぞぉ〜」
会いたかったって、おい。
嬉しいじゃないか。
いやそもそも抱きつかれている。
「アンドレ！アンドレ！大好きだ！あはは！愛してるぞぉ〜！」
今、なんと言った。
愛してるだって？
愛してるだって？
愛してるだって？！
「お、オスカル？！」
「アンドレ！ア…ンド…」
また寝た。
ただの酔っ払いの戯れ言だろうが…
でも、嬉しい。
嬉しい嬉しい嬉しい。
う、嬉しい(ＴmＴ)
…いや、そんなこと言ってる場合じゃなかった。とにかく連れて帰ろう。
これは、オスカルの皮を着た、ただの酔っ払いだ。そうだ。
この酔っ払いを連れて帰るぞ。(下心はないぞ。)
会計をすませ、また起きなくなったオスカルを抱き抱え、タクシーで家に向かった。
オスカルが家に来ると思うとものすごく緊張した。ただ、オスカルが酒臭いので、理性は保てるような気がした。酔っ払いをどうこうしようという気はない。
どうにかこうにか、部屋までオスカルを連れて帰り、とりあえずリビングのソファに寝かせた。
「おい、オスカル、水飲むか？」
頬をぺちぺち叩くとうっすら目があく。
「アンドレ…」
俺の名前を呼びながら、にやーーと笑った。明らかに酔っ払いだが、なんかちょっとかわいい。
「ペリエ飲みたい。」
「わかったよ。ほれ。」
ペリエをコップにいれ渡してやる。
飲んでいるようなので、オスカルの着れる服を寝室に探しに行った。
再びリビングに戻ると、コップが床の上に落ちていて、床はびちゃびちゃ、オスカルもびちゃびちゃ、そのまま寝ているからソファもびちゃびちゃの大惨事になっていた。
「あーあ…」
俺は一瞬でもオスカルから離れたことを後悔した。
「オスカル、オスカル、大丈夫か？お前びしょ濡れじゃないか。着替えられるか？」
「んー…」
ぐーすか寝ている。
「こら！オスカル！すぐ寝ていいから着替えだけしてくれ！」
無理やり起こして寝室に連れていき、着替えを手渡した。俺の目の前で着替えだしたので、大慌てでリビングに戻った。
軽く床を拭き、俺も着替える。
５分ほどたっただろうか。大丈夫か気になり、確認するため声をかけた。
「オスカル？着替えられたか？」
がったーーーーん！！
さっき、一瞬でもオスカルから離れたことを後悔したことを思い出した。
慌ててドアを開けると、すでにオスカルはベッドに突っ伏していた。辛うじて着替えはすんでいた。
ものすごい音がしたのは、オスカルがベッドに倒れた拍子に手が思い切り椅子に当たって、それが倒れた音だろう。明日さぞ手が痛いだろうな。かわいそうに。
しかしシーツと毛布は掛けてやらねば、凍死する。なにせ12月初旬のパリだ。
「オスカル、ちゃんとベッドに入ってくれ。」
起こさないようにそっと抱き抱えてベッドに入れてやる…と思ったらばっちり目があった。
「なんだ、オスカル。起きたのか。俺はリビングで寝るから、ゆっくり寝ていいぞ。」
「アンドレ」
またオスカルがにやーーと笑った次の瞬間。
「うわっっ！」
オスカルに押し倒された。というか、抱き付かれて俺も倒れた。
「オ、オスカル！？」
「アンドレ、大好きだ。」
俺の顔を見てニコニコしている。抱き付いたまま。
ど、どーーーしようこのシチュエーション？！
「オスカル、あの、ちょっと…？！」
「おやすみなさい。」
寝たーーーーーーーーーー。
ちょ、ちょっと待って？
抱き付いたままなんですけどーーー？！
とりあえず、引き離そうとする。
でも、離れない。
背中に腕を回したまま、気持ち良さそうに寝ている。
この世に愛する人に抱きつかれているこの状況で、本気で引き離す男がいるだろうか。いや、いない。
もう、なるようになれ。
あどけない寝顔を見せる無防備なオスカル。
「愛しているよ。」
俺はオスカルを抱き締め、目を閉じた。
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