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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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【8】

UP◆ 2011/8/9

    「恋人同士らしく、手をつないで歩いてみたい」
    そんなささやかな望みなど、造作もないと思われたのに…
    朝も早くに屋敷から脱出したオスカル・フランソワとアンドレ。
    手をつないで歩くどころか、ここ2~3日、2人きりの時間を持つことにすら窮している。
    どうしてこんなことになってしまったのだろう。
    「なにがあったのか、順を追って話してくれないか」
    彼にうながされ、彼女は昨夜、アンドレを退がらせたあとの出来事を話し出した。


    待ちかねた恋人がやっと部屋を訪れ、遠乗りデートの打ち合わせ前に彼からちょっとお久しぶりのくちづけをもらったオスカル・フランソワ。
    仕事コレが終わってからって言ったくせに、いきなりくちびるをふさぐなんて…ずるい。
    そんなことを思っているのに、彼女の指先はアンドレの背中をたどっていた。
    しなやかで、たくましい背筋。
    彼女だって鍛えているけれど、やっぱり自分とは違う。
    知らなかった。おまえってこんなに…
    男の体をリアルに感じて、彼女はなにかイケナイ感情を持ってしまったような気分になった。
    こんなに…って…こんなになんだと言うのだ。
    筋肉バカなら職場にもっとすごいのがゴロゴロいるじゃないか。しっかりしろ、私!
    自分を鼓舞してはみたものの、今度は彼の手に腰を引き寄せられて、そんな気概はカンタンにヨロめいた。
    ああ‥アンドレ…
    思わず彼のシャツをきゅっとつかむ。
    その気配で理解したのか、アンドレは彼女を長椅子の背もたれへと優しく押しつけた。
    …あ…ね、アンドレ、ちょっと待って。その前に私、もう少しおまえと話が‥し‥た……ま、いいか。
    彼女は押し倒されたふりをして、ちょっぴり姿勢を崩した。
    最近ではこんな小技も彼女は覚えたのだ。
    再び触れあうくちびるに胸がきゅんと音を立て、やっぱり緊張するような安心するような。
    そんな心地に彼女が浸りかけたそのとき。
    荒々しいノックが響き、部屋にジュリとエリサがやってきた。
    よりによって今、このタイミングか!
    2人の様子を見れば、この部屋になんの用で来たのかは予想がつく。
    彼とのとろけるくちづけを中断されて、彼女は不機嫌極まりなかった。
    「おまえが私のプライベートを口外するとは思わなかったが」
    アンドレを退がらせるなり、辛辣な言葉を投げつけた。
    しかし、話をきちんと聞いてやれば、ジュリを心配したあまりのエリサが強引に彼女の部屋に押しかけたのだとか。
    「いいの。あたし本当にもう気にしてないから」
    半泣きでエリサを退がらせようとするジュリと、そんなジュリを心から心配しているエリサ。
    彼といい空気になるたびに闖入者が現れるここ2~3日に、不快感を露わにしていたオスカル・フランソワだったが、彼女とて鬼ではない。
    2人の友情も理解できるし、ジュリの心情だって、彼女との身分を超えた友情からくるものである。
    そう思えば、『LOVE オスカル・フランソワ』にちょっと行き過ぎで、昨日から少々鬱陶しい感のあるジュリもいじらしく思えてくるではないか。
    ここは厳しく接するよりはむしろ…
    彼女は、かつて宮廷中の貴婦人の心を鷲掴みにした冴え凍るほど美しい微笑を浮かべ、2人の懐柔を図った。
    いや、図ろうとしたのだが。
    そこへものすごい勢いで扉が開いて、エマが乱入してきた。
    ちょっと見、ジュリと同じメイド服という出で立ちだが、さすがに裕福な家の娘だけあって上質なレースのリボンで髪を結い、よく打たれた絹のブラウスを着ている。
    靴下などもフリルがふんだんにあしらわれたものをつけていて、エマのまったく邪気のないきらっきらした瞳とよくマッチしていた。
    しかし。
    その夢見がちな瞳に、彼女はぞくりと悪寒がした。
    経験でもう判っている。
    この目はやばいのだ。
    「あんた、扉を開けるときにはノックをしなさいって、何度言えば判るの!」
    エリサの叱責の声が飛んだ。
    やっぱりか!!
