フランス旅行回想録 【 Voyage 】

こちらは管理人のフランス旅行記です。
旅行前の準備のこもごもや、旅行中にフランスからUPしていた雑文、帰国してからの回想録などを置いています。

★2013/5 回想録
旅行準備から現地UP版までは、かつて【Hermitage】というおまけノベルを集めたブログにUPしていたものからの転載。
回想録からが、この「Voyage」でUPしはじめたものです。
(今はクレーム等により一部公開していません)

また、この旅行記には、追随するコンテンツとして【Webアルバム】がございます。
アルバムでは、管理人の訪れた各地の画像が2000px以上の大判サイズでご覧いただけます。
ベルサイユ宮殿や大小トリアノン宮などのお部屋が、壁紙の模様や扉のひび割れまで見える詳細さでUPされております。
スライドショーにすることも出来ますので、ご覧になれる方はどうぞ。
全部で1183枚の写真がご覧いただけます。

★2015/4 回想録
2015/6/12よりUPを始めました。
こちらもWebアルバムをUP中で、ただいまは3410枚の画像がご覧いただけます。
最終的には、およそ5500枚程度のアルバムになる予定です。

 

    「では」
    「よろしくおねがいします」
    ホテルマンにドアを開けてもらって、私たちは外へ出た。
    まだ朝ともいえる時間帯のパリ。行き交う人がみな、一瞬チラリと目を止める。でもロケーションフォトが珍しくないパリでは、誰もがそれほど気にとめない。
    ホテルのまん前の道は、車は乗り入れられないので、私たちは20mほどを車道まで歩いた。
    雨上がりの曇天。
    石畳のくぼみには、雨水がたまっている。
    予想した通りの、道路のコンディション。
    これでは、舗装や石畳でもないベルサイユでの撮影は、泥でぬかったところを歩くことになる。おそらくドレスの裾は、ドロドロのベタベタになるだろう。
    はぁ…
    心の中で大きなため息をついた。
    繊細なレースがたっぷり使われた純白のドレスが、泥まみれになるさま。それは容易に想像できた。
    予定の日取りで動けていたら、晴天で撮影ができたのに。
    そう思わずにはいられない。
    けれども車がベルサイユへ向かって動き出し、パリ市内の濡れて光る路面を見た段階で、私は気持ちを切り替えた。
    そもそもどんなに願ったところで、天候だけはどうにもならないことだった。もともと希望した日がたまたま晴れていただけで、ロケーションフォト自体が天候への賭けでもある。
    なにより、曇天どころか土砂降りに見舞われ、屋外撮影は不可能となる場合だってあったのだ。曇天(ときおり小雨交じり)でも良しとしなければ。
    もし、当日が本降りの雨だったら。
    ロケーションフォトはベルサイユを諦め、パッサージュで行うつもりでいた。候補としては、美しさで人気のあるギャラリー・ヴィヴィエンヌや、私も以前に行ったことがあり、歴史と趣きを感じさせるパッサージュ・デュフロワ、パリ最古のパッサージュ・デ・パノラマなどを予定していた。
    ベルサイユに向かう、大型のワゴン。車窓からはオスマン時代の建物が徐々に減り、やがて日本の高速道路にも似た自動車道になっていく。その頃には車内では、簡単な自己紹介大会と、スケジュールの最終確認が始まっていた。
    パリでヘアメイクとウェディングに関するコーディネートをしているMさん。
    同じくパリをメインに、フォトグラファーをしている日本人のFさん。
    中国系フランス人の男性ドライバーさん。
    ここに夜からはもう1人、フランス人の男性フォトグラファーのJさんが合流する。
    私たちも簡単な自己紹介をし、そしてドレ男がブーランジェリーで買っておいた昼食とドリンクをみなさんに渡した。
    『撮影中、私たちは食事をしませんので』
    事前のメールでのやり取りで、Mさんからそう聞いていたからだ。
