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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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【15】

UP◆ 2011/9/24

    7月12日、早朝。気温、まだ低し。
    彼女は今が深夜なのか早朝なのか、よく判らないでいた。
    前日は侍女たちのすすめで早めに寝んだ。
    でも、やはり気が昂ぶっているのかなかなか寝つけず、寝返りだけをやたらと繰り返し…
    結局少しばかりうとうとしただけでジュリに起こされた。
    窓の外はまだ暗いが、彼女には支度がある。
    夜着のまま、ジュリに連れられ談話室へと移動した。
    彼の予定では、ジュリだけに見送られて秘めやかに発つはずだったのに、実際はかなり違ってしまっていた。
    その原因は…

    「こちらにしてしまいますわよ、オスカルさま。
    よろしいですわね?」
    「しかし…」
    どちらにするか決められずにいる彼女に、ジュリが言った。
    オスカルさまの決断を待っていたら、いつまでたっても支度が始められないわ。
    「お召し物はこちらにするわよ」
    ジュリがそう皆に告げると、談話室からは拍手と小さな歓声が湧いた。
    「しーっ!静かにして!」
    女の子たちは慌てて黙る。
    でもすぐにヒソヒソとしゃべりだし、それはいくらもしないうちに、ごく普通の声音になった。
    「あたしも左側のがいいと思ったのよね~」
    「あたしも!オスカルさまは右だったみたいだけど、絶対左よね」
    なぜ彼女がお出かけの支度を談話室でしているのか。
    それは彼にも内緒の行動。
    きっかけは、もちろんエマだった。
    それに途中からジュリも乗り、いつの間にかそうなるように仕向けられていた。
    初めて勝負下着を見せられた夜。
    小さい方のトランクに入っていた10点分の試着を終え、さらに湯浴みも終えた彼女の部屋に、エリサとオルガ、そしてマルトがやってきた。
    エリサはものすごく大きなトランクを引きずり、ジャルジェ夫人付きのお針子のオルガとマルトはそれぞれの道具箱を抱えている。
    「ジュリ、これはどういう…?」
    彼女がとまどった目をジュリに向けると、答えたのはエマだった。
    すっかり張りきっていて、お針子に指示を出しながら、こともあろうに時期当主である彼女にも命令しだした。
    「先ほどの下着、サイズを少々お直ししますの。1晩もあればできますわ。
    さぁ、オルガはオスカルさまと寝室で採寸をしてきてちょうだい。
    で、オスカルさま?下着は結局どれにしますの?
    え?まだ決まってない?
    ひとつに絞れないなら、いくつ選んでもいいでしょう。
    お時間がないんだから、ちゃっちゃと選んでとっとと着替えて採寸してきてくださいな」
    「とっととっておまえ…」
    あまりの言われように、彼女はまたしても酸欠の観賞魚になる。
    しかしエマの妙な迫力に気圧けおされて、試着した中から3点ほどを選ぶと寝室へと移った。
    勝負下着とやらをもう1度着こみ、オルガが採寸する。
    ジャルジェ家に勤めていても、次期当主である彼女の寝室まで入れる人間はそういない。
    憧れのオスカル・フランソワにここまで近づけて、オルガは夢見心地なようだった。
    「感激ですわ、オスカルさまのお世話ができるなんて!」
    夫人付きのお針子である自分には、そんなチャンスはめぐってこないとオルガは思っていた。
    それだけに、喜びもひとしおだった。
    「エマがオスカルさまのお気に入りっていうのは、本当だったんですわねぇ。声をかけてくれたエマに感謝しなくちゃ」
    「は?お気に入り!?」
    彼女は聞き返したが、感激しきりで作業をこなすオルガの耳にはちっとも聞こえていない。
    3着のセットを着ては脱ぎ、着ては脱ぎ、採寸はちょっと余り気味な胸まわりを中心におこなわれた。
    夢見心地とはいえ、オルガも夫人付きのお針子。作業は手際良く進む。
    たいして時間もかからずに、彼女は私室の方へ戻った。
    が。
    なんだこれ?
    彼女はポカンとマヌケづらになった。
    部屋に5体のトルソーが置かれている。
    さっきまで、こんなものなかったのに。
    セッティングしたのは端女はしためのエリサのようで、ひとり汗をかいている。
    「ジュリ、これは一体…?」
    彼女が困惑するのも無理はない。
    突然現れた5体のトルソーはすべて、女性用の衣装を着せられていたのだから。
    ジュリも困ったように笑っている。
    エマの差し金だと、すぐに気がついた。
    「なんのつもりだ、エマ!」
    彼女は厳しい声で言ったのだが、エマは少しも気にせず瞳をくるくるさせた。
    「お忍び旅行の勝負服ですわぁ、オスカルさま。
    普段のお姿とのギャップ。殿方を落とすには、コレが1番効果的ですのよ。ハゲあがったマニアックな殿方でしたらなおさらですわぁ。
    さぁ、着てみましょうね」
    エマは悪魔的な笑みを浮かべながら、ジワジワとにじり寄ってきた。
    「ちょっ、待てエマ!あいつはマニアックなんかじゃ!
    っておい!やめてくれぇぇぇ…」
    彼女はジタバタと抵抗したが、エマやエリサやお針子たちの手がわらわらと伸びてくる。
    武人である彼女が本気を出せば、撃退するのは簡単なこと。