    ここ数日のごたごたが、すべてがエマの立ち聞きから始まったことだと思うと、彼女は瞬時にキレかけた。
    それも当然。
    この娘、やはりあのときノックなどしていなかったのだな!
    苛立ちとともに口を開きかけたそのとき。
    エマがこの上なく嬉しそうに言った。
    「オスカルさま!あたし判っちゃったんです!!
    オスカルさまの秘密の恋のお相手。
    ズバリ、妻子ある殿方なんじゃありません?」
    は?
    この素っ頓狂すっとんきょうな発言に、彼女も、ジュリもエリサも一瞬固まった。
    お…まえ、なにを言いだす?
    しかし、その一瞬ののち、女たちは色めき立った。
    「オスカルさま、どういうことですの?」
    地獄の使者のような、ゾッとする声がした。
    暗ぁい目をしたジュリだった。
    「あたしにはなにも話さないとおっしゃったそのお口は、この小娘になにをお話になったんです?」
    「秘密の…不倫?オスカルさまが!?」
    「だってそれしか考えられないじゃないですかぁ」
    「あたし、オスカルさまが話せないとおっしゃるなら、お気持ちをお察ししてがまんしようと思ったのに、もう納得できませんわ!」
    「ちょっとエマ!作り話はやめなさいよ!!」
    「エリサさん、作り話ってひどくないですかぁ」
    女たちはてんでんばらばらに話し出した。
    しかも、なぜか彼女の存在はまったく無視されている。
    その状況は瞬く間にヒートアップし、10分もしないうちにエリサとエマの一騎打ちになっていた。
    ジュリは世にも悲しい顔をしてシクシクと泣いている。
    「あんたつまんない思いこみでもめごと起こすのやめてくれない?」
    「もめごとなんて起こしてないですもん」
    「現に今、起こしてるでしょ。
    どんだけジュリがショックだと思ってるの!」
    え?そっち!?
    彼女はエリサの台詞に目をむいた。
    オスカルさまのプライベートを吹聴するなど侍女としてなっていないとか、怒るならポイントはそこじゃないのか?
    ズレた会話に彼女は口を挟もうとしたが、2人の会話はめまぐるしく論点が変わる。
    日頃から理論立てて話をするオスカル・フランソワには、感情的になった女性にありがちな、飛びまくる会話についていけなかった。
    しかし、ふと見てみれば涙目のジュリは、エリサの言葉にコクコクと頷いている。
    なんでこの話についていけるんだ。
    彼女には理解不能だった。
    本当に女は判らない。
    きっと私には女の才能がないのだ。
    「だってホントにオスカルさまがあたしにおっしゃったんだもの。疑うんならオスカルさまに聞いてみればいいじゃないですかぁ」
    「ええ、もちろんそうするわよ!
    よろしいですわね、オスカルさま!!」
    「え”!?」
    今まで蚊帳の外だったのにいきなり話を振られ、三方向から詰め寄られて彼女はたじろいだ。
    なんだかおまえたちちょっと…こわい。
    誰か『こわくないから』と励ましてはくれないだろうか。
    「まず、はっきりさせておきたいのは、オスカルさまに恋人がいらっしゃるということですけれど。
    これは本当ですのね?」
    「う…」
    彼女は言葉に詰まった。
    なんで公衆の面前で――といってもたかだか3人だが――そのようなことを言わねばならない?
