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【白熱!雪のベルサイユ!! 4】
UP◆ 2011/5/8「なぁ、おっさんっ。なんで俺、キャプテンでもないのにこんなにがっつりマークされてんだろ!」
障壁Dの戦線に戻ったアンドレと背中合わせで、アランが言った。
オスカル・フランソワが戻るまで、フラッグを抜いてもいけない。抜かれてもいけない。
マークの厳しいアランには、すでに疲労の色が濃かった。
熱い息を吐きながら、背中を汗が伝い落ちている。
「おまえが邪魔なんだろ」
「なんで俺だよ。普通に考えりゃ、1番邪魔なのはおっさんだろうが」
そうだ、アラン。
普通に考えれば、1番先につぶしにかかられるのは俺かもしれない。
だけど
アンドレの頭の中には、先ほどのジェローデルからの申し出がしつこく渦巻いていた。
「何、呆けてんだアンドレ!さっきから隊長もおまえもおかしいんだよ!!迎撃のはずの隊長は真っ先に飛び出していくし、おまえは妙にためらいがちだし。言えよ。何があった?」
アランのもっともなつっこみに、でもアンドレは答えようがなかった。
彼女とフェルゼンの関係。
彼女とジェローデルとアンドレ自身の関係。
そして、ジェローデルとフェルゼンの関係。
どれも説明の容易な話ではない。
ここには1つの正しい筋書きはなく、それぞれの立場から見れば、まったく違うストーリーが展開される人間関係なのだ。何も知らないアランには、まったく説明のしようがない。
「…俺は隻眼だし、戦力外だと思われてるんじゃないか?それより今、この状況に集中しろよ」
チームフラッグを抜くことで終わるゲームで、抜きもせず抜かれもせずに、ただ試合を長引かせるだけというのはかえって難しい。
チーム・ジェローデルフラッグに寄り過ぎれば障壁Fからの攻撃を受けてしまうため、チーム・ジャルジェは思うように動けなかった。フォワードが1人多くて有利なはずなのに、徐々に押され始めている。
攻防は、障壁C、B付近へと場所を移しつつあった。それには、アンドレが心ここにあらずなのも遠因といえる。
今、オスカルはフェルゼン伯と…
彼にとって、彼女の結婚騒動はかなりの衝撃だった。
なにより彼女がジェローデルに対してぐらついたのが、彼には予想外の痛手となった。
身分や地位や財力。
それさえあれば、オスカルを誰より理解しているのは、俺。
そのことに彼は、揺るぎない自信がある。
しかし。
身分のない男の愛は無能なのか?
それはアンドレにとって、初めて突きつけられた現実だった。
身分の違いはきちんとふまえているつもりだったのに、自分で思っているのと他者に思い知らされるのでは、やはり違う。求婚騒動が終息しても、彼にとってジェローデルの存在は、いわばトラウマのようなものだった。
しかし、フェルゼンはまた違う。
アンドレがフェルゼンを恐れるのは、もっと単純な理由からだ。
彼女の心を捉え続けた唯一の男。
彼女が青春と呼べる時期のすべてに想いを捧げた、密かな片思の相手。
その恋は人に知られることもなく静かに幕を閉じ、アンドレもまた、それを「終わったこと」と位置づけていたけれど。
本当に終わったことなのか?
この再会が、寝た子を起こす結果につながる可能性は高いと思われた。
なにしろ今回は、フェルゼンの方からオスカル・フランソワにコンタクトを取ってきたのだから。
北欧の貴公子が愛しているのはロココの女王ただ1人だと判っていても、彼女の胸の奥に残る
フェルゼン伯。あなたが今さら何を?
