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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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【野ばらの刻印】

UP◆ 2012/5/4


    「…おまえのものに」
    灯りを抑えた凍える部屋に、低い囁きが聞こえた。
    成人2人には狭過ぎる寝台で、子供の頃みたいにくっつきあっている俺たち。
    おまえはさらに言葉をつなぐ。
    「おねがい」
    その声はすごく小さなものだったけど、俺の耳にはしっかり届いた。
    聞き間違えるわけなんかない。
    そんなふうに甘くおねだりしてくるおまえを、俺は何度となく妄想してきたんだから。
    薄く浮かんだ涙で、潤んだ青い瞳。
    おまえは女でしかない眼差しで、俺を見つめてくる。
    こんな場面も俺は、何十回と思い描いてきたけれど、寝台の上で見る本物のおまえは想像の何百倍もかわいくて、そして思った以上に女そのものだった。
    『私はかまわないぞ。あのときの続きをしても』
    そう言われたときも、おまえにはとまどった様子だけを見せながら、本当は体の内側に熱いものを感じていた。
    それでもあの時は、お互い想いがすれ違っていて、俺もソレどころじゃなかったけれど。
    でも、今は。
    言葉でなら、気持ちの確認はした。
    愛を告げあって、2人、同じ歓びと幸福感に包まれている。生まれてきて、よかったと。
    その上、俺たちは今まさに、1つの寝台で抱き合うように横たわっていて。
    もう幼なじみや兄弟ではなくて、ただの男と女。
    こんな状況、何があってもおかしくない。
    しかもおまえは、まるで好きにしてくれとでも言うように、ゆったりと目を閉じた。
    『おねがい』
    ああ、この瞬間!
    どんなに夢見たことだろう。
    数え切れないほど妄想して、でも、そんなことは有り得ないのだと、同じ数だけ寝苦しい夜を過ごした。
    それなのに。
    なんで今だ!?
    よりによって、なぜこのタイミングなんだ。
    教えてくれ、オスカル!
    おまえからの嬉しすぎるおねがいに、俺の血流は単純なぐらい一点集中していて、ソレだけなら即おねがいにお答えできるコンディションになっている。
    いや。
    むしろ、お答えさせてください!という勢いなのに。
    腰に感じる不穏な気配。
    フェルゼン伯への嫉妬に煽られて、おまえに覆い被さろうとしたあの瞬間、鋭い痛みが走った。
    もともと軽い腰痛持ちの俺。
    経験から、ぎっくり腰だと直感した。
    幸いにも寝台の上だったので、すぐに横になれたから、完全にやってしまったわけじゃない。でも、また不用意に身を起こせば、今度こそ本当のぎっくり腰になりそうな予感が腰には残っている。
    本当に、なぜこのタイミングなんだろう。
    目を閉じて、俺を待っているおまえ。
    長年妄想しつづけた場面が、すぐ目の前で現実に展開されているというのに!
    とりあえず俺は細心の注意を払って、片肘がつけるぐらいまで体を起こした。
    腰にこないか半ば怖々しながら姿勢を保ち、あいた片手でおまえの上着を開いた。
    のだが。
    げっっ!
    なんということだ。
    神さまはどこまで意地がお悪いのだろう。
    今日は試合帰り。
    その後のゴタゴタで、すっかりそれを忘れていたけれど、おまえは当然、いつも通りのブラウスにキュロットという出で立ちではない。
    よりにもよって、上着の中はフワフワのニットだった。
    うわぁぁぁ、ニット!
    俺は今までそんなものを脱がせたことがない。
    俺が脱がせた経験があるのは、娼館のお姉さんばかり。
    彼女たちは一見豪華に着飾っていても、そこはプロ。巧みに脱がせやすい衣装を着ていた。そもそも寝台にもつれ込むのは、ある程度脱がせたあとだったし。
    さて、このすっかり着こんだお嬢さまをどうしたものか。
    ざっくり脱がせてしまおうにも、肩を傷めているおまえにあまり粗雑なことはできない。衛生兵の手当ては受けているけど、大胆に動かせばきっとまだ痛むはず。
    うーん。
    俺は少し考えてから、まずは傷めていない左側から、上着の袖を抜かせることにした。
    ぴくん。
    体に触れた瞬間、おまえがちょっとだけ身をすくませたので、やっぱり緊張しているのだと判る。
    そんな仕草も俺はさんざん妄想してきたから、これからすることへの期待が余計に昂まって、一点集中している部分の高まりようときたら、娼館のときの比ではなくなってきた。
    ああ、がっつくな、俺。
    中学生じゃあるまいし、これじゃおまえが怯えるじゃないか。
    まずはこの上着を…っと。
    俺が片腕の抜けた袖を引っぱると、おまえはさりげなく協力してくれて、思ったよりたやすく上着を脱がすことができた。
    よぉしっ!