    「本当ですのね?」
    さらにグイッと詰め寄られ、彼女は仕方なしに頷いた。
    「…本当、だ」
    三方向から凝視されているので、目線の逃げ場がない。
    なんだか公開裁判にかけられているような気分になってきた。
    「そしてオスカルさまとその殿方は、秘密のご関係だと?」
    裁判官よろしくエリサが詰問を重ねた。
    「まぁ、そう‥かな」
    彼女があいまいにぼかそうとすると、検察側の証人が出てきた。
    「世間にバレたら女伯爵の男遊びだと言われる…と。
    だんなさまに知られたら間違いなく引き裂かれると、オスカルさまはあたしにむせび泣きながらおっしゃいましたわぁ」
    はぁぁ!?
    「ちょっと待て、エマ。私は別におまえに対して言ったわけじゃない!それに少しは感情的になったかもしれないけれど、むせび泣いてなんか」
    「つ ま り ニュアンスはどうあれ、オスカルさまはそのようなことを確かにおっしゃったのですね?」
    裁判官の断定的な口調に、彼女はうなだれた。
    「オスカルさまがエマごときに涙をお見せになるなんて」
    傍聴席から悔しさをにじませた声がする。
    だから違うと言っているのに!
    「それにオスカルさまはあたしにこうもおっしゃいました。
    ホントは好きな男を自慢したいし、自分のこともみんなにそう言って欲しいって。
    だからあたし、これからはた~っぷり聞いてあげますねって言ったんです」
    証人の発言に、傍聴席からのすすり泣きが高くなった。
    「それも、本当ですか?」
    「自慢なんてそんな言い方するか!
    ただ、かっ…彼を私のものだと…言いたい‥ときも‥ある、とは‥言ったかも…しれない、が」
    言いながら語尾がだんだん弱くなる。
    あのときは感情的になっていたから平気で言えた台詞だが、こうして素面しらふで口にするにはとんでもなく恥ずかしく、彼女は頬が熱っぽくなってくるのが自分でも判った。
    やばい。まずい。私は次期当主。
    いくら友情があったとしても、使用人の前で無様な姿は見せられない。落ちつかなくては…
    平静を保っているつもりでいるオスカル・フランソワだったが、恋と噂話に余念のない普通の女である3人の目を
    彼女が欺けるわけはない。
    うっすらと首筋を赤く染め、困ったように視線をさまよわせる彼女を目の当たりにして、傍聴人はぼたぼたと涙を落とした。
    こんなのあたしのオスカルさまじゃない!
    初めて会ったときの美少年ぶりに惚れ抜いて、今までオスカル・フランソワに仕えてきたジュリ。
    こんなに女の子丸出しの彼女を見るのは初めてで、ショックが激し過ぎた。
    けれど、そんなジュリの気持ちなどエマには判らない。
    神経を逆なでするようなことをさらりと口にした。
    「オスカルさまのそのお気持ち、あたし、よ~く判りますわぁ。女なら誰だって『おまえは俺のもの』なんて言われたいですもの。
    そしてそのままみんなの前で強引なくちづけなんかされたりしたら…あぁんっ、す て き。
    オスカルさまだってそうですよねっ」
    エマは暴風域を広げながらうっとりとして、瞳をいっそうきらきらさせた。
    しかし、彼女の方はちっともきらきらなんぞしている場合じゃなかった。
    みんなの前でくちづけ…だなんて!
    エマの台詞に肝が冷えた。
    この娘、とぼけたふりして私とアンドレの話を本当は全部聞いていたのではあるまいな?
    全部知った上で揺さぶりをかけているのではないかと、ばかげた邪推まで浮かんでくる。
    「でも秘密の2人には許されない…
    おかわいそうなオスカルさま。私も悲しいですわぁ」
    エマはきらきらの瞳をうるうるにした。
    「でも!」
    暴風の勢いに気圧けおされ気味だった裁判官が、再び口を開く。
    「それがなんだって不倫になるのよ」
    「だってオスカルさまがあたしにそうおっしゃったんですもん」
    はぁぁぁ?
    どうしてそういう話になる!
