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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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【14】

UP◆ 2011/9/19

    夕闇の司令官室。
    先ほどまでいたダグー大佐が席を外すと、アンドレは再び彼女を抱き寄せてくちびるをふさいだ。
    今夜はオスカルと過ごせるんだろうか。出発も近いことだし、そろそろ当日の予定を詰めておきたいのだが…
    お邪魔虫たちへの苛立ちに、自然と熱のこもるくちづけ。
    でも、腕の中の恋人はどこか気を散らし、嶮しい表情を見せていた。
    「どうした?やっぱり帰りたくないか?」
    優しく聞いてくれる彼に、彼女は曖昧に笑った。
    昨夜のネコ耳事件を思い返していたとは言えない。
    悪気のない瞳をきらきらさせて、誇大気味なオリジナルイメージを存分に膨らせる癖のあるエマ。
    すっかり彼女がネコ耳にご執心だと思いこんでいる。
    その勢いで、彼に妙なことを吹きこんだのではないかと思うと、落ちつかなかった。
    「昨日、おまえの部屋にエマが行ったと思うが」
    彼女は何気ない口調で探りを入れた。

    昨夜、ほんの偶然からネコ耳を手にしたところをエマに見られてしまったオスカル・フランソワ。
    あのあと彼女が何を言っても、エマは意味あり気な笑いをおさめなかった。
    いくらもしないうちにジュリが戻って来たので、彼女はエマの誤解を解く機会を、完全に逸してしまっていた。
    手渡された妙薬を口に運んだが、この日ばかりは妙薬の不気味な色も、怪しい味も気にならない。
    『アンドレはオスカルさまのこのご趣味を知っていますの?』
    エマに言われた脅迫とも取れる台詞。
    この娘、あいつになにを言うつもりだ?
    ムースに仕立てられた妙薬をちびちびと食べながら、彼女はジュリと話すエマを観察する。
    2人の会話は自然と『オスカルさまの勝負下着選び』になっていたが、エマが妙なことを言い出す気配はない。
    けれど、なかなか安心できないのがこの娘。
    彼女の警戒心は解けなかった。
    「さて、オスカルさま?」
    妙薬を食し終えた彼女をジュリが促した。
    湯殿の支度がもう整っているという。
    薬湯の効果を最大限に発揮させるには温度が大切だとかで、彼女は慌ただしくも湯殿へと連れ去られた。
    湯浴みの世話係は日によって違うが、薬湯はエマにしか作れない。
    ここ数日、彼女の湯浴みに同行するエマは、使用人たちの間で『オスカルさまのお気に入り』と認知され始めたようだった。
    思いこみの激しさから、ちょいちょいトラブルを起こしていたエマ。
    『オスカルさま不倫説』を言い出したばかりのときは誰も相手にしなかったけれど、最近はようすが変わってきた。
    裕福な家の娘で、行儀見習いとして預かりの身分のエマを表立ってとやかく言える者はいなかったが、実際のところ、嫌われていたのは否めない。
    しかし、彼女に恋人がいると発覚してからは、口の固いジュリなどと違い、聞けば嬉しそうに瞳をきらきらさせて語り出すエマは、談話室の仲間に俄然重宝がられ始めた。
    しかも毎日の湯浴みに同行するばかりか、エマの作るなにやら美しい色をしたデセールを彼女が毎晩所望しているとなれば、もうこれは本物。
    使用人たちの間で、エマは妙な地位を築きつつあった。
    彼女はそんなことなどちっとも知らなかったが、湯浴みから戻って、それを実感させられることになり…

    「ああ、エマね。来たよ」
    金色の髪を指先で梳きながらアンドレが答えると、昨夜の出来事を回想していた彼女は、夕暮れも過ぎた司令官室に注意を引き戻された。
    司令官の椅子に座るオスカル・フランソワをうしろから抱くようにして、彼が彼女の髪を弄んでいる。
    「黒ネコ」
    耳もとで言われた言葉にドキンとした。
    「なにを言って…」
    「ゆうべ俺の部屋に入って来たエマがそう言ったんだよ。
    黒ネコは好きか、って」
    昨夜、またしても彼女の部屋から締め出されたアンドレ。
    なんとも中途半端な気持ちで自室へと引き上げた。
    今さら厨房や談話室に顔を出せば、また質問責めにあうに決まっている。
    だからといって部屋にいても、どうせ仕事仲間たちが押しかけてくる。