    撮影中は、人波が空いたときや天候(光)の加減の良いときなど、シャッターチャンスがなにより優先される。カップルによっては、ブライダルファッションのままでカフェやレストランに入り、テラスでお茶を飲むところを撮ったり、ファーストバイトを撮影したりもする。そんなときでも撮影するスタッフは飲食せず、Mさんはヘアやメイクの崩れに気を配り、Fさんはひたすらファインダーをのぞく。そのためどれだけ長丁場の撮影になっても、食事は取らないのだと。
    幸い私たちの撮影では、ベルサイユ⇔パリの移動時間がある。その間に軽い食事でもしてもらおうと、朝の私の仕度中に、ドレ男に頼んで買っておいてもらったのだ。
    「えー、いいのにー」
    MさんとFさんはそう言って遠慮したが、せっかく大量に買い込んであるのだ。食材の入った袋を互いの間に置いて、MさんとFさんはアレコレと選び始めた。ドライバーさんにも声をかけ、飲み物や軽食を選ぶ様子は、ちょっとした遠足ノリである。
    さらに、撮影の間は車での待機になるドライバーさんには、日本の缶コーヒーの6缶パックをお土産として持ってきていた。カフェ文化の国・フランスでは、缶コーヒーは珍しがられると聞いていたからだ。
    MさんとFさんは、組んで仕事をすることが多いらしい。今までに請け負った各地でのフォトウェディングや、ロケーションフォトの話を興味深く聞くうちに、車はベルサイユ宮殿の門をくぐった。
    天候は依然曇り。しかし幸いなことに、パリより空が明るい。
    「もしかしたら晴れるかも」
    そんな話をしながら車を降りる。
    ベルサイユ宮殿には入り口がいくつもあり、無料で入れるエリアもある。私たちが最初に入ったのも、無料とされるエリアだった。
    でもそれは、入場料がもったいないからではなく、有料エリアではいっさいのコスプレが禁止だからだ。
    この“コスプレ”。
    これに関し、ベル宮にはいくつかの決まりがある。
    まずは“ベルサイユ宮殿”だが、ここはウェディングドレスだろうがゴスロリだろうがキャラコスだろうが、すべて禁止。一般的でない服装では入れない。かつて、普段からコスプレ的な服装をしている著名人が「これが私の普段着だ」と言ってベルサイユ宮殿に入場しようとして断られ、物議を醸したこともある。
    ただ例外として、ベル宮が定めたイベントのときのみ、コスプレで入場することができる。ただしそのコスプレは、おおむねバロックやロココの頃のデザインの、ガチガチでゴリゴリの本気のコスプレでなければならない。軽い遊び程度のコスプレ風では、逆に入場ではねられるか、ほかの客人たちの冷ややかな視線を浴びることになる。
    そしてグラン・トリアノンとプチ・トリアノンでは、フォトウェディングのみ、入場することが出来る。ただし、どちらも庭園のみ。グラン・トリアノン宮内部やプチ・トリアノン宮内部には入れない。
    以前に、とてもデザインの凝ったウェディングドレスでプチ・トリアノンを訪れたカップルが、入り口で止められたことがあった。アントワネットファンの新婦がオーダーメイドした素晴らしいドレスが、コスプレとみなされたためだ。
    そのときは結婚式の写真などを提示して、そのドレスが新婦の想いのこもった正真正銘のウェディングドレスであることを懇切丁寧に説明し、なんとか入場がかなったという。
    また、大小トリアノンでのフォトウェディングでは、三脚は使ってはならず、また音楽をかけたり、音の出るものを持ち込んだりしてもいけない。
    と、こんな感じで、ベルサイユ宮殿及びその離宮では、コスプレとフォトウェディングについてのルールがいろいろある。
    もし興味のある方は、ベル宮公式HPからメールで問い合わせてみるといい。数日以内に丁寧な回答と、PDFファイルでの案内が送られてくる。
    また、ベル宮でフォトウェディングを検討している方で、細かい体験談や注意点を知りたい方は、私にご連絡くださってもかまわない。ただしこれは2015年の出来事なので、細かいルールが変わっていたり、新型ウイルス感染によって特例などが出ている場合もあるため、そのあたりをご承知おきいただければと思う。