    「エマ、私はそんなこと、ひとっことも!!」
    彼女は驚きと腹立ちでそれ以上言葉が出ず、観賞魚のように口をぱくぱくさせた。
    「オスカルさま、泣きながら言ってたじゃないですかぁ。
    身分も立場も捨てて、普通の恋人同士になりたいって」
    「それは…言った‥けれど」
    自分が言った言葉を改めて人から聞かされると、顔から火が出る思いがする。
    「つまりお2人の邪魔をしているのは、身分や立場ってことですよね」
    ただのおバカかと思いきや、ズレているだけでエマは意外と賢かった。
    「オスカルさまが引けを取るとなると、お相手は相当なご身分の方か、もしくはオスカルさま以上のお立場の方かと思ったんです。
    でなきゃ、ジャルジェ家の令嬢を日陰の身になどにさせておけませんもの」
    証人のその証言に、つっけんどんだった裁判官の表情が少しだけ変わった。
    明らかに興味を惹かれたような。
    気配を敏感に察したエマは、調子に乗ってさらに言葉を重ねていく。
    「それにオスカルさまはあたしに、父には知られたくない、彼の仕事がやりにくくなるからっておっしゃったでしょう?」
    「ああ、言ったさ。でもそれは」
    相手が誰かバレていると思っていたからだ。
    アンドレが屋敷内での仕事をやりにくくなるから、父だけでなくみんなに黙っていて欲しいと。
    それなのに。
    「『でもそれは』なんですの?オスカルさま?」
    「…っ!」
    裁判官に答えを求められ、彼女は口を開きかけたが、黙ってしまった。
    そんなこと言えるか!
    彼の名はまだ暴かれてはいないのだ。
    「だからあたし、ピンときたんです!
    オスカルさまのお相手は、相当なご身分で、だんなさまとお近いお立場の方なんだって」
    おいっっ!『ピンときた』じゃないだろう!!
    心の中は大荒れだったが、アンドレの名を守るためには、今はなにも言えない。
    きり抜ける方法を探して思案する彼女は、はたからは、まるで核心を突かれて言葉も出ないように見えた。
    裁判官はその様子に、証人の発言の信憑性を感じたらしい。好戦的だったエマへの目が、ずいぶんと和らいできている。ないがしろにされた気がして涙にくれていた傍聴人も、話を聞く体勢になっていた。
    ちくしょう。分が悪い。
    なんとか巻き返さなければ…
    焦るオスカル・フランソワは、起死回生のひと言を放った。
    「もしすべておまえの言う通りだとしても、相手が妻子持ちとは限らないじゃないか!
    相当な身分で父と近い立場の独身男。そんな奴、いくらでもいる!!」
    うまいこと言った、私!
    彼女は心密かにニヤリと笑った。
    しかし。
    「…それは違いますわ」
    傍聴席から声がした。
    「どうして?」
    裁判官が傍聴人にも発言を許す。
    「だって、それだけの条件の殿方だったら、秘密にする必要はありませんもの。だんなさまに申し上げれば、きっと大喜びなさってすぐにでも結婚式とご披露の宴を開くと思いますわ」
    「ぐっ」
    ジュリは非常に冷静に、彼女の矛盾点を突いてきた。
    確かにそうだ。
    そんなに好条件の男なら秘密にする必要はないし、レニエは大喜びして、万が一にも娘と男の仲が壊れぬ内に結婚させてしまおうとするだろう。
    「ほぉらね?間違ってもだんなさまは、お2人を引き裂こうとなんてしない。
    こうして推理していくと、オスカルさまのお相手には、奥方さまやお子さまがいるとしか思えないでしょう?」
    裁判官と傍聴人は目を合わせてゆっくりと頷きあった。
    ちょっと待ってくれ2人とも!これは冤罪だ!!