心が乱れ、試合に集中できない。
そんな彼を、ジェローデルは冷静に観察していた。
ゲームを進める手は緩めずに、アンドレの抑えた動揺を探る。
…グランディエ。君のあの方への一途さには本当に敬服しますよ。その気持ちは私にも判らなくはありません。
しかし。
いけませんね、そんなに簡単に熱くなるようでは。
あの方をお守りするなら、もっと緻密でなければ。
もっともそんな君だからこそ、私にとっては御しやすい…とも言えますが、ね…
障壁B目前での交戦の中、アンドレとジェローデルの目線は何度も絡み合う。
オスカル、早く戻ってくれ。
おまえの顔が見たい。
「え!?あのフォワード、フェルゼン伯なんですか?陸軍連隊長の?」
「そう。今日は彼の活躍を観に来たのですよ」
「王后陛下に頼まれて?」
「ええ。彼女も観に来たがっていたけれど。王妃のおでましとなれば口さがなくあれこれ言う者もあろうし、皆が気を使うからね」
「それで代わりに観に来られたと。では王后陛下はフェルゼン伯が雪ベルに出場されるのをご存知だったのですか?」
「もちろん知っていましたよ。此度の決勝、フェルゼン伯をチーム・ジェローデルに入れたのは彼女なのだから」
「え!?王后陛下のお達しで!?では国王陛下は、王后陛下のお膳立てでフェルゼン伯がご活躍されるのをご覧になりに来られたという…? フェルゼン伯と王后陛下のご関係は公然の秘密。国王さまもなんてお人好しな」
「…それは…私にも思うところはあるけれど。でもフェルゼン伯は良い方だし。…私だって…私だってもう少し…イケメンだったら…こんな…ぐすん」
「こっ、国王陛下!?ちょっと泣かないでくださいよ。今オンエア中なんですからっ!も~、誰か音声切って!!」
フィールドも実況席もそれぞれの緊張感に包まれていたが、それ以上にラビリンスの空気は張りつめていた。
それは氷の蒼が似合いすぎるほど。
「決別は私が言い出したことだった。君の気持ちに気づいて、それでも友情を保てるとは思えなかった。君を大切に思っていたから。そして、私には心に思う唯一の人がいたから」
もうふさがったと思われた傷口を、また開かれる。
よりによって、その男に。
それは彼女にとって、けっこうな仕打ちだった。
フェルゼンとの別れ。
やっと乗り越えたかと思っていたのに、彼に見つめられただけで、そんなものは簡単に揺らぐ。
フェルゼンに言われるまでもなく、心の奥底ではずっと会いたいと思っていた。それを職務に忙殺されることで、押し殺していただけ。
誰にも言わずしまいこんでいた想いを、他ならぬその男自身に引きずり出されて、自分でもどうしようもないほど心が弱くなる。しかしその一方で、ゆらりと胸の奥に立ち上がる感情もあった。
2人きりで、今さら「会いたかった」と言ってくる男に期待している女が、自分の中に確かにいる。
フェルゼンをまともに見返すことなどできなかった。
「なぜおまえがここに…。私と接触をはかるなら、何もこんなやり方をしなくとも」
「呼び出したら、君は来たか?」
「それは…」
「来なかっただろう?あれ以来君は、私と会うことを避けていた。近衛を辞して宮廷から遠のき」
「違う!近衛から退いたのは、私なりに思うところがあったからだ」
王妃の
王宮の飾り人形と言われても、言い返す言葉も見つけられなかった。
望むと望まざると庇護されてきた父将軍の手を振り切って、最初からやり直してみたかった。
自分だけの力で、たとえ大けがをしても。
…だが。
それは本心だったのだろうか。
本当はただ… 逃げたかっただけではないだろうか。
お2人から。
いや、王后陛下だけしか見ていないフェルゼンから。
「…違う。私は」
苦しくつぶやきながら、彼女の頭の中には警鐘が鳴り響く。
だめだ。これ以上この男と話しては。
この男は危険だ。
私に見たくないものを見せる。
知りたくないことを気づかせる。
彼女はフェルゼンに背を向けると、回廊へと走り去った。
ただ、アンドレの顔が見たかった。
彼の顔を見たら、きっと安心できる気がした。
それなのに、回廊へと走り去ろうとしたはずの彼女は、その実、ろくに体が動かず、あっという間にフェルゼンの腕に囲い込まれていた。壁にはりつけられたように、両側に腕をつかれて動けない。
「なんのつもりだ」
目線を落としたまま、それでも虚勢を張った声で言う。
「懐柔策のつもりか?こうすれば私が寝返るとでも?」
「こうでもしなければ、君は逃げるだろう?先ほども言ったけれど、私はフラッグなど意識していない。チームフラッグもボーナスフラッグも。このゲームの勝敗も」
「だったらなおのことだ、フェルゼン。なんのつもりでこんなことを」
彼女の問いかけに、彼は諭すように言った。
「オスカル。君に、戻って欲しい」
彼女ははっとして顔を上げ、初めてフェルゼンの瞳を見た。
戻る、って。
戻るってそれは。
「王后陛下が君に、近衛に戻って欲しいとおっしゃっている」
そ…ういうことか。
虚を突くような言葉に高鳴った胸に、間髪入れずに冷水をかけられたような心地がして、自嘲気味な笑いが漏れた。
「ふふっ…」
そうだ。この男はいつだって王后陛下のことしか考えていない。
私は今、何を期待した?
