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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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貴賓室へ
ゲスト作家さまの作品がお楽しみいただけます。

    「ようやく始まりました本年度の『雪のベルサイユ』。センターラインとラビリンスをはさんで、画面左サイドがチーム・ジャルジェ陣。右サイドがチーム・ジェローデル陣になります。勝利するには相手チームのフラッグを奪取するか、全員をアウトにするか!どちらをメインに攻めるのか、両チームの戦略が気になるところです。
    …と、今、ジャルジェ准将が自陣フラッグポイントから一気にチーム・ジェローデル陣へと上がっています!ルイがそれにぴったり追随して今、センターラインも越えました!早い早い。手元の資料によりますとジャルジェ准将、100メートルは11秒弱。これは高校男子の公式記録に近い数字です。フィールドが圧雪状態の大変走りにくい中、一気に今、チーム・ジェローデルの障壁Dまで上がってきています!」


    試合開始直後。
    アンドレ・グランディエは、フラッグ狙いで即チーム・ジェローデル陣まで駆け上がるつもりでいた。
    フラッグを抜けばゲームは終わる。
    多少ムリをしてでも、オスカル・フランソワを試合から切り離すには、それが一番自然で穏便なやり方だと思ったからだ。
    しかし、アンドレが慎重に障壁Cからダッシュをかけるタイミングを図っていると、突然後方から金色の毛玉が駆け抜けた。
    「オスカル!?」
    あ…の…バカ!
    予定ではアランとアンドレが攻撃に上がり、彼女とルイがフラッグを守りつつ迎撃する作戦だったのだ。
    それなのに、おまえが前に出てどうする!
    彼女を止めるか、援護するか。
    決められないままアンドレもあとを追う。
    オスカル。おまえ何を考えてるんだ。
    彼女は今、ルイを護衛にチーム・ジェローデル陣の障壁Dの影に付けている。
    その障壁Dの裏側には、おそらくマリュスかエミールがいるはずだ。
    ヘタに動けない。
    しかし。
    アンドレの位置からは見えていた。
    チーム・ジェローデルのフラッグポイントから、迎撃手が彼女を狙っているのを。
    シールドから流れるあの髪は、ジェローデル!
    彼女が動けば狙い撃ちされるだろう。
    「オスカル、動くな!」
    焦るアンドレに、けれど彼女は笑って徒手信号を出してきた。
    その手の動き。

    声を 出すな  元の 位置に

    でもオスカル!
    しかし彼女の瞳はその命令を変えない。
    アンドレは攻撃に気をつけながら、そろそろと下がった。
    「よし、下がったな。あいつには私たちの代わりに迎撃に回ってもらわないと」
    彼女は満足そうな顔をルイに向けた。
    「でもどうして急に作戦を変えたんです?アンドレ、殺気立ってましたよ。隊長になんかあったら、俺、あいつにコロされるかも」
    「おおげさだな。予定を変えたのは…」
    ジェローデルの様子が気になったから。
    先ほどの握手のときに彼が見せた卑屈な眼。
    『私とて好きでしたことではありません』
    それが彼女は気になっていた。
    派手な外見から誤解されやすいが、ジェローデルは男気があってさっぱりした性格だ。
    どんなときでも卑屈になるような男ではないのに、あの自尊心の強いジェローデルがあんな表情をするなどと。
    なんとか接触を図って、どういうことなのか本人に直接聞いてみたい。
    そしてあのとき耳元で囁いた言葉の意味も。
    「予定を変えたのは個人的な理由からだ。ルイ、それでもいいか?」
    「もちろん」
    ルイが片膝をついて姿勢を低くする。
    「仰せのままに」
    頷いた彼女はルイの膝をステップに、彼の肩を足がかりにしてジャンプした。
    ルイが絶妙なタイミングで彼女を投げあげる。
    高さ約2メートルの障壁Dの上に着地した彼女は、真下にいるチーム・ジェローデルのフォワードを1人瞬殺した。
    しかし障壁の上は無防備に目立ち過ぎる。
    すかさず迎撃してくる雪球をよけて、彼女はルイの腕の中に飛び降りた。
    「ルイ、ラビリンスまでいったん下がるぞ」
    足元で砕けて散る雪球。
    彼女はセンターラインを越えて自陣をめざす。
    その背中をルイが完璧に守っている。
    彼女の被弾は、そのままチームの負けに直結するのだ。


