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12月24日。
パリの街はノエルの贈り物や食材を買う人々でごった返していた。
「プレゼントは何がいい?」
「ん?私はなんでもいいよ。」
俺たちはノエルのディネの材料を買いに、マルシェ・ド・ノエルに来ていた。食材にノエル用のお菓子や飾り付け、ちょっとしたプレゼントなんかも買える、ノエルの風物詩だ。
「しかし楽しみだなぁ。おばあちゃんの手料理。」
「本当にねぇ、お前は作ってくれるいい人の一人もいないのかい?もう35歳になるんだからね。早く結婚して、おばあちゃんを安心させておくれよ。」
「…そうだなぁ。」
そう、今日はおばあちゃんとデート。
ノエルを俺と過ごすため、たった一人の家族であるおばあちゃんが、ノルマンディー地方の小さな港町、オンフルールからパリまでやってきた。
普段はビストロを一人で切り盛りしている女丈夫(俺がいうのもなんだが)。俺が仕事が休みならノエルはオンフルールに帰るのだが、今年は俺が仕事を休めなかったので思いきってパリに出てくることにしたようだ。
35歳になっても結婚しない俺を、本当に心配そうに見るおばあちゃん。
おばあちゃん、ごめんよ。
結婚…か。
オスカル、と、結婚なんてな。
はは。
相手は名家の令嬢。
しかもスタイルも抜群で絶世の美女と謳われた元スーパーモデル。
対して俺は…何を持っている?
オスカルに見合う男になりたいと仕事を頑張ってみても、彼女と会うたび卑屈になっていく。
俺は何者でもない。
ただ、彼女を愛しているだけ。
いや、こんなこと考えるなんてまだはやいな。まだ恋さえ始まっていないんだ。
アラスへ旅行した後も、何度か二人で会っていた。
普段通り軽口を叩いたり、討論したり。
ほとんど毎日のように電話やメールで連絡をとっている。
オスカルの気持ちはどこにある?
アラスのときは、いい感じだったのになぁ…単なる俺の独りよがりだったんだろうか。
何でもない風を装って側にいるけど、本当は苦しくて苦しくてしょうがないんだ。
オスカルを抱きしめたいし、愛してるって言いたい。毎日。
でも俺には力も財産も何もない。
こんなちっぽけな男の愛を、お前は受け入れてくれるか?
「いやだねぇ、そんな顔をしてさ。そんな暗い顔ばっかりしてちゃ、いい娘なんて寄ってこないよ。」
「そんな暗い顔してた?」
「ああ。お前は明るさだけが取り柄なんだからね。いつも朗らかにしてりゃ、そのうちいい娘が現れるよ。
そうだ、パリに行くって言ったらね、隣の奥さんがスカーフを買ってきてくれだって。悪いけど、食材を置いたら連れていってくれないかい?」
「ああ、いいよ。」
それから俺たちは、俺のアパルトマンに食材を置いたあと、おばあちゃんの頼まれものを買うべく、某有名メゾンへ向かった。
「ああ、これだこれだ。頼まれていたのがあったよ。それにしても目にも鮮やかで楽しいねぇ。素敵だねぇ。だけど、若い娘ならまだしも、あたしなんかが着けたら豚に真珠だろうねぇ…」
「そんなことないよ!よし、おばあちゃん。ノエルのプレゼントはこのスカーフにしよう。俺が選んであげるよ。」
「でもねぇ…」
「いいからいいから。」
おばあちゃん。
8つのときに母が亡くなってから、おばあちゃん一人で俺を育ててくれた。
学校から帰って家に誰もいなくても、おばあちゃんのビストロに行けばいつもあったかい匂いがして、ちっとも寂しくなんかなかった。
宿題もビストロのカウンターでしてたっけ。わからないところは常連のおじさんに教えてもらってたし、出入り業者の兄ちゃんたちにはかくれんぼや鬼ごっこをして遊んでもらった。
父は事故で亡くなり、少しして母は病気で亡くなった。幼いころのことで、写真の中で微笑んでいる両親の顔しか覚えていない。
昔を思うと、思い出すのはおばあちゃんの暖かい胸。暖かい笑顔。両親がいない俺が寂しい思いをしないよう、沢山の愛情をくれた。いつも厳しかったけど、今ならその理由もわかる。
