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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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「これは…なかなか片づけ甲斐がありそうだな」
そう言ってあたなは苦笑した。
長年、慣れ親しんだこの執務室をあなたが出て行くとは、私はゆめゆめ思っていなかった。
「お手伝いします」
「職務でもないのに悪いな、ジェローデル」
あなたの性格を映すように、いつでも無駄なく整えられていた部屋だが、いざ片づけようとすると意外に私物も多く、あなたがこの部屋で過ごした年月を感じた。
私たちがともに過ごした日々も。

私たちは秘密の恋人だった。

きっかけはあなたの片恋だった。
誰にも気づかせず、抑えこんだ北欧の貴公子への想い。
私だけがそれに気がついたのは、私もまた、あなたを心密かに愛していたからに他ならない。
あなたの瞳の中に恋の熱があることは、いつとは言えず気がついていた。
しかし、はっきり判ったのはある日の勤務中のことだった。
王后陛下が庭園を散策されるのに、私とあなたは付き従っていた。そのときはフェルゼン伯もご一緒しており、私はなんとなく「このお三方はご一緒されていることが多いな」と思ったりしていた。
王后陛下とフェルゼン伯が、談笑されながら庭園を進んで行く。それを私とあなたはつかず離れずの距離で見守るように警護している。
そのとき私は唐突に気がついたのだ。
あなたが、警護の対象の王后陛下ではなくフェルゼン伯の気配だけを聞き取ろうとしていることに。
何もかもが、すとんと納まる感じがした。
瞳に見え隠れする熱や、ときおり、ほんのわずか心を乱すあなたの、その理由が。
その日の夕暮れの執務室で、茜色に染まるあなたはひどく頼りなく見えて、私はその心に巧みに取り入った。
叶うはずのない恋に疲れ始めていたあなたの心に私は触手を伸ばし、からめとってゆく。
決してあからさまではなく張り巡らされた恋の糸。日を追うごとにあなたは身動きができなくなっていった。
やがてあなたは、わずかながらも私に胸のうちを預け始め、想いのせつなさに耐えきれなくなると、私の腕の中で涙を落とすようになった。
あなたが幼なじみの従僕にさえ秘密にしてきた恋の痛みを癒せるのは私だけ。
そのことは私をたまらなく悦ばせた。
私はあなたを癒やすことであなたを振りむかせようとし、あなたは私の気持ちを知っていながら、私を恋の身代わりにした。
お互いにうしろめたさのあるエゴイスティックな関係。

それが私たちの恋だった。

誰にも知られないこの秘密は、地下水のように途切れることなく、微妙な温度を保ったまま数年続いたが、私たちはプラトニックなままだった。
もちろんあなたが愛しているのはあの男で、だからそれは当然と言えた。
あなたの一本気で清らかな性質を考えれば、こうして私の胸に額をつけていること自体にあなた自身がとまどい、自虐的になっているのが私には判っていた。
だからこそ私は、柔らかく抱擁し、ほんのときおり額やまぶたにくちづける以上のことはしなかった。
あなたから求めてこない限り、私は手出しするつもりはなかった。
私のくちびるがあなたのまぶたに触れると、あなたは体を硬くする。
けれども、優しく何度もくちづけると、徐々に力が抜けて私にしっとりと体を添わせてくる。
「ヴィクトール。すまない……」
小さな小さなささやきに、私はあなたの髪に指を通す。
ただ、それだけの私たち。
要職も務めるいい大人の男女が、愛の言葉もなくただ抱擁を交わすだけ。
そんな関係を恋人同士と呼べるのか。
そのように思う向きもあろうが、私たちには確かに恋があったと思う。
たとえそれがまがいものだったとしても。

そう。
それは確かに恋だった。
なぜなら、私はあなたに恋の終わりを…
別れを告げられたのだから。


2へつづく
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