    彼はテーブルに置いてある3本立ての燭台を部屋の奥へと移動させ、灯りを2つ消した。
    扉から灯りが漏れていなければ、もし誰かが訪ねて来ても、不在か就寝中だと思うだろう。
    彼はお仕着せを脱ぎながら、頭の中で12日の予定を反芻する。
    出発は早朝。
    湖の村が遠いのと、ジャルジェ夫人やマロン、その他屋敷の人間の目を避けるためだ。
    見送りはジュリだけ。
    万一、職務上の不測の事態が起きた場合の連絡係はアランになっていた。
    お出かけ先を屋敷の者に明かせば、どこからどう彼と彼女が2人きりだとバレるか判らない。
    一方アランには12日の休暇を『伯爵家の所用』と伝えておいた。
    アランが屋敷に問い合わせしてまで根掘り葉掘り聞かない限り、そこから発覚する心配はないだろう。
    途中、何回かの休憩をはさみながら、湖に到着するのはたぶん午前10時頃。
    元庭師の妻・ジゼルとの待ち合わせには充分間に合う。
    それからあとは2人で湖を散策し、くつろいだ時間を過ごす。
    彼女のおねがいは恋人同士らしく手をつないで歩くこと。
    彼の口元に笑みが浮かんだ。
    そんなのお安いご用だよ、オスカル。
    でも。
    彼としては手をつないで歩くより、彼女と腕を組んで歩いてみたかった。
    お仕着せを脱ぐと、シャツやキュロットを洗濯物のかごへ投げ入れながら、彼はちょっと想像なんかしてしまう。
    ―――俺は何気なく歩いている。
    その俺の左腕を、おまえは両手で抱えこむようにからみついて歩きながら、肩に頭をもたれている。
    ときおり振り仰いで、あの眼差しで俺を見るんだ。
    くちづけが欲しいと言い出せない、困ったような瞳で。
    「く~っっ」
    たまらん。
    彼は寝台へとダイブして、シーツの上をバタ狂った。
    彼女が最初にこの甘えたおねがいをしてきたとき、彼はぴしゃりとはねつけた。
    それが彼女のためだと思ったから。
    でも本当は彼だって、いや、彼の方こそよほどそういった欲望は強かった。
    身分さえあれば。
    何度そう思ったか判らない。
    そして、その欲望の最たるものが。
    ……1度でいい。
    愛しあっているなら体を重ねてみたい。
    それは男なら当然のこと。
    彼はバタ狂いながら、元庭師からの返事を思い返す。
    『うちで良ければ泊まっていくといい。
    たいしたおもてなしはできないけれど、使っていない離れがあるから』
    その手紙を読んだ彼女は、少し迷っているようだった。
    「初対面な上、ご亭主のいない家に泊めていただくなど、あまりに不躾ではないか?」
    それは少々頭の固い彼女がいかにも言い出しそうなこと。
    結局2人は話し合った末、泊めてもらうかどうかは、妻・ジゼルに会ってから決めることにした。
    もしジゼルが来客好きで、心から2人を歓待してくれているようなら、ご厚意に甘えようと。
    もちろんそういう結果になったのは、なりゆきではない。
    彼女がそう言い出すべく、彼が懸命に話し合いをリードしたのだ。
    ああ、どうかジゼルが客人好きで人なつっこい性格でありますように。
    正直、このところの彼はソレばっかりを祈っていた。
    子供の頃を含めても、うたた寝を除けば、2人が一緒に眠ったことなんかない。
    その場面を想像するだけで、ちょっと血流が変わりそうになる。
    彼は、寝台にぱったりとうつ伏せると、枕に顔をうずめて、なおいっそうバタ狂った。
    そのとき。
    さわさわと怪しい感覚が彼のうしろを襲った。
    シークレットゾーンを隠す下着1枚だけの彼。
    腰の下辺りをなにかが這い回っている。
    「きゃ~っっ」
    またしても、悲鳴をあげたのはアンドレだった。
    「うふ♥いい大臀筋してる」
    エマが彼のおしりを撫でまわしていたのだ。
    彼はバネ仕掛けの人形のように跳ね上がると、一瞬で身を起こした。
    「ちょっ、エマ、にゃんのつもりだっ」
    慌てたあまりに噛みながらも、肌掛けを手繰り寄せてくるまる。
    寝台の上で後ずさると、彼はぴったりと壁に張りついた。
    「アンドレっていい大胸筋してるけど、大臀筋もいいわぁ。
    ぷりぷりしてて、引き締まってて」
    エマは瞳をきらっきらさせながら、寝台に手をついてグイッとにじりよった。
    ひいぃぃ。
    やめてよッ、アタシは全部オスカルのモノなんだからぁ!