    ベル宮の無料エリア。
    といっても、かなり広いのだが、私たちの選んだ場所はグランカナルのほとり。ボート乗り場沿いだった。
    ここからなら、なんとか背景にベル宮が映りこむ。
    だいぶ昔であれば、宮殿まん前の泉などでもフォトウェディングが出来たのだが、残念ながら、今では遠く背景として望むのみ。
    「出来るだけ宮殿を入れたいんだけど」
    そう言って、カメラを構えたFさんがあちこちと立ち位置を探る。私個人の想いもそうだし、“ベル宮でのロケーションフォト”である以上、どれだけ上手く宮殿を撮りこむかが、フォトグラファーの腕の見せ所であり、やりがいなのであろう。
    「ゆずさん、あそこに立てる?」
    Fさんの指し示したのは、ボート乗り場を囲むふちだった。
    「ちょっと危ないけど」
    「…大丈夫です」
    私は水辺に立つことよりも、そこに行くために、ぬかるんだ泥と芝生の上を歩くことに、一瞬ためらった。
    ああ、しょっぱなからドレスの裾が泥だらけになる…
    けれどそう思ったのは本当に一瞬で、私はずかずかと水辺に近づき、「よっ」とばかりにふちに立とうとして、派手にヨロけた。
    心の準備以上に、ドレスの裾が重かったのだ。
    「ゆずさん、大丈夫!?」
    慌てるドレ男とMさんとFさん。
    「いや、思ったよりも裾がさばけなくて」
    照れ笑いで私は答えて、それから慎重にボート乗り場のふちに立った。
    普段ならなんということもない高さと幅だが、ドレスを着込んでいるために重心が狂う。
    私が身体のバランスを落ち着けると、すぐにMさんが私の前髪とドレスの裾を整えにきた。
    そして
    「扇も持ってみます?」
    「そうですね。せっかくなので!」
    私は日本から持ってきた、自作の扇を手に取った。
    自作の扇。
    「は?扇?自作の?」と思う方もいらっしゃるかもしれない。
    ので、その画像をUPしてみる。



    美術展でアントワネットのコレクションなどを観ると、扇がたいがいある。そのため私も今回のロケーションフォトでは小物に扇を使いたくて、探してみた。けれどイメージに合うものは、なかなかなかった。
    結局探す方が面倒になった私は、扇を作ってしまったのだった。
    きちんと開いたり閉じたりするものではないが、写真に映るだけなので、見た目にソレっぽければそれでよい。
    この“探すより作った方が早い”というのは他の小物に関してもそうで、このロケーションフォトのために、私はいろいろなものを自作した。


    自作のブートニア

    今回の小物は、薔薇と羽根をメインパーツにした。そのため統一感が出るように、ブートニアも扇と似たデザインにしてある。
    画像左が作っているところで、右がロケーションフォトでの様子。

    グランカナルのボート乗り場。
    ここから撮ると、どのぐらい宮殿が映るのか。
    それはこんな感じである。



    私たちにはぼかし加工がしてあり、宮殿は遥か後方。画像左奥にわずかに映っている。
    雨上がりの曇天でなければ、カナルの水面(みなも)はきらきらと反射し、紅葉の木々を美しく映しこんだだろう。


