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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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    「では、今…宵」
    くちびるを離すと、おまえは吐息まじりにそう言い、すごく寂しそうな顔をした。
    うわ。ダメだろ、コレ。
    じぃっと見上げてくる瞳。
    …泣く?
    そう思ってしまうぐらいの憂えた青。
    おまえは俺の部屋を出るところだった。
    恋人になってくれたばかりのお嬢さまは、朝からちょくちょく俺の部屋に顔を出していて、これではみんなに2人のことがバレるんじゃないかと、俺は内心ヒヤヒヤしている。
    だってまだ昼下がりだというのに、もう7回目!
    おまえは誰にも見られていないと言うけれど、いくらなんでも来過ぎだろう?
    そりゃ、俺だっておまえが来てくれるのは、嬉しいけどさ。
    でも。
    おまえは夢中になると、つい(はし)り過ぎるクセがある。
    今までは主に、それは職務に発揮されていた。
    けれどその裏で、どうにもならない初恋にはまり込み、ひたすら苦しんだだけのおまえも、俺は知っている。
    あのときのオスカル。
    見ていられなかった。
    つのり過ぎた想いは結局、女装で舞踏会というブッ飛んだ発想につながり、あのときも俺は本っ当にヒヤヒヤさせられたものだった。
    それはもちろん、こっそりと抱えていたオスカルへの恋心や、おまえが遠くへ行ってしまうような焦りのせいもあったけれど、それよりも、公衆の面前でおまえの正体が見破られたら。そして、おまえがそうまでして踊りたかった相手が、誰なのか知れてしまったら。
    王妃と、その情人と、男装の近衛連隊長の3角関係。
    どれほどのスキャンダルになるか判らなかった。
    きっと誰もが無傷ではいられない。
    俺はあの夜、どんなに心配しただろう。
    お忍びだからと置いていかれて、お屋敷でじっと待つしかない時間は、ハゲるかと思うほどのストレスだった。
    俺は心労が髪にくるタイプなのだ。
    幸い何ごともなくコンティ太公妃の舞踏会は終わり、おまえの初恋も終わった。
    そのどちらに対しても、俺は心底ほっとして、俺の髪も抜けずに済んだ。
    今となっては、懐かしいと言えなくもない昔話だ。
    が。
    朝っぱらから俺の部屋に足繁く通ってきたお嬢さまは、またしてもブッ飛んだことを言い出した。
    今夜、お屋敷の慌ただしさに紛れて、俺の部屋に忍んで来るというのだ。
    恋人としての一夜を過ごすために。
    今日から奥さまに長逗留のお客さま方があり、夜には歓迎の晩餐会が開かれる。また、だんなさまの方ではお屋敷で会合をなさるとかで、使用人たちも含め、今夜は誰もが忙しくなる。
    肩を傷めて休暇中の令嬢や、その従僕の腰痛男を気に止める者はいないだろうと、それは俺にも予想がつく。
    でも、この発想には久しぶりに驚かされた。
    2人の想いが通じ合った夜、確かに俺は、オスカルの胸元にくちづけのあとを刻み、その野ばらのように残った紅い跡が消えないうちに結ばれようと言った。
    でもそれは、あくまでも詩的な表現であって、いずれそうありたいという願望はこもっていたが、そんなにすぐ叶うとも思っていなかったのだ。
    しかも、俺の部屋で。
    まったくこのお嬢さまには、いつもびっくりさせられる。
    いつか本当にハゲるかもしれない。
    今夜の逢瀬まで、もう部屋には来ないと言うおまえと、俺は最後のくちづけをした。
    “最後”。
    言わずもがな、これで完全に幼なじみとしての関係が終わるという意味での、最後だ。
    俺はあえて軽くくちびるを重ねるだけにした。長いけれど、触れるだけの。
    そして、余韻だけはたっぷりと楽しんでから、俺が扉へと背中を押すと、おまえが先ほどの台詞をつぶやいたのだ。
    「では、今…宵」
    そう言いながらも、おまえは扉を開けようとせず、振り仰ぐように、じぃっと見つめてくる。
    「寂しいの?」
    からかい半分に言ってみたら、おまえは瞳をうるうるさせて頷いた。
    そのしおらしさ。
    おいおい、ずいぶんとかわいいじゃないか。
    どうしちゃったんだ、オスカル!
    俺はおまえの手首をつかんで、今、まさに今、寝台に連れ込みたい衝動に駆られた。
    でも。
    ダメだ。ここは我慢しないと!
    おまえが自分から『今宵』と言ってくれたんだから。
    それに、俺にだってそれなりに、おまえとの理想の夜がある。昼も日中から無理やり寝台に引きずり込むのでは、いくら何でもあんまりだ。
    「は――っ」
    俺は自分を落ちつけるために、大きく息を吐いた。
    ここでガツガツしてはいけない。
    ヒッヒッ フー
    ヒッヒッ フー
    うーん、なんだか落ちついてきた。
    俺は余裕を装って、おまえの額にくちづけ、優しく背中を押してやる。
    「俺だって寂しいよ。でも今夜は一晩中、一緒にいられるんだし、」
    今までの方が、ずっと寂しかったから。
    その気持ちを、みなまで言わなくても、おまえは理解してくれたようだった。
    体をひねるようにして一瞬振り向くと、俺の頬にくちびるを触れさせてきた。
    「楽しみに、待っていてくれ」
    「見つかるなよ?特に、おばあちゃんには」
    「まったくだ」
    おまえはクルリと背を向けて、金色の髪を揺らしながら、自分の部屋へと戻って行く。
    誰にも見られていないか、俺は注意深く見送り、そして扉を閉めると寝台へダイブした。
    腰痛をものともせずに、シーツにくるまって転げまわる。
    「くうぅぅ~っっ」
    ついに、オスカルと。
    今夜、この部屋で!
    長い長い片思いの日々が一気にフラッシュバックして、胸が熱く詰まる。
    何度も諦めかけて、でも、その度にまた惹きよせられた。ほかの女を好きになろうと、努力したこともあったけれど。
    「諦めなくてよかったなぁ」
    転げまわったシーツにはうっすらと、さっきまでいたおまえの香りが残っている。
    それは、感極まってつい引き下ろしてしまったコルセットからこぼれた、双つのふくらみを連想させた。
    体の細さのわりには、ほどよい質感でぷるりと揺れた胸。
    侍女の乱入のせいで、あまりよくは見られなかったし、それほど触れることもできなかった。
    だけど。
    俺のものになってくれるというおまえ。
    すべてを…くれる、と。
    俺にはおまえを幸せにできるだけの地位も身分も財産も…何もない。
    本当になんにもない。
    でも、こんな俺のものになると言ってくれるなら。
    女性にここまで言わせておいて、頑張らないわけにはいかないでしょう、男ならば!
    抑えきれない期待感に満ちながら、俺はおまえとの夜について考え始める。
    大丈夫だ、オスカル。
    俺が全部、教えてあげるから。


    【待ち人薫る 序章 ~SIDE Oscar~】につづく
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