自分の愚かさに、危うく涙が浮かびそうになる。
ゴーグルをかけていて良かった。
「近衛は今、ジェローデルが申し分なく統括している。彼も誇り高い武人だ。今さら私が戻ることなど、彼のプライドが許すまい」
「いや、少佐にはすでに王后陛下から打診がいっている。彼も君が戻るのを、ことのほか喜んでいるよ。私も今朝のミーティングで確認した」
だからか!
ジェローデルのあの眼差し。
『私は近衛に身を置く』
彼女はやっと、不可解に思っていたジェローデルの言動がすっきりと収まるのを感じた。
「近衛に身を置く立場で上から圧力をかけられたら、ジェローデルに逆らえるわけがないじゃないか」
噛みつくように言う彼女に、フェルゼンは言いにくそうに言葉をつないだ。
「少佐も君が近衛に戻ることを心から望んでいる。もし君が受諾したなら、余計な気遣いをさせぬよう、少佐は体調不良を申し出て、自ら連隊長を退くとまで言ったのだから」
「そこまでして、なぜ」
「彼は知っていたから。衛兵隊に着任した君に、隊員たちが何をしようとしたか」
自分でも顔色が変わるのを、彼女は感じた。
何を知っていると?
うろたえつつも、努めて顔に出さぬよう、落ちついた声音を保つ。
「新任の管理官が一時的な反発を受けるのは、なにも衛兵隊に限ったことじゃない。そもそも私が14で近衛に籍を置いた時点でどれほどの反感を買ったか。そのときの方がよほど」
「話をすり替えるな。籍を置いたばかりの頃の反感とは、意味が違うだろう。彼らのしようとしたことは、脅しにしても卑劣だ。女性を暴力で辱めようとしたのだから」
フェルゼンの表情には、彼女が今までに見たことのない剣呑な光がある。
この男がこんな顔をするとは。
「あの黒髪の…アランとか言ったな。あの男が首謀者だったのだろう?」
「なぜ」
そこまで知っている?
話をすり替えることをあきらめた彼女は、仕方なくフェルゼンとまともに話し始めた。
「安心しろ、オスカル。このことは、おそらく私と少佐にしか漏れていない。衛兵隊に移ってからの君を、真実案じ、気を配っていたのは私と少佐だけだから」
「…父。ジャルジェ将軍やブイエ将軍の耳には入っていないだろうか」
「大丈夫。このことは、私と少佐で完璧にもみ消している」
彼女はほっとするのと同時に、やっと合点がいった。
あの日、彼女を救うためとはいえ、アンドレは夜間の兵営で発砲している。
管理官として多少のお咎めを受けるかと思われたのに、結局あの件については一切なんの処分もなかった。
近衛連隊長のジェローデルと陸軍連隊長のフェルゼンが、暗躍していたのか。
「ではこの
「まぁ、私と少佐の私怨、だな」
キャプテンであるオスカル・フランソワがまったく無視されて、なぜアランだけが執拗なほどにマークされているのか。
この試合の違和感が、そういうことだったとは。
自分の足で立ちたくて近衛を飛び出したのに、1番最初の大きなトラブルをフェルゼンとジェローデルに守られていて、そしてこの決勝はその遺恨試合となって。
彼女は皮肉な思いに笑えてきた。
結局私は、今も誰かの庇護を受けているのか。
そして、もっとも皮肉なのはフェルゼンの言葉。
『女性を暴力で辱めようと』
「おまえが私を女として見たことなど、1度としてなかったのに」
自虐的な、それでいて寂寥感を滲ませた微笑に、フェルゼンは彼女の手を握った。
「失くして初めて気がつくこともある」
それは、言ってはいけないはずの彼の本心。
「君と会わなくなって、何かが欠けた。あれだけ親交があったのだから、はじめはそのための喪失感かと思っていた。そのうち慣れるだろうと」
語り始めたフェルゼンに、彼女の胸は波立った。
これ以上聞いてはいけない気がする。どうせまた翻弄されるだけなのだ、先ほどのように。
そう思って自分を立て直そうとしているのに、いつの間にか左手を彼につながれていて…
彼女はさらに心を乱されいく。