    「障壁Dまで一気に上がったジャルジェ准将ですが、あぁっと、ジャルジェ准将が障壁の上にジャンプしました。
    ジャルジェ准将得意の空中戦です。これはチーム・ジェローデルかわせない。フォワードが1名アウトです!!開始1分もしないうちに、早くもチーム・ジェローデルから1名戦線離脱!
    しかし今年もジャルジェ准将の空中戦は怖いですね。決勝のフィールドではラビリンスが視界を妨げるので、チーム・ジェローデルにとっては、高さで動くジャルジェ准将は非常にやっかいな存在です。けれど的になりやすいという弊害もあるので、このジャルジェ准将の身の軽さが吉と出るのか凶と出るのか、実に興味深いところ。勝敗の行方を握るポイントと言えるでしょう。
    そしてチーム・ジャルジェ陣では障壁B付近で激しい攻防が繰り広げられています。チーム・ジェローデルとソワソンの一騎打ち!身体能力の高いソワソンが防戦一方です。しかしソワソン、ここでチーム・ジェローデルを止めなければフラッグが危ない!攻め上がっているチーム・ジェローデルの選手は誰なのでしょう?」


    「隊長っ!?ルイ!?」
    試合開始とともにルイを連れてダッシュをかけたオスカル・フランソワに、アランは驚いた。
    あんた、フラッグ捨てて何やってんだ?あんたらの仕事はフラッグを守ることじゃねぇのかよ。
    あんたのことだから、何か考えがあるんだろうけど…
    また集中を欠きかけたアランの頬ギリギリを、雪球が掠めた。
    はっとして姿勢を低くするアラン。
    ラビリンスの影にチーム・ジェローデルのフォワードの姿が現れた。
    はじめはアメフト並の重装備のせいで大きく見えるのかとも思ったが、徐々に詰められていく間合いに、そうではないことがアランには判った。
    俺もそこそこでかいけど、こいつ、俺よりでかいかも。しかも動ける!この装備でなんでこんなに早いんだ!!もしかしてこいつ“謎のメンバー”じゃないのか?
    アランは障壁Bを離れて前に出た。
    このまま攻め上がられてはフラッグがまずい。
    アランは絶妙なタイミングで送球してくるフランソワに助けられながら、チーム・ジェローデルを必死に足止めする。
    が。
    やばっ!
    フィールドに散らばる氷片にアランは足元をすくわれた。
    姿勢を崩し、膝をつく。
    このままではフラッグが!
    そのとき、チーム・ジェローデルのフォワードはフラッグを取りに行こうと思えばできたはずだった。
    しかし、その選手はそれをしなかった。
    執拗にアランを狙ってくる。
    なぜだ?
    俺をアウトにするより、フラッグを取る方が価値があるだろうが!
    なんとか懸命に雪球をかわしながら、それでも冷静に相手を観察するアラン。
    やっぱり俺、こいつを知ってる気がする。
    誰だ?
    てめぇ、誰なんだよっ!


    「さて、先ほどのチーム・ジェローデル。被弾でアウトになったのはマリュスのようですね。装備はそのままに、シールドだけを外して、今、バックヤードからベンチに現れました。マリュスが出ているということは、おそらくエミールもいるかと思われます。この2人はただ今人気急上昇中の花の貴公子。その人気ぶりは、若き日のジャルジェ准将とジェローデル少佐を思い起こさせます。
    そして今、障壁B付近ではチーム・ジャルジェのソワソンが非常にまずいことになっています!凍った雪片に足を取られたのでしょう、ソワソン転倒です。これは攻撃中のチーム・ジェローデルにはチャンス。すぐ近くにはチーム・ジャルジェのフラッグもあります。
    さぁ、チーム・ジェローデル、フラッグを取りに…… 行かない!?なぜでしょう、チーム・ジェローデルのフォワード、何を考えている?
    しかし依然続くソワソンのピンチ!反撃したいところでしょうが、よけるのに精一杯で体勢を整えられません。これは時間の問題か?チーム・ジェローデル、一気に間合いを詰めて、うわっ、これではソワソンよけきれない!」


