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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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【13】

UP◆ 2011/9/22

    「アンドレ、私…今日は帰りたくない」
    もう夕暮れの司令官室。
    オスカル・フランソワは、いっぱいいっぱいな気持ちでそう言った。
    彼女は重いため息をつきながら、両手で顔をおおう。
    見かねたアンドレが、扉の外の気配を気にしながらも肩を抱いてやった。
    屋敷に仕事を持ちこむことで得られた平穏も3日しか続かず…
    いや、なまじ平穏な3日間があったから、不意を突かれた昨夜のダメージは大きかった。
    この3日、司令官室でささやかな恋人の時間を過ごしていた2人だったけれど、勤務中のこともあり、語らうだけに留めていた。
    けれど。
    彼はもう1度扉がきっちり閉まっているか目線を送り、それから遠慮がちに彼女のからだに腕をまわした。
    普段の彼女なら『司令官室ここをどこだと心得ておるかぁ!』と一喝する場面。
    しかし、先日のジュリとの会話に刺激され、誘発されてしまったアンドレへの妙にうしろめたい気持ちと、今度のお出かけに何かしらの予感めいたものを感じ始めていた彼女は伏せていた顔を上げると、彼以上に遠慮がちに愛する男の腰に腕をまわした。
    「アンドレ…?」
    小さな小さな声で彼の名を呼び、ねだるような眼差しで黒い瞳を見上げる。
    オスカル・フランソワの表情には愁いの色が濃く、アンドレには、彼女が精神的にかなり参っているのが判った。
    そうでなければ、公私混同を嫌う彼女が、もうすぐ終わるとはいえ勤務中の司令官室で、くちづけをせがんできたりするわけがない。
    「まだ勤務中だよ」
    抱きよせたのはアンドレが先なのに、彼はわざとそんなことを言ってみた。
    仕事とプライベートをきっちりわける彼女に、寂しい思いをさせられているのはいつもアンドレの方だ。
    たまには少しぐらい彼女をいじめてみたい。
    それに。
    ジュリやエマにはばまれて、彼女の部屋へ出入り禁止状態だった数日のあとの、この3日間が甘すぎた。
    お出かけの日までそんな日が続くと安心していた矢先に
    またも締め出しを食って、もしかしたら今夜だってどうなるか判らない。
    彼は甘えてくるオスカル・フランソワを抱きしめてやり、彼女が欲しがるものを優しく与えた。
    けれど。
    ……?
    鍵もかかっていない扉1枚へだてただけの秘密の行為。
    そのスリルのせいだろうか。
    なんだかくちづけを受ける彼女の反応が、いつもとはどこか違うような気が、彼にはした。
    少し緊張気味に恥じらうようすはいつも通りだが、その中に、今までの彼女にはなかった微かな欲望の片鱗が感じられる。
    『オスカルさまにだって、男と愛しあいたい欲求はあると思うぞ?』
    仕事仲間に言われた言葉が思い出された。
    そして先日彼女が迷いつつ言った言葉も。
    彼はどちらもそっくり受け止めてはいなかった。
    彼にしてみればそう思いたい気持ちはあるが、彼女との長い年月の中で、1人思いこみ、期待し、結果肩透かしだったことは何度もある。
    その言葉が魅惑的であればあるほど…
