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【小さな冬休み】
UP◆ 2012/5/17『…だよ。判ったかい?』
目覚める前の、うつらうつらとした意識の中に浮き沈みする言葉。心のすきまから少しずつしみこんできて、私をうっとりした心地にさせる。
閉じたまぶたに陽の光を感じ、もう目を覚まさなければと判っていながらも、私は未練たらしく夢のはざまを漂っていた。
いつもどこかピリピリとした緊張感が抜けない私。
その私が、こんなに穏やかな朝を迎えることができるなんて。
それにしても、先ほどから浮かんでは消えていくこの言葉はなんだろう。
ひどく気にかかる。
『…だよ。判ったかい?』
とても大切なことだと判っているのに、なぜだか全部を思い出せない。
この声は、間違いなく彼のものなのだが。
「オスカルさま?そろそろお目覚めなさいませ」
やんわりと私に声をかけているのは、ジュリだ。
私の腹心とも言える侍女。
少女の頃からずいぶん長く、仕えてくれている。
「オスカルさまったら。本当はとうに起きていらっしゃるのでしょう?」
ちょっと待ってくれ、ジュリ。もう少しで思い出せそうな気がするんだ。
もやもやとした、夢のしっぽ。
『この‥‥が消えてしまわぬうちに‥‥‥‥だよ。判ったかい?』
ほらね、もう少しだ。
「聞こえていらっしゃるのでしょう?オスカルさま。何時だとお思いですの?もうお昼近いんですのよ?」
「うそっっ」
本当に、あと少しで全部思い出せるところだったのに、ジュリにそう言われて私は跳ね起きた。
昼近いだと!?完全に遅刻じゃないか!!
「な」
んで起こしてくれなかったのだと言いそうになって、グッと飲みこむ。子供じゃあるまいし、そんなことで侍女を責めては主人として情けない。
私は寝台を降りようと慌ただしく手をついたが、その途端、肩に鈍い痛みを感じた。
「ぅ…」
たいした痛みではないけれど、それは私に、昨日の出来事を思い出させた。
冷たく私を突き放して寝返った、ハーフタイムでの彼。
立ち上がることもできないほどの喪失感。
切羽詰まった馬車の中。
そして…
「アンドレは?」
目覚めた私がそう聞くのはいつものことなのに、顔がかぁっと熱くなるのが自分でも判った。
頬が火照って…きっと赤くなっているに違いない。
私は肩の動きを気にするふりをして、少し顔をうつむかせる。
「ちっ。あいつまでもが寝坊とは。今からでも急ぎ出勤しなければ」
ジュリの目から顔色を隠したくて、私はことさら慌てた様子で立ち上がった。もちろんこんな大遅刻は生まれて初めての失態で、焦っているのも嘘ではない。
「ジュリ、軍服の支度は?」
普段なら、私の目覚めに合わせて、寝室には朝の身支度がすべて整えられているのに、今日に限ってジュリはニコニコと突っ立っているだけだった。
「ジュリ?」
「今日はご出勤なさらなくてもよいのですって」
どういうことだろう。
「ゆうべ、お屋敷に王妃さまからのお使者がありましたの」
「王后陛下からの?」
「オスカルさまが試合中に肩を痛められたと聞いて、王妃さまはたいそうご心配しておいでだと。2~3日静養するようにとのお達しでしたわ。王妃さま直々のお使者だったので、だんなさまもそれは丁重にお受けになられて」
「それで誰も私を起こさなかったのか」
「ええ、それに」
ジュリは心持ち私の顔をのぞきこむように、くるくるとした瞳を向けた。
「オスカルさまがお帰りになられたのも夜明け前でしたし、たまにはお寝坊もいいかと思いましたの。でも、いくらなんでも、そろそろ起きられませんとね」
「…あ‥ああ、そうだな。いくらなんでも、そろそろ起きないとな」
私はうわの空でオウム返しに言った。
出勤せずともよいと聞いて、焦っていただけに気が抜けたのだ。
それに。
私が夜明け前に帰っただと?