    アランは必死に雪球をよけていた。
    なんとか反撃に出ないと!
    しかし体勢を整えるすきがまったく見つからない。
    チーム・ジェローデルのフォワードが大きく近づいてきて、アランは腹をくくった。
    もうアウトでも仕方ねぇ。だったらせいぜいこいつをよく観察してやる。
    アランはじたばたするのをいっさいやめて、膝をついた姿勢のまま謎のメンバーへと向き直った。
    そのアランの態度に、相手が驚いた表情を見せたのが色の濃いシールドを通してでもアランには見えた。
    この表情。
    どこかで見た…
    自らをガードすることもせず、記憶を探るアラン。
    そこに。
    「何やってんだ、ガキ!!」
    アンドレが滑りこんで来た。
    謎のメンバーとアランの間に割って入ると、雪球を鋭く投げこむ。
    そのすきにアランは身を起こし、すかさずフラッグのカバーに回った。
    謎のメンバーは、アンドレの攻撃を的確な動作でよけていたが、少しずつ下がってゆき、やがて身をひるがえすとラビリンスの影に消えた。


    「あ~、グランディエ、これはファインプレイ!!ソワソンの窮地を救いました。アルマンの送球も絶妙でしたね。チーム・ジャルジェ、なんとか直面する危機からは脱出できました。チーム・ジェローデルのフォワードがなぜフラッグを取りに行かなかったのか非常に不可解ですが、しかし今、ジャルジェ准将もまた大変不可解な行動を見せています。
    ルイ・マローとともに再びチーム・ジェローデル陣まで上がったジャルジェ准将ですが、少佐と障壁Eからの激しい攻撃をかわすのに精一杯。どうやら雪球が切れたようです。これはまずい。しかし引かない!
    ここはジャルジェ准将、引くべきところ。何を考えている?
    ジャルジェ准将にぴったりついていたルイが今、わずかに下がりました。雪球の補充に自陣まで下がるようです。しかし、そうなればジャルジェ准将は装備も持たずに敵陣で孤立することになります。
    ジャルジェ准将、危険過ぎる!なぜ下がらない!?」