    別角度

    こんなふうに自分の画像をUPすることにはためらいがあり、この2015年の旅行記は書かないつもりでいた。私のブログの中でも、帰国した段階から「旅行記にはしない」と言っていた。
    そのため5年以上も時間が経ってからの旅行記UPとなったのだが、(理由はあとで別枠にてUP予定)書くことにしたのは、個人手配での海外ロケーションフォトに関する情報が少ないからだ。
    海外でのフォトウェディングやロケーションフォト。やってみたい人はたくさんいると思う。やったことのある方も、多いと思う。
    実際、旅行会社でもそういった企画はあるし、オプショナルツアーとしても扱われている。
    でもそれらは、おおむね場所や撮影枚数、撮影にかける時間が決まっている。
    パリならば、エッフェル塔か凱旋門のあたりで数枚撮って、所要時間はメイクも含めて3時間ぐらい。ドレスは3タイプぐらいあるレンタル品から選ぶ。
    2015年の秋ごろは、そんな感じだった。
    料金もなかなかにお高い。
    ロケ地をベル宮にこだわるのなら、手段は個人手配しかなかった。
    私はさっそく個人でのロケーションフォトを調べ始めたが、2015年の段階で、パリのロケーションフォトに関する資料や体験談は少なかった。ハワイやグアムなどのリゾート系はそこそこ見つかるのだが、パリは少なく、ベルサイユとなるとものすごく少なかったのだ。
    私はだいぶ手間と時間をかけていろいろ調べ、なんとか自分たちなりの個人手配をした。
    なのでもし、これからベル宮やパリで自由度の高いロケーションフォトをしたい人がいるなら。その情報を探して、ネット上を彷徨っている人がいるのならば。私の経験が多少の参考になればと思って、UPすることにした。
    「とかなんとか言っちゃって、ホントはキレイ~とか言われたいんでしょ?」
    「うらやましー、とか言われたいんでしょ?」
    と、おっしゃる方もいるだろう。
    けれども。
    それはちょっと違う。
    なぜかというと、私たちのウェディング画像はとっくにWeb上で公開されたからだ。しかも顔出しで。
    とあるサイトに掲載されて、そのご感想は(お世辞を含めて)じゅうぶんいただいている。
    その画像は2015年内に掲載期間を終了し、今はもう公開されていないけれど。

    ベル宮を背景にある程度の撮影をした私たちは、再び車に乗り込んだ。次に向かうのはグラン・トリアノン宮だ。
    あの美しい大理石の離宮。
    私はベルサイユの領地にある建物の中でもグラン・トリアノンが殊更好きで、何度観ても、その優美な佇まいには見惚れてしまう。
    歩けば25分前後、プチトランで10分といったところだが、個人の車で直行すると5~6分で着く。
    幸い観光客用の入り口は空いており、チケットコントロールには2人の男性がいる。事前に購入しておいた4人分のチケットを見せると、私たちは特に止められることもなく、入場することが出来た。
    チケットコントロールを抜ければ、本来なら宮殿内部へと進んでいくところ。だが。
    宮殿(なか)には入らないで庭園に出るのって、どっちだっけ?」
    「わかんないですー。宮殿通らないで庭園に出たことってないですよ」
    グラン・トリアノン(ここ)はそうなるよね」
    そんなことを話しながら宮殿への入り口を避けて回り込み、私たちは中庭へと出た。
    ベルサイユ宮殿のボート乗り場からグラン・トリアノン宮へ移動・入場しているあいだに、空はまた少し明るくなっていた。




    グラン・トリアノン宮の特徴ともいえる、愛らしいピンクの大理石からなる回廊。この優美な姿が私は大好きで、「軍服の令嬢」のノベルカテゴリー【Hermitage】にある「間違い。そして間違い」にも、ここを登場させた。このノベルは「くちなおしのマルリー」のシリーズに属するものだが、グラン・トリアノンを引っ張り出したいがために「間違い。そして間違い」に、その場面をわざわざ作ったほどだ。
    「回廊は混んでいるから、先に庭園で撮りますか」
    人気の観光地だけに、人はあちこちにいる。場所をあけてもらうわけにもいかないので、ロケーションフォトはどうしても、隙間を見つけての撮影になる。
    「だったら、私、撮りたいところがあるんですけれど」
    私はそう提案し、カナルの方を指した。



    優美なばら色の大理石。回廊に並び建つ円柱の曲線と融合し、華やかな貴婦人を思わせるグラン・トリアノン宮の美しさは、いつも私の心を浮き立たせる。
    ここから庭園ごしに眺めるカナルの完璧な風景。豊かな果樹の香り。
    水辺を渡る風に吹かれようと、大階段に足を向けたそのとき、鋭い人の声が響いた。
    張りのある、よく通る声だった。
    命令することに慣れた高位の軍人のものだと、すぐに判った。