昨夜、帰宅する馬車の中で激しく感情をぶつけ合った私たち。気持ちはすれ違い、お互い想いあい過ぎて、それが更なる誤解を招き…
私はあのとき、彼が本当に離れていくのだと感じ、怖ろしいほどの寂しさを覚えた。まるで魂の一部をちぎられるようで、そうなってみて初めて、私は自分の中に潜んでいた彼への強い想いを、はっきりと自覚したのだった。
腕をつかまれ、連れて行かれた彼の私室。
私は自分から寝台へと上がりこみ、彼を誘った。
『私はかまわないぞ。あのときの続きをしても』
もちろん色仕掛けで誑し込もうなどという気はなく、ただ、なんと言おうか……抱かれたかったのだ。
わざと気づかないでいただけで、私はたぶん、ずっと前から彼を愛していた。
もしかしたら、そのことに思い至るのが遅すぎたかもしれない。
揺れる馬車の中、そんな不安にも苛まれた。
しかし、彼と激しくせめぎ合ううちに、私にはもう、そんなことはどうでもよくなっていった。
一夜限りでも、彼と愛しあえたなら。
凍える冬の夜に、ひっそりと葬られる恋の思い出を体に刻みたい。そう思ったのだ。
昔、あれほど好きだったフェルゼンにも感じたことのない、生々しさの伴う男への情欲。否定してきた自分の性を、まるごと受け入れられた瞬間だった。
私は、今までに経験したことがないぐらいの緊張を感じながら、彼に身をもたせかけ、想いを告げ…た…はず。
なのだが。
ここからどうも、記憶が曖昧なのだ。
私たちはこのあと、互いに想いを告げ合った。
幸福感を共有しながら狭い寝台に横たえられ、冷えた寝具に身震いすると、暖めるように彼が私を抱き寄せて、そして…
『おねがい』
フェルゼンが教えてくれた、魔法の言葉。
私はそれを口にした…と思うのだけれど。
ああ。どうしてもはっきり思い出せない。
抱き寄せられて徐々に伝わる彼の体温や、腕の力強さ。
それは私に、泣きそうになるほどの安心感をくれた。
彼が試すように、軽く触れるだけのくちづけをしてくる。
こんなとき、どうしたらいいのか知らないはずなのに、自然とくちびるを開く自分が信じられなかった。
初めてする、恋人とのくちづけ。
それはとろけるようで、彼に導かれるままに深まってゆき、私は横たわっているというのにクラクラとめまいを感じた。
舌先をからめとられて、弄ばれて気が遠のき…
あれは、すべて夢?
だとしたら、どこからどこまでが?
「私は…夜明け前に帰った…?」
寝台に座り、ぼんやりつぶやくと、いつの間に出て行ったのやら、私の着替えを手に、ジュリが寝室に戻ってきたところだった。
「ええ。そうですわ。ご連絡もなくオスカルさまのお帰りが遅いなんて、めったにないことでしょう?気になってしまって、あたし、皆が寝んだあとも、ときおりお部屋に様子をうかがいに来てましたの」
すると、何度目かに足を運んだ明け方、私を抱きかかえた彼と鉢合わせたというのだ。
『アンドレ!?』
『ああ、ジュリか。ちょうどよかった。扉を』
私を抱いて、手のふさがった彼。
ジュリが素早く扉を開ける。
『オスカルさま…。眠っていらっしゃるのね』
『え…。あ‥の、まぁ。祝勝会で飲ませ過ぎた、かな』
『アンドレがついていて、珍しいことね。それよりオスカルさまの肩はどうなの?』
『肩って…話が早いな、ジュリ。誰に聞いた?』
ジュリは手燭の灯りを頼りに部屋の奥へと進み、さらに寝室の扉を開ける。
彼もそのあとに続いて寝室に入ると、私を寝台へ降ろした。
『お屋敷に王妃さまからのお使者が来たのよ』
『お使者が?』
ジュリは彼に手燭を預けると、ほの暗い闇の中、手早く私を夜着へと着替えさせ始めた。
手燭をかざしながらも、背を向ける彼。
『試合結果と一緒に、オスカルさまが試合中に肩を負傷されたと知らせに来たの。そして、王妃さまはそれをとても心配して、2~3日お仕事を休むようにおっしゃったんですって』
私の寝姿を整えると、ジュリと彼は足音をひそめながら部屋をあとにし…
「でもオスカルさま、今朝はお酒の匂いがしませんのね」
部屋に戻ったときの私の様子をひとしきり語ったジュリは、おかしそうに笑う。
「アンドレに抱きかかえられて帰るほど飲まれた翌朝は、皆の憧れもぶっ飛ぶぐらい、酒くさくてグダグダな寝起きですのに」
