フリーエリア2



司令官室の扉は静かに閉められた。

「今なら顔色もいいけどよ。もう、今日は早く帰ったほうがいい」
部下にかけられた言葉を反芻する。
普段は、私に対して実に素っ気なく、未だに嫌悪を抱かれているのかと、心中で考えあぐねていた。
だが、満更そのようでもないらしい。
気遣いのある、優しい言葉をかけられ胸の内が温かくなった。
このような日が来ようとは…

ここへ着任当初は、彼らのあからさまな抵抗にあった。
閲兵式のボイコットは序の口で、強姦未遂に、剣は売り捌くは、挙句の果てに、ブイエ将軍の閲兵式での故意による失態。
と、まぁ、あれこれやってくれたものだと呆れ果てる。
それでも、権力を行使して処分はしたくなかった。

心の限りをぶつけ、彼らの心に寄り添い、私なりに努力してきたつもりだった。
そして、次第に理解を示すようになってくれた。
私が唯一気掛かりな彼以外は…

反抗することも、嫌がらせもしなくなった。
元々、士官学校出身の将校であった為、訓練は難なく熟し、軍務も的確に遂行した。
多少なりとも、心を許してくれるようになったのだろうかと思っていたが…

声をかけてもプイッとそっぽを向かれてしまう。
兵士達が私を取り巻いている時も、距離を取って面白くなさそうにしている。
一体、どうしたものかと、真意をはかりかねた。

同じ貴族といえ、その格差を嫌という程思い知らされてきた彼にとって、私達の間にある溝は深く、容易くは埋められないのかと、寂しさを感じていた。
それでも、少しは希望を持っていいのかもしれない。
彼の気遣いに触れたのだから…


この冬が去り、やがて春が訪れるように。
雪が徐々に溶ける頃には、彼の心はもっと打ち解けてくれるだろうか…そうであって欲しい…



それにしても…
何やってるんだ、あいつは!
あいつのせいで、ついうたた寝なんかしてしまったではないか!

司令官室に続く廊下から、ここへ近づく足音がした。

「アンドレ、遅かったじゃないか!」
「すまない。資料が整理されてなくて手間取った」
「……」
「ん?どうした?顔が赤いぞ?」
「…アランが…」
「── !!  アランがどうした?何かされたのか?!」
「そうじゃないんだ。ついうたた寝をしていて…」
「それで?」
「おまえの夢を見ていたような…」
「…? 俺の夢と顔が赤い事と、どう繋がるんだ?」
「寝言で何か言ったらしい。アランが『あなたの想い人が』とか『こんな殺風景な部屋で愛の囁きは似合わない』とかなんとか…」
「ふ~ん、なるほどね」
「…アンドレ… どうしたら?」
「まぁ、いいんじゃないか?アランは、ああ見えても案外気の回る男だと思うぞ。それより、馬車の用意をしてくる」
「え?」
「確かに、アランの言うとおりだ。『愛の囁き』は、こんな所じゃなくて…な? 早く片づけて帰るぞ」
「…う、うん、そうだな…」


Fin
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