    そうは思っても、得体の知れない理屈で詰められて、普段は回転のいいはずの彼女は、またしても観賞魚になってしまった。
    「オスカルさまが妻子ある方を…」
    ジュリはそれまでとは違う意味で泣き出した。
    「どんなに愛していらしても、それはいけませんわ。オスカルさま」
    「そうですわ。結局傷つくのはオスカルさまですのよ?」
    裁判官も口を添える。
    「お2人が真実想いあっていらしたとしても、決してご結婚はできないのですもの」
    真実想いあっていても、決して結婚はできない2人。
    ある意味で、その言葉は彼女の胸に刺さった。
    その痛みでほんの少しだけ泣きたい気分になる。
    自覚していても、改めてひとにそう言われると悲しかった。
    「そんなこと…判っている。
    私と彼の結婚など、あり得るわけがない。
    父が許すはずもない」
    彼女の微かな表情の変化。
    気がついたのは、長いつきあいのジュリだけだった。
    「おかわいそうなオスカルさま」
    彼女の心情を思い、ジュリはしずしずと涙をこぼした。
    しかし、エリサの方は諫めるようなことを言う。
    「不倫をするような男は、ろくでもないやからに決まってます。
    オスカルさま、目を覚まされませ」
    「不倫をする男はろくでもない、か」
    彼女の脳裏に、ひとりの男が浮かんだ。
    軍服に包み込んだ想いを、一夜のローブ姿に託した恋。
    けれど、その男の心はあの方のものだった。
    「愛したひとにすでに伴侶がいた。
    おおやけには結ばれないと判っている愛に、心さえつながっていればと生涯をかけるのは愚かしいことだろうか。
    世のことわりゆえに不倫と呼ばれるだけで」
    そしてアンドレもまた、心さえ結ばれていればと、彼女との身分違いの恋に生涯をかける気持ちでいてくれる。
    「そうした想いは不毛にしか過ぎないのだろうか」
    彼女のやけに説得力のある台詞に、エマが嬌声をあげた。
    「そんなことありませんわ、オスカルさま。
    ああ、禁断の恋。すてきだわぁ。
    決して認められることの愛に、すべてを捧げますのねぇ」
    エマの瞳はきらきらとうるうるで、めまぐるしいことこの上ない。それを見て、彼女は自分が大きな墓穴を掘ってしまったことに気がついた。
    女たちに責め上げられてつい感情的になり、昔の男のことまで口にしてしまったが…
    取りようによっては、まるで自分の不倫を認めているようではないか!
    「この話は友達のことだから!」
    慌ててそうつけ加えてみたところで、誰が信じるだろう。
    「『友達の話』だなんて、言い訳にしたって使い古されていますわ。そろそろ真実をお話しなさいませ」
    裁判官は彼女の言葉をばっさり切り捨て、検察側の質問を再開した。
    「お相手のお名を明かせないというご事情は判りましたわ。でも、どんな殿方なのか、少しぐらい私たちにも教えてくださいません?長年お仕えしてきたのですもの」
    氷の花とうたわれたオスカル・フランソワをとりこにし、日陰の身にさせるほどの男。
    興味を持つなということに無理がある。
    今やジュリの瞳も、エリサの瞳までもが好奇心できらっきらだった。
    エマに至っては、きんきらきんである。
    「その殿方はおいくつですの?」
    「……」
    「年上、ですわよね?」
    「まぁ」
    「どこにお住まいの方なんですかぁ?」
    「……」
    「ベルサイユなんですかぁ?」
    「まぁ」
    「ご職業はなにを?」
    「……」
    「だんなさまに近いお立場というと、やはり軍人さんですの?」
    「まぁ」
    「もう!オスカルさまったら秘密主義!!」
    やきもきした女たちは、グッと具体的なことを聞いてきた。
    「背は?お高いんでしょうねぇ」
    「当たり前じゃない。オスカルさまが178センチおありなんですもの、お相手には最低でも180。185は欲しいところだわ」
    「ですよね~」
    「で、オスカルさま。どうなんです?」
    「……」
    「その殿方の髪の色は?」
    「……」
    「じゃ、瞳の色!それぐらい教えてくださいよぉ」
    「……」
    年齢はひとつ年上で、住んでいるのはジャルジェ家。
    元の職業はその家の末娘の遊び相手で、今は護衛兼衛兵隊の隊員。
    彼女以上の長身で、漆黒の髪に黒曜石のごとき瞳。
    ここまで言ったら、名前を言わないことになんの意味がある!