    私は「間違い。そして間違い」にそう書いた風景へ、3人を案内した。
    「Fさん、ここからトリアノンって入ります?」
    「ああ、そういうことね」
    私がどんな絵面を狙ってここを選んだのか。Fさんはすぐに察し、大階段から振り返ってあおる角度でカメラをのぞいた。
    幸いここには観光客がまるで来ず、私たちの立ち位置やヘアメイクはゆっくり整えられる。
    私たちはポージングを変えたり、小道具を変えたり、ここでは比較的落ち着いて、写真を撮ることが出来た。
    少しだけUPしてみる。


    曇天のグラン・トリアノン



    すぐ上の画像で、私がかぶっているのはトリコーンという帽子だ。
    “トリ”は3を表す“Tri” で、Triangle (トライアングル)やTriple (トリプル)などといった語をイメージすると、判りやすい。帽子を上から見ると三角形をしていることから、トリコーンとかトライコーンと呼ばれている。
    この帽子は17~18世紀ごろに流行り、元は“軍人がかぶるものだった”とか“海賊がかぶるものだった”など、諸説ある。それがだんだんと広まって、最盛期には民間人にまで流行が及んだ。


    画像左:三角帽子をつけて騎乗するルイ14世
    画像右:乗馬服のマリー・アントワネット

    扇に続いて、トリコーンも探していた私だったが、イメージに合うものは見つからなかった。素敵だと思うものはあっても、オーダーメイドで数万円もしたり、展示品限りで販売はしないものだったり、縁のあるものは見つけられなかった。
    ので。
    「自分で作った方が早いなー」と思い、トリコーンも作ってしまった。





    この2種類のレースはアンティーク。特に右側のレースは19世紀のもので、パリのアンティークレースを扱うショップから、個人輸入した。
    もともとは18世紀のものを探していたのだが、見つけることが出来なかった。その探す作業中に見たアンティークレースの中で、これがもっとも古く、私でも買える価格だったのだ。
    欲を言えば、量をもっと欲しかったけれど、このレースはこれが最大量。ショップは当初、これを短く切り分けて売ろうとしていた。それを私が、「そっくり買い取るから切らないで」とお願いし、この長さを保った状態で、航空便で送ってもらった。
    傷みや変色の強くあるこのレース。チラッと見ただけの人には「何?あの汚いレース」と思われることだろう。
    私はこの古いレースを、ヘア飾りとトリコーンの装飾に使った。
    ことにトリコーンの後ろ側には、ベールの代わりともいえる長いレースを引きたかったので、私の持つ本来のイメージであれば、もっとたっぷりの幅と長さのアンティークレースが必要だった。
    残念ながら、それだけの量の18世紀のレースを見つけることは出来ず、また、見つかったとしても、私などに払える金額ではないものであったかと思う。
    このようなわけで、トリコーンの後ろに付けたレースの全体は、手芸店で計り売りをしていたごく一般的なものになっている。



    カナルに向かう大階段である程度の撮影をした私たちは、回廊へと戻った。
    グラン・トリアノンの、もっともグラン・トリアノンらしい場所。
    ここはやはり観光客が多く、通り過ぎる人が入らないように撮るのは難しい。隙間を狙っての撮影となった。



    ここでの撮影には、オフショットがある。
    私たちは撮られていることを知らず、帰国ののちに撮影データを受け取ってから初めて、このように撮られていたことを知った。


    ドレ男にグラン・トリアノンの歴史を語っている私


    立ち位置と、ドレスの裾の流れを決めているところ

    雨こそ降りはしないが、すぐれない天候。
    路面のコンディションは、危惧したほどには悪くない。ドレスの裾も、写真にがっつり映りこむほどには汚れていない。
    私たちはグラン・トリアノンを後にすると、車に乗り込み、次の撮影場所であるプチ・トリアノンへ向かった。
    王妃さまの愛したプチ・トリアノン宮。
    ここでの撮影可能ゾーンには、庭園とアモーがある。それはフォトウェディングのロケ場所としては、あまりに広い。そのため、撮るポイントは最初から絞っていた。
    愛の殿堂と、アモーの池付近のみ。
    歩く距離が長くなるので、特にアモーでは、鯉の池や王妃の家より奥へは行かないことになっていた。出来ればベルヴェデール亭まで。本当に出来ることなら、フェルセンとの密会の洞窟まで行きたいところだったのだが。
    「わぁ、きれい」
    「すごーい」
    プチ・トリアノン宮前で車を降りると、MさんもFさんも私も、思わず声をあげた。
    プチ・トリアノンへ向かう小道が、輝くような黄金色に染め上げられていたからだ。