    恋人でもない女に尻を撫でまわされ、頭のチャンネルを少しおかしくしながら、彼は伸びてくるエマの手を振り払った。
    「嫁入り前の娘が男の部屋に入ってくるんじゃない!」
    「大丈夫、あたし、婚約者いるから」
    答えになってねー。
    「って、え?婚約者?」
    「そうよ、年が明けたら結婚するの」
    エマがまた少しにじりよったので、彼はさらに壁に張りついた。
    「だったら着替え中の男の部屋に入って来るのは余計によくないだろ?」
    「あたしはかまわないわぁ」
    俺は違うんだよ!
    沈黙が漂えば襲われそうな気がして、エマの手をよけながら、彼はとにかくしゃべる。
    「だいたいなんでエマがここにいるんだ。
    『女同士の大切で楽しい話』が終わったのなら、俺、あいつの部屋に戻るぞ。
    今日は出発の打ち合わせをするつもりだったんだから」
    彼が古代ギリシアの衣装さながらに、肌掛けを肩から巻きつけて立ち上がろうとすると、エマは含み笑いを漏らした。
    「オスカルさまのお部屋に戻るっていうなら止めないけど」
    「なにか?」
    「今、オスカルさまはとってもお取りこみ中よ。
    エリサさんが来ているの。オルガちゃんとマルトちゃんも」
    「オルガとマルト?」
    彼ははっきりと怪訝な顔をする。
    談話室の秘密のメンバーに、確かに2人はいた。
    でも、なぜ急に?
    彼に判るのは、オルガとマルトがジャルジェ夫人付きのお針子だということぐらい。
    ジュリとも親しくないし、当然彼女とも親しくはないはず。
    いくら考えてみても、彼女の部屋にオルガとマルトがいる理由が思いつかなかった。
    「あ、そうだ。あたし、オスカルさまからのご伝言を預かっていたんだったわぁ」
    彼の尻を撫でまわすのを諦めたエマは、すっくと立ち上がった。
    「あのね、逢い引きの日はね、オスカルさまは馬車でお出かけになりたいんですって」
    「えぇっ!?」
    久しぶりの遠乗りを、あんなに楽しみにしていたのに?
    彼は驚き、エマの言うことをすんなりと信じる気にはならなかった。
    機敏に立ち上がると、エマを押しのけて先ほど脱ぎ捨てたシャツを拾う。
    部屋へ行き、彼女の言うことを、そしてオルガとマルトがいるわけも、自分で確かめようと思ったのだ。
    けれど。
    「オスカルさまのお部屋に行くの?」
    「ああ。判らないことが多すぎる」
    「でも明日にした方がいいわよ、アンドレ。
    だって今お部屋を訪ねたら、オスカルさまはきっと…」
    エマは彼の反応を楽しむように、ゆっくりと言った。
    「なにもお召しじゃないと思うわぁ」
    なにもお召しじゃない?
    って…全裸!?嘘だろ?なんで!
    彼はますますわけが判らなくなっていった。
    全裸って、そんな。
    偶然を装ってでも、今すぐ彼女の部屋に乱入したい気持ちになる。
    が、もし扉を開けた瞬間、本当に彼女が全裸だったとしたら…どうすればいい?