一風変わった育ちのせいか、私を腫れ物に触るような扱いをする者が多い中、ジュリは裏表のない屈託のなさで接してくれる。彼女は私にとって、ばあやと同じぐらい、くつろげる存在だった。
「祝勝会では、アンドレが言うほど飲んではいなかったんだ。それまでの疲れが出たのかもな」
そうだ。
私は祝勝会を途中で抜けて、フェルゼンに会いに行った。
つぶれるほど飲んでいないのに、なぜ、昨夜のことがこんなに曖昧なのだろう。
彼と想いを告げあって、あれほどの幸福感に包まれたあのひと時は、そうあって欲しいと思いこんだ私の妄想なのか。
私は物思いでおぼつかない指先で、夜着のボタンを外していった。
ゆらりと立ち上がると、よく打たれた絹の夜着は、光沢を放ちながら肩から滑り落ち、足もとに環を描く。
「あら?」
着替えを手伝おうと近づいてきたジュリが、小さな声をあげた。
「どうかしたのか、ジュリ」
「コルセットの紐が、私の結った結び目とは違うような」
訝しむジュリの声音が、私の胸の奥に響く。
宵闇の彼の部屋。
寝台の中で、不意にするすると紐を解かれて、胸元に訪れた開放感。
さらに押し広げられるデコルテ。
『な‥に?‥アンドレ…』
思い出せずにいた記憶が、つつっと溢れ出す感覚がした。体を包みこむ、せつなくて甘やかな気持ちを伴って。
「それに、オスカルさま?」
ジュリは正面にまわりこんで来ると、私の控えめな胸の谷間に指先を当てた。
「ココに何か。紅い小さなあざのようなものが」
私はつられて、自分の胸元に目線を降ろした。
胸の起伏の陰影に、うっすらと紅く浮いた野ばらのような、痕。
『この印しが消えてしまわぬうちに、俺たちは結ばれるんだよ。判ったかい?』
昨夜、気力が切れて眠りに落ちていく私の耳もとで、彼が囁いた言葉。
……アンドレ!
昨夜の出来事が一気に押し寄せてきて、恋愛ごとにほとんどキャパのない私の心は、瞬時に彼でいっぱいになってしまった。
まずい。やばい。
そう思っているのに、彼の顔を見たくてたまらなくなる。
「ちょっ、オスカルさま!?ココだけでなく、お顔もデコルテも、いえ、全身が真っ赤ですわ!どうしたのかしら、急に。お風邪?それとも……奇病かもしれませんわ!!」
ああ、そうだよ、ジュリ。
これはある意味奇病と言える。
一生治る気がしない。
ジュリは私に手早くブラウスを着せかけながら、有能な侍女らしく、盛んに様々な段取りを考え始めたようだった。
「困ったわ。ラソンヌ先生の往診は頼めないし」
「?」
「朝、アンドレのために往診を頼んだんですの。でも、先生はお風邪を召してしまって、ひどい高熱だそうで、とても往診はできないと断られてしまいまして」
「アンドレのためにだと!?」
私は顔色が、真っ赤から真っ青に変わるのを感じた。
彼に何かあったというのだろうか。
「往診を頼むということは、まさか自分で動くこともできないほどの!?」
勢い込んで先回りする私に、ジュリは露骨にやれやれといった顔をする。
「もぉ、オスカルさまったらそんなに心配なさって。いいかげんに兄離れなさいませ。ほんっとにアンドレをお好きなんですのねぇ」
「すっ…好きだなんてそんなことっっ」
青くなったはずの顔に、また過剰な血液が流れ込み、頬が熱くなっていく。
昨夜、恋人同士になったばかりの私たち。
それは誰にも秘密だけれど、でも、彼を嫌いだなんて、私にはもう言えなかった。
「いや、私…は。
私はアンドレが好きだぞ!!」
下着姿の仁王立ちで、私はきっぱりと断言したが、ジュリの反応はこざっぱりとしたものだった。
「何、判りきったことを力説してるんですか」
「え"?」
「そんなこと、みんな知ってますって」
私の気持ちは、とっくに皆に漏れていたのだろうか。
それは…まずいぞ。
私は喰いつく勢いで聞き返した。
「そうなのかっ!?」
「やんちゃな妹が心配で仕方がないシスコンのアンドレと、お兄ちゃんに甘え倒しのブラコンなオスカルさま。
いくら外では取り澄ましていても、お屋敷内でなら皆が知ってることですわよ」
ジュリは喉の奥のクツクツとした笑い声を押し隠し、ニヤついている。
…ちくしょう。
おまえたちが私をそのように思っていたとは!