    もうがっかりしたくない。
    そんなブレーキも働いていた。
    ことに、この夏のお出かけが仕事仲間たちにバレてから
    彼らのアンドレへの猛追には笑えないものがある。
    彼女の恋人の正体を知らないのだから仕方のないことなのだが、相手の男への詮索や妄想はかなり激しいもので
    彼の姿を見かければ、皆、アレコレ続報を聞きたがった。
    束の間でもヒマそうなようすを見せれば談話室に引っぱりこまれ、深夜彼女の部屋から自室に戻ってくれば、酒びんなんか持って待ちかまえている仲間や侍女がいる。
    彼女に関して1番情報を持っているのは彼なのだから、マークされるのは当然なのだが、こう連日ともなるとさすがに疲れが出てきていた。
    しかし、彼女に恋人がいて、彼が相談役になっているという好都合な状況を効果的に利用するためには、ここでアンドレがうまく彼らをミスリードしていかねばならず、むげに追い返すことも得策ではない。
    男どもの男ならではの赤裸々な妄想をかわし、女連中の女独特なこと細かい追求をはぐらかし…
    皆がこれだけ『オスカルさまお忍び旅行』に興味津々なのに、レニエや夫人やマロンにはまったく話が漏れていないのは、使用人たちの結束力とアンドレの苦心の結果と言えた。
    彼はそれをジュリとエマ、そしてエリサの相手で手こずっている彼女には言っていない。
    侍女たちに公開裁判さながらに責め立てられた翌日の彼女の憔悴ぶりを思い返すと、とても言えたものではなかった。
    使用人たちの好奇心から彼女を守ってやれるのは彼だけ。
    もちろん使用人たちに悪意があるわけではなく、それも理解できるだけに、板挟みになっている彼の心労は彼女以上だった。
    でも、それも明日まで。
    明後日の早朝には2人きりでベルサイユを離れる。
    恋人同士になってから初めての遠出。
    『ジュリに“お忍び旅行”と言われてしまって』
    彼にそう教えてくれたとき、彼女は照れくさそうに笑っていた。
    そのようすで、彼女が12日のお出かけを楽しみにしてくれているのがよく判り、彼も純粋に嬉しかった。
    もちろん彼には不純な期待もある。
    泊まりがけで行かないかと誘ってみたとき、理由はどうあれ、彼女は拒否しなかった。
    着替え中の彼の部屋に乱入してきたエマも、彼女がお泊まり旅行を希望していると言っていた。
    エマの言うことなど眉唾物だが、彼がそそられたのは否めない。
    その夜の内に手紙を書き、次の朝には元庭師の友人に早馬で届けさせていた。
    1日おいて返事が来るまでの間、彼は気もそぞろだった。
    その間に、彼女と言えば何を思ったのか、エマにすすめられた妙薬とやらを続けてみると言い出した。
    『逢い引きの頃にはツヤツヤでぷるぷるなお肌になりますわぁ』
    そんな妙薬を所望する彼女の真意をつい深読みしてしまい、自分でも呆れるほどイロイロと妄想してしまう。
    仕事仲間の男連中にも余計なことを吹きこまれ、彼の煩悩は否が応でも揺さぶられていた。
    まぁ、それも無理はない。
    片思い期間が長すぎたのだ。
    やっと想いが通じての2人きりのお出かけで、しかもお泊まりOKなんて言われたら、頭の中がそちらへ引っぱられても仕方のないこと。
    それに。
    勘ぐり過ぎだろうか。
    自分を見る彼女の眼差しに、ほのかな色気が混ざっているような気がする。
    それはつい数日前にはなかったもの。
    おまえ、なにかあったのか?
