ご案内
【9】
UP◆ 2011/8/17もうすぐ昼休み。
練兵場から予鈴のらっぱが聞こえてくる。
窓からは夏の陽射しがまぶしく、くっきりした空の青に雲の白さが映えている。
気温は高いが、幸い湿度が低いので、じっとしていればそれほど暑くない。
窓から吹き込む風で前髪が軽く揺れる。
左目が露わになりそうになって、彼が髪に手をあてたとき、指令官室の扉がノックされた。
彼が返事をすると、怪訝な顔をして入ってきたのはアランだった。
「なんでおまえが返事するんだよ」
半開きの扉の前で書類を手にしたまま、アランはきょろきょろと部屋を見回している。
「隊長は?」
彼はアランを部屋の中へと促しながら、扉をきっちり閉めた。彼女の話を聞いてから、どうも扉の開け閉めに過敏になっている。
アランの手から書類をすいっと抜くと、ざっと目を通しながら指令官用の大きな執務机の上に置き、ペーパーウェイトを乗せた。
翌週の勤務表。
急な休暇の希望や、夜勤のシフトの変更などが書き込まれている。
11日の夜勤は1班と2班で、予定通りのまま変更はない。
彼はこのシフトに多少の不安を感じていた。
1班は特によくもめごとを起こす。
もしこの日になにか問題が起きれば、12日の遠乗りデートはおじゃんになる。
11日の夜勤から休みを入れてある彼だったが、やっぱり出勤した方がいいような気がしてきた。
しかしそうなれば、翌日のお出かけは徹夜で臨むことになる。
30過ぎてオールで遠乗り…
きつい気もするけれど、中止になるよりはずっといい。
この遠乗りデートのために、あいつはえらい目に遭っているんだし。
「隊長は?」
彼が黙ったまま何かを考えているふうなので、アランはちょっと大きな声で同じ質問を重ねた。
「おっさん、耳まで遠くなったのかよ」
「え?ああ、悪い。オスカルなら仮眠室にいるよ」
「仮眠室?」
アランは部屋の奥に目をやった。
仮眠室の扉に。
「さっきのぞいたら、眠ってるみたいだったけど…
急ぎの用なら起こしてこようか」
「いや。眠っているのなら」
アランはそのまま部屋を出ていこうとしたが、やはり気にかかるらしく振り返った。
「隊長、どうかしたのか?朝礼にも顔を出さなかったし、陽も高いうちから仮眠なんて。
今までそんなことは1度もなかったと思うが。
もうトシか?更年期なのか?」
ちゃかしたような言い方だったけれど、彼にはアランが本当は心配しているのが判る。
そんな言い方しかできない、不器用な男の気持ちが。
「誰がもうトシだと?」
不意に仮眠室の扉が開いて、オスカル・フランソワが姿を見せた。
聞かれちまったか…
そんな顔をするアランの横を通り過ぎ、彼女は廊下に続く扉へと向かう。
「隊長、どちらへ?」
「ちょっと顔を洗ってくる」
「洗面の支度なら俺が」
言いかけた彼に軽く手を上げ、彼女は扉に手をかけた。
「流れる水にあたりたい。風にも。
そうすれば、けっこうすっきりすると思うから」
彼女が出て行ってしまうと、アランはそれまでと表情を変え、きちんと心配そうな顔をして彼に問いかけた。
「どうしたんだ、隊長は?なんだかひどく疲れているような…っていうか、ありゃ、やつれてると言った方が近いな。
体調でも悪いのか?」
さすがにアランはよく見ている。
「今、お屋敷で少々トラブルが起きているんだ。それで精神的にきてる。体調が悪いというわけじゃないが、昨夜は一睡もしていないらしい」
「ああ、それで」
アランは納得したようだ。
余計な詮索をしない判断の良さが助かる。
「もう少し仮眠させたかったんだけど」
やっぱり仕事が気になって、眠れないようだ。
ちょうどいいので、彼はアランに念を押しておくことにした。
「屋敷内のごたごたは、たぶんもうしばらく続く。
だからアラン。兵営内でのもめごとはなるべくおまえが抑えてくれないか?みんなもおまえの言うことなら聞くし」
だいたいもめごとを起こす中心人物はおまえなんだし。
「もめごと?おぉ、判った。任せてくれ」
憎まれ口のひとつも叩くかと思いきや、アランは思いの外、快い返事をした。
彼は少しばかり驚いたが、でも先ほどの彼女の憔悴した様子を見れば、アランじゃなくてもきっとそうなるだろう。
それほどに今の彼女は精彩を欠いていた。
馬車の中で、くちづけの真っ最中に寝落ちした彼女。
こんなときに寝るか?
