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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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    ザクザクと刻まれる、まだ不揃いな足音。
    ちっとはマシになってきたかな。
    広い訓練場のわき。
    窓を開け放ち、舎監用の棟から俺は、今年の新入りどもの行進を眺めていた。
    「さぁて」
    この中に、使いもんになるヤツは何人いるんだか。
    あの7月14日のあと、国民衛兵隊には入隊希望者がどっと押し寄せた。
    みんなが新しい時代への熱に浮かされて、無益な暴力に陶酔し、たくさんの人が死んだ。市民も貴族も、たくさんの人が。
    取り壊されたバスティーユ。
    革命広場に立った断頭台はあまたの首をはねて、たっぷりと血を吸いあげた。
    それに歓声をあげる群集の蠢き。
    歪んだうねりは、革命をあらぬ方向に導いた。
    連日開かれるでっち上げの裁判と、量産される死刑囚。流れ作業のように埋まっていくコンシェルジュリ。
    やがて、国王と呼ばれた男が好奇の目の中で逝き、ベルサイユ宮の薔薇と呼ばれた女が、狂喜の目の中で逝った。
    『革命万歳!』
    『ざまあみろ、オーストリア女め!』
    そして今はあの男。
    ナポレオン・ボナパルトが、俺たちの始めた革命をさらに歪んだ方向へと走らせている…
    ――コツコツ
    気遣いのある小さなノックの音に、俺はふり返った。
    この響きは。
    「ユラン教官長?」
    「――失礼します」
    チャッと扉を開けて、すっきりと背筋を伸ばした姿は、思いつきだけで入ってきたにわか者とは違う。俺がまだ、ケツの青いガキだった頃から面倒をみてきてくれた人だ。
    俺の尊敬する、数少ない人物。
    一礼して入ってきたその人は、窓辺に立つ俺を見て、けれど他人行儀な顔つきを崩さずに、執務机の方へ寄った。机の前に立ち、いくつかの連絡事項を読み上げ始める。
    俺はその横顔を、窓辺に寄りかかったまま見ていた。
    「――以上です、ソワソン名誉学長」
    「うん。ご苦労だった、ユラン教官長」
    芝居がかったこんなやり取りは、日に何度か繰り返される。
    朝礼や午後の報告、校内や学生寮で起きるさまざまな事柄。なにかあるたびに、逐一この人が学長室に足を運び、俺へと伝えられる。
    “陸軍士官学校名誉学長”
    名ばかりの俺には、聞いたところでなんの裁量権もありはしない。
    判っていても、漫然とそれを繰り返す。
    俺はなんて大人になったのだろう。クソつまらない大人に。
    「教官長、なにか?」
    報告を終えたあと。
    いつもならピシリと敬礼し、速やかに退がっていくその人は、珍しく立ち去り難そうな様子を見せた。
    肩口は扉を向いているのに、注意だけはこちらに向けている。
    「どうしたんです?ユラン伍長」
    寄りかかった背を起こし、俺がつい昔ながらの口調に戻ると、固く平坦だった伍長の表情が和らいだ。
    「アラン、おまえも聞いているか?本日未明のジャルジェ邸のことを」
    やはりそのことか。
    「詳しくは知りません。“何者かがジャルジェ邸の裏門から走り去るのを、巡回中の夜警チームが見つけた” それぐらいしか」
    「そうか」
    今はもぬけの殻のジャルジェ邸。
    当主だったジャルジェ将軍は、王党派としてギリギリまで王妃奪還に尽力した。
    そして次期当主だったジャルジェ准将は…
    「生きていたら、隊長は今年、50にもなるのか。50歳のオスカル・フランソワ。想像がつかないのは俺だけだろうか、アラン」
    「いや。自分にも想像できないっすよ」
    「まさか隊長が、あのような亡くなり方をされるとは」
    1789年7月。
    運命の14日を待たず、ジャルジェ准将は死んだ。
    暴徒と化した市民たちの貴族狩りにあい、その忠実な従僕と共に惨殺されたのだ。
    衛兵隊(おれたち)の捜索も虚しく、ついに遺体は見つからずじまいだった。あの事件を指揮した者として、未だ心から悔やまれるよ」
    これほどの時が流れたというのに、ユラン伍長の瞳には今もなお、苦渋の色が濃い。
    あの7月の夜。
    ベルサイユの郊外に残されていた馬車はめちゃくちゃに破壊されていて、おびただしいほどの血が滴っていた。
    ざっくりと断ち切られた一房の金髪。
    唯一遺された娘の体の一部に、ご母堂であるジャルジェ夫人は卒倒したという。
    たった1人の目撃者のジェローデル少佐によって、犯行グループ何人かの人相書きもすぐに手配されたのだが。
    「必死の捜索のさなか、回り出した歴史の歯車によって捜査は中断され」
    「事件は迷宮入りになってしまいましたね」
    「うむ」
    そしてあの、フランス史に永劫残るであろう運命の日のあと。
    だんだんと凶悪化していく一部市民たちの暴走に、貴族の屋敷は次々と荒らされ、焼き討ちにあっていった。
    さすがに近衛将軍家だったジャルジェ邸は守りが強固で、難を逃れた。けれど、将軍が王妃奪還の地下活動に入り、消息を絶ってからは徐々に危うくなっていき…
    最終的には、あの男の副官・時の将軍としてかなりの権限を得ていた俺の処断で、国民衛兵の管理下に置かれることになったのだった。
    その甲斐あってか、邸は無人になった今も華やかなりし頃の面影を哀しく残していたのだが。
    「賊については、なにか判っているんですか?」
    「いや。錠が解かれた様子はなく、邸内にも荒らされた形跡はなかったらしい。恐らくは、何か画策があっての侵入ではなく、浮浪者でも住みつこうとしたのではないかという話だった」
    浮浪者、か。
    「寝ぐらを求めた浮浪者が邸に入りこもうとし、国民衛兵の夜警に出くわして慌てて逃げた、と?」
    「そんなところだろう」
    「巡回チームに、元衛兵隊員はいたんですか?」
    「いや。ここ数年、貴族狩りも焼き討ちも落ちついている。単純な夜回りだけなら、今やそれは素人に毛の生えた新兵の仕事だよ」
    「そう…ですね」
    そこまで話すと、ユラン伍長は親しげだった表情を改めた。
    サッと背を向け、カツカツと扉に近づいていく。
    そして背を向けたままで、他人事(ひとごと)のようにつぶやいた。
    「おまえは今でも、隊長のこととなると見境いがつかなくなる。自重し、自覚しろ。今のおまえの危うい立場を。もうすぐ子も産まれるのだから」
    ゆっくりと閉まっていく扉。
    細い隙間に、忠告をくれたその人は整った礼を見せる。
    「失礼しました。ソワソン名誉学長」
    「ご苦労だった。ユラン教官長」
    パタリと扉は閉ざされ、本日1度目の茶番が終わった。

    俺の立場の危うさ?
    判ってますよ、ユラン伍長。自分のやったことぐらい。
    1804年。
    俺はあの男の暗殺を図った。
    そして、無様に失敗したのだ。


    2につづく
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