    いったん自陣ラビリンス裏まで下がってきたオスカル・フランソワはルイとハイタッチを交わした。
    「これで1アウト」
    さて。
    ジェローデルと接触を図るには、やはりジェローデルサイドのフラッグポイントまで上がるしかないか。
    どうやらあいつは迎撃に回っているようだし。
    思案する彼女の後方で、いきなり激しい攻防の気配がした。
    アラン?
    ということは、最低でも1人、チーム・ジェローデルのフォワードがアランで足留めされるわけか。
    ジェローデルサイドに残るフォワードは2人。
    よし!行ける!!
    「ルイ、行くぞ」
    彼女は一声かけると振り向きもせずに、ラビリンスの影から一気に障壁Dへ向かった。
    雪球を軽やかにかわす彼女をルイが援護し、2人して障壁裏に転がりこむ。
    フラッグポイントにジェローデル。
    障壁E付近にフォワードが1人。
    「私はジェローデルに用がある。おまえは障壁Eのフォワードを頼む」
    ゴーグルの位置を調整しながら彼女がそう言うと、ルイが反論した。
    「ここで隊長を1人にしたら、ホントに俺、アンドレにコロされますって!」
    「なら、すまないが殺されてくれ」
    にっこり笑ってそう言うと、オスカル・フランソワは障壁Dから飛び出し、まっすぐチーム・ジェローデルフラッグへ向かった。障壁Eからの迎撃をよけながら、彼女は雪のフィールドを駆け上がる。
    「隊長っ!」
    ったく参っちゃうよなぁ。こっちが逆らえないこと知っててあの笑顔。あんた100%女じゃないか。
    ルイは全力で彼女の背を追うと、障壁Eと彼女のライン上に割りこむ。ジェローデルと障壁Eのフォワードに向かって鋭い牽制を差しながら、彼女に追いつき背中に回した。
    「ルイ!」
    「少佐んとこまで送ります。隊長、あの男と話したいんでしょ?」
    「ああ!メルシ!!」
    オスカル・フランソワは全開の笑顔をルイに向けた。
    その表情は勤務中では絶対見られない愛らしさで、迎撃を受けている最中なのにルイの視線は彼女に釘づけになる。
    隊長ってきれいだと思ってたけど、ホントはかわいかったんだなぁ。こんな女を毎日間近で見てて平気なんて、やっぱアンドレはフツーじゃねーわ。
    「俺にできるのは送るとこまで。あとのことは判りませんよ?」
    「じゅうぶんだ、ルイ」
    ルイの背中に守られて、彼女は被弾しないことだけに集中しながら走る。迎撃をよけつつ、ルイの肩越しに雪球を投げこんでいくが、いくらコントロールの良い彼女でも、移動しながらではスピードボールは投げられない。
    ここは奇襲に出るしかないか。
    ルイ!
    気配だけで彼を呼ぶと、ルイはそれだけで彼女の意図を理解した。このコンビネーションを培うために、この冬2人はがっつり練習してきたのだ。
    迎撃の隙を縫って、先を走るルイが身をかがめると、彼女は猫のようなしなやかさで彼の背中にジャンプした。
    うまいタイミングでルイが立ち上がれば、彼女は障壁よりも高く跳ぶことができる。
    「っしゃっっ!」
    ルイは景気よく彼女を舞い上げると、そのまま障壁Eとジェローデルに向かって牽制球を放った。雪球のムダ撃ちはイタいが、跳んでいるときの彼女は1番狙われやすい。
    ルイは惜しげもなく牽制を差してゆく。
    そのためにルイはアランやアンドレより3本多く、雪球のホルダーを装着しているのだ。体格と体力に恵まれたルイだからできる装備だった。
    跳ね上がった彼女は弧の頂点で身をひねらせると、それまで交戦していた方向ではなく、チーム・ジェローデルのバックスにその攻撃を向けた。
    補球ルートを絶つのもまた効果的な戦略。
    不意をつかれたバックスは、慌てて障壁Fの陰に隠れようとした。しかし、高さと角度を持って投げ下ろされる雪球は、退避したはずのバックスの後脚を掠める。
    やったか?
    しかし審判からのコールはない。
    ちくしょう。ジャッジ!ちゃんと見とけよ!!
    軽く苛立ちながらも、このまま一気にフラッグ前のジェローデルまで攻め上がりたい彼女に、抗議をしている余裕はなかった。
    障壁Fのバックスが補球から反撃に転じてくる。
    着地の衝撃を逃がしてフィールドを横滑りしながら、彼女も攻撃を緩めない。
    1球、2球…
    ここで1人はバックスを潰しておきたい。
    5球、6球…
    しかし。
    ちっ。球が切れた。いいところまで追いつめたのに!
    「隊長、球切れ?」
    息を切らしながら、ルイがぴったり脇についた。
    「球切れだ」
    「ムダに撃ちすぎなんすよ、隊長は。ホルダー1本しかつけてないくせに」
    ルイはからになった彼女のホルダーを外すと、自分のホルダーを外して手早く彼女の腰に巻きつけた。
    バックルをいっぱいまで引いても緩すぎるが、この際しかたない。
    「あと3球しか入ってませんけど、これで保たせてください。俺、ちょっと下がってホルダー満タンにしてきますんで」
    人のことをムダ撃ちだのと言っているくせに、ルイも球切れになるまで撃ちまくっていたのだ。
