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【愛すべきバカップル】 (2012/夏企画先行ノベル)
UP◆ 2012/7/7「おまえ、俺の部屋に来すぎ」
「だって…」
彼女はパタリと扉を閉めると、壁に寄せた寝台に腰かけているアンドレを軽くにらんだ。
「悪いか?」
強気な表情は今まで通りなのに、『悪いか?』と問う声音はどこか不安そう。
おもねるような気配が漂っている。
どうやら彼の機嫌を損ねたくないと思っているらしい。
へぇ…
そんな彼女の様子に、彼は新鮮な驚きと、そして、また新たに湧き上がってくる幸福感に満たされた。
まるで発作みたいだ。
美しい金髪の幼なじみが彼の恋人になったのは、ほんの一昨日。
それからというもの、彼はたびたびこの発作に見舞われている。
理由はとても簡単なこと。
子供の頃からの長い付き合いなのに、恋人同士になった途端、彼女は彼ですら見たことのない、いろんな表情を見せ始めたからだ。
うるうるした瞳や、照れて目線を外すしぐさ。髪を撫でてやると、心地よさそうに目を閉じたりして。
彼女のそんな姿は彼のハートを直撃し、暴力的なほどの幸福感が押し寄せてくる。
ことに、一昨日、彼の寝台で彼女がつぶやいた
『…おまえのものに。おねがい』
これを思い返すと、もうダメだ。
1人で部屋にいるときなど、『おねがい』と言ったときの彼女の声と、せつない表情を脳内再生しては、デレデレするのを止められない。
「くうぅぅ~っ」
意味不明な声を発しながら寝台を転げまわり、シーツの波間で身悶える始末。
そして。
今、もっとも彼が気にいっている“彼女”は、くちづけを欲しがる様子だ。
じぃっと見つめてくるくせに、彼と目が合っても何も言わない。
でも、何か言いたそうで、もじもじした様子。
それはおよそ皆の知るオスカル・フランソワとは、かけ離れた姿。
彼はこれを見てしまうと幸福感の波状攻撃にあい、萌え狂いそうになる。
しかも、くちづけが欲しいと上手に言えない彼女は、なんとか気持ちを伝えようと彼の隣にぴたっと座ってきたりするのだ。
ちゃんと言葉で言えたのは、よほど勢いづいたときの1~2度だけ。
だから大概、そうしてくっついてくるだけで、あとは困った顔をしている。彼女に出来るのは、熱のこもった目で彼を見上げることのみ。
昨日までは、そんな様子を見るだけで彼も嬉しくなってしまい、2人、何度となく怒涛のようなくちづけ状態に突入してしまっていた。
彼の積年の想い。
彼女が無意識に育てていたアンドレへの想い。
ようやく解放されて、それは激しいくちづけとなる。
なまじ身体能力の高い2人だから、激しさは相当なもので、くっついたくちびるを引き離すには、1個中隊の出動を要請せねばならぬだろうほど。
でも。
さらに1日経ち、ちょっと落ちついた彼は、もっと面白いことに気がついた。
ぴたっ。
気恥ずかしそうに、彼女が隣に来る。
判っていて、無関心を装う彼。
すると彼女は、少しだけ間合いを詰めてくる。
“ぴたっ”といっても、それは彼女比でのこと。
実はそれほど露骨にくっついてはいないのだが、そこを彼女はニジニジと詰めてきて…彼の隻眼を見上げたりなんかする。
これはもう、彼が長年妄想してきた“恋人がくちづけをせがむの図”そのもの。
かわいい、オスカル。すんごくかわいいっっ!