    滑り出しの好感触に、心の中でガッツポーズをとる俺。
    パサっという、上着が床に落ちる音に、ますますテンションが上がる。
    俺はさらに自分を落ちつけながら、より慎重に、同じ手順でフワフワしたニットを脱がせにかかった。
    フロントの開かないニットは、上着ほどすんなりとはいかず、片手ではさすがに手間取ってしまう。
    でも、同じ幸福感に包まれて少しハイになっている俺たちは、どちらかともなくクスクスと笑いながら、その作業を仲良く一緒にこなすことができた。
    そして。
    …うわ‥ぁ。
    するりと脱がせたニットから、おまえ愛用の香りが広がり、思わずクラッときた。僅かに混ざる汗の匂いがリアルで、湯浴みあとの清浄な香りより、俺にはたまらなく刺激的だった。
    抑えた燭台の灯りに揺らぐ、肌の映え。
    おまえは自分を抱くように、胸元を隠している。
    何もかもが、いだき続けた妄想のまま。
    恥ずかしそうで不安そうな、そのくせ、それを懸命に抑えている意地っぱりな横顔も。
    そんなの俺には全部、バレバレなのに。
    …なんてかわいいんだろう。
    でも。
    1つだけ、妄想と決定的に違うところがあった。
    おまえの肩。
    腫れて、青みがかったあざになっている。
    フェルゼン伯が放った雪球が、直撃した痕。
    頬を寄せると、じんわりとした熱が伝わってきた。
    このあざをつけたのは確かにフェルゼン伯で、伯も心からおまえに申し訳ないと言っていたけれど。
    …それは違う。
    この傷を負わせたのは、他の誰でもなく、この俺。
    つまらない嫉妬がおまえに痛みを与えて、延いてはフェルゼン伯とのアクシデントを招いた。
    つかんだ腕の細さ。
    膝をついたおまえと、苦痛の声。
    肘や肩の関節が捻れる、嫌な感触。
    「ごめん」
    俺は痛々しい肩に、くちづけた。
    もちろんそんなことで痛みがなくなるわけもなく、詫びにだってならない。
    そうは思ったけれど。
    「本当にすまなかった」
    子供の頃、おまえがけがをすると、俺はよくそこにくちづけて、早く治りますようにと祈りの言葉を口にしたものだった。
    けれど自分でおまえを傷つけておいて、さすがに今夜は、そんな調子のいい台詞など言えない。
    俺はただ丹念に、熱をもって腫れてしまった右肩にくちびるを這わせた。
    ちょっと無理な姿勢に、腰のギリギリ感は増すけれど、きっとおまえは、もっと痛かったと思うから。
    肩、そして鎖骨の辺りへくちづけを繰り返すと、やがて2人の頬が触れた。
    しっとりと濡れて冷たい頬。
    「オスカル?」
    涙の雫が伝い落ちていた。
    「ちょっ‥オスカル、どうした!?」
    どうしようもない辛さや苦しみに涙を見せるおまえなら、誰より上手く受け止めてやる自信が俺にはある。でも、自分のせいで泣かれるとなると、それはまったく違う話で、とたんに俺はどうしたらいいか判らなくなって、おろおろしてしまった。
    「やっぱり本当は嫌なのか?」
    慌てて体を離した俺に、おまえは目を開くと、泣いてるくせに笑って首をふった。
    「ああ、悪い。誤解しないでくれ。ほっとして、気が抜けただけだ」
    ほっとして?
    イロイロするのは、これからなのに?