    2人きりならともかく、部屋にはジュリやエリサのみならず、オルガやマルトまでがいるらしいのに。
    「はあぁぁ」
    明日、仕事のキリがついたら司令官室で聞こう。
    ため息をついた彼が寝台に座りなおすと、エマが探るようにつぶやいた。
    「アンドレは黒ネコ、好き?」
    「黒…ネコ?」
    突然方向性が変わった話題に、彼は対応できなかった。
    「なんだよ、急に」
    「いずれ判るわぁ。判んないかもしれないけど」
    いずれ、判る?
    投げかけられた意味深な言葉に、彼は気を取られた。
    その隙に。
    エマの小さな手が彼のふところに入りこみ、ちろちろと胸を撫でまわした。
    「ちょっ‥‥ぁ‥‥やめ……って、いい加減にしろエマっ!」
    「ん~、やっぱいい大胸筋してるっ」
    キレかけた彼をおもしろがるように、エマはきゃらきゃらと笑いながら、彼の部屋から出て行った…

    もう薄暗い司令官室で彼女をうしろから抱きながら、アンドレはその出来事を話した。
    もちろん、彼が下着1枚の姿で尻やら胸やらを撫でまわされた部分はカットして。
    「ねぇ、オスカル。判らないことが多すぎるんだけど、答えてくれないか?
    黒ネコってどういう意味だ?
    それになんだっておまえの部屋にオルガとマルトが来ていたんだ?」
    「それは…」
    どうしよう。
    彼女は本当に困ってしまった。
    もし、エマがあの黒ネコ事件を彼に話すとしたら、誇張気味な脚色で飾り立て、情感たっぷりに語り倒すと思っていた。それを彼が信じたら、と彼女は気が気ではなかったのだ。
    それがまさか、こんな風に自分が説明を求められることになろうとは!
    いっそエマが勝手にペラペラしゃべってくれた方が気が楽だったかもしれない。
    どうしよう。
    どうしよう!
    「黒ネコ」なんて、うまい言い訳も思い浮かばない。
    でも、この先もこんなふうにエマにおちょくられるのはまっぴらだ。
    それならば!
    彼女は柔らかく抱いてくれている恋人の腕を、そっと外した。
    くるりと彼に向き直る。
    「……勝負下着」
    「は?」
    「だから昨夜は勝負下着選びをしていたのだっ」
    いったん口に出してしまえば、もうヤケクソ。
    彼女は、スケスケラメの下着や黒ネコのコスプレで侍女2人にからかわれていたことや、ちょっとエッチな下着の試着に興じていたことを委細漏らさず彼に話した。
    意外に似合うことで、ちょっと調子に乗ったことも、ちゃんと正直に話す。
    まじめな女なのだ。
    そして、たまたまネコ耳を手にしたところをエマに見られて、どうしても誤解が解けず、挙げ句、マイルドに脅迫されていたことも白状した。
    今朝の出勤など、エマはオスカル・フランソワ付きの侍女たちに紛れ込んで近づいてくると、彼女の耳もとで
    「行ってらっしゃいませ、ク ロ ネ コ た ん」
    などと囁いてきたのだ。
    あんな小娘に脅されるなど!
    それこそが彼女にとって、もっとも悪夢と思われることだった。
    悔しさと、そして勝負下着選びがバレた気まずさで、彼女の表情はさらに嶮しくなっている。
    それなのに。
    アンドレは腹を抱えてケタケタと笑っていた。
    「ネコ科の肉食獣……と‥殿方が怯える」
    その状況を想像するとおかしくて仕方ないらしい。
    「確かにおまえはかわいい黒ネコちゃんにはならないだろうな。かと言ってウサギって…ぷぷっ」
    「アンドレ、おまえまで!!」
    「なんだよ、オスカル。
    やっぱりおまえ、黒ネコちゃんになりたいのか?
    耳とふわふわの長いしっぽに、黒い絹の首輪の」
    「誰がなりたいもんか」
    「そっか?俺は別に怯えないけどなぁ」
    彼は笑いを止めないまま、彼女の額を小突いた。
    「だいたいエマがなにを吹聴したところで、俺が信じるわけないだろう?