彼女への欲求と期待が高まっていただけに、著しく気分を害された彼だったが、昨夜の顛末を聞いてみれば、さもありなんという気持ちになった。
そっち方面の苦手なオスカル・フランソワが、そっち方面が大好物の侍女たちに3人がかりで責め立てられて、彼女なりに精一杯渡り合ったのだ。
彼との恋を守るために。
「おまえと2人きりになったら、つい安心してしまって」
そう言い訳した彼女だったが、理由を聞いたあとでは
その言い訳がこの上なく愛おしく感じられた。
朝が早くて
指令官室に入るなり、彼はオスカル・フランソワを仮眠室
へと連れ込んだ。
抱き上げて寝台へ放りこむと、そのまま押し倒す。
「や…だ、アンドレ。ここをどこだと…!」
突然のことに彼女はしばらくパタパタと暴れていたが
彼が触れる程度のくちづけしかしないことに気づくとおとなしくなった。
根気よく繰り返される優しいくちづけ。
それは心地良くて安心できて。
やがて彼女はうとうとしはじめた。
彼はお姫さまが眠りこむまで髪を撫でながら添い寝してやり、そのあとはそっと寝台を離れると、代わりに執務を取っていたのだった。
もう少し寝かせてやりたかったのに…
勤務が終わって屋敷に帰れば、どうなっているのか判らない。
が、彼女にとってくつろげる状態でないことだけは想像できる。
休めるときに休ませておきたい。
そう思った彼の判断は正しかった。
だって…
その日の勤務を終えた2人を待っていたのは、勢力を増した上に、進行方向を拡張したハリケーンだったのだから。
「大丈夫か?」
帰宅の馬車の中、もうすぐ屋敷に着く。
肩を抱く手に少し力をこめて彼が聞くと、オスカル・フランソワは意外としっかり頷いた。
少しでも眠れたことと、仕事とはいえ日中アンドレと過ごせたことで、彼女はずいぶん安定したようだ。
「この際、私の恋人が妻子持ちでもかまわない。
むしろ私には好都合に思えてきたぞ。詮索されるほどに、対象がおまえから離れていくのだからな。
こうなった以上、この状況を利用させていただくか」
彼女らしい強気で前向きな言葉が出てきたので、彼も少しは安心した。
それにもしかしたら今日あたり、連絡しておいた元庭師から良い返事が来ているかもしれない。
屋敷の騒動もそれほどでもなく終息し、意外とあっさりと夏の休日を迎えられる可能性だってあるじゃないか。
その休日が「ご褒美の夏」になることを、もちろん彼は熱望していた。
今夜部屋を訪ねたら、それとなく聞いてみようか。おまえの気持ちを。
胸の奥にそこはかとない欲望を隠し持って、彼は恋人の額にくちづける。まるでおまじないをかけるように。
その気持ちが判っているのかいないのか、彼女はそれを受けながら、アンドレにおねがいをした。
「今夜は絶対部屋に来てくれ。
2人で一緒に考えたいことがあるから」
彼の胸がどきんと高鳴った。
2人で一緒に考えたいことって、オスカル、それってもしかして?
「できるだけ早く…来て」
耳もとにそう言い残すと、彼女は彼の手も借りずに馬車を降りた。
出迎えに並んだ侍女たちに挑むような、颯爽とした姿。
俺が行くまで、がんばってくれよ。
侍女たちに囲まれて部屋へと向かう彼女を見送りながら、彼もまた、自室へと急いだ。
気がかりな用件を片づけたら、今日はすぐにでも彼女の部屋を訪ねるつもりでいる。
衛兵隊に特別入隊している今、屋敷の仕事など、彼のしなければならないことではない。
祖母の意向でやってはいるが、今日はそんなことどうでもよかった。
『2人で一緒に考えたいことがあるから
できるだけ早く…来て』
なんとも意味深な彼女の言葉。
『早く来て』なんて。
まさに寝台で言われたい言葉じゃないか。
朝っぱらから仕事仲間に妙なことを吹き込まれ、出勤の馬車の中では彼女に誘惑され、彼の頭はどうもそちら側に引っ張られ気味だった。
その根底には、人前でくちづけするカップルを見て、自分もそんなふうにして欲しいのだと、かわいらしくおねだりしてきた彼女の姿がある。
あいつがそんなことを望むなんて!
