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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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【18】

UP◆ 2011/11/8

    「すごい荷物だね」
    シャトーについて、出てきた厩番に事情を話し終えた彼は、呆れ気味に言った。
    「私も驚いた」
    今朝、侍女たちに身支度を整えてもらったオスカル・フランソワは、使用人用の裏口で彼女を待つアンドレのすきをついて、こっそり馬車に乗り込んだ。
    この姿を最初に見せるときは、2人きりでいたい。
    いったい彼はどんな顔をするのか。
    なんと言ってくれるのか。
    それを全部、1人占めにしたい。
    秘密の関係の2人。
    侍女たちがそばにいては、彼だってきっと言いたいことも言えないだろう。
    彼女はジュリに、しおらしく言ってみた。
    「このドレスを1番に見せるのは『彼』がいいな」
    「オスカルさま…」
    ジュリはなんだかショックを受けたような、寂しげな顔をした。
    オスカルさまがそんなことをおっしゃるなんて。
    「ジュリ?」
    「あ‥、いえ」
    ジュリはすぐに優しく笑って見せた。
    「オスカルさまがあんまり可愛らしいことをおっしゃるので。
    やはり女性は装いを変えると、気持ちも変わるものですのね」
    「そっ…そんなんじゃないっ」
    照れてしかめっ面をする彼女の背後から、エマが話に割りこんでくる。
    「そうですわねぇ。このままだと、1番に見せる男性はアンドレになっちゃいますもんね。
    でも、それでしたら簡単ですわぁ」
    「え!?」
    「放っとけばいいんですぅ。
    オスカルさまがなかなか現れなければ、アンドレのことだもの、お部屋に迎えに行くでしょう?そのすきに、馬車に乗り込んでしまえばよろしいんですわぁ」
    なるほど。
    エマは他の侍女たちに、それまでに荷物を積み込んでしまうよう指示した。
    行儀見習いで来ている部外者のエマなのに、侍女たちは嫌がりもせずに言うことを聞いている。
    エマが彼女のお気に入りだと、皆、すっかり思いこんでいるらしい。
    侍女たちは、エマのおかげでオスカルさま女装化プロジェクトに参加できて、むしろ感謝しているぐらいなのだ。
    荷物の積み込みぐらい、嫌がるわけがない。
    「しかし、すごい荷物だな」
    「これでもずいぶん減らしたのですけれど」
    大きなトランクには、万一、彼女が女装にがまんできなくなったときのためのブラウスやキュロットなどの普段着や靴、そして、職務上の不測の事態が起きたときのための、仕事用の支度が入っている。
    小さなトランクの方には、勝負下着の予備やら、化粧品やら、女性の必需品が諸々入っており…
    結果、平素身軽に動く彼女にしてみれば、びっくりするぐらいの大荷物。
    これでも減らしたというのなら。
    女とは、本当に大変なものなのだな。
    たまのことだから楽しめている彼女。
    これが毎日だとしたら、とても仕事どころではない。
    やはり私には、女の才能がないのだ。
    妙なことを再確認しながら、彼女は大荷物と共に馬車に乗り込んだのだった。
    「ふうん」
    彼女が大荷物の理由を話すのを、彼は何食わぬ顔で聞いていた。
    荷物の中から日傘などを降ろしてやり、シャトーの執事から水路へと案内を受ける。
    彼女の手を引き、ていねいにエスコートしながら、彼の中では煩悩がたっぷりと逆巻いていた。
    勝負下着… 予備も持って来てるんだ。
    どんなのかなぁ?
    本当は俺、黒ネコやうさぎもキライじゃないんだけど…それはないよなぁ。
    つい、耳のついた彼女を想像してしまい、クラクラしてくる。
    予備があるのなら、2種類ともが似通ったデザインとは思えない。
    かわいい系とセクシー系とか、ソフト系とハード系とか…
    ああ。
    『俺を思って選んでくれたのなら、どんなものでも嬉しい』
    そんなことも言った彼。
    しかし、いよいよ今夜、彼女を抱くとなれば想いも変わる。
    今日のドレスのように愛らしい下着を身につけて『おねがい』と言われるのもいいけれど、もし、がっつりセクシーな下着だとしたら、冷ややかな眼差しで『いい仕事してもらおうか』と言われるのも非常にイイ気がしてきた。
    むしろその方が萌える気すらする。
    氷のように冷たく整った美しい顔が、徐々に乱れていくさまがイヤでも頭の中で展開されていく。
    白磁のような滑らかな肌が、彼の手に応えるように染まっていき、がまんできなくなった彼女が恥ずかしそうにねだってくる。
    『もう…おねがい、アンドレ』
    ってコレたまんないだろ!!