    曇天から少し雲が切れ、わずかに射す光に秋の木々が映える。
    私たちはそれを見ながら、プチ・トリアノンのチケットコントロールへ向かった。
    受付けを過ぎて、まず目指すのは“愛の殿堂”。プチ・トリアノン宮からも近く、その建物のビジュアル自体も非日常的で、池や小川に囲まれた立地も美しい人気のスポットだ。
    それだけにやはり、混んでいる。
    「ああ、あの赤い服の人、どいてくれないかな」
    Fさんがファインダーをのぞきながら、小さな声でつぶやいている。
    「赤は強いんだよね…」
    ここが公共の場である以上、そして、みなが平等に入場料を払っている以上、他の観光客に「ウェディングだから場所をあけて」とは言えない。言う気もない。人が空くのを、離れた場所で待つだけだ。
    でも、時間も無尽蔵にあるわけではないので、ある程度人が空いたら撮りにいく。人さまの観光の邪魔にならないよう、MさんとFさんが場所や角度を見つけながら、出来るだけササッと撮ってしまう。
    ウェディングのロケーションフォトの経験が豊富なFさんによると、赤などの強い色調の服を着た人が写りこんでしまうと、やはり良いウェディングフォトにはならないということだった。


    殿堂の人が空くのを待ちながら撮った1枚

    私たちは、その赤い服を着た人が移動するとすぐに、愛の殿堂へと向かった。


    1 王妃さまの愛したプチ・トリアノン
    2 愛の殿堂遠景

    プチ・トリアノンの観光は、主に宮殿・庭園・アモー(王妃の里村)に分かれる。全部をちゃんとまわると1日はかかる。そのため私たちは、庭園は愛の殿堂のみとして、次にアモーへ移動した。


    鯉の池


    酪農小屋



    アモーである程度の撮影を済ませると、時刻は既に昼下がりもいいところ。
    予定は予想通りに押していた。
    早くパリに戻らないと。
    みながそんな気持ちで車へと戻…ろうとしたのだが。
    「やっぱりここ、きれいだな。少し撮りませんか?」
    Fさんがそういって、足を止めた。
    プチ・トリアノン前の小道。
    「ここ、きれいですよね。時間ないけど、撮りましょう」
    Mさんもそう言ってくれたので、私たちはドライバーを車寄せ横の駐車スペースに待たせ、そこでも撮影をすることになった。
    「ゆずさん、ずっとむこうまで行って。並木の真ん中あたりまで」
    「はーい。ここでいいですかぁ?」
    「O.K.でーす」
    ヨーロッパの秋らしく見事に黄葉した木々が立ち並ぶさまは、まさに壮観。ベルサイユまで来てよかったと思える風景だった。
    2015年10月末のパリでは、黄葉の見ごろは過ぎていて、晩秋か初冬といった趣き。でも、ベルサイユではちょうど黄葉の盛りで、このことは非常に幸運だったと思う。


    オフショット

    予定は少し押したが、ベルサイユでの撮影をトラブルなく終えた私たちは、今度こそ車に乗り込み、パリに戻った。
    向かう先はエッフェル塔。正確に言うと、エッフェル塔がきれいに見渡せる場所だ。
    パリの象徴ともいえるエッフェル塔と、その足元あたりにはメリー・ゴー・ラウンドもあり、ドレ男の希望でここをロケ地に加えた。
    撮影中にたまたま飛行機が通過したので、空いっぱいに弧を描くような飛行機雲が写りこんだ写真も撮れたりして、撮っているときより、帰国後、画像データを確認した後のほうが気に入ったロケ地となった。



    私たちが立っている芝生は、本当は立ち入り禁止のゾーン。けれど、通りかかった警備員らしき人が「ウェディング?なら特別に入っていいよ。ただし短時間でね」と声をかけてくれて、慌しく撮った1枚だ。