アンドレが思うより、彼女はずっと女の子で、それは彼にとって嬉しい誤算だった。
しかも、そんな姿を見られるのは自分だけ。
そのことが彼に欲を出させている。
もっと俺だけのおまえが見たい。
彼は自室に戻るとサクサクとお仕着せに着替えながら、寝台の上に目をやった。
洗濯されて戻ってきた彼の衣類と一緒に、1通の手紙が置いてある。
来た!
彼は中途半端にシャツを羽織ったまま、すぐに手紙を開いた。
そう長くはない手紙は、やはり元庭師からのもの。
彼は2度読み返してから、人目につかぬよう引き出しの奥にしまった。
良い返事でもなかったが、そう悪い返事でもない。
けれどお出かけ先は湖に決定で良さそうだ。
あいつ、喜ぶかな?
庭師は続報を送るとも伝えてきた。
それを期待することにして、彼は身支度を整えると、祖母の元へと帰宅のあいさつに向かった。
彼にとって気がかりだったのは、庭師からの返信とマロンの様子。
もし、おばあちゃんがオスカルの不倫を知ったら!
彼の監督不行き届きだと、どれほどヤキを入れられるか判らない。それはレニエに知られるよりも、よほど恐ろしいことだった。
彼は相当にびびりながら、マロンの私室に顔を出した。
「おばあ…ちゃん?」
ジャルジェ家に長く仕え、レニエの信頼も厚いマロンの部屋は、他の使用人の部屋より広くて調度も良い。
暇な時間ができるとマロンの部屋に遊びに来る使用人はけっこういて、このときも、マロンと同世代の侍女が2人ばかり来ていた。
どんなつっこみが入るかと身構える彼。
しかし、老女たちはにこにこと笑い、仕事帰りのアンドレをねぎらってくれた。
あの話は…耳に入っていないのか?
もっとも警戒すべき祖母に至っては、彼に菓子まですすめてきた。
なにやら妙に機嫌がいい。
彼はそれをやんわりと断りながら、慎重に質問してみた。
「おばあちゃん、ゆうべ、談話室に行った?」
「談話室?」
その質問に、遊びに来ていた古参の侍女が苦笑まじりに答えた。
「あそこは若い人ばかりで騒々しくて。
もっぱら私たちには、マロンさんの部屋が談話室代わり。
ゆうべも5~6人ほどでここに来ていたわ」
そう…か。
では今のところ、オスカルさま不倫説は、そのとき談話室にいた者の間にしか流れていないのかもしれない。
とりあえず、祖母の耳には入っていないことを確認し、彼はかなりの安堵を覚えた。
となれば、この部屋にもう用はない。長居してやぶ蛇にならぬうちに退散するに限る。
「そうそう、アンドレ」
退がろうと思った瞬間に声をかけられ、彼は思わず固まった。
「なっ…なに?おばあちゃん」
マロンは彼に上等なワインを見せた。
「どうしたの、それ」
「さっきお嬢さまからご伝言と一緒に届いてね」
ああ、それで機嫌がいいのか。
マロンはけっこういける口なのだ。
「おまえ、今日は夕食を済ませたら、早々にお嬢さまの
お部屋におうかがいしておくれよ」
「?」
「お嬢さまも本当にお忙しいね。
今日もまたお仕事を持ち帰られたとか。
手伝って欲しいそうだから、お待たせするんじゃないよ」
そういうことか。
彼との時間を確保するために
特別な関係になってから、2人はとても慎重だった。
幸い、就寝前のひとときを一緒に過ごすという習慣は
幼なじみ時代からのもので、皆に知れたこと。
しかし、それ以外に彼女が彼を部屋に呼びつけるようなことを、今は極力避けていた。
――ど平民の使用人が主家の令嬢に手を出す。
それは、発覚すれば当主の胸ひとつで即手打ちを言い渡されても仕方のないこと。
バレたら恋が壊れるとか、そんな単純なものではない。
もちろんバレてしまったら、彼には逃げ隠れする気はないし、彼女にしても、持てる権限のすべてを行使してアンドレと2人の恋を死守する覚悟でいる。
しかし、やはりバレないにこしたことはないのだ。
そんな中、マロンに手を回してまで、彼を早々に部屋へ呼ぼうというのだから、彼女にはよほどアンドレに話したいことがあるのだろう。
『できるだけ早く…来て』
低くささやく声が耳もとに響くようで、彼はすぐにでも彼女の部屋に行きたくなった。
しかし、自分の夕食はともかく、彼女にはきちんと食事を取らせたい。
湯浴みの都合もあるだろうし、時期当主としての雑務もある。
いくら呼ばれたからとはいえ、今すぐ部屋に押しかけるのはためらわれた。
ならば。
彼は談話室に向かった。
状況を把握しておこうと思ったのだ。
本当は廊下などで仕事仲間をつかまえて立ち話を装い
それとなく情報収集するつもりでいたのだが…
晩餐前のその時間、厨房では料理人や
彼が談話室の扉を開けると、思ったより多くの使用人たちがいた。休憩に来ているというよりは、話をしたくて、時間を作っては集まっているようだ。
彼の姿を見るなり、数人の男連中が彼を引きこんだ。