一瞬メラっと心が沸き立ったが、しかし、そんなことより今はもっと重大なことがあった。
「アンドレに何があったのだ?」
「あ~、アンドレですね」
ジュリはいっそうクツクツと笑った。
「ぎっくり腰」
「は?」
「ぎっくり腰ですわ」
私の寝姿と寝台を整えたあと、ジュリとアンドレは、一緒に部屋をあとにした。
それぞれの私室へと向かうべく、まだ薄暗い夜明け前の廊下を進む2人。
しかし、ホールへと続く大階段を下っているとき、急に彼がうずくまったのだそうだ。
『あ”…っ』
『やだアンドレ、何!?どうしたの!?』
『ちょっと、腰…やばい』
『あんた、まさか腰痛持ちのくせに、試合で無茶したんじゃないでしょうね?』
『うーん。…まぁ、似たようなもん』
『何やってんのよ。自重しなきゃダメじゃない』
『オトコには頑張んないといけないときがあるんだって』
なにやらよく判らないことを言う彼をジュリが励まし、騙し騙しに階段を降りて、アンドレはなんとかヨタヨタと部屋に戻ったらしい。
…知らなかった。彼が腰を傷めていたなんて。
それなのに彼は、眠りこんだ私を起こさないようにそっと抱き上げ、部屋まで運んでくれたのだ。
正体なく眠りこみ、気づかなかった私も私だけれど、起きなければ2~3発ひっぱたいて起こしてくれればよかったのに。
また無意識に彼に甘え、無理をさせてしまった…
「オスカルさま!お顔の色が真っ青ですわよ!!
さっきから赤くなったり青くなったり、これは本当に奇病に違いありませんわ」
あたふたと言うジュリを放って、私は手早く身支度を始めた。
彼に会いに行かなければ。
ブラウスとキュロットを身につけ、寝乱れた髪を梳こうとして
「
うっかり大きく肩を動かし、私は思わず声をあげた。
「もう!おとなしくしていてくださいな。髪を梳き終えたら、別のお医者さまを手配いたしますから」
ジュリは私が落としたブラシを拾い、もつれた金色の毛先を解きほぐしながら、呆れ顔で言葉を続けた。
「それにしたって、オスカルさまもアンドレも、昨日はどれほど激しいことをなさいましたの?」
「は…激しいってジュリ、おまえ何を…」
まともに考えれば、ジュリはきっと前日の試合でのことを尋ねたのだろう。
しかし、昨夜から今までとは違うおかしなスイッチが入っている私は、彼との寝台でのひと時を思い出し、頬どころか耳から首筋まで真っ赤になってしまった。
「‥私たちはまだ‥そんな‥何も‥」
『この印しが消えてしまわぬうちに、俺たちは結ばれるんだよ。判ったかい?』
鼓膜の奥、彼の声がリアルに甦る。微かな掠れ具合や、耳にかかる息の生暖かさまでも。
私の指先はそろそろと胸元に当てられ、ブラウスの上から、野ばらのようなくちづけのあとを探っていた。
これは所有の刻印。
私はもう、私のものではない。
そんなふうに思ったら、いきなり胸が鋭く痛んだ。
「ぁ」
きゅんきゅんと収縮する心臓に、私は手を当て震えた息を吐く。
「オスカルさま?お苦しいんですの?」
ジュリは血相を変えて、私の背中をさすってくれた。
「今、マロンさんを呼んできますわ。そしてすぐにお医者さまの手配を」
「いや、いい」
私はジュリを押しのけ、部屋を飛び出した。
「オスカルさまっ!?ちょっとオスカルさま!お医者さまはどうなさいますの?」
「医者は要らない。医者ではこの病気は治せんからな!」
私は痛む胸を抱えたまま、長い廊下を全力疾走し、ノックもせずに彼の部屋の扉をぶち開けた。
「アンドレ!」
寝台で横になっているかと思った彼は、簡素なテーブルのそばで椅子に座り、本を読んでいた。
「おまえっ」
起きていいのか?大丈夫なのか!?