    かたくなに黙秘権を行使する彼女に、エマが無邪気な目をくりくりさせながら聞いた。
    「ねぇ、オスカルさま?
    お相手の男性って、口に出せないほどハゲあがっているとか、そういうことなんですかぁ?」
    「なっ…!」
    「オスカルさまって、まさかのB専?
    ショックですぅ。あたし、そこは同意できな~い」
    「オスカルさま、それ、本当ですの?」
    「あたしのオスカルさまが、妻子持ちの上にブサイクな男としとねを共にされていらっしゃるなんて……いやぁぁぁ!」
    エマのあんまりな言いように、彼女は三度みたび、観賞魚になった。
    わ…私のアンドレをブサイクだと?
    「でも、ご自分が美しいのに、美的感覚が残念な方って
    わりといますわね。すごい美女が『どうして?』っていうようなブサイクを連れていたりしますもの」
    「ああ…」
    女たちは頷きあった。
    『ああ』ってなんだ?なんの『ああ』だ!失礼な!!
    「ア…あいつはブサイクじゃない!
    派手さはないがなかなかの男前だ。
    おまえたちは知らないだろうが、宮廷ではあいつに熱い目線を送っていた貴婦人たちが実はけっこういたのだぞ!
    それに私たちはまだ褥などっっ!!」
    オスカル・フランソワはぶちキレて、肩で息をしながら否定した。
    のだが。
    「でしたら、やはりまだ清いご関係のうちにお別れなさいまし。不倫など神さまがお許しになりませんわ」
    新たな女の声がした。
    いっせいに扉へと振りかえる彼女たち。
    扉のすきまから顔を見せたのは、彼女の知らない女だった。メイド服でないところをみると、端女はしため…か?
    「失礼いたしますわ、オスカルさま。
    差し出がましいことと思いつつお尋ねしますけれど…
    よろしいんですの?」
    「?」
    「わたし、先の廊下を歩いていたのですけれど、なにやらひそひそと囁き合う声が聞こえて来て…
    不審に思って角を曲がって参りましたら、何人かの侍女などが、わたしに見られて慌てたように走って行きました。
    目を向けるとこちらの扉がほんの少ぉし開いていて、灯りが漏れていましたの」
    げっ!
    「エマ、あんたお部屋に入るとき、扉をきちんと閉めた?
    いつも扉はちゃんと閉めなさいって言ってるでしょ!」
    再びエリサが叱責の声をあげ、彼女は本当にめまいがしてきた。
    エマは入って来たとき、扉をきちんと閉めていただろうか?
    閉めていたとは思うけれど…
    ああ、思い出せない。
    いきなり恋の相手が妻子持ちだと言い出されて度肝を抜かれ、そのあとすぐ、エマはエリサと激しい言い争いを始めてしまったのだ。
    ジュリはさめざめと泣いていたし。
    「わたしとすれ違った何人かは、こちらのお話をこっそり聞いていたことと思いますわ」
    端女に言われるまでもなく、それは想像に難くなかった。
    エマにはもっと注意を払わなければならなかったのに!
    自らの失態を激しく後悔する彼女に、諸悪の根源がにっこりと笑った。
    「間違いなくみんなに広まってしまいますわね。
    でもオスカルさま、ちょっと嬉しいとかって思っちゃったりしてません?
    これでもう、イケメンの彼氏を存分にご自慢できますもん。
    お気持ち判りますぅ。女ってそういうものですわぁ」
    この娘…!!


    かくてハリケーン・エマの暴風域は、ジャルジェ家全体へと広がったのであった。
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