    妄想が暴走し、危うく下半身の血流が変わりそうだった。
    これだけ長いこと待たされてきたのだもの、『おねがい』だろうが『いい仕事』だろうが、結局彼は、全部の彼女を楽しみたいのだ。
    それに。
    先ほど触れた彼女の胸元。
    柔らかくて、驚くほどにしっとりしていて…ドキリとした。
    はじめは、このところ侍女たちにはばまれて、あまり触れ合えていないせいかと思った。
    恋人の時間を過ごす中で、彼だって胸元ぐらいなら触ったことはあるし、くちびるを這わせたことだってある。
    だけど。
    先ほど不意打ちに味あわされた肌は、彼の記憶とは違っていた。なまめかしくて、誘うように吸いついてきて…あんなの反則だ。
    あれがエマ特製の薬湯の効果なのか?
    だとしたら。
    ……俺、がんばれるんだろうか。
    ちょっと触れただけなのにこんな調子じゃ、オトナのオトコとしては情けない。
    おそらく、いや絶対に初めてだと思われる彼女に負けるようなことがあれば、それはあまりにも不甲斐なさ過ぎる。
    こと恋に関しては、彼女をリードしてきたアンドレ。
    この主導権を手放す気はまったくない。
    今は女装姿の彼女に若干押され気味ではあるが、彼だって、そっち方面はそれなりにイロイロ経験しているのだ。
    まだまだ形勢逆転の可能性は高い。
    なんといっても彼女は、超初心者なのだし。
    それにしても、今日のおまえは。
    器用に小舟を漕ぎながら、彼は正面にちょこんと座っている恋人を見た。
    ドレスのすそに埋もれ、日傘を手にした彼女は絵画さながら。湖面から反射した陽光にゆらゆらと照らされ、ゆるく編まれた髪が艶めいている。
    湖の碧が映りこんだ瞳は、見慣れたはずの彼女を違う女のように見せていて。
    「かわいいよ」
    彼は、ごく自然にそう口にしていた。
    昔から、何度も言いかけては飲みこんだ言葉。
    もしそれを口に出したら、武人として必死なほどの精励を重ねる彼女がどう思うか。
    『しょせん女だとばかにしているのか!』
    そんなふうに取られてしまうことは、充分に考えられた。
    紅く咲いても、白く咲いても、ばらはばらだというのに。
    彼女を傷つけてしまうのではないかと、さけてきた言葉。
    それを、なんだか今日はするりと言えた。
    たとえ彼女が誤解したとしても、この美しい風景の中で手をつないで歩き、たくさんくちづけを交わしたら、きっと気持ちは伝わる気がする。
    「とてもかわいいよ、オスカル」
    「…か‥わいいって‥おまえ」
    気負いもなく、穏やかな眼差しでそう言われ、彼女はとっさに返すことができなかった。
    …かわいい…?
    きれいとか美しいとか、それは今まで数えきれないほど言われてきた。自分では特別気にかけたことはなかったが、お世辞にしても、それは言われ慣れた言葉だった。
    けれど。
    かわいい…なんて。
    普段なら「ふざけるな!」と一喝するところ。
    かわいい軍人さんなんて、なんの役にも立たちやしない。
    それなのに…どうしよう。
    一気に頬が熱くなる。
    この私を『かわいい』など、なめるにもほどがある!
    そう思っているはずなのに。
    どうしよう私。なんだかすごく嬉しい。
    嬉しいとか思っちゃってる!!
    彼女は赤面した顔を見られたくなくて、日傘を傾けた。
    だいたい『かわいい』なんて、赤ん坊とか愛玩動物とか、そういった小さくてか弱いものに向けられる言葉だろう?
    30過ぎの大女に似合う言葉ではない。
    落ちつけ。
    落ちつけ私。
    アンドレだって、きっと社交辞令で言っているだ‥け…いや違う。
    そういえば『かわいい』の用途は、ほかにもあったのだ。
    昨夜たっぷり予習した発禁本が頭をよぎる。
    拒みながらも、男の手練に翻弄される美しき主人公。
    その女がイヤだイヤだと言いながら、十二分にその気になっているのが、どうにも彼女には解せなかったのだが、ソレはまぁ、よいとしよう。
    はじめは気丈に男をはねつける女だが、やがて男の甘い口ぐるまとこなれた指先に霰もない姿を晒しだし…
    もはや意のままになった女の耳もとで、男が言うのだ。
    『かわいいよ』
    ってそんなの…!