そう問おうとした私を、彼はスルスルと腕の中に取り込んだ。膝の上に座らされ、たいして強く押さえつけられているわけでもないのに、身動きできなくなる。
「肩は大丈夫か?」
大丈夫だと?
それは、私こそが言いたい台詞だぞ。
先に切り出されてしまい、私がコクリと頷くと、彼はほっとした笑顔を見せた。
「そうじゃなくてアンドレ私」
無理させたのを謝ろうと、私は早口で話し始めたが、珍しく彼はそれを無視した。
「良かった」
本当に安心したように言って、傷めている方の肩にくちびるを押し当てる。
ブラウス越しに息の熱さが肌に届き、私は昨夜のとろけるようなくちづけを思い出して、ぐらりと体が傾いた。
支える彼の腕に力が込められ、互いの体がより密着する。
「ゃ…っ」
胸がまた、きゅんっと縮みあがった。
そうだ。
この胸の痛みは、医者になんか治せない。
特効薬は1つだけ。
それは。
私はうっすらとくちびるを開き、彼に差し出した。
ああ。
私には恋愛の経験などろくにないのに、なぜこのような振る舞いができるのだろう。
自分に備わっている女の性。
それを否定したい気持ちと、嬉しく思う気持ちがごちゃ混ぜになり、私は軽く混乱して涙を浮かべた。
嫌だ嫌だ。これではただのヒステリー女じゃないか。
私は彼に気づかれぬうちに潤みをごまかしたくて、ぱちぱちと目をしばたたかせた。
でもそれは、なかなか上手くいかない。
やばい。…泣きそうだ。
私は懸命に立て直しを図る。
こんな私、きっとからかわれると思ったから。
でも彼は、予想に反してゆったりと私を見ているだけだった。
どうして彼は、そのように、いつも落ちついていられるのだろう。不思議なぐらいおとなしくて控えめで。
彼のただ1つの瞳は1000の眼のように、私の何もかもを見てきてくれた。
……大丈夫だ。どんな私でも、彼は受けとめてくれる。
そう思ったとき、心の片隅で参謀官の囁きが聞こえた。
『格好悪くたっていいじゃないか。開き直ってみるといい』
そうだった。
昨夜からの私たち。
はたから見たら、どれだけ滑稽で格好悪かったことか。
……よぉし!
私は気合いを入れて、彼を見つめ直した。
女の本能が指し示すままに、彼の首に左腕をまわし、あまり上がらない右手で精悍な頬を包む。
宮廷男のような煌びやかさはないが、なかなか男前な彼。
改めて見てみると、私の好みにどストライクだった。
なんで今まで気づかなかったのだろう。兄か親友にしか思えなかったなんて、本当にどうかしていた。
「おまえ、腰は?起きていていいのか?大丈夫なのか?」
私がそう問うと、彼は嫌なことを聞かれたとでもいうようなに、眉をひそめた。
「ジュリか…。あの子は大げさなんだよ。いい子だけど心配性なんだ。おまえに対してもそうだろう?」
確かにジュリは心配性だけれど。
「では、本当に大丈夫なのだな?」
「ああ。大丈夫だけど‥どうした?」
やけに念を押す私に、訝しんで聞く彼。
「本当に大丈夫なら…このまま抱き上げて、寝台へ連れて行ってくれないか」
言いながら、私は相当に照れていた。
寝台なんぞ歩いて行けるし、彼を押し倒すのも簡単だが、彼に抱き上げて連れて行って欲しかったのだ。
「そして」
あのとろけるようなくちづけが欲しいのだと言ってみた。
頬は熱いし、こっぱずかしくてどうかなりそうで、格好悪いことこの上ない。
早く何か言ってくれいっ、アンドレ!
彼はしばらくポカンとマヌケづらをしていたが。
「重っっ」
失礼なことを言いながら、私を抱いて立ち上がった。
なかなかの根性を見せる腰痛男。
彼を心配していないわけじゃない。
でも。
ちょっとだけ嬉しい。
女なら、そんなふうに思ってもいいだろう?
王后陛下のくださった、小さな冬休み。
少しぐらい、恋人気分に浸ってみたいじゃないか。
勤務に戻ればまた、皆に怒声を上げながら、彼をあごで使う日々が始まるのだから。
「この休暇は、ずっと
2人を包む同じ幸福感に、私たちは昨夜のように、どちらともなくクスクスと笑いはじめた。
FIN
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