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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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    「オスカル嬢がバックスに下がっておいでだ。グランディエ、うまくやりましたね」
    「なんのことだ?」
    チーム・ジェローデルのフォワードは4人。
    いずれも身体能力の高いメンバーで、障壁Cを落とすべく攻め上がりながらも、彼らには既に余裕があった。
    「君がオスカル嬢に危害を加えるとは思いませんでした」
    私としたことが、なんて迂闊な。
    ジェローデルの胸のうちは、アンドレに出し抜かれた苦々しさで満ちている。
    寝返った彼がオスカル・フランソワを後ろ手に取ったとき、ジェローデルは、アンドレが単純に彼女を確保しただけだと思っていた。
    あの場面で彼女がアウトになっていれば、ゲームはお開き。
    オスカル・フランソワをフェルゼンと関わらせたくないジェローデルとアンドレには、その方が都合が良い。
    宣言のない寝返りが無効の可能性が高いことなどジェローデルには判っていたが、それでもアンドレのあの行動は確実に彼女の集中を(そ)いだ。
    フェルゼンに心を乱され、アンドレに寝返られた彼女がどれほど安定を欠くか、想像するのは容易(たやす)い。
    そして、そこにつけいり、彼女を落としこむ自信もジェローデルにはあった。
    にもかかわらず。
    まさか、グランディエがオスカル嬢を負傷させるとは…
    一見、彼女は足をけがしたように見えた。
    彼女がホームのベンチに戻る際、見ていた皆が思ったことだ。
    でもジェローデルには判っていた。
    躓いてばかりでうまく歩けないのは、足を負傷したからではない。もし足を傷めたと言うのなら、退場する彼女を支えるのはアランだけではなく、見守るルイも一緒に両側から支えて然るべき場面。ならば考えられるのは、彼女がろくに歩けないのは、負傷ではなくて精神的な動揺のため。
    それはジェローデルの目論み通りでもある。
    ボーナスフラッグを抜かれた以上、ゲーム中に接触を図るのは少々難があるが、しかしまずはフェルゼン伯の思惑からオスカル嬢を切り離さなければ。
    あの男が何をしてくれたのかは知りたくもないが、オスカル嬢の動揺は思いのほか激しいようだ。
    グランディエを片付けるのはその後でもよい。この 試合 (ゲーム)で生じたグランディエとオスカル嬢の亀裂は、あの方を取りこみながら、あとからゆっくり広げてやればよいのだから。
    ハーフタイム中、そのようなことを考えていたジェローデルであったが、試合再開で彼女がバックスに下がったのを見て気がついた。
    何気なく送球している彼女は、左で投げている。
    肩だ。
    オスカル嬢が傷めているのは右肩。
    慌ただしい寝返りのどさくさに紛れ、拘束するふりをして目立たぬように負傷させ、フェルゼンからもジェローデルからもオスカル・フランソワを遠ざける。
    うまいやり方だ、グランディエ。
    「オスカル嬢の動きを封じるための拘束かと思いましたが…。計算とはいえ、故障するほど女性の腕を捻り上げるなど、感心できたことではありませんね」
    「計算などと。手元が狂っただけだ」
    「嫉妬のあまり、ですか?」
    「いいかげんにしろ」
    アンドレは流れ球からジェローデルをかばうふりをして、ラビリンスの壁に彼を打ちつけた。
    「望み通りに俺は寝返ったし、ゲーム中、もうフェルゼン伯はオスカルに関われない。これでじゅうぶんだろう?何が気に入らない?」
    何が?
    「無論、身を売ってでもオスカル嬢を手放そうとしない君がです」
    しかし、ジェローデルはまだ知らない。
    アンドレを寝返らせたこと。
    それが後々自分の首を絞めることになろうとは。


    「た、隊長。ボケッとしてないで!てっ、手を動かして!」
    「ひ~っ、すみませんっっ」
    後半戦が始まっていくらも経ってないのに、ジャンにどやされるのはもう何回目だか判らない。吃音を気にして普段あまりしゃべらないジャンが、ビシビシ指示を出してくる。
    バックスがこんなに忙しいとは思わなかった。
    くぼみの並んだケースに雪を詰めて、2つ合わせて圧縮して…
    「これでいいか?」
    「だめ。こ、これはアラン用の雪球だから、ももっと圧縮しないと」
    何度目かのダメ出しを食らって、ケースに手早く雪を足し、体重をかけてぎゅうぎゅう圧縮する。アランは握力が強いので、特別に硬く作らないと握りつぶしてしまうのだとジャンは言う。
    ちょっと大きめの雪球は、ひときわ大柄なルイ用。スタンダードなサイズの雪球はフランソワ用だけれど、コントロール重視のフランソワのために、空気抵抗を考慮してきれいな球形に仕上げるのだとか。
    ジャンの、この過剰なこだわりのために、バックスは無駄に忙しかった。
    せっせと雪球を作って、その合間にフォワードに送球する。
    フランソワ用のは滑らかに磨かなきゃいけないし、作って投げて作って投げて磨いて作って投げて…意外にきつい!