リセを卒業しパリで働きはじめてからはなかなか会えなくなってしまったけど、ノエルだけは二人で過ごすようにしていた。
大事な俺の家族。
たった一人の家族。
「おばあちゃん、これはどう?きっと似合うと思うよ。」
俺が選んだのは、オレンジベースに太陽のモチーフが描かれたもの。ところどころにトリコロールのラインが入っている。
明るいおばあちゃんにピッタリだ。
「うわぁ綺麗だねぇ。でも派手じゃないかい?」
「大丈夫大丈夫!」
いつまでも明るく元気でいて欲しい。
おばあちゃん。
いつもありがとう。
愛してるよ。
会計を済ませ店を出ようとしたとき、目の端に白い物が映った。
気になってそちらを見てみると、目に飛び込んできたのはテディベア。
80センチほどはあろうか、クリーム色の毛に茶色の目で、なぜかなんとも挑戦的な顔をしている。そして首もとには、両端にタッセルのついた深い群青色のストールが巻いてあった。
どうやらノエル限定のものらしい。
…オスカルに似合いそうだな、あのストール。
それにあのテディベアの顔。
ディベートしてるときのオスカルの顔にそっくりだ。
俺はそのテディベアから目が離せないでいた。
「…お前、そんなのを贈るような人がいるのかい?」
「えっ?いや、まぁその…」
「お前は分かりやすい子だねぇ…」
うーん、その台詞、前にも誰かに言われたなぁ…
俺ってそんなに分かりやすいんだろうか。
アランのことをとやかく言ってる場合じゃないな…
「いったいどこのお嬢さんだい?お前はのんびりしてるからね、さっさとプロポーズでもしちまいなよ。あんまり呑気に構えてると、お嬢さんの方が逃げてっちまうよ。」
いやいやいや。
まだそんな段階じゃないですから。
愛のことばさえ、伝えられてませんから。
買うか買わないか迷っているうちにテディベアの顔がオスカルにしか見えなくなってきて、ここに置いていくのも後ろ髪引かれて、会える保証さえなかったが、俺はこのテディベアを買うことにした。
贈ったら迷惑だろうか。それとも、喜んでくれるだろうか。
…後者だといいけど。
オスカル、今夜少しでも会えるかな。
テディベアを買った高揚感で、俺は少し自信がついたような気がして、オスカルにメールすることにした。
『オスカル、今夜何してる?』
俺のアパルトマンに戻ると、早速おばあちゃんは市場で買った兎肉と牡蠣、フォアグラの調理を始めた。
「なんだか懐かしい匂いだなぁ。おばあちゃんのビストロを思い出すよ。」
「そうだろ!楽しみに待ってな。」
俺はテーブルの準備と牡蠣の殻を剥いた後少し手持ちぶさたになったので、おばあちゃんが持ってきてくれたシードルを飲みながらぼんやり考え事をしていた。
思えば今年のパリ祭でオスカルに出会ったのだ。出会ってからそんなに時間もたっていないのに、どうしてこんなに魅了されるんだろう。
おかしくなってしまったのかと思うくらい、お前のことばかり考えて、お前に会いたくて、お前の声が聞きたくて。
お前の笑顔が見れたら疲れなんてどこかに消えてしまうし、着信があるたび胸が高鳴る。自分から連絡しても、オスカルからの返信が少しでも遅ければ、どうしたんだろう、迷惑だったか、何かあったのか、なんて考えながら待ってしまう。
我ながらバカみたいだ。
だけど、それぐらいオスカルが好きなんだ。
愛してるんだ。
テディベアと一緒に、俺の気持ちも伝えてしまっていいか?
…でも、メールの返事はまだない。
「はぁー。」
「おやおや、ため息かい?幸せが逃げちまうよ。はい、できたよ。熱いうちにお食べ。」
「メルシ。うまそうだな〜!いただきまーす。」
くさくさするのもいやになって、おばあちゃんの懐かしい料理を慌てて食べ始めた。
うまい。
あーやっぱり落ち着くなぁ、おばあちゃんの味。おばあちゃんの味付け、本当に絶妙。
「…あのねぇ、アンドレ。」
「ん?なんだい?」
「実はね…あたし、結婚しようと思ってんだよ。」
ブーーーーーーッ
け、けっこんだってぇ?!
