フリーエリア2
聖堂の鐘が12月25日を告げる。
今日は彼女がこの世に誕生した日だ。
「誕生日おめでとう」
腕の中の宝物を更に抱き締め、金の髪に顔を埋めて囁いた。
「今年のノエルは二人だけで過ごさないか?」
そう彼女が言ったのは先月の終わりだった。
「そうしたいのは山々だが、休暇は難しいと思うぞ」
「何も休みを取ろうという訳じゃない。まあ見ていろ」
それから彼女の根回しが始まった。
準夜勤、夜勤を増やし、パリの留守部隊へ出向く事が多くなった。
日勤の時も多忙を理由に帰宅時間を遅らせた。
勿論、生え抜きの軍人である彼女は、裏に密かな企みがあるとは微塵も表さない。
そして、24日の夜は【連日の激務による疲労のピーク】を理由にベルサイユのお屋敷へは戻らず、
パリの別邸へ泊まる運びとなった。
パリの別邸は一等地に在るものの、ベルサイユの本邸よりも遥かにこぢんまりとした、落ち着きのある設えの
館である。
管理をしているのは、元々本邸で厩番をしていた同僚。
結婚を機に細君とともに別邸の管理を任されて、もう10年以上になる。
彼等は離れに居を構えており、通いの料理人が帰宅したあとは二人きりになれるというのが彼女の算段だった。
「今年は煩いチビ達の相手をしなくて済んでよかったな」
彼女が笑いながら言う。
「私も姉上達のおしゃべりに付き合わなくて済む」
「でも、次期当主が不在のノエルなんて寂しいと思うが。今年は旦那様もお休みをお取りになられたようだし」
「構わないさ。姉上達のお相手も、チビ達の子守も現当主にお任せしよう」
「旦那様の苦虫を潰したようなお顔が目に浮かぶな」
「ほっとけ」
「しかし、お前がこんな策士だとは思わなかったよ」
「恋をすると人は欲張りになると言うだろう?」
くすくすと笑う彼女が愛しくて、もう一度口付けた。
「ああ、そうだ。お前にノエルの贈り物がある」
彼女が俺の手に乗せたのは小さな銀の
「いつも身に付けていられる物がいいと思って。私とお揃いだ」
照れくさそうに笑いながら俺の首に腕を回し、後ろの金具を嵌めてくれた。
「ありがとう。俺もお前に贈り物があるよ」
脱ぎ散らかした衣服をごそごそ探って、小さな臙脂色の革袋を彼女に渡す。
怪訝そうな顔をしている彼女の掌に袋の中身を転がした。
「俺の両親の結婚指輪。親父のは俺が持つから、おふくろの指輪はお前に。安物だけどね」
「こんな大事なもの…」
「貰えないなんて言うなよ?いつか大切な
彼女の青空に一瞬泣き出しそうな色が走り、それから短く「メルシ」と呟いた。
「お母上は華奢な方だったのだな。私の手では小指しか入らない」
「嵌めていなくてもいいさ。職務中はいろいろ支障もあるだろうし。ただ、お前に持っていてほしい」
彼女は聞いているんだかいないんだか、嬉しそうに指輪を嵌めた手を顔の前に翳したり、指輪に小さく口付けたりしていた。
「実はもうひとつ贈り物がある」
濃紺の、先程と同じような革製の小袋を手渡す。
「こっちは俺の奥方の誕生祝いに」
中身は母の形見よりも更に細い指輪だ。
「これは、どうすれば良いのだ?」
「こうするんだよ」
俺は彼女の左足の第四指に銀の小さな指輪を嵌めた。
「いつか、神の御前で正式に永遠の愛を誓えるまで、これで我慢してくれるか?」
「………ありがとう。こんなに幸せな誕生日はない」
震える声。
今度は本当に青空が曇ってしまった。
「ほら、これなら軍靴の下に付けていられるだろ?他人に素足を見せることなど、そうそうないだろうし」
足の甲に口付け、わざとおどけて言う。
彼女は涙を残しながらも、花が綻ぶように笑った。
冬の夜は長い。夜明けまではまだ時間がある。
だが、俺達が神の御前に歩みでる日はそう遠くではなさそうだ。
end
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