    「…馬鹿」
    欲望丸出しな俺の気持ちが伝わったのか、おまえはさらに苦笑する。
    「そうじゃなくて……嬉しいんだ」
    おまえは涙で瞳をきらきらさせながら、ハーフタイムでのことを話し始めた。
    俺が寝返った、あのハーフタイム。
    「本当におまえが離れていくのかと思うと、怖かった。
    ずっと一緒にいたから、私はおまえがそばにいるのが当たり前みたいに思っていて…
    当たり前なんて、あるわけないのに」
    ショックと喪失感で、立つこともできなかったのだと、おまえはまた一筋、笑いながらも涙を落とす。
    「よかった。すぐそばにいて、私を支えてくれる優しい眼差しに、気づくのが遅すぎなくて」
    一世一代ぐらいのしおらしさで、そう言うおまえ。
    それは、いくつもある俺の妄想ストーリーの中でも想定外で、先ほどの告白以上に俺を幸せな気持ちにさせた。
    長年の苦しみが、すべて報われたと思える瞬間。
    こんなときこそ、男らしく格好よく応えたいのに、今まで2人で過ごしてきた日々が、喜びも悲しみも、春も夏も秋も冬も、何もかもがごちゃまぜになって、俺までもが頬を濡らす。
    ああ、オスカル。
    俺はなんておまえを愛しているんだろう。
    激しく湧き上がってくるおまえへの熱い想いに、俺は腰がヤバいのもかまわず、片肘をついた姿勢からガバッと起き上がった。
    そのまま囲い込むように覆い被さり…
    おまえはそんな俺の性急さに驚きもせず、おっとりと見上げてくる。俺にすべてをゆだねてくれるのだと思うと、快い緊張を感じた。
    …優しくしてやらなきゃ。
    でも体の奥にはそれ以上のテンションも感じていて、早く『おねがい』にお応えしたくて自己主張しまくっている某暴れん棒と、初めてのおまえを余裕たっぷりでリードする妄想上の俺がないまぜになり、心の中でちょっとした暴動が起き始める。
    欲望に従うだけなら、今すぐにでもひとつになりたい。
    猛烈にそう思うが、しかし、俺には俺なりの理想もあり…
    うう。せめぎあう自分がツライ。
    しかし、こんな辛さもおまえと想いが通じ合えたからこそで、そう思うと、俺はまたしても新たな幸福感に包まれた。
    ……きっと考えちゃダメなんだ。
    俺たちはいつも、お互いを思いやり過ぎてすれ違ってきた。はたから見れば簡単なことなのに、傷つけないように、自分の気持ちを押しつけないようにと、ムダな遠回りをしていた気がする。
    でも、オスカル。
    もうそんなことは終わりにしないか?
    俺たちはもう少し、自信過剰になっていいのかもしれない。
    ……2人の絆に。
    俺は少年の頃からの想いをこめて、柔らかくくちびるを触れさせた。
    まずはご挨拶のくちづけ。
    今夜、幼なじみから恋人になったおまえへ。
    ほんの2、3度軽く触れる程度に、まるで小鳥みたいなくちづけをして、それから。
    一気に深くくちづけた。
    初めてのくちづけは、正体なく酔いつぶれたおまえ。
    2回目のときは、無理矢理もいいところだった。
    おまえの気持ちを無視した、自己満足だけの行為。
    それを否定するかのごとく、どちらのときも、くちびるは固く閉ざされていたけれど。
    でも、今夜は違った。
    優しくしてやりたい気持ちはありながらも、情熱が逸るって荒くなるくちづけを、おまえは嫌がらなかった。
    「…ん…」
    僅かな吐息を漏らしながら、応えるようにくちびるが緩む。
    2人が交わす、初めての恋人同士のくちづけ。
    本当は突き上げる想いのままに貪りたいほどだけれど、そんなふうにしたら、まだおまえは引いてしまうだろうから、俺は遠慮がちにほんの少しだけ、舌先を侵入させてみた。
    嫌がるかな?