ど、どこのどいつがおばあちゃんをたぶらかしたんだ?!
「汚いねぇ…」
食べていた牡蠣のほとんどを吐き出した俺をおばあちゃんは白い目で見る。
「おおおおばあちゃん、け、結婚って?!誰と?!!」
「お前は覚えているかねぇ、お前が小さい頃近所に画家の先生が住んでたろ?あの先生がね、最近故郷のアラスからオンフルールに戻って来られたんだよ。美しい海辺の街並みが忘れられないって。うちの店によく通って下さってねぇ。それで、その…」
「お、おばあちゃん、それで恋仲になったっていうのかい?!」
「そうなんだよ。」
「おばあちゃん…」
あまりのことに、頭が真っ白になってしまった。
おばあちゃんが結婚?
結婚?
「やっぱり反対かい?」
気付くと、おばあちゃんがこちらを伺うように見ていた。
「いや、そういう訳じゃないんだけど…」
そういう訳じゃないんだけど、何か寂しい。いい歳こいて、寂しいもないかもしれないけど…おばあちゃんを取られる気がして。
…でも、おばあちゃん、おじいちゃんと死に別れてから何十年も、たった一人でおふくろや俺を育ててくれたんだもんなぁ…。
俺はこっちで生活して、恋もして、それなりに充実した毎日を送っている。それなのに寂しいなんて言葉でおばあちゃんを縛り付けられない。
「…いいんじゃないかな?また会わせてくれよ、おばあちゃん。」
すると、おばあちゃんの顔が、少女のようにぱぁっと明るく輝いた。
おばあちゃんにこんな顔をさせるなんて。
「そうかい?!先生もね、あんたに会いたいって…」
画家の先生。
おばあちゃんをよろしくお願いします。
ディネを食べながら、おばあちゃんは幸せそうにのろけてくれた。
よかったなぁ、おばあちゃん。
ミサに向かうときも、おばあちゃんはうきうきしていて、うらやましいぐらいだった。
おばあちゃんが幸せになりますように。
12時か…。
メールの返事はまだ。
オスカル、何してるのかな。
そりゃ、ミサだよな。
ノエルだし、オスカルの家ぐらい格式が高ければ、ミサ後に正餐があるかもしれない。
会えるだろうか、オスカル。
なんだかくじけそうになってきた。
神よ、俺の煩悩を消したまえ。
神父様の話を聞いている間も携帯が気になってしょうがなかった。
こんなんじゃダメだ。
けど、この世の太平より大金獲得より家内安全より、何よりもオスカルが欲しい。
オスカル、俺は…。
「アンドレ、何をしてるんだい?はやく帰るよ。」
「あ、う、うん。」
気がつくとミサはとっくに終わっていて、おばあちゃんは出口に向かっていた。
本当、俺って…。
いつもなら敬虔な気持ちになるのに、なんなんだ俺は。
オスカル、メール見たか?
会いたいんだ、今夜。
だから頼む、連絡をくれ。
時間がたつにつれ、気持ちが重くなっていく。
「あぁ、今日は疲れたねぇ。悪いけど、先に休ませてもらうよ。」
俺の部屋に帰るとすぐに、おばあちゃんはベッドルームに向かった。
そりゃ、もう真夜中だもんな。
おやすみ、おばあちゃん。
…俺はまだ、眠れそうもないよ。
オスカルから連絡があるまでは。
でも、オスカルと会えたとして、愛を告げたとして…愛し合える保証なんてないんだぞ。
会わない方が…いいんだろうか。
一方的な愛なんて、告げられてもオスカルも困るだろう?
もし、オスカルが俺を受け入れてくれなければ、俺はどうやって生きていけばいい?
もう会えなくなるのなら、なあなあでも気持ちを隠したまま会える方がいいんじゃないか…?