    彼女がジュリとの会話から、アンドレに対して新しい感情を抱き、結ばれることを意識しはじめたとはゆめゆめ思わぬ彼には、オスカル・フランソワの変化を敏感に感じてはいても、それを見抜くことはできなかった。
    なにか釈然としないながらもその変化は心地よく、また彼女と部屋で仲良く食事を取ることが、なおさら彼を煽り立てたのだが。
    待ちかねた手紙の返事は、またしても彼をやきもきさせるものだった。


    Cher Andre

    早急に返事を、ということなので、お尋ねの件と先日の続報を簡潔に伝える。
    まずはこちらで1泊したいとのことだけれど、残念ながらこの村には宿泊施設がない。
    本当に小さな山村だからね。
    でも、うちで良ければ泊まっていくといい。
    たいしたおもてなしはできないけれど、使っていない離れがあるから。

    それから前回の手紙でも知らせたと思うが、その日、俺は仕事でいない。
    先だっての嵐でお得意先の庭園がひどく荒れてしまって、手入れを急がされてる。
    明日からしばらくは、そちらのお屋敷に泊まりこみになる予定だ。
    おまえの恋人に、ぜひ会ってみたかったのだが仕方ない。
    どんなひとなのだろう。
    本当に残念だ。
    もっとも、俺の妻ほどの美女ではないだろうな。

    そしてシャトーについてだが、こちらはやはり難しい。
    ちょっと取りこんでいるんだ。
    どう取りこんでいるかは、来れば判る。
    でも、ワインを手に入れる方法がないわけじゃない。
    おまえ、ついてるぞ。
    もっともそれはおまえとその彼女次第だが。
    詳しくは妻に聞いてくれ。
    当日正午に待ち合わせよう。
    教会が1番判りやすいだろう。
    妻の名前はGiseIe。
    美人だからすぐに判ると思うよ。

    Simon



    彼はその返事を、食事の際に彼女に見せた。
    「なぁアンドレ。このシャトーだとかワインだとかいうのはなんの話だ?」
    なにも知らない彼女の当然の質問。
    彼はお出かけ先をそこに決めた理由を話した。
    「ずいぶん昔に1杯飲んだだけのワインだけど、ちょっと忘れ難くてね」
    「ほ…ぉ。そんなふうに言われたら、シャトーを訪ねられないのがひどく惜しい気がしてくるじゃないか」
    「でも『ワインを手に入れる方法がないわけじゃない』とも書いてあるよ」
    「おまえと私次第で手に入る…?
    思わせぶりだな」
    勝ち気な彼女には、それが挑戦状のように思えたらしい。
    なんとも嬉しそうな顔をする。
    シャトーの見学とワインの買い付けはできそうにないが、お出かけにまたひとつ彼女を喜ばせる要素が増え、彼も一応満足した。
    しかし…
    「『おまえの恋人に、ぜひ会ってみたかった』って、アンドレ、おまえ、私と行くと伝えていなかったのか?」
    「そんなことはないはず…いや」
    2人で行くとしか書かなかったかも。
    普段『2人で』と言えば、屋敷の人間も衛兵隊の関係者も、言わずもがなで彼と彼女のことだと思うけれど。
    屋敷を離れて久しい元庭師には、そう連想できなかったようだ。
    しかも、追って宿泊の手配を頼んでいる。
    恋人同伴と思われて当たり前だろう。
    そして常識的に考えれば、ど平民のアンドレの恋人が主家の令嬢であるわけがないのだ。
    「なるほどな。まぁ、そのように誤解されても致し方ないか。
    どちらにせよ私の素性が隠せるなら、その方がありがたい」
    彼女はくすりと笑った。
    常に耳目を集める存在のオスカル・フランソワ。
    ベルサイユに集う貴族、そして軍人で彼女を知らぬ者などいない。その美貌と数奇な運命ゆえに、常に好奇の目にさらされて。
    でも。
    山あいの小さな村。
    自分を知る者などきっといないだろう。
    例えわずか1日だとしても、そこで過ごす時間はどれほど開放的なことか。
    それを思うと自然と笑みが浮かんでくる。
    そうだ。
    明後日には待望のお出かけ。
    彼の優しいくちづけを受けながらそれを思うと、家に帰りたくないと泣き言を漏らすほどダメージの大きかった気持ちに少しだけ気合いが入る。
    ちくしょう、あのガキ。いや、あの娘。
    多少気力が戻ると、昨夜の悪夢が甦ってきた。
    まったくもって、それは悪夢だった。
    エマが部屋に持ちこんだ『勝負下着』の数々。
    いささか特異な育ち方をしてきた彼女だが、下着を選ぶのは嫌いじゃない。
    否、むしろ好きなぐらいだ。
    出入りの仕立て屋にデザインをいくつも描かせたり、ときには自分でも細かなリクエストをしてみたりする。
    時間のあるときには生地も自ら手に取って選ぶし、仕立て屋とそういう時間を過ごすのはとても楽しい。
    日常の中にほんのこっそりとまぎれこませる女としての顔。
    そんな自分を、彼女は嫌いではなかった。
    でも。
    「コレは違うだろう!?」
    彼女は黒ネコを模したランジェリーを握りしめた。
    それには、耳やしっぽばかりか幅広の黒い絹で織られた首輪まである。
    その縁は、繊細な白いフリルで飾られ、首輪の中央には赤い小さなリボンなんかついている。
    エマ、おまえいったいどういう趣味を…
    「そうよ、これをオスカルさまになんて!」
    ジュリもすかさず口を揃えた。
    さすがに腹心の侍女!と彼女はそのタイミングに感心したのだが。
    「オスカルさまがこんな物を身につけてごらんなさいよ。
    黒ヒョウかなにかの、ネコ科の肉食獣にしか見えないじゃないの。殿方が怯えるわ!」
    え?そっち!?