あ~、たまんない。
内心ちょっと息が上がり、とある地方も盛り上がってくるが、それでも彼は涼しい顔して彼女を見返す。
すぐにはくちづけてやらず、薄い笑いを含みながら、恋の熱で潤みがちな青い瞳を思わせぶりにのぞきこんでやるのだ。
すると、ここからの彼女の反応は2パターンに分かれる。
頬を染め上げて固まり、彼から目もそらせなくなってしまう。
もしくは。
見つめられるのに耐えきれず、真っ赤になって目をそらす。
平素のオスカル・フランソワを見慣れている彼には、どちらも堪えられないこのギャップ。
彼の男としての庇護本能を、たっぷりとくすぐってくる。それは、他の女では絶対に得られなかった充足感。
ああ、なんたる幸せ。
遠慮がちに寄り添ってくる彼女に、とぼけた調子で彼は問う。
「何? オスカル」
「何…って」
もう!判ってるくせに。アンドレの い じ わ る。
そんなテロップが、彼の脳内に流れる。
もちろん彼女は、そこまで気色の悪い台詞を吐いたりしない。
でも。
いいだろ、俺の妄想なんだから。
彼は現実の恋人と妄想上のオスカル・フランソワを頭の中で織り交ぜながら、目線と言葉で彼女をいたぶっていく。
くちづけが欲しい。
それだけの彼女を、存分に追い詰めて。
それからやっと、ご褒美のように濃厚なくちづけを与えると、さんざんじらされた彼女は、彼の思惑通り、簡単にくちづけに夢中になるのだ。
くくっ。
彼は胸の奥で、秘めやかに微笑う。
男で変わる女だとは思わなかった。
ずっと彼女に振り回されてきた彼。
もし恋人同士になれたとしても、基本的な2人の立ち位置は変わらないと思っていた。
それなのに。
2人きりになれば、恋人としての彼女のなんと従順なことか。
恋の主導権は、彼の思うがままだった。
そんなふうに彼女を変えたのが、他ならぬ自分だということが、彼をより悦ばせている。
「おまえ、本当に俺の部屋に来すぎ。今日だけでも5回目?6回目?」
「な…ななかい…め」
くちづけの合間のせわしない息つぎ。
「バレる、よ?」
「だいじょ‥ぶ。誰にも‥見られ‥て‥ない」
ふうん。
誰にも見られてない、か。
彼女がそう言うのなら、そうなのだろう。この恋を守るために何が必要か、彼女にだって判っている。
初めての恋人に、どれほど溺れそうになっていても。
彼は寝台に並んで座り、くちづけに酔っている彼女をパタリと押し倒した。
といっても、押さえつけてしまうわけではない。
彼女の脇に腕をつき、ひとことだけ言ってみる。
「見せて」
それだけで彼女は、理解したようだった。
陶酔していた表情に、とまどいが差す。
「見せて、オスカル」
「でも…こんな明るい…」
確かにまだ陽は高く、午後の光が柔らかい。
しかし。
彼は優しく、その反面、今までになく断定的な口調でさらに言う。
「早く」
「……」
彼女は声にならない声をため息に紛れさせ、言われるままに、ブラウスのボタンに指先をかけた。
えり元のリボンを解き、1つ目、2つ目、3つ目を外す辺りまでは順調だったが、4つ目のボタンでその手は止まる。
「アンドレ、もうこれで」
「ダメ。ちゃんと自分で開いて見せるんだ」
彼にはまったく手伝ってやる気はなく、むしろますます笑みを深めながら、彼女を見おろす。
どぎまぎしながら、せめて少し部屋を暗くしてくれと彼女が訴えても、彼にはカーテンを引いてやる気だって、ちっともない。
さぁ、オスカル?
黙って見つめていると、彼女はようやく自らブラウスを開き、コルセットをギリギリまで引き下ろした。
それは本当にギリギリのライン。
きわどいところで、ちく…バストトップまでは見えない。
ああっっ、惜しい!
何より彼はまずそう思い、それから当初のお目当ての部分に目を向けた。
胸のふくらみに自分が刻んだ、野ばらのようなくちづけの跡。
それは1日おいて、だいぶ薄くなってきている。
もう2~3日したら、すっかり消えてしまいそうだ。
『この印しが消えてしまわぬうちに、俺たちは結ばれるんだよ。判ったかい?』
2人の頭の中に、同じ言葉が浮かぶ。
「オスカル」
「アンドレ」
お互いに同じことを考えているのが、はっきりと感じられる。
図らずも王妃からもらった小さな冬休みも、明日まで。
この2日で、彼女の肩も、彼の腰も、そこそこ落ちついていた。多少のアレコレなら、大丈夫と思えるぐらいには。
最初から、それほど激しいことをするつもりもないのだし。
「あの…ね、アンドレ」
明るい部屋で、露わになった胸元を彼に検分されるのは、想像以上に恥ずかしい。
30過ぎの身で純情ぶるつもりもないのだが、今まで男に素肌をさらしたことのない彼女の声は、自然とうわずる。
しかも、そんな自分を彼が愉しんでいるのが判るから、腹立たしいことこの上ない。
ちくしょう。なぜ私がこの男に弄ばれねばならぬ?