「オスカルさまの恋のお相手、おまえも詳しくは知らなかったんだって?」
「妻子持ちとは知らなかったよ」
ある意味、これは嘘ではない。
「けっこう年上なんだろう?その男」
「だんなさまに近いお立場となれば、それなりの年齢だよな。どうなんだ、アンドレ」
「まぁ、年上だけど」
これも、嘘ではなかった。
「ああ~」
男たちはため息をついた。
「もったいないよなぁ」
「やっぱりあれだろうな、ファザコン。
だんなさまが上のお嬢さま方ばかりを溺愛されていたから」
「オスカルさまに愛情がないわけじゃないだろうけど、お立場上、オスカルさまにはひどく厳しかったもんな」
「おかわいそうに。
気丈な方だけど、やっぱり寂しかったんだろう」
「それにしたってそんなオヤジとはな~。もったいないって」
彼はとりあえず黙って聞いていた。
そして、彼らの話を頭の中で組み立てていった。
オスカルは姉たちばかりを溺愛する父親を寂しく思っていた、と。
これは多少、当たっている。
で、その寂しさがトラウマとなり、父親ほども年の離れた男に恋をした。
当然、その年齢であれば妻子がいる。
ゆえにオスカルはその男との恋をひた隠しにし、妻子があるということに関しては、俺にさえも秘密にしていた、と…そういう筋書きになっているのか。
そして耐えきれなくなったオスカルは「身分も立場も捨てて、普通の恋人同士になりたい」と涙にかき濡れながら、俺に苦しい胸の内を訴えた。
そしてあいつは今、近いうちにその男とベルサイユを離れて自由な身で逢い引きする予定を立てており、そのとき、その男に…抱かれることを期待している、と。
はあぁぁぁ。
よく一晩でここまで盛り上げたな。
彼の脱力感は相当なものだった。
しかしそんな彼に、男連中が追い討ちをかけた。
「なぁ、アンドレ。オスカルさまってまだ処… 清い身でいらっしゃるんだろう?」
いきなりそう聞かれて、彼はドン引きした。
「何…何を突然…」
「だっておまえがそう言ったって聞いたから」
「俺はそんなあからさまなことは言ってない。
ただあいつは男慣れしてないし、その男とはまだ何もないと」
ああ、なんで俺、こんなこと話してんだろ。
困惑する彼に気づかず、男たちの興味本位な質問は重ねられていく。
「今回の逢い引き、オスカルさまは期待されているようだけど、男の方はどうなんだろう?」
「どうって」
「つきあってるぶんにはいいかもしれないけど、一線を越えるとなるとなぁ。
オスカルさまは伯爵家の令嬢で将軍の娘なわけだから、いくらオスカルさまがその気でも、男の方がびびってるかもしれないじゃないか」
はい?
「オスカルがそう望むなら、それはない」
彼はきっぱりと言った。
びびる?俺が?
ずっと密かに愛してきて、やっと想いが通じ、その上あいつがそれを望んでくれるなら、何を躊躇することがある?
「だんなさまが気にかからないと言えば嘘になるだろうけど、びびってなんかない」
それは彼の偽らざる気持ちだった。
「じゃあ、すべてはオスカルさまのお気持ち次第ってことか」
男たちはふむふむと頷きあった。
「愛する妻や子供がいる身の上で、妙齢の美女に抱いて欲しいとせがまれたら」
「そりゃ萌えるよな」
「男として憧れる場面ではあるよな~」
彼らは言ってるだけで喜んでいるが、彼らと違って彼女の感触を知っているアンドレの脳内は、リアルな妄想でいっぱいになった。
あの青い瞳に俺だけを見つめて、オスカルが言う。
『おねがい、アンドレ……抱いて』
俺の首に腕をまわして、意を決したように自分からくちづけてくるおまえ…
ちょっと思い浮かべただけで、軽く血流の変わる感じがする。
でも。
あいつ『抱いて』なんて言うかな。
あの青い瞳にいつも通りの強気な顔で、俺を見上げて
『私を抱け』
…ってなぁ。
悪くはないけど、そんな場面で命令されちゃうのは男としてどんなもんだろう。
でもそんな強気なことを言いながら、抱きよせた体が震えてたりしたら…超萌える。
彼はさらに血流が変わるのを感じた。
主に下半身方面へと。
ガキか俺は…
女性経験はそれなりに豊富だというのに、対象が彼女となると、どうもその経験が通用しない気がする。
こんなんで俺、「ご褒美の夏」を乗り切れるんだろうか。
それとも。
『さぁ、アンドレ。いい仕事してもらおうか。期待してるぞ』
そんなふうに振られたら、俺、なんにもできないかもしれない。
彼女にはそんな台詞が似合うから、それがまた恐ろしかった。
「アンドレ?おーい、アンドレ!?」
急に黙りこみ、険しい表情で何かを考え始めた彼に、同僚たちは不安を覚えた。
アンドレのシスコンはちょっと度を超えている。
もしオスカルさまが男に身を許したりしたら、逆上のあまりその男を殺しかねない。下手すりゃオスカルさまに毒を盛るようなことまでするかも。
「アンドレ、大丈夫か?