    でも、かよわい婦女子を相手に実力で訴えるのはどうにもためらわれ、彼女はいまいち本気で抵抗できなかった。
    結果、いいようにブラウスとキュロットを剥ぎ取られてしまった。
    怖い。こいつら怖すぎる。
    よってたかって身ぐるみを剥ぐこの強引さに、彼女は軽く恐怖した。
    青いレモン事件の方がよほどマシに思えてくる。
    アンドレ、すまない。あの1件、たった今、本気で許したぞ。
    胸の奥で恋人の過去の過ちを回想をしているうちに、彼女はシンプルなワンピースを着せられていた。
    ついでに鍔の広い帽子もかぶせられ、鏡台の前へと引き出される。
    「さ、ご覧なさいませ」
    彼女がしぶしぶ目を向けると、そこにはちゃんと、女に見える自分が映っていた。
    あれ?けっこうイケてるような…
    派手にイヤがったぶん、なんだか拍子抜けする。
    それに。
    「ね?オスカルさま。お判りになりました?」
    「ああ」
    第3者にとって、彼女が彼女たる最も特徴的な部分は男装であること。
    もしこのたびのお出かけ先で誰かに見咎められたとしても、女の姿をした彼女を、誰がオスカル・フランソワと見破れるだろう。
    彼女に近ければ近い人間ほど、まさか彼女がこんな姿を人目にさらすとは思うまい。
    現にフェルゼンですら、ローブ姿の彼女をにわかにはオスカル・フランソワと気づけなかったのだから。
    言わば、完璧な変装。
    女が女のかっこうをして変装になるというのも少々引っかかるが、これは意外といいかもしれん。
    そう思うのと同時に、彼女の中にちょっとしたいたずら心も湧いてきた。
    私のこの姿を突然見せたら、あいつはどれだけ驚くだろう。
    恋人同士になってから、どうにも彼に主導権を握られっぱなしの彼女。逆襲を狙っては返り討ちにあい、口惜しさも積もり積もっていた。
    これは主導権奪還の良いきっかけではないか?
    それを思うと、たまらなくワクワクしてくる。
    その心の変化に、長いつきあいのジュリはすぐに気づいた。理由までは判らなくても、彼女が女装に大変興味を惹かれているのは判る。
    でもきっとオスカルさまは、ご自分からドレスを着たいなんて言えないわね。
    ジュリはエリサやお針子たちにすかさず指示した。
    「オスカルさまに次のお衣装をお着せしてちょうだい。
    明日までにお直ししないとお忍び旅行に間に合わなくなるわ。多少嫌がってもどんどん着せちゃってね」
    『多少嫌がっても』のところを強調したジュリを、彼女がハッとした顔で見る。
    心の内を読まれてしまったことに気づいたのだろう。
    ジュリにしか判らないぐらいに、うっすらと頬が染まった。
    オスカルさま、おかわいらしいこと。
    ジュリが小さく頷くと、でも顔を赤くした彼女は、ジュリよりもっともっと小さく頷いたのだった。
    その瞬間に、今回のお忍び旅行は女姿で行くことが確定した。
    あの舞踏会以来の女装。
    女装という表現はどんなものかと自分でも思うが、とにかく女のかっこうでの外出である。
    着せられるまではゴネた彼女だったが、決まってしまえばなんだかテンションが上がってきた。
    結局彼女も女なのだ。
    しかし、問題がないわけではなかった。
    なにしろお出かけのお楽しみのひとつは遠乗りで、移動は当然馬の予定。
    こんなかっこうで行けるのか!?
    着せられたドレスのまま、彼女は少し動きまわってみる。
    「うーん。短時間なら大丈夫だろうが…」
    とても馬に乗っての長距離移動はできそうにない。
    せっかくの面白そうな思いつきだったが、諦めるしかないのだろうか。
    マルトに体のあちこちを採寸されながら、彼女はアンドレを驚かせるという素晴らしい試みを断念しかけた。
    しかしエマはいっそう瞳をくりくりさせて、こともなさそうに言った。
    「馬車でいらっしゃればいいことですわぁ。
    あたし、ちょっとアンドレの部屋に行ってこよう。
    オスカルさまは採寸とドレス選びを終わらせておいてくださいね~」
    言うが早いか、メイド服のすそをひらひらと揺らし、扉を開けっ放しにしたまま暗い廊下を走って行ってしまった。
    「まったく落ちつきのない子!困ったものだわ」
    エリサが苦々しい顔をして、慌てて扉を閉めたのだった…

    彼女のドレス選びは、出発当日まで持ち越された。
    タイプのまったく違う2点で、決めきれなかったのだ。
    普段は決断の早い彼女。
    煮え切らない自分に、彼女自身も驚くぐらいだった。
    迷いに迷って、最終的にはもうジュリが決めてしまった。
    彼女の決断を待っていたら、屋敷の人間が起きだしてしまう。
    支度のために談話室に集まった侍女たちの評判のよい方を選んだ。
    ドレスさえ決まれば、支度は一気に始められる。
    彼女の部屋では、突然マロンが来ないとも限らない。
    ジャルジェ夫人や執事などが通常訪れない談話室の奥で、支度は着々と進んでいった。


    彼女のお支度が終盤に入る頃、彼は目を覚ました。
    まだ空には藍が濃く、夜は明けきっていない。
    でも天気は良さそうだ。
    自分の支度をする前に、いったん彼は厩舎の方へ顔を出すことにした。
    馬と馬車の様子を確認しておきたい。
    彼は自室を出ると、足早に廊下を進む。
    途中、談話室の前を通り過ぎた。
    しかし、夏の休日の始まりに高揚した彼は、談話室から微かに人の気配がすることに、まったく気がつかなかった。
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