    パリに戻ってからのロケーションフォトは、パリ市内のベルサイユ寄りのロケ地から、滞在ホテルへ向けて進むルートで進められる。
    次の撮影は、パリでもっとも美しい橋のひとつ、アレクサンドル3世橋だ。
    ここを選んだのは、ドレ男の「せっかくだから、パリらしくセーヌ川も」という希望からだった。
    “パリでもっとも美しい橋”というと、たぶんアレクサンドル3世橋とビル・アケム橋、ポン・ヌフが挙げられることが多いかと思う。
    アレクサンドル3世橋はもう、判りやすく美麗だ。この橋がもっとも美しいんだよ、と紹介されたら、「そうでしょうね」と言うしかない押し出しがある。
    ビル・アケム橋はエッフェル塔に近く、ジャンヌ・ダルクの騎馬像もあったりして、写真映えのするところ。私もこの橋から、ムダなほどエッフェル塔の写真を撮ったことがある。
    (そのときの旅行記は【こちら】
    ビル・アケム橋はカレンダーやポスター、映画の撮影などにもよく使われるので、やはり美しく人気のある橋なのだろう。ただ、パリの橋には珍しく鉄橋なので、好みは分かれるかもしれない。
    そしてポン・ヌフの方は、パリでもっとも有名な橋でもある。それは1991年の映画「ポン・ヌフの恋人」の舞台になったことと、ポン・ヌフが、パリで最古の橋なのが理由かと思われる。





    アレクサンドル3世橋は、フォトウェディングのスポットとしても人気が高い。ここを歩くと高確率で、撮影中のカップルに遭遇する。
    そのためこの日も「混んでるかも」という心配をしていたが、幸いにもこのときは、1組のカップルも見かけなかった。おかげで撮影はすいすい進んで、次のロケ地へと向かうことが出来た。
    行き先は、コンコルド広場。
    かつては革命広場と呼ばれ、断頭台の据えられたところ。マリー・アントワネットの終焉の地だ。
    ここを選んだのは、“エッフェル塔や凱旋門を背景に出来る場所”というドレ男の希望と、噴水やオベリスクなどフォトジェニックなアイテムが揃ううえ、王妃さまのパリでの常宿“ホテル・ド・クリヨン”の重厚なたたずまいが近く感じられるからだった。
    のだけれど。
    「なんだこりゃ…」
    広場に立つ、得体の知れないオブジェ群。
    前日にコンシェルジュリーでも私をがっかりさせてくれた、よく判らない前衛アートが、コンコルド広場にも置かれていた。
    マジかよ。
    このときパリは、そういったアート作品を主だった名所のあちこちに置いた、フェアのようなものをやっていたらしい。
    完全なリサーチ不測。
    何度か訪れたことのある場所だからと、事前に調べておかなかった自分の凡ミスだった。



    この画像は、前衛アート群がなるべく目立たないよう位置を工夫し、Fさんがセピア調に整えてくれた1枚だ。

    あまり感触のよろしくないコンコルド広場。
    秋も終わりのパリは、暮れるのが早い。
    「ゆずさん、移動しましょう」
    「そうですね」
    コンコルド広場を早々に切り上げて、私たちは次の予定地へ向かい、車に乗り込む。
    移動の車窓から、私はドレ男に過ぎる街並みを案内した。
    次の撮影場所はコンシェルジュリー。コンコルド広場からも近く、イメージ的にはセーヌ沿いをまっすぐ移動するだけ。橋の数なら7本程度だ。
    普段着なら、徒歩でもじゅうぶん移動可能な距離で、このセーヌの両岸にはテュイルリー庭園、ルーブル美術館、オルセー美術館など、パリ屈指の観光名所が並ぶ。架かる橋もそれぞれに美しく、この一帯は「パリのセーヌ河岸」として、河岸の歴史的建造物群が世界文化遺産に認定されている。具体的にはシュリー橋からイエナ橋までの約8kmを指し、シテ島、サン・ルイ島、及び両島に架かる橋も含むエリアだ。
    コンシェルジュリーは、この8kmのうちのほぼ中央付近に建つので、パリが初めてのドレ男には、短時間・短距離ながら良い車窓観光になった。
    夕方近くなってきて、少し混み始めた車道。
    撮影場所は、私の希望でシャンジュ橋となっていた。シャンジュ橋からだと、一見おとぎの城のように愛らしいコンシェルジュリーと、セーヌの流れがうまくおさまるからだ。
    橋の上での駐停車は出来ないため、少し離れたところで車を降りて、そこから少し歩く。
    人通りの多いパリのど真ん中。しかも、ロケーションフォトの多いパリ市内でも、フォトスポットとしてはマイナーなシャンジュ橋。
    「え?ここで?」
    といった感じで、振り返る人が多くなる。