言っとくけど、オスカルさまも普通の女だぞ?
妹同然で大切なのは判るけど、オスカルさまにだって男と愛しあいたい欲求はあると思うぞ?
そこは認めて差し上げないと」
オスカルにも、欲求がある?
「そう…だろうか」
「え?」
「やっぱりあいつ、今度の休日、期待してると思っていいかな!?」
「なんだよアンドレ、今度の休日って」
「12日!休みとって1日出かけるんだ」
「さすがにアンドレは情報が早いな。
逢い引きは12日なのか」
「オスカルさまだってオトナの女なんだから、その日は心積もりがあって普通だと思うけど」
「俺の思いこみじゃないよな!?」
「当然だろ。オスカルさまもいいお年なんだし」
だんなさまと同等なほどの貴族に無礼を働けば、断罪されるのは必至。
妙なテンションを見せはじめた彼に、同僚たちは本当に不安を感じてきた。
オスカルさまかわいさのあまり、アンドレは何をしでかすか判らない。
片目を失明することさえ厭わなかったのだから。
「本っ当に大丈夫か、アンドレ。
おまえ、心の準備しといた方がいいぞ」
「大丈夫さ。俺の心の準備なんてとっくの昔にできてる。
むしろオスカルの心の準備待ちだから」
「そ…そうか。とにかく12日は気を確かに持ってくれよ」
なんだかよく判らないが、幼なじみとはそんなものなのかもしれないと、男たちは納得した。
そして彼の方も。
そうだよな。あいつだって普通の女だもの。
そういう欲望があって当然か。
そうなると、先ほどの彼女の言葉が俄然気になってくる。
『2人で一緒に考えたいことがあるから、できるだけ早く…来て』
やっぱり、そういう話なんだろうか。
ああ、少しでもいいから今すぐ話がしたい。
「どうした?」
席を立ちかけた彼を、同僚たちが制した。
「ちょっと俺、もう…行かないと」
「いやいや、アンドレ。
晩餐の給仕が始まるまで、おまえヒマだろう?
その男とオスカルさまの馴れ初めとか、ゆっくり聞かせてくれよ。
女連中にはエマちゃんが情報提供してくれてるけど、俺たちにはおこぼれ程度にしか回ってこないからな」
「げっ」
「あ、秘密が漏れる心配なら無用だぞ。
昨日談話室にいたみんなで決めたんだ。
あのオスカルさまが恋をしたんだもの、きっと本気なんだろう?
ま、不倫ってのはいただけないけど、でも、あんなお育ちのオスカルさまが女性としてお幸せなら、その想いを守って差し上げようって。
使用人同士の結束が固いのは、おまえも知ってるだろう?」
ジャルジェ家存続のために、いわば生け贄にされたオスカル・フランソワ。
彼女の幸せに、使用人たちも皆、心を痛めていたのだ。
仕事仲間たちの気持ちに、彼は胸が熱くなりかけた。
のだが。
「で、アンドレ。
オスカルさまのお相手って、イケメンか?
オスカルさまはその男のどこに惚れたんだ?
それにお2人は今、ドコまでの関係だ?
出し惜しみしないでさっさと吐けよ」
妄想が激しく、うわさ話が好きなのは、なにも女ばかりではない。
3人がかりで責め立てられ、くちづけの最中に寝落ちするほど疲弊していたオスカル・フランソワ。
しかし、それを凌ぐ猛追と男同士ならではの際どい詮索に、アンドレはこれからたっぷりと曝されることになるのだった。
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