いくら強気にそう思っても、恥ずかしさは消えてくれないし、どきどきもおさまらない。
しかも彼は、消えかけている刻印をツンツンしたり、貧…控えめな胸をむにむにしたり、勝手なことを始めている。
「‥や‥アンドレちょっと待っ‥‥ぁ…んっ」
思わず漏らしたあられもない声。
それを彼女は自分でも信じられなかった。
駄目だ、こんな!私がこっ‥こんな!!あ"~、私とこいつの記憶を消したい!!
甘い声をあげてしまった瞬間をごまかしたくて、彼女はあたふたと話し始める。
「今日から母上のところに客人が来る予定だろう?」
彼は指先の微妙な動きを止めないまま、頷く。
そうだ。
奥さまのお友達のご婦人が、お嬢さま方を連れて数日滞在するらしい。
『娘をなんとか宮廷での舞踏会にデビューさせたい親心なのでしょうね。オスカルがロザリーを舞踏会に連れ歩いてから、そんなお話ばかりなのよ』
困ったように笑っていらっしゃった奥さま。
あわよくばロザリーのように宮廷デビューし、さらにあわよくば、ポリニャック夫人のように王妃のお気に入りになれるかもしれないと夢を見る人は多いのだろう。
『ジャルジェ家が後見についたところで、宮廷への出入りを許されるわけでもないというのに』
ジャルジェ夫人は呆れ顔だったが、理由はどうあれ年頃のお嬢さま方が滞在されるということで、お屋敷も華やぐとマロンや若いメイドたちは、きゃいきゃい言いながら支度をしていた。
「それに、先ほど急に決まったことなのだが」
レニエから執事に連絡があり、今夜、幕僚たちが集まっての私的な会合を、ジャルジェ家で開くのだという。
「だから今日は深夜に至るまで、皆がそれぞれの持ち場にかかりきりになると思う」
「…だな」
ちょっとばかり肩を傷めた末娘や、その従僕の腰痛男に注意を向ける者はいない気がする。
彼女の7回目のご訪問は、好き心のみならず、それを伝えるためだったのかと彼も納得した。
「今宵私は湯浴みを終えたら、気分が悪くなる予定だ。そうだな、多分、湯あたりでも起こすだろう」
「そして今日はこのまま寝みたいから、誰も部屋に来ないように、なんて言いつけるつもりだろ」
「ピンポ~ン!ご明察だ、アンドレ」
「そして俺がこっそりおまえの部屋を訪ねるわけか」
そして始まる2人の甘ぁい夜。
彼はまた、寝台の上を転げまわりたい衝動に駆られた。
が。
「ブー!それはハズレだ」
「え?だって…え?」
いきなりの肩透かしに、目をパチパチさせる彼に、落ちつきを取り戻してきた彼女はニヤリと笑った。
「人目を忍んでこっそり訪ねるのは、私の方だ」
「…って、じゃあおまえ、今夜はここで!?」
「悪いか?」
「悪かないけど…」
初めて結ばれるのは、なんとなく彼女の部屋を思い浮かべていた彼。
たくさんある彼の妄想パターンも、そのほとんどが彼女の寝室だった。
そうでなければ、勤務中の司令官室でイヤがる彼女を、とか。
イヤがりながらも、徐々に素直になっていくおまえを俺が…
っと。
やばいやばい。妄想している場合じゃなかった。
彼は気を取り直して、彼女の言葉に耳を傾ける。
「万が一にも、誰かに踏み込まれたら」
彼が断罪されるされるのは必至。
平民が伯爵家の令嬢の寝室に入りこみ、手を出したとあらば言い訳の余地もない。
しかし。
「私がこの部屋に押し入り、おまえを襲ったのなら、誰も文句は言わないだろう」
それに。
彼が子供の頃から過ごした部屋。
アンドレが自分を想い続けてくれた長い年月や、彼の選んだ本や小物や、数多の思い出たち。
そういった、言わばたくさんの“彼”に包まれて、彼のものになりたいと彼女は思ったのだった。
…ふふ。まったく私らしくない少女趣味だ。
とても彼には言えたものではない。
「そりゃ、おまえの言う通りかもしれないけど」
彼の方はと言えば、彼女の言い出した妙案に、漆黒の隻眼が点になっている。
俺が襲われる?オスカルに?
それは彼のたくましい妄想力のナナメ上を行っていて、大きな驚きも与えたが、しかしまた、別のワクワクを彼に与えた。
俺に抱かれるために、人目を忍んで部屋に来てくれるおまえ。
ああ、たまらん。
これはある意味、夜這いじゃないか?