    もう少し自分の恋人を信用してくれませんか、お嬢さま?」
    「あ…」
    そういえば、そうだった。
    誰がどんなことを言ったって、彼はいつでも彼女を信じる。
    「おまえだってそうだろう?」
    彼女は苦笑しながら頷いた。
    エマがアンドレに妙なことを吹きこんだらどうしよう。
    そんなことで1晩悩んだ自分がばかみたいだった。
    「安心した?」
    「ん」
    彼女があきらかにほっとしたようすを見せたので、彼はここぞとばかりに、すごーく気になっていたことをどさくさ紛れに聞いた。
    「で、勝負下着は決まったの?」
    「ああ。でもひとつに決められなくて、結局3点、今、オルガとマルトがサイズの微調整をしてくれ…て…い」
    自分がケロッと吐いてしまったことの意味に気づいて、彼女は言葉を途切れさせた。
    「アンドレ、あの、こっ…これはそういう意味ではなくてエマが用意したものに気に入ったものが3つあってジュリもたまには下着ぐらい冒険してみろと言うしオルガとマルトならサイズのお直しも一晩で簡単にしてくれるって言ったからそれでっっ」
    真っ赤になって言い訳する彼女。
    「ふぅん。『そういう意味じゃない』んだ?」
    彼はオスカル・フランソワの頬を両手で包むと、彼女の目をのぞきこんだ。
    「本当に?」
    ああ。ヤバい。マズい。この展開。
    彼女の心の中で警鐘が鳴る。
    彼の黒い瞳に見え隠れしている蠱惑的な光。
    もう経験で判っている。
    彼にこの瞳で見つめられたら、彼女には逆らうことができない。嘘もつけない。
    「だ…ってジュリが言ったんだ。
    こういうときは相手の男の好みで選ぶものだと。
    でも私にはいくら考えてもおまえの喜ぶものなど判らなくて…」
    彼はさらにケラケラと笑った。
    「俺、おまえがなにを着ていてもかまわないけど?」
    「え!?」
    『下着より中身』
    エマが言った言葉を思い出し、彼女は若干引きそうになる。
    おまえって、そんな奴だったのか!?
    しかし、彼はまったく違うことを言い出した。
    「好みかどうかが問題じゃなくて、おまえが俺を思って選んでくれることが嬉しいんだけど、それは違うの?」
    彼女に考えるヒマを与えないかのように、質問が重なる。
    「それともエマが用意してくれたから、選んだだけ?」
    はじめはそうだった。
    ジュリとエマに『勝負下着』なんて言われてびっくりして。
    試着してみたときも、とてもこんな姿、彼には見せられないと思った。
    けれど。
    「さぁ、オスカル。答えて」
    すすめられるまま試着をする中で、心の底に、彼を喜ばせたいという気持ちはなかったか。
    彼女は目をそらそうとしたけれど、彼はいっそう瞳を近づけ、許してくれない。
    「俺に見て欲しいと思わなかった?」
    ギリギリまで瞳を近づけられ、くちびるを微かに触れさせながらそう言われると、そうだったような気がしてくる。
    けれど、心の内にせめぎ合うもう1つの気持ちもあった。
    ずるい、こんな。
    おまえはいつでも落ちついていて、私だけがこんなふうに翻弄されて。
    悔しい。
    でも…心地いいような。
    感情のすべてがごちゃごちゃになって、自分の気持ちがどこにあるのか判らなくなってくる。
    「アンドレ、私…」

    その日の勤務を終えて屋敷に戻った2人。
    食事を終えた彼女の部屋では、試着ファッションショーの2日目が行われていた。
    彼女の着心地に合わせて、オルガとマルトがさらに細かなお直しを施していく。
    アンドレは昨夜に引き続き、彼女の部屋に入ることができなかった。
    けれど、その夜の彼は珍しく心ここにあらずで、ときおり「く~~っ」と奇声あげながら寝台を転げまわるようすは、部屋に押しかけた談話室の仲間たちもちょっと不思議に思うぐらいだった。


    そして2人はとうとう出発の朝をむかえたのである。
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