「君と決別してから、私はあの方とお会いしていても、どこかしら物足りない思いがしていた。あの方への想いは変わらないのに、何か彩りをなくしたような。その理由に気づくのに、そう時間はかからなかった」
フェルゼンは、右手はオスカル・フランソワの手を握ったまま、左手で彼女のゴーグルを外した。
「腹心の部下から、君が食堂で隊員たちに拘束された顛末を報告されたときには、憤りで瞬時には言葉も出なかった。結果的に何もなかったにせよ、君がどんな思いをしたか。あの舞踏会で踊ったときですら、君の指先が震えていたのを私は覚えている」
フェルゼンはつないだ手に力を込めた。
「そして今も、君の手は震えている」
反射的に引こうとした手を、彼は離さなかった。
「あの夜の監禁事件とアンドレの発砲を隠蔽しながら、私は君のいた日々を振りかえっていた。自分でも驚いたよ。思い出される君は、優しく美しく、気遣いの細やかな、それでいて寂し気な…女性でしかなかった」
ふさがりかけていていた傷を開かれた上、かき混ぜるようなことを言われ、彼女の混乱は深くなるばかりだった。
ただ心のすみっこで、1人のことだけを呼んでいる。
どんなときでも彼女を助け、導いてくれるひと。
フェルゼンの語る言葉の先を、
聞きたい。聞きたくない。
どうしたらいい?
教えてくれ、アンドレ。
しかし、その想いもフェルゼンのひとことであっけなくちぎれていく。
「君を衛兵隊に置いておきたくない。近衛に戻って欲しい。そして、私のもとにも」
「お‥まえ…、何を血迷って…」
彼女は懸命に心を武装する。
今まで彼の言動にどれだけ一喜一憂させられてきた?
所詮この男は、王后陛下しか愛していない。
勝手に思いつめては舞い上がり、結局肩透かしをくって泣いたことが何度ある?
「おまえが愛しているのは、王后陛下だけだろう」
「そうだ。あの方への想いは今も深い。しかし、そうした想いが1人だけに向かうとは限らない」
「私に愛人の1人になれとでも?」
気分を害したように語気だけは強くそう言ったが、彼の言葉には思い当たるものがあった。
あの頃、私はそう思っていたではないか。
王后陛下を愛していてもいい。
ほんの少しでも、彼の心に入りこめるならと。
「君が男の身勝手を許してくれるなら」
彼女のゴーグルを外した左手が、金色の髪をいじっていた。
その密やかな感覚。
男女の機微をじゅうぶん心得たフェルゼンには、彼女の乱れた心を見透かすことなど容易だった。
つないだ手を離し、彼女の頬に添えると、そのまま彼は身をかがめた。
が。
「だめ…だ。フェルゼン」
囁くような声で止められた。
「どうして?」
「…カメラ‥が。定点カメラに‥映…る」
途切れ途切れなその声に、フェルゼンは彼女が自分の申し出を受け入れていると確信した。
彼はホルダーから雪球を取り出すと、振り向きもせず、後ろ手に放つ。
雪球は一直線にラビリンスのコーナーに向かい、定点カメラを直撃した。
弾かれて、あらぬ方向を向くカメラ。
「これでいいね?」
目元を微妙に潤ませて、彼女はぼんやりとフェルゼンを見つめ返す。
混乱を通りこし、虚ろになりつつある彼女には、いいとも嫌だとも言えなかった。
もう何も考えられず、ただじっと、彼のくちびるが近づいてくる気配を感じている。
その、短いようで長い時に身をすくませて。
やがて彼の影で視界が暗くなり……くちびるが触れたかどうか。
その瞬間。
彼女は力いっぱいフェルゼンを突き飛ばすと、壁を蹴ってセンターへとスライディングしていた。
起き上がりざま、フラッグの立つ台座に飛び乗り、躊躇なくそれを引き抜く。
その勢いに乗ったまま、彼女はチーム・ジャルジェサイドの回廊の入口に飛び降りた。
フェルゼンを1歩も動かせぬ、その鮮やかな動き。
「さすがだね、オスカル。こんなときにもチームのことを忘れないとは」
彼は苦笑しつつそう言ったが、彼女とて計算して動いたわけではなかった。
チームを思ってしたことなのか、逃げたかっただけなのか。
そんなこと、自分にだって判らない。
彼をまだ愛しているのかだって判らない。
そんなこと、知りたくない!