    シャンジュ橋からのコンシェルジュリー


    オフショット


    オフショット

    このオフショットは、私がドレ男にシテ島の案内をしていたときのもの。
    遠くに見える双子のような塔が、ノートルダム大聖堂の北塔と南塔。その横に建つのが、今は焼失した尖塔だ。
    実はこの日、コンコルド広場に前衛アートが飾られていたのを見たとき、「撮影場所をノートルダム大聖堂に変えるか?」という話も出ていた。ノートルダム大聖堂が火災に見舞われた今となっては、あのとき変えておけば良かったという後悔を、強く感じている。



    ロケーションフォト中の徒歩移動はこんな感じ。
    私の場合は、ドレスの重量6kg+3種類のパニエ+ロングトレーンで、ひとりで歩くのは無理だった。特に長めのトレーンはレースが繊細で、石畳のパリの道では引っかかってしまう。


    引きずられる裾

    そのため徒歩移動の際には、いつもMさんが裾を持ち、私はスニーカーの足元丸出しで歩いていた。
    また、こうして裾を持ってもらっていたので、雨上がりのぬかった道や芝生の上を歩いたにもかかわらず、ひどい泥汚れは付かずに済んだ。このことは、帰国してからドレスをクリーニングに出すときに、心から感謝したポイントのひとつだ。

    ちなみに先ほど「パリでもっとも美しい橋」という話で触れたポン・ヌフは、シャンジュ橋の隣。シャンジュ橋から普通に眺められる。


    Fさんが撮っておいてくれたポン・ヌフ

    私には、グラン・トリアノンに次いで思い入れの強いコンシェルジュリー。そのためここでは比較的時間をかけて撮影し、その後、私たちはいったんホテルへ引き上げた。
    といっても撮影は終わりではなく、ホテルのロビーでの撮影に続くだけなのだが。



    カロン・ド・ボーマルシェのロビーは小さいけれど、ハープがあったりカードの散らばったテーブルがあったり、テーブルには燭台が置かれていたりと、趣がある。片隅には暖炉や積まれた薪も置かれていて、今で言う映える要素がたっぷりな、フォトウェディングにはぴったりのホテルだ。
    ホテルのスタッフも、雰囲気を損ないそうなものを片付けてくれたり、燭台に火を灯そうかと提案してくれたり、気を使ってくれた。
    「花嫁もビューティフルだし、君はとてもハンサムだね」
    そんなふうに言われて、ドレ男は困った様子だった。フランス人がお世辞を言うとは思っておらず、不意を突かれたらしい。
    ホテルの候補は他にもいくつかあったが、写真映えのするカロン・ド・ボーマルシェにしてよかったと思う。
    私は会っていないが、このホテルには日本語の出来るスタッフがいる(2015年当時)。パリでロケーションフォトをやりたいけれど、個人手配での旅に一抹の不安があるという方にも、おすすめ出来るホテルだと思う。
    ドレ男はその人と、日本語で話をしたことがあるそうだ。

    朝からハードに動き回ったロケーションフォトは、ここでひとまず終了となる。
    ヘアメイクのMさんとドライバーさんは、いったんご帰宅。
    Fさんとはすべての撮影が終了したので、お支払い&お土産をお渡しして、お別れとなった。
    そして、その数時間ののち。

    私たちは4人でルーブル美術館にいた。
    夜景でのロケーションフォトのために。


    【ベルサイユ de ブライダル3】へつづく
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