…ああ、ダメだダメだ。
こうしていると悪い方へ悪い方へ考えてしまう。
シャワーでもあびてこよう。
熱いシャワーを浴びれば、少しぐらいは気持ちもすっきりするだろう。
「はー。」
熱いお湯を顔に浴びる。
あー少しはすっきり…しないなぁ。
シャワーが全部流してくれればいいのに。
重い気持ちのまま、髪や身体を洗い流す。
この間はここにオスカルがいたのに…
オスカル、どんな気持ちで女性の格好をしてくれたんだ?
俺のためではなかったのか?
初めて会ったときの衝撃とは違う衝撃をあのとき受けた。
一人の女性として綺麗だった。
女らしくて、すごくかわいくて…
オスカル、こんなにも苦しい気持ちをどうしたらいい?
俺の身体が爆発しそうだ。
恋しくて恋しくて、苦しい。
シャワーを終え、リビングに戻ると、携帯の着信を知らせるライトが点滅していた。
慌てて携帯に飛び付き、着信を確認する。
…オスカルだ。
メールじゃなく、電話を掛けてきていた。
口から心臓が飛び出そうな程バクバクして、携帯を持つ手が震えていた。落ち着いて、折り返さなければ。
トゥルルルルー、トゥルルルルー、トゥルルル…ピッ。
「アンドレ?」
携帯の中から、愛しい声が聞こえてくる。
「オ、オスカルか?すまなかった、シャワーを浴びていて…」
「まだ起きていたか、よかった。私の方こそすまない、連絡が遅くなって。あの、アンドレ、今から会えないか?」
「…大丈夫だ。」
「よかった!今ノートルダム大聖堂の近くにいるのだが…」
「それなら今から行くよ。少し時間がかかるかも知れないがいいか?」
「ああ、待っている。じゃあ、また後で。」
ピッ。
声が上ずってなかっただろうか。
今から…オスカルに会える。
覚悟は決まった。
テディベアを渡して、それで…
それで、俺はオスカルに愛を告げる。
無我夢中で着替え、家を出た。
緊張のし過ぎで周りなんて全然見えなかった。とにかくオスカルの待つ、ノートルダムへ。
はやく会いたいような、会いたくないような、なんとも言えない感覚。
寒いのに、心臓だけものすごく熱い。
ただ一言だけでいいんだ。
気負わなくていい。
ただお前を愛してると言えれば…それでいい。
まもなくシテ島、ノートルダム大聖堂。
「アロー、オスカル。もうすぐノートルダム大聖堂に着くよ。」
「アンドレ、今アルシュヴェシェ橋にいるんだ。」
「わかった。」
セーヌにかかるアルシュヴェシェ橋。
ノートルダム大聖堂の裏手にある。
オスカルは、橋の中頃で、ノートルダム大聖堂の後ろ姿をぼんやり眺めながら待っていた。
深呼吸して、声をかける。
「オスカル。」
考え事をしているのか声をかけて初めて気づいたようで、ゆっくりとこちらに振り返る。月明かりが金の髪に反射し、きらきらと輝いている。
…オスカル、綺麗だな。
「アンドレ…」
まるで聖母のような優しい笑顔で俺を見る。
「オスカル、待たせてすまなかった。」
「いいや。月明かりがあまりにも美しくて歩いていたらここにきていた。」
「そうか。」
「空気が冷たくて気持ちいいな。」
オスカルは少し背を反らし両手を広げ大きく深呼吸した。月明かりを全身に浴びるように。
「今夜は姉たちが帰ってきていて、甥や姪の相手をさせられてしまった。毎年ノエルは家に帰ってくるのだが、騒がしくて堪らん。」
そう言いながらも少し嬉しそうだった。
「楽しそうじゃないか。俺は子ども好きだ。」
「ふふ。お前は子どもに好かれそうだな。」
「そうかな。」
「ああ。」
オスカルは一息ついて、橋のフェンスに凭れ月を見上げた。
「あのな、アンドレ…今日はどうしてもお前に会いたかった。」
「え?」
「今日は私の誕生日でもあるのだ。」
「そうだったのか。」
知らなかった。
「子どものころ、今日だけは夜更かししてもよくて、そうすると、大人になったような気になって…勇気が湧いてくるんだ。ジャルジェ家の開かずの扉を開けて冒険したり、父のブランデーをこっそり吟味したり…。ふふ。」
オスカルはそこまで話すと、懐かしそうに目を細めた。
「今でも勇気が湧いてくるのは変わらなくて…今夜…どうしてもお前に会いたかった。」
「…どうかしたのか?」
「アンドレ…あの…な…」
大きく息を吐くと、こちらを向き、濡れた目で俺を見る。
「あの…アンドレ、私は…」
「オスカル…?」
「私…は、お前を…愛して…る。」
すべて言い終わらないうちに、俺はオスカルを抱きしめていた。
「…オスカル、愛してる!」
…ああ、オスカル。
お前から愛を告げてくれるなんて。
信じられない。
そんな目で俺を見て、俺に愛を告げて、おとなしく俺の腕におさまって、俺は夢でもみてるんだろうか?