    もう息が上がってる。
    「あれ?た、隊長、両利き?」
    左手で送球する彼女にジャンが気づいた。
    「いや。右はまだ肩が上がらないし、両利きというほどではないが、送球程度なら左でも事足りるから」
    というより、ジャン。
    あまりにもおまえがノーコンだから、任せられないだけだ。
    前半戦、なんの不満も言わずにこの地味でハードなポジションを務めていたフランソワ。
    気がつかなくて本っ当にすまなかった。
    感謝をこめて雪球にくちづけると、彼女はフランソワに送球する。
    素直なフランソワはそれだけでテンションが上がり、足りない体力が底上げされた。
    隊長、フランソワの扱いもうまいわ。
    目の端で見ていたルイはふむふむと感心する。
    もっとも、チーム・ジャルジェ自体には、もうそれほどの余裕はなかった。
    後半戦開始5分だというのに明らかに押されていて、障壁Cをキープするのももうやっと。ずるずると後退しつつある。
    フランソワもルイも健闘しているけれど、なにぶん相手が悪かった。
    ジェローデルやフェルゼンと互角に渡り合えるフォワードは、今のチーム・ジャルジェにはアランしかいない。
    肩さえ傷めていなければ!
    そして…
    オスカル・フランソワの目は、自然とアンドレを追っていた。
    後半戦が始まってから、ずっとこうだ。
    気がつくと彼を見つめていて、うっかり手元がお留守になる。そのたびにジャンにどやされていた。
    それでも彼女はアンドレを見てしまう。
    黒髪がフィールドの白銀に映えて美しかった。
    身のこなしなら、ジェローデルやフェルゼンの方が洗練されている。
    荒削りで野性的なアランの動きも魅力的だと思う。
    でも、彼女の瞳はアンドレだけに惹きつけられていた。
    ラビリンスから戻ったとき、雪のフィールドの中、真っ先に彼を探した。いっぱいいっぱいな心を、彼なら助けてくれると思ったから。
    でも。
    『だから行くなと言っただろう』
    冷たく言い渡された言葉。
    捻られた肩の痛み。
    前半戦終了のラッパは聞こえていたけれど、立つことができなかった。
    おまえが私から離れていくなんて。
    寝返った彼に対する腹立ちはひとつもなく、信じられない気持ちと、喪失感だけが深かった。
    いつもアンドレは彼女のそばにいて、それは息をするように当たり前のこと。どんなときでも2人は、不思議なほどお互いの気持ちが判り合えていたのに。
    それは私の独りよがりだったのか、アンドレ。
    「た、隊長!ルイに送球して!!そそれから牽制撃ってくださいっ」
    「あ、ああ。すまない」
    隙をついてチーム・フラッグに滑りこもうとしていた駿足のフォワードに、彼女は牽制をさす。
    ジャンからパスされた雪球を次々ルイに送りながらも、しかし、視界のすみでは揺れる黒髪だけを気にかけている。
    こうしてはっきりと相反する立場になったことなど、未だかつて1度としてなかった。
    隻眼にゴーグルをかけているのだから誰よりも不利なはずなのに、少しも見劣りしないアンドレの動き。
    どれだけの努力をしているのか、それをひけらかすこともなく。
    それは彼のプレイにも現れていて、決して派手な動きはしないが他の選手たちをよくフォローしていた。
    それは彼がいつも彼女にしてくれていたこと。
    幼い頃は、向かい合い、手を取り合って兄弟同然に過ごしていた。
    でも、いつからか。
    彼は彼女の少し後ろで、ただ黙って彼女を見守るようになっていた。
    喜びも悲しみも、悔しい思いも、仰ぐように振りかえるといつだって彼は微笑ってくれて、彼女はその瞬間が好きだった。
    そう。
    私を見て微笑ってくれるおまえが好きだっ…
    え"?