阿呆な妄想は広がり、彼のとある部分は痛いぐらいにギンギ…昂まってきて、ぴっちりしたキュロットがつらくなってきた。
「ああっ!オスカルぅ~」
感極まった彼は、彼女のコルセットを引き下ろした。
ぷるんとこぼれでる、女性しか持たない柔らかそうな双丘。
初めて明るいところで見る彼女のそこに、彼は鼻血が出そうだった。
「すごくきれいだ、オスカル」
「おまえっ!!」
予想外の暴挙に、彼女はパタパタと暴れる。
「今宵と言っているだろうがっ!あと数時間待てないのか貴様っっ!!」
「ん~、でもちょっとだけ。
〇〇ぐらい〇〇させてくれたら落ちつくから」
「この下衆野郎!」
「俺は下衆な男ですぅ」
「ばかぁっ!!」
犬も喰わない寝室上の攻防。
2人は至って真剣だったが、しかし、2人の耳に新たな音が響いた。
「トントン」
それはノックの音。
「アンドレ?いるんでしょう?」
扉の向こうで女の声がした。
「誰だ?」
「声だけじゃ判らないよ。それよりも!」
胸も露わな彼女。
今、いくら急いだとしても、コルセットを締め直しブラウスを整えるには時間がかかり過ぎる。
「アンドレ?開けるわよ?」
「待って。今、着替えてるんだ。ちょっとだけ待ってくれるかい?」
彼は、寝台の隅に押しのけられてこんもりしている寝具をさらにこんもりさせて、そこに彼女を押しこんだ。
「ぅわっ、何を!」
「いいから。なるべく平たくなっててくれ」
彼女にばふっと寝具を被せると、彼は扉に近づいた。
「悪い、待たせたね」
警戒するように、扉を極めて細く開いた。
のに。
ばんっ!!
彼をはねのける勢いで、扉が大きく開けられる。
「うわぁっ」
入って来たのは、ジャルジェ夫人付きの侍女だった。
「ナターシャ」
「はい、アンドレ。これ、奥さまからのお見舞いよ。今日いらっしゃるお客さまにお出しするワインなの。特別に1本、お分けくださったのよ。高価なものらしいわ」
「そう、ありがとう。じゃ、何か特別なときにいただこうかな。…って、ナターシャ?」
すぐに引き取るかと思った侍女は、ずいずいと彼の部屋に押し入ってきた。
「君、仕事に戻った方が」
「大丈夫!私、今日お休みなの。アンドレのお見舞いに行くって言ったら、たまたま奥さまにワインのお遣いを頼まれただけ」
「あ…そう。でも、見舞いって言っても、俺もずいぶん良くなったし、だから」
彼はやんわりと追い出そうとするが、侍女はどこ吹く風だった。
「腰を傷めちゃったんですってね。かわいそうなアンドレ。オスカルさまも人使いが荒いから」
ピリピリっ。
寝台の辺りから妙な電波が放出されるのを、彼は背中に感じた。
うう…まずい。
「いや、俺が勝手にあいつの世話を焼いてるだけだから」
「あぁん、アンドレやーさーしーい。でも、その優しさに期待しちゃう女の子も多いのよ?あたしもその1人だけど」
「期待って、俺は君に何も」
「やだ、アンドレったら。この間のデートでは、あんなに優しくエスコートしてくれたじゃない」
ピリピリピリっっ
また彼の背後で、殺気立った電波が放出された。
「この間のデート…?」
「そうよ、アンドレが休みで、ちょっとお買い物に行くって言ってた」
「ああ!」
彼女に頼まれた買い物をこなそうと、休みの前日に、夫人のところにも顔を出したアンドレ。
気の利く彼は、もし夫人にも入り用なものがあれば、ついでに頼まれようと伺いに行ったのだが、そのとき、一緒に行きたいと言いだしたのがナターシャだった。
『明日、パリで友達と待ち合わせてるの。一緒に乗せて行ってくれない?』
そう言われて、彼は気軽に引き受けたのだ。
が。
結局その友達とやらは現れず、彼はナターシャと1日買い物をして回ることになった。
そして、ナターシャの目的だったという行列の出来るカフェに行き“今月のスペシャリテ”とかいう限定スウィーツを共に賞味して、さらに小物が見たいと言い出されてそれにもつき合い…
でもあれはデートとは言わないはず。
「あのときは、君の友達が来なかっただけで」
「やぁだ、アンドレってばとぼけちゃって。本当は判ってるんでしょー?友達と約束なんて、なかったんだって」
「はあぁぁぁ!?」
「楽しかったね、デート。あのスペシャリテも美味しかったし。また行かない?あなた、明日も休みでしょ?またご馳走して欲しいな」
ピリピリピリピリ――
鋭い電波の放出に、彼は背筋がゾッとした。
早くこの侍女を追い出さなければ。
「でっ、でも、ナターシャ。あのスペシャリテは先月限定なんだろう?」
「あたし、そんなコト、言ったっけ?」
侍女はペロッと舌を出して見せた。
こと、ここに来て。
ようやく彼は、この侍女にはめられたことに気がついた。
あの1日は、偶然一緒に過ごしたのではなく、押しかけデートだったのだと。
「また手をつないで歩きたいなぁ」
ああ、そう言えば手もつないださ!