俺の思いを全部込めて、オスカルを抱きしめる。
こんなに細くて…でも柔らかくて。
鼻先をかすめるお前の髪の香りに陶酔しそうになる。
お前のすべてが愛しい。
それに…勇気が出て告白するって可愛すぎる…。
お前にこんな一面があるとは。
また、新しいお前を知れた。
本当に、愛してる。
俺たちはしばらくそのまま抱き合っていた。
「そうだ、オスカル。プレゼントがあるんだ。」
「ん…?」
少し首を傾けると、オスカルは俺の腕の中で、安心したようなあどけない顔を見せる。
か、かわいー。
ぎゅーーーー。
「…アンドレ、痛い。ふふ。」
し、しまった。
オスカルのあまりの可愛さにおもいっきり力を入れてしまった。
でもそのあどけない顔のまま笑顔になるなんて反則。
可愛すぎて泣けてくる。
「…プレゼントってその大きな荷物?」
「あ…うん。オスカル、誕生日おめでと。」
「メルシ。」
俺はテディベアの包みをオスカルに渡した。喜んでくれるかな。
「あけてもいいか?」
「もちろん。」
オスカルは丁寧にリボンと包みを開けると、驚いたような顔をしてこちらを見た。
「テディベア!」
「うん。そのストールがお前に似合いそうだと思って。…それにそのテディベア、誰かさんにそっくり。」
「…私か?」
「そ。ディベート中のお前にそっくり。お前そっくりで…可愛い。」
「かっ可愛いだと?!」
オスカルは真っ赤になってテディベアを抱きしめたままそっぽを向いてしまった。
出た。褒められると照れまくってつっけんどんになるオスカル。
最初は気づかなかったけど、オスカルは相当照れ屋だ。
そんなところも可愛いんだけどね。
「そうだ、このリボン、ここに結んでおこう。」
オスカルはそう言って、欄干に包みのリボンを結びつけた。
アルシュヴェシェ橋。
恋人たちが永遠の絆を誓い、錠ををかけ、鍵をセーヌに捨てる。この欄干にはそんな錠がたくさん付いているのだ。
「錠の代わりだ。捨てる鍵がないがまぁよしとしよう。普段はこんなもの景観の邪魔になるだけだと思ってたけど…恋をして初めてわかった。占いでも言い伝えでも、何でも良いからすがりたくなる。お前を失いませんように。お前との絆がずっと続きますように。」
「オスカル…。」
愛し過ぎてオスカルを後ろから抱きしめた。
一瞬驚いたように身体を強ばらせたが、次第に力を抜き、片手を俺の手の上に重ねてきた。
「…プレゼント、大事にする。メルシ。」
「オスカル、今すぐ俺にノエルの贈り物をくれ。」
「え?でも、私何も持ってきていなくて…」
「物じゃなくて…こっち向いて?」
そういうと、やや強引にオスカルをこちらに向かせ、おとがいを両手で包む。
「愛してるよ、オスカル。」
そう言いながら軽く軽く口付けた。
でもそれでは足りなくて次第に深く。
オスカルはぎこちないながらも俺の口付けを受け止めてくれた。
「…アンドレ、愛してる。」
俺は幸せすぎて、ときどきオスカルから感じる少しの違和感のことなど、すっかり忘れ去っていた。
まるで魔法にかけられたかのようにーーー
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