    「わあぁっ!隊長っ」
    ジャンが慌てた声をあげた。
    ルイに送るはずの雪球を、彼女は力いっぱいジャンに向かって投げつけていた。
    「ああ、悪…い」
    てきとうに謝りながら、オスカル・フランソワはたった今、自分の中に湧いて出た言葉に呆然とする。
    すっ… 好きって。
    雪球制作用のケースを手に取ると、一心不乱に雪を詰め始めた。
    好きって。
    え…と、その、アレだ。
    好きっていってもいろいろあるじゃないか。
    長いつきあいだし、幼なじみだし、兄代わりだし、親友だし、部下でもあるし、それなら嫌いなわけないし!
    ケースを2つ合わせて圧縮する。
    それはもうアホかと思うような勢いで、ぎゅうぎゅう圧しまくる。
    いつも一緒にいるから、だから今あいつがちょっとそばを離れたのが不安なだけだ。目がいってしまうのも、敵対する選手としてのあいつのプレイを眺める機会がなかなかないからだ。だから、試合が終わればこの妙な気持ちもきっと…
    「いや、しかし!」
    急に大声を出した彼女に、また雪球が飛んでくるのではないかとジャンがびくついた。
    しかし、彼女はそれどころではなかった。
    手にしたケースをひっくり返して無造作に雪球を取り出すと、再び一心不乱に雪をかき、ケースのくぼみに詰める。
    試合が終わったら、あいつ戻ってくるんだろうか。
    だいたいなんでアンドレは寝返ったんだ?
    『頼む。行くな』
    普段私のすることに留め立てなどしたことのないあいつ。
    それを私は邪魔だと切り捨てて…
    ケースを合わせて、圧縮する。
    そりゃもうすごい勢いで圧縮する。
    言い過ぎた。甘えが過ぎた。
    私とアンドレ、もしかしたら、もうこのまま?
    幼い頃から数限りなくけんかはしてきたけれど、彼が彼女に背を向けたことはなかった。
    『だから行くなと言っただろう』
    あんなに冷たい声を聞いたこともなかった。
    雪球をぎゅうっぎゅうに圧しながら、無意識に彼の姿を目で追う。
    アンドレ…
    たいして気にも止めずにきたけれど、よく見れば割と男前な気がする。
    フィールドを動き回るしなやかなフットワーク。
    その体は細身に見えるが、実はけっこういい筋肉がついているのを彼女は知っている。今まで何度となく、その胸に顔を埋めてきたのだから。
    私はあの胸に、今まで平気で…
    「あの、た、隊長」
    とまどいと甘さが入り混じった瞳でアンドレを注視する彼女を、ジャンがつついた。
    「圧縮ぶりは完璧なんですけど、こんなにアラン用の雪球ばかり作っても」
    しゃがみこむオスカル・フランソワのまわりには、大量の雪球が積み上がっていた。


    「後半戦から投入のアルマンもなかなかの健闘を見せるチーム・ジャルジェですが、ついに障壁Cを落としました。これで形勢は一気にチーム・ジェローデルに有利になります。駿足が自慢のブルデュがチーム・ジャルジェフラッグを狙うそぶりを見せていますが、バックスに下がったジャルジェ准将がうまく牽制していますね。これではチーム・ジェローデルも、安易にフラッグに接近できない。戦局はチーム・ジェローデルが押していますが、このまま逃げ切れば1アウト取っているチーム・ジャルジェの勝ち。まだ勝敗の行方は判りません。
    と、ここでチーム・ジェローデルは障壁Cを離れてさらに攻めあがる気配。一段と激しさを増した攻防の中、スケープゴートなのか、最前線センターに立つのはグランディエです。障壁Bのソワソンが、グランディエを激しくマークしていますね。今、ソワソンが障壁Bを離れ…
    これはグランディエとソワソンの一騎打ちになるのか。いや、ここでジャルジェ准将がバックスからグランディエを狙い撃ちです!」


    それぞれの思惑がうごめく白銀のフィールド。
    チーム・ジャルジェの苦しい防戦が続く中、キャプテンであるオスカル・フランソワの集中は乱れきっていた。
    フィールドを駆け抜ける彼のプレイがやけに光って見える。
    試合時間は早くも残り10分を切ったが、彼女の視線はアンドレに奪われたままだった。


    7につづく
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