    センターラインまで下がれば、意外に肩の強いフランソワならじゅうぶん送球可能だけれど、送球でホルダーを満タンにさせるとなると時間がかかり過ぎる。
    やはりバックラインまで戻って、ジャンにも手伝わせて装填作業をした方がいいかもな。問題は隊長が耐えられるか、だけど…
    ルイは彼女のそばを離れがたい思いにかられたが、球切ればかりはどうしようもない。
    だいたいアンドレもアランも何やってんだよ。
    毒づきながら、ルイは下がりはじめた。
    無事でいてくださいよ、隊長。
    彼女に目で促され、ルイは背を向けると全力疾走で自陣へと戻る。それを目の端で見送りながら、彼女はさらりとジェローデルの前まで進み出た。
    その様子があまりに自然で優雅だったので、一瞬誰もが動きを止めた。
    まるで舞踏会の1コマのように見えたのだ。
    しかし、残念ながら彼女にはそんなロマンティックな発想はない。
    素早くジェローデルの手首を取ると、その背後に回った。
    優秀な武人であるジェローデルなら、その気になれば力でもって彼女の手を振りほどくこともできるかと思われるが…
    でも、おまえは私に実力行使はできないだろう?
    彼女はジェローデルの腕を拘束し、彼を盾にして下がる。
    攻撃してくるフォワードに、ジェローデルのホルダーから雪球をパクリながら反撃しつつ、彼女は障壁Dの陰に彼を連れこんだ。
    「どういうことです?オスカル孃。こんな危険なまねをして」
    「どうしてもおまえと話したかったんだ」
    「何を、ですか?」
    ジェローデルは物憂げな目をして笑った。
    あなたが私と話したいのは、私にお気持ちがあるからではない…
    「おまえ、何を隠している?戦略にしてはおまえの様子は変だ。今だって私の目を見ようとしない」
    「私の心配をしている場合ですか?こんなご無理をしていただいたところで、私はあなたには何も話せない。近衛に身を置く立場ですから」
    言い終わるとともに、ジェローデルは巧みに手首を返すと、彼女の華奢な肘に逆関節をキメた。
    「動かないで、オスカル孃。無理に動けば相当に痛みます」
    「おまえが私にそんなことできるか」
    「さぁ、どうでしょう。もっともその前に、あなたにはここで私に撃たれてもらいますが」
    ジェローデルはホルダーから雪球を取りだした。
    まずい。この距離ではよけきれない。
    彼女はわずかに焦りを感じた。
    「動いてはいけません、オスカル孃。お怪我をさせたくないのでね。それに…これが今、私があなたにして差し上げられる最上のことなのです」
    「だからおまえは何を言って」
    問いかける彼女を黙らせるように、ジェローデルは障壁に彼女を押しつけた。
    あとはごく軽く雪球を当てるだけでいい。
    手に握った雪球を、彼は本当に軽く、指先の力だけで投げた。
    誰もがチーム・ジャルジェの負けを確信した瞬間だった。
    が。
    彼女が被弾する寸前で、ジェローデルの投げた雪球が砕けた。
    「てめぇ、うちの隊長に何してんだよ」
    派手に飛びこんできたのはアランだった。
    力任せに投げこんだ雪球が、ジェローデルの放った雪球を弾いたのだ。
    助かった!
    彼女は安堵の息をつきながら、それでもジェローデルに問う。
    「近衛に身を置く立場だから何も言えないと言ったな。では、今おまえには上からの圧力が?」
    彼女から身を離しつつ、アランとの距離を測りながらジェローデルは下がる。
    「私には何も言えないのですよ、オスカル孃。それにもう、判ることです」
    「おい、待…」
    追おうとした彼女の足元で雪球が跳ねる。
    チーム・ジェローデルのフォワードが障壁Dに集まりだしていた。
    「隊長、これルイから!」
    雪球が飛び交いはじめた中、アランが彼女に装填済みのホルダーを投げてよこす。
    バックルに獅子の紋が刻まれたホルダー。
    「メルシ!」
    キャッチしながらふと見ると、雪球を投げこむアンドレと目が合った。
    いつもなら、こんなとき1番に飛びこんで来るのはアンドレなのに…
    彼女は一瞬そんなことを思ったが、激しくなる交戦にその気持ちはすぐに消えた。
    アンドレの微妙な表情にも気づかない。
    ホルダーを装備すると障壁から飛び出した。
    チーム・ジェローデルのフォワードは全員フィールドにいる。
    彼女はアンドレに指示を出した。
    「ラビリンスだ、アンドレ。ボーナスフラッグを!」
    このとき彼女がアンドレに指示を出したのは、まったくの偶然だった。ボーナスフラッグを取りに行くのは、アランでもルイでも、なんなら彼女自身でも良かったのだ。ただアンドレが1番、ラビリンスの近くにいたというだけで。
    しかし、このことはジェローデルには好都合に働く。
    グランディエと接触を図るまたとないチャンス。これを利用しない手はありませんね。
    アンドレがラビリンスへ向かう姿を確認すると、ジェローデルもそっと戦線を離脱した。


    3へつづく
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