    彼は本当に他意なく言ったというのに、予習が過ぎた彼女には『かわいい』というごく平凡な言葉が、妙にいかがわしく聞こえてしまった。
    頭の中でリプレイされる発禁本の内容と、彼に『かわいい』と言われて嬉しいと思ってしまったことが恥ずかしくて、彼女は日傘の陰で、それは見事なほど真っ赤になっていった。
    ……今宵、私はがんばれるんだろうか。
    ちょっと『かわいい』と言われただけなのにこんな調子じゃ、大人の女としては情けない。
    おそらく、いや絶対にイロイロ経験していると思われる彼。
    形勢不利は承知の上だが、この調子では、あまりにも不甲斐なさ過ぎる。
    こと恋に関しては、アンドレにリードされっぱなしの彼女。
    なんとか奪回したかに思える主導権だが、気を抜いたら、きっと簡単に奪い返されてしまう。
    早く落ちつかなければ。
    オスカル・フランソワは澄んだ湖面に目を向けると、大きく深呼吸して、彼女の頭の中でいろんなことを遊ばしている男女を追い出した。
    陽はすでに高く、気温も上がってきているが、湖を渡る風は清涼で、火照った頬を冷やしてくれる。
    もっと風が受けられるよう、彼女は舳先へと身をひねらせた。
    「ほ――っっ」
    遠く見える祭の風景をゆったり眺め、少し落ちついてくると、ほっとして思わずため息が出る。
    もう、彼の顔を見ても大丈夫かもしれない。
    村を臨むようにひねらせていた姿勢を戻し、彼女は傾けた日傘を置こうとした。
    ら。
    目の前に、ヌッと彼の顔があった。
    『かわいい』と言われたとたん、日傘で顔を隠してしまった彼女。
    しかもため息をついているようで、彼が心配にならないわけがない。声をかけるタイミングをはかろうと、近づいて気配を聴いていたのだ。
    しかし、彼のこの行為。
    オスカル・フランソワに取ってはたまったものではなかった。
    せっかくちょっぴり落ちついたと思ったのに、いきなり目の前にどアップの彼がいる。
    黒い瞳もくちびるも本当に真ん前で、追い出したばかりの発禁本の男女が、やすやすと頭の中にご帰還した。
    彼と彼女の顔をして。
    ああ。
    もうだめだ、私。
    諦めた彼女は自分の欲望に忠実になり、彼の頬に手を添えると、くちびるを重ねようとした。
    それなのに。
    「みんなの見ている前で、くちづけたいんじゃなかったの?」
    そんなことを言って、アンドレは軽やかに彼女のくちびるをかわしてしまった。
    なんて意地が悪いのだろう。
    「だって、どうしても今すぐしたいんだもの。悪いか?」
    もう開き直った彼女が半ば好戦的にそう言うと、彼は喉の奥でクツクツと笑った。
    どうしてこのお姫さまは、こんなにかわいらしい台詞をけんか腰で言うんだろう。
    でもまぁ、今日はなんでも言うことを聞いてやろうと思ってることだし。
    「ギャラリーがいないわけでもないか」
    湖畔に目を向ければ、草を食みながら、うさぎがこちらを見ている。
    超初心者の彼女には、ちょうどいい見物客。
    しかし、さざ波に揺らされながらの不安定なくちづけに、彼もすぐにうさぎのことなんかどうでもよくなったのだった。


    「あなたがアンドレ?
    シモンに聞いてたけど、結構な男前ねぇ!」
    舟遊びのあとには、湖畔を散策しながら、もっとたぁっぷりいちゃついた2人。
    シャトーの主と待ち合わせした時間のギリギリに、教会に着いた。
    教会のわきに置かれた受付けで名前を告げ、イベントの参加証をもらう。
    ジゼルとの約束の時間はもう少し先だったが、話が通っていたらしい。
    2人が参加証を受け取っていると、小耳にはさんだ通りのなかなかの美人が人懐っこく話しかてきたのだった。
    「この瞳、すごくセクシーだわ」
    彼女ほどではないが、そこそこ長身なその女は、アンドレのあごに指先を伸ばして、彼の顔を至近距離から見てきた。
    うわぁ…
    女のなんとも言えない妖艶な迫力に、彼はたじたじになった。
    これが、ジゼル!?