石畳につまずいて、足が痛いというから、手を引いてやっただけだけど。
「かわいいって言ってくれたし」
リボンを選んでいた侍女が、かわいいかと聞いてきたから“リボンがかわいい”と答えただけだ。
ああ……
「なんだって、そんな」
脱力した彼がつぶやくと、侍女はぷくっと頬を膨らませ、すねてみせた。
「だって、マルゴもポーラもイボンヌも、みんなアンドレとデートしたコトがあるのに、あたしだけしたコトないんだもんっ」
「みんな…デート……あっそ…」
彼はついに脱力しきって、がっくりと膝をついた。
俺はアレか?お屋敷の侍女たちに、デート用の男としてはめられまくっていたのか?
「出てってくれ…」
「え~?アンドレ、冷たい」
「いいから!!」
彼は後込みする侍女の腰を抱え、グイグイと部屋から押し出した。
「はあぁぁぁ…」
ため息と共に扉を閉めて、鍵までかける。
振り向いたときには、ものすごい勢いで稲妻を放出している彼女が寝台に座っていた。
「モテモテだな、アンドレ」
「おまえだって聞いてただろ?すべて偶然と誤解の結果だよ」
「偶然?偶然ねぇ」
ふっ。
彼女はキザな貴公子然とした、いやな笑いを吐き出した。
「1日デートしていれば、それが偶然かそうでないかぐらい判るだろうよ」
「判んなかったんだから仕方ないだろ!だいたいお屋敷の侍女たちなんて、俺にはみんな、妹みたいなも‥ん」
ってやばい。
ご機嫌超ナナメな状態ですっくと立ち上がった彼女は、今まで“妹”の筆頭だった女。
「ほぉ。妹か。どこかでよく聞いた覚えのある言葉だな。ふぅん。ずいぶん便利な言葉じゃないか、アンドレ。私にも弟が欲しいぐらいだぞ」
彼女は身仕舞いを終えると、大股でガッガッと足音を立てながら、彼の横をすり抜けた。
「ちょっとオスカル!おまえ、今夜部屋に来るんだろうな?」
「さぁ、どうだろう。あまり人使いが荒いと、おまえに嫌われそうだし」
即座に嫌味がポンポン飛び出す彼女。
おまえも女だったということか。
口数では男は絶対女に勝てないと、彼は黙りこむ。
シンとした、間。
ややあってから彼女がポツリとつぶやいた。
「だって。おまえが侍女ととっかえひっかえデートしてるなんて、知らなかったから」
「だからあれはデートなんかじゃないって」
「うちの侍女たちはみんな、若くてかわいくて。
…不安になるじゃないか」
オスカル、おまえ。
彼は慎重に彼女に近づき、扉から自分へと顔を向けさせた。
ちょっと涙の溜まった瞳。
「俺が心変わりするとでも?」
「……生涯かけて、私1人か!?」
彼は強く頷いてやる。
「私だけを一生涯愛し抜くと誓うか!?」
彼はさらに強く頷いてやる。本当は臆病な彼女を、安心させるために。
「誓うか」
勇ましく言いながらも、彼女はすっかり泣いちゃっている。
彼が腕を広げると、胸に飛びこんできた。
…やっぱりかわいい。
彼の部屋の扉の前で、固く抱き合ったまま、怒涛のようなくちづけに突入する2人。
はたから見たら、きっと立派なバカップルだろう。
その日の夜、湯浴みのさなかに彼女が湯あたりで倒れたのは、言うまでもない。
【待ち人薫る】へつづく
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