    あまりの言いように目をむく彼女を無視して、ジュリはトランクから新たな一式を選び出した。
    「どうせならこっちよ」
    ジュリがテーブルに広げたのは、真っ白にほわほわなうさぎさんのランジェリー。
    長い耳にまぁるいしっぽまでついている。
    「これならオスカルさまの目ぢからを持ってしても、かわいくならざるを得ないでしょ。
    ね、オスカルさま?」
    おとなしくて、知性にも常識にも富んでいるはずのジュリ。
    おまえまで!?
    カエサルと寸分違わぬ心境で、彼女は酸欠の観賞魚のように口をパクパクさせた。
    「…だ…だいたいなぜ、このような物が…これほど…」
    彼女の途切れがちなつぶやきに、エマがにっこりと笑う。
    「初めてお湯浴みのお手伝いをしたときに、オスカルさまのサイズはだいたい判りましたから、実家に使いを送って作らせましたの」
    「作らせた?こんなに早く?」
    「ああ、オスカルさまのお考えになっているのとは少し違いますわぁ。
    あたしたちぐらいの階級のマダムたちのお楽しみですの。
    ある程度出来上がったパターンに、ちょっとしたデザインを加えたり、サイズを少しお直ししたり。
    オーダーメイドよりずっとお安くオーダー気分を味わえるんですわぁ。出来あがりも早いですし」
    「では、おまえがここ数日部屋に姿を見せなかったのは、ばあやの厳重注意ではなく」
    「このプチオーダーが出来あがるのを待っていたんですぅ」
    「ああ…そう」
    マロンの注意などまったく意に介していない。
    結局エマはどこまでもエマだったのだ。
    「それにしたって、なにもここまでせずとも」
    いくら裕福な家の娘とはいえ、ちょっとやり過ぎな気がする。
    「だってオスカルさま」
    エマは瞳を大仰なほどにうるうるさせた。
    来た!この瞳!!
    「普通の恋人同士のようにふるまってみたいとあたしに打ち明けて、泣き崩れておしまいになったおかわいそうなオスカルさまを見たら、あたし、絶対にお力になろうって違ったんですわぁ。
    許されざる秘密の恋。
    あたしの役割はキューピッドですのねぇ」
    エマはうっとりした表情になり、うるうるからきらきらへと瞳を変化させ、めまぐるしいことこの上ない。
    しかもエマの『あたしに打ち明けて泣き崩れた』という台詞にジュリがピクリと反応したものだから、彼女は心底ゾッとした。
    公開裁判の夜が思い出される。
    彼女は流れを変えようと、慌ててトランクの中をかき回した。
    直感的にいくつかピックアップすると、からだに当ててみせる。
    「ほら、ジュリ、どうだろう?」
    ジュリが恨み言を言い出す前に、彼女は話題を振った。
    控え目な装飾のそのランジェリーは、普段彼女が選ぶものに近い。
    「お似合いだと思いますわ。でも…」
    「でも?」
    「無難な感は否めませんわね。
    せっかくご自分ではチョイスしないデザインが揃っているのですもの、少し冒険してみてはいかがですの?」
    無難…か。
    言われてみればその通りで、いくつか選んだものはどれも似たり寄ったりだった。
    「だからといって」
    ネコやうさぎはないだろう!