    花をいじっていれば幸せというシモンの妻だから、なんとなく清楚で華奢な女性をイメージしていたのだが、予想は大きく裏切られた。
    健康的に焼けた肌と、メリハリのきいたグラマラスな体。
    それを強調した服は魅惑的で、通りかかる男たちが皆、声をけていく。
    ジゼルも朗らかにそれに応えていて、たいした人気である。
    明るくて色っぽい、ナイスバディな美人。
    男にとって、理想とも思える女。
    そんな女に至近距離から見つめ上げられて、なんだかオタオタして見えるアンドレが、彼女には気に入らなかった。
    ついさっきまで私を優しく抱きしめて、「あいしているよ」と100回ぐらい言ったくせに!
    実際のことを言えば、せいぜいが30回ほどなのだが、頭にきている彼女には、それぐらい話が大きくなっている。
    ジゼルに話しかけられながら、彼女を気にしてチラチラ見てくるのも気に入らない。
    ジゼルが魅力的なのは事実なのだから、やましい気持ちがなければ堂々と会話を楽しめばよいのだ。
    私のことなど気にせずにな!
    どうせ私には、胸も色気もないことだしな!!
    青い瞳の奥に、チロチロとしたやきもちを隠す彼女だが、ジゼルに不快感を覚えているわけではない。
    浮気なんて、基本、男が悪いのだ。
    例え誘われたとしても、男がしっかりしていれば、浮気など起きようがない。
    ちょっと色気のある女が、茶目っ気を出してアンドレに話しかけているだけなのに、恋愛に免疫のない彼女の目には、早くも『浮気』に映っている。
    彼がこんなふうに、女性から過剰気味な親しみを受けるのは、珍しくないというのに。
    宮廷でも、飲みに行った酒場でも、もちろんジャルジェ家の侍女たちにも、実はモテモテな彼。
    今までオスカル・フランソワが気づかなかったのは、彼に特別な感情がなかったのと、彼女のいるところでアンドレに纏わりつくほど度胸のある女が、さすがにいなかったからだ。
    おのれ、アンドレめ!
    デレデレしやがって!!
    彼女はさも『アンドレなんか気になりませんよ』と言う顔をして、手にした参加証を見ているふりをした。
    手のひらサイズの小さな板に、麻ひもを通してナンバーを書いただけの簡素な参加証。
    「18…?」
    イベントの参加人数なのだろうか。
    彼のものに目をやると、どうやら30番台のようだ。
    「連番ではないのだな」
    どういうことだろう。
    シャトーの主に聞いてみるか。
    彼女が主を探してきょろきょろすると、主は若そうな男を連れて、こちらへ近づいてくるところだった。
    「キミがフランソワーズかい?」
    さっそく話しかけてきた若い男は、相当にテンションが高かくチャラチャラしている。
    祭ハイなのだろうか?
    「いいねいいね~!キミ、ちょ~カワイイじゃん。
    こりゃ絶対盛り上がるわ。
    今年は日にちがズレたせいか、参加者が少なくて困ってたけど、これならナイト連中も大喜び間違いないわ~!」
    「ジゼルのとき以来の盛り上がりになりそうだろう?
    しかも、この村を訪れたのがワイン目当てというのだから、まさに女神候補には打ってつけのお嬢さんだ」
    ナイト?女神?なんのことだ!?
    どうしてワインがからむと話がこうも飛ぶのだろう。
    「あの…御主人?」
    彼女にはまったく話が見えなかった。
    「どういうことなのか、ご説明いただけないだろうか?」
    きょとんとして尋ねたオスカル・フランソワに、チャラ男が説明を始めたが、話が進むにつれて、彼女の表情はきょとんから唖然へと変わっていった。
    「では、1番盛り上がるイベントとはミスコンテストで、私はそれに参加することになっていると?」
    「そうだよ、フランソワーズ。
    優勝した女子がその年の湖の女神で、男子はそのナイト。
    2人は今年のぶどうの良作を祈り、豊穣の神に誓いのくちづけを捧げるんだ」
    「ひ…人前でか?」
    「もちろん!ジゼルが女神に選ばれた年はすごかったよ。
    そりゃもうチョ~濃厚なくちづけでさ。
    あとでシモンのやつ、男連中にタコ殴りにされてたけどね。
    ま、あの2人はソレがきっかけで結婚したんだけど」
    なんてことだ!
    彼女はクラクラとめまいがしてきた。
    聞けばこのミスコンの本当の意味は、出会いの少ない村の若者たちのカップリングイベントなのだとか。
    そのために、となり近所の村からも、出会いを求めて若者が祭に来るという。
    「そういうことだったんですか」
    耳慣れた声に彼女が振り向くと、いつから聞いていたのか、背後に彼がいた。
    「そういうことなら、俺たちはちょっと」
    参加を断ろうとした彼を、チャラ男が熱心に口説いてくる。
    「今年は女子の参加が足りないのよ~
    しかもこんな上玉!