今度こそ彼女はフェルゼンに背を向けると、回廊を走り抜けた。
ラビリンスの蒼さからフィールドへ戻ると、陽光の目映ゆさに目が眩む。
「隊長っ!」
すぐ近くにルイがいた。
雪球の補充に下がるところだったらしい。
「これをバックスに」
彼女はボーナスフラッグをルイに押しつけると、アンドレの姿を求めて苦戦中の障壁B付近へと向かった。
押され気味のチーム・ジャルジェのど真ん中に、無防備に飛びこむ。彼女には攻撃できないチーム・ジェローデルが慌てて動きを止めた。
無事に戦線に戻った彼女に、アンドレもアランもほっとして、笑顔を向けようとしたのだが。
常とは違う表情のオスカル・フランソワに、アンドレはある場面を思い出した。
彼女に初めて、秘め続けた想いを告げた日のこと。
薄暗い部屋。
灯りを用意しようとした俺は、おまえに制止された。
そのままでそばに来てくれと言われ、問わず語りを聞くうちにおまえが泣きだして。
つい抑え切れずに、俺は手ひどい告白をしてしまった。
あの日、おまえとフェルゼン伯には何かがあった。
結局、何があったのかは話してくれなかったけれど。
おまえは今、あの時と同じ顔をしている…
フェルゼンがからむたびに、彼女が仄かに見せる不安定さはアンドレを苛立たせる。
動揺を隠せない彼女に優しくしてやりたい気持ちはあるのに、苛立ちはそれに
だから行くなと言ったのに!
そんなアンドレの様子と、表情をこわばらせたオスカル・フランソワに、アランもまた1つの場面を思い出していた。
あれは。
俺たちとあんたの溝が、1番深かった頃のことだ。
あんたを拉致って食堂に連れこんだ、あの夜勤の日。
深夜の巡回に、不審者が引っかかった。
名前も身分も言おうとしないそいつに、俺たちのテンションも上がる。
さて、どう締め上げてやろうか。
いかにも大貴族さまという身なり。
でも、不審者なんだから多少手荒なことをしたっていいよな。
俺たちはゆっくりとそいつを取り囲んで、さぁ!というときに、アンドレを連れたあんたが現れた。
その不審者と対峙したあんたの狼狽した様子。
何も言えないアンドレ。
不審者が見せた驚き。
そうだ、あのとき!
どこかで見たはずと、ずっとモヤモヤしていたあのフォワードは。
フィールド上で今、固い表情を見せるオスカル・フランソワも、そんな彼女を見つめるアンドレの複雑な表情も、まるであの日の再現だった。
そして、先ほどの障壁Bでの攻防で執拗にアランを狙ってきた謎のフォワード。
膝をつき向き直ったアランに見せた驚きの表情は、あの夜の陸軍連隊長!
やっと思い出した!!
「アンドレっ」
アランは走り寄った。
「思い出した。あいつ。あのフォワード!陸軍連…」
彼の腕をつかんで勢いこんで話し始めたアランだったが、しかし、その腕は無造作に振り払われた。
「ちょっ、おまえなんだよ。聞けよっっ!」
吠えるアランを完全に無視して、アンドレはずかずかと彼女のもとへ向かった。
オスカル・フランソワを見慣れた彼には、彼女が泣きだす寸前なのが判る。他の誰もが気がつかなくても。
「だから行くなと言っただろう」
彼女は何か言おうとしたが、アンドレは言わせなかった。
背後に回るといきなり彼女の腕をねじりあげる。
「
後ろ手に捻られたひじと肩の痛みに、彼女は膝をついた。
そして信じられない言葉を聞く。
「少佐!」
顔を上げた彼女が目を向けると、ジェローデルが優雅な所作で、ホルダーから雪球を取り出すところだった。
うそだ。どうしてこんな。
それは何もかもが一瞬のことで、ジェローデルが緩く放った雪球が彼女の胸元で砕けるのを、誰も止められなかった。
5につづく
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