    彼女の心中を察したのか、ジュリはクスクスと笑った。
    「ごめんなさい、オスカルさま。
    少しおふざけが過ぎましたわね」
    「おふざけ?」
    見ればエマもにやにや笑っている。
    彼女はやっと、侍女2人に遊ばれていたと気づいた。
    言い出したのはエマに決まっている。
    ちくしょう…
    彼女の中で報復へのカウントダウンが再開された。
    ふふふ。奉公先にジャルジェ家を選んだことを、心から後悔させてやろうではないか。
    しかし。
    エマがまた新たなトランクを部屋に引き入れ、開いて見せると、彼女の心境は変わった。
    ひとつめより小さなトランクには10点ほどのセットしか入っていなかったが、どれも、それまでよりずっと趣味の高いものばかりだった。
    「ほう!」
    かわいらしいデザインから、かなり露出度の高いものまで揃っているが、どれも品は失っておらず、かつ遊び心がある。
    「いかがです?オーダーではありませんけど、これはこれでなかなかでしょ?」
    エマが自慢気に言うのに、彼女はこっくりと頷いた。
    オトナの女のこなれた気配が漂うランジェリー。
    自分に足りないものを感じ、気を惹かれる。
    「そう品数も多くはありませんし、全部ご試着なさってみては?」
    ジュリにそうすすめられ、手を取られるまま寝室へとところを移し、彼女は服を脱がされていった。
    幼少の頃から、着替えも湯浴みも侍女たちに世話を焼かれてきた彼女なので、下着の試着とはいえ堂々としたもの。
    雑談などを交えながら、サクサクと数点の試着を済ませた。
    若干、胸が余る気がしないでもないが、どれも彼女によく似合っていて3割増しほど色っぽく見える。
    「次はあたしのおススメの品ですわぁ」
    エマがそう言って広げて見せたのは、ダークな色合いのリボンでふんだんに飾られた、かわいらしいながらも大人っぽいものだった。
    しかし露出度がそこそこに高い。
    彼女もちょっぴり、気になっていた品ではあったけれど…
    「こればかりは、私には似合わないと思うぞ」
    彼女がそう言うと、エマは当然のように言い返した。
    「似合うか似合わないかは、オスカルさまがお決めになることじゃありませんわよ?」
    「へ?」
    「ご覧になった殿方が決めることですわぁ」
    ご覧になった殿方…って。
    「コレを着て、ア…あいつに見せると!?」
    「当たり前じゃないですか。
    さっきからなにをしているおつもりですの?
    今は 勝 負 下 着 を選んでますのよ?」
    ネコだのうさぎだのに気を取られ、彼女はそれをすっかり忘れていた。
    「もしかしてオスカルさま、ご自分のお好みで選んでいらっしゃいます?」
    ジュリまでが、そう言葉を重ねてきた。
    「こういうときには、殿方のお好みに合わせてお選びになるものですわ」
    あいつの、お好み?
    「そっ…そんなの私の知ったことか!
    だいたいあいつは私がどんな下着を着ていようが、どうせ気になんかしない!」
    それを聞いて、エマが深読みした笑いを見せる。
    「やーん、オスカルさまったらエッチ」
    「はぁ?」
    「殿方のお目当ては、下着より中身…とおっしゃりたいんですのね?」
    「ちっ、違っ…なにをばかな」
    「オスカルさまがそんなことをお考えなんて、うふ、ちょっと意外♥」
    「だから違うと言うのに!」
    エマは無駄口を叩きながらも、手際よく彼女を着せつけていった。
    「いかがですか?あたしはよくお似合いだと思いますけれど」
    それは、彼女が通常身に着けているものとは、あきらかに違う意味を持ったランジェリーだった。
    普段着けているものが『着る』ことを前提としたものなら、これは『脱がせる』ことを前提としたようなデザイン。
    見るのと着るのでは印象がずいぶん違ってしまい、彼女はとまどった。
    「これなら殿方は絶対お喜びですわぁ」
    彼女がジュリに目を向けると、ジュリも苦笑しながら頷いた。
    「このお姿をご覧になって、喜ばない殿方はいないでしょうね」
    喜ぶって、アンドレが!?