    そんな心配もよぎったけれど、おまえはびっくりするぐらい従順だった。
    ちょっとだけからみあう舌先。
    ものすごくぎこちなく受け入れてくれているおまえ。
    慣れていないのがありありと伝わってきて、そんなところにも愛おしさがこみ上げてくる。
    俺だけの、俺しか知らないオスカル。
    おまえをもっと深く、もっと激しく。
    当然そういう欲求も頭をもたげたが、俺は極力自分をセーブしながら、できる限り優しく、でも思う存分、拙く応える舌を弄んだ。
    「いかがですか?お嬢さま。俺の恋人としての仕事ぶりは…?」
    めまいがするほど長いくちづけ。
    それをたっぷりと味わってから、俺はからかい混じりに聞いてみた。
    『ちゃかすな!』
    照れ隠しでそんなふうに怒り出すかと思ったのに、おまえは上気した頬と眼差しで、うっとりと俺を見返した。
    「…なんか‥すごかっ‥た‥」
    すごかったって、おまえ。
    「ぷぷっ」
    その言いようがおかしくて思わず笑ってしまったが、いや、笑ってはいけない。きっとおまえは大真面目なのだ。
    「ん?」
    おまえが小さな声でまだ何かボソボソ言っているのが聞こえたので、俺は笑いをグッとこらえて耳を澄ませた。
    「すごくとまどったけれど…すごく……安心‥した。
    愛する男とのくちづけが…こんな‥に‥‥心地よいものだったとは」
    おまえは俺の名を小さく呟きながら、胸に額を擦りつけてきた。
    「今夜は…このまま……抱いていてくれないか」
    「へ?」
    おいおい、それってまさか。
    「すまな…い。安心したら……急‥に‥眠く……」
    「ちょっと、オスカル?おーい、オスカルっ!?」
    「ちゃん…と、聞‥いて‥‥る」
    って、もうほとんど眠ってるだろ、おまえ!
    いいところでの、このパターン。
    これじゃ幼なじみの時と変わらないじゃないか。
    男の寝台の中で、肌も露わにコルセット姿のまま、俺に谷間を見せつけてウトウトしてるおまえ。
    信頼の現れと言えば、そうなのかもしれないけれど。
    このまま俺に、好き勝手されるとは思わないのか?俺には前科があるんだぞ!
    繊細なんだか図太いんだか、ほんとにおまえは判らない。
    でも。
    今までだったら、俺もここで引いていた。
    傍らで、本格的に眠りこみそうなお嬢さま。
    だけど今夜はちょっとだけ違うよ、オスカル。
    俺はスルスルとコルセットの紐を解き、デコルテの辺りを押し広げた。おまえはうつらうつらしながらも、胸元を隠そうとする。
    「ダメだよ」
    その手をそっと押さえながら、俺は谷間の深いところに顔を埋めた。
    「な‥に?‥アンドレ…」
    寝ぼけるおまえの柔肌を、ちょっとだけ強く吸ってみたりする。
    「痛‥いよぉ‥?」
    完全に寝ぼけたおまえは、むにゃむにゃと子供の頃みたいなしゃべり方をした。
    懐かしくて、可愛らしい。
    その可愛さに免じて、今夜は兄でいてやろう。
    俺も腰がヤバいことだし。
    凍る窓にぼんやりと蒼い雪あかり。
    ここにいるのは、今までと同じようで違う、今夜からの2人。
    俺は乱れたデコルテに目をやる。
    「オスカル?」
    眠りに落ちていくおまえの胸のふくらみに、うっすらと紅く浮かぶ、野ばらのようなくちづけのあと。
    これは所有の刻印。
    今夜からおまえは、全部俺のもの。
    「この印しが消えてしまわぬうちに、俺たちは結ばれるんだよ。判ったかい?」
    「…う‥‥ん…」
    聞こえているのか、いないのか、やっぱりおまえはむにゃむにゃと頷いた。


    胸の谷間に刻まれた所有の証。
    ご覚悟ください、お嬢さま。
    たおやかな稜線に開く、野ばらの刻印。
    俺がジジィになっても、おまえがジジィ、元い、ババァになっても咲かせ続けるから。
    『おねがい』には、365日24時間体制でお応えする所存でいるけれど、次回からはキャンセル不可でよろしく頼む。


    俺は下半身地方で起きている一揆の鎮圧を図りながら、初めての共寝に目を閉じた。


    FIN
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