    祭を盛り上げるためだと思って、参加してよ。
    キミたち、夫婦じゃないんでしょ?」
    「それは‥結婚の予定はないけれど」
    バカ正直にそう答えたアンドレに、彼女は即座にキレた。
    ああ、そうさ。私たちに結婚の予定などないさ!
    でも、それは今ここで言うことか!?
    彼に目を向ければ、その横には色っぽく笑うジゼルがいる。
    2人とも黒髪で、妙にお似合いに見える。
    …気分が悪い。
    「おい、チャラ男。そのイベント、私は参加するぞ」
    腹立ちまぎれに、勢いよくそう言いきった。
    「も~、チャラ男ってヒドいなぁ。
    これでも祭のためにムリしてアゲてんのよ、俺」
    チャラ男はオスカル・フランソワの背に手を回し、ミスコンの予選の広場に彼女を連れて行こうとする。
    が。
    「ちょっ‥、待てよ!」
    どこかのアイドル俳優ばりに、彼は恋人を呼び止めた。
    「ォ… フランソワーズ、本気か?」
    「ああ、本気だとも」
    「優勝したら、男の優勝者とくちづけしなきゃならないんだぞ!」
    「それが気に入らなければ、おまえが優勝すればいい」
    彼女がそう言い放つと、ジゼルが彼のひじに、スイッと腕をからめた。
    「ナイトの予選はあっち。あたしが案内してあげるわね」
    ちっ!
    彼女はまた少しメラッとしたが、チャラ男とともに女子予選会場に向かった。


    女子の予選は、彼女を含めて18人。
    広場に整列し、名前を呼ばれたら中央へ出ておじぎをする。それだけの簡単なものだった。
    「参加者が多いときは、予選も2回ぐらいあるんだけどね」
    チャラ男はそう言って笑う。
    ここで女神候補は5人に絞られるのだとか。
    ひとりひとりが進み出るたびに、歓声や拍手が起きる。
    ほどなくして、彼女の番が回ってきた。
    「では最後の出場者は、先ほど急遽参加が決まったフランソワーズさんです。
    フランソワーズ、どうぞ!」
    チャラ男にうながされて彼女が中央へ進み出たとき、観衆の反応は鈍かった。
    多分、身長に引いたのと、たっぷりとしたレース使いの帽子に縁取られ、顔がよく見えなかったからだろう。
    「ねぇ、フランソワーズちゃん。帽子、取ってくれない?」
    どこからともなく飛んだ声に、彼女は何気なく、帽子を留めている喉もとのリボンを解いた。
    そのとたん。
    「おお~っっ!」
    広場は野太い男の歓声でどっと沸いた。
    この時点で、投票などしなくても、彼女の予選通過は決まったようなものだった。
    そして。
    同じ頃、彼の男子予選も始まっていた。
    男子の予選は短距離走。
    当然、観衆は皆、女性ばかりだ。
    ここでも彼は、最初から女性たちの熱い視線を集めていた。
    長身で、引き締まった体躯。
    平民ではあるけれど、ジャルジェ家育ちゆえに、どことなく洗練された雰囲気。
    しかも今の勤めは衛兵隊なのだから、身体能力も申し分ない。
    「アンドレ、がんばって~」
    すでに名指しで黄色い声があがる中、彼は予選をトップで通過した。
    本戦まで進めるのは10人。
    本戦では、村をぐるりと1周するRunの後、丸太をノコギリで切断する早さを競うのだという。
    なるべく細い丸太を選びたいところだが、なんと丸太はクジ引きで決まるのだからタチが悪い。
    丸太と言っても、腕力で折れそうな枝っぽいものから、ぶっといものまでさまざま。
    レースを面白くしようという主催者の意図がひしひしと感じられる。
    そこで3人にまで絞られたナイト候補の中から、女神自身がナイトを選び、くちづけを交わすのだ。
    最低でも、3位以内には入らなければならない。
    いや、1位で勝ち上がらなければ、彼女になにを言われるか判らない。
    私への愛情が足りないのだろう。
    そんな理不尽なことも、あの勝ち気なお姫さまなら平気で言いそうだ。
    それに。
    優勝すればワインが手に入る。
    彼女の優勝は確実としても、大酒飲みなオスカル・フランソワのこと。小さな樽1つでは心もとない。
    ここは絶対予選を突破し、優勝しなければ!
    2人で1樽ずつワインを獲得して、彼女を上々な気分にさせておきたい。
    いよいよ結ばれる、今夜のために。
    そんなよこしまな計算も、彼の中ではちゃんと働いていた。
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