    この姿を見て?
    てか、それ以前にこの姿をアンドレに見せる…?
    確かにこのところ、彼女は彼と愛しあうことを意識しつつあった。でも、それだって彼が強く求めてきたら、そうなってもいいかと思えるぐらいのこと。
    なにもこんな気合い充分な下着…
    むしろあいつは引くんじゃないか?
    自己満足でなら着られるけれど、これを彼に見せる度胸はなかった。
    その場面を想像するだけでも…無理。
    彼女はひどく混乱したまま、とりあえず試着を終えた。
    後半など、どんなものを着たのかすら覚えていない。
    再びブラウスとキュロットを着せられて私室に戻ると、エマは妙薬の支度をしに部屋を出て行った。
    ジュリも、端女はしためと下男たちに湯殿の支度を指示するために
    いったん退がる。
    急にしんとした部屋。
    片隅に置かれた2つのトランクに、つい目がいってしまう。
    『こういうときには、殿方のお好みに合わせてお選びになるものですわ』
    ジュリの声が耳に残っていた。
    『こういうとき』などと言われても。
    2人の目的は遠乗り。
    そして、少しばかりいちゃいちゃできれば、彼女の方はそれで気が済むはずだった。
    どこからこのような展開になってしまったのだろう。
    ジュリもエマも、すっかり彼女が恋人と特別な1日を過ごすことを前提にしている。
    そりゃ彼女だって、もし彼とそうなるなら、おろしたての下着を身につけていたいとは思う。
    でも。
    『殿方のお好み』なんて、考えたこともなかった。
    彼女は部屋の隅に置かれた2つのトランクを再び開けてみた。
    ジュリに無難と言われたものと、試着してみた品々を交互に見比べる。
    やっぱりあいつもこういうのが好きなのかな。
    ことにセクシーなものをしげしげと眺めてみた。
    が。
    彼の好みなど、さっぱり思い浮かばない。
    「はぁぁ」
    彼女はため息をつくと、それらを戻し、トランクを閉じようとした。
    そのとき。
    なにかが蓋に挟まってしまった。
    「あ、やば…」
    どれも繊細な生地なので、慌てて蓋を開ける。
    大丈夫だろうか。
    挟まってしまったものを手に取ると、それは黒いネコ耳とフワフワのしっぽだった。
    破けたりしていないか、丹念に眺めまわす。
    どうやら大丈夫なようだ。
    彼女は耳としっぽを持ったまま、ほっとして小さく笑った。
    「クスクスっ」
    いたずらっぽい、女の笑い声。
    それは彼女のものではない。
    ドキッとしてオスカル・フランソワが振りかえると、エマが喜色満面で彼女を見つめていた。
    ネコ耳に笑いかける彼女を。
    「そう…。そういうことでしたの。
    あたしとしたことが、気がつきませんでしたわぁ」
    「え?あの、エマ?」
    「恥ずかしいことではありませんのよ、オスカルさま。
    お好みや性癖はそれぞれですもの」
    「せっ…性癖って私はなぁっ!」
    「正直言ってあたしはこちらの趣味はないですけど、否定はしませんわぁ」
    エマはすっかり彼女にコスプレの趣味があると決めつけている。
    「男装もお似合いですものねぇ」
    「おいっ!私は断じて性癖で男装しているわけでわっ!!」
    頭に血がのぼり、イントネーションをおかしくする彼女に、エマはねっとりと笑いかける。
    「ええ、ええ。そうでしょうね。判っておりますわぁ。
    もうなにもおっしゃらないで」
    ちょっ、待ってくれ!もっと言わせてくれぇぇ!!


    何を言ったところで「判った判った」と瞳を煌めかせるエマは笑う。
    「ところでアンドレはオスカルさまのこのご趣味を知っていますの?」
    彼女にとって、それは悪夢としか思えなかった。
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