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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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【俺を待つ】

わいわいと、食堂は今日も賑やかだった。
今は打ち解けた1班の面々と、俺も昼食の席についている。
支給されるここでの食事は、ジャルジェ家の下男や端女よりも質素なもの。
『隊長とは名ばかりで、私には何もしてやれない』
きっと今ごろ、司令官室で同じものを食べながら、あいつは今日も胸を痛めていることだろう。
そう。胸、を。
「痛っ…」
「どうしたぁ?」
指先に疼痛を感じ、俺が食器から手を引くと、頭上から声が降ってきた。
「ケガでもしたか?」
長身をかがめ、のぞき込むようなもみあげの男。
「アラン?おまえ、今日当番じゃなかったか?」
「そうだけど」
隊長の昼食は、当番兵が司令官室に運ぶ。
それは当たり前の決まり事だけれど、アランが当番のときは、おおかた昼休みいっぱい戻ってこない。
みんなはそれを、アランが班長だからだと自然に受け止めていた。次の勤務のローテーションやら、休暇を申し出ている隊員の届けやら、班長には雑務が多いから、昼休みを利用して仕事をこなしているのだろうと。
『アランって意外とマジメだよな』
自分の昼メシ放ったらかしで、休憩時間ギリギリまで戻ってこない班長を、1班の隊員たちはそんなふうに、ちょっとだけ尊敬している。
“仕事熱心な班長さん”
それはあながちウソではないけれど。
でも、ソレだけじゃないんだろ?
俺はそんなことを全部ひっくるめて、ニヤリとした笑顔をアランに向けてみる。
「おまえこそどうした?今日の当番は、やけにお戻りが早いじゃないか」
俺の口ぶりにアランは当然気がついて、ムスッとした表情を浮かべた。
「俺だって好き好んで昼休みじゅうあの女の顔を見てるわけじゃない。ただ、班長なんかやってると色々と‥雑務‥が多いから‥‥仕方ないだろうがっっ」
ケツの青いアランは、ちょっと突っついてやるとすぐ熱くなる。
特にあいつのこととなると判りやす過ぎるぐらいのガキっぷりで、着任当初の反抗的な態度がウソのようだ。
「ふーん。じゃあ今日はその雑務が早く片付いて嬉しいだろう?」
俺がさらにわざとらしいスマイルを向けると、アランは手にしていた何枚かの書類をバサリと放ってよこした。
「ちっとも片付きゃしねーよ」
「あ…、ほんとだ」
散らばった書類には、どれもあいつのサインが入っていない。
「なにか不備でも?」
「いや、隊長が寝てただけだ」
「寝てた?」
「ああ。触っても起きないし」
「触った!?」
俺はその言葉に、もう中腰になっていた。
「おい!妙な想像するんじゃねぇぞ。触ったっつったって、ちょっと肩を揺すってみ‥って、アンドレ!!」
アランが言い終わらないうちに、俺はもう食卓を離れていた。
「ったく隊長のコトんなると!ガキか、てめぇは!!」
そんなアランの声を背中に聞きながら、俺は廊下に出た。
ガキかって?
そんなこと当たり前だろう。
オスカルに関して、俺は誰よりガキに決まっている!


半ば小走りになりながら司令官室の前に着くと、俺は少し様子をうかがってから、細く扉を開いた。
押し出しの効いた重厚な執務机が隙間から見え…
でもそこに、おまえの姿はない。
オスカル?
俺は迷わず扉を開き、室内へと入った。
「…なぁんだ…」
おまえは奥にとられた応接用のスペースで横たわっていた。
ソファに沈み、金色の髪に埋もれるように寝息を立てている。
気持ちよさそうなその寝顔に俺もほっとし、つい口もとがゆるんだけれど。
「ふ‥ぅん」
オスカルが勤務時間中に、ソファで寝ころぶわけがない。
アランの仕業か。
きっと机でうたた寝していたおまえを、抱き上げてここへと移したのだろう。
なにが『ちょっと肩を揺すっただけ』だ。抜け目のないヤツ。
「アランめ」
オスカルのこんな無防備な寝顔を他の男に見られるなんて、相手が誰であったって、気分のいいもんじゃない。
俺はソファの傍らで膝をつくと、陽射しに透けそうな金糸に指を入れた。
俺がおまえに一方的な想いを寄せていた長い時間。
それは主に、嫉妬と欲望に振り回される日々で、俺はその感情を密かにずっと押し殺してきた。
身のうちで突き上げる熱いものをグッと押し戻し、なにげない兄貴づらをするのは苦しくて、いくつかの過ちを犯したこともある。
オスカルと想いが通じあった、あの夜。
『あいしている』
奇跡のような告白を受け止めながら、俺の心を占めたのは、喜びよりも安堵だった。
胸の奥深くで渦巻いていた、ドロドロした感情。
やっとこれで解放される!
『生涯私だけを』
なんて可愛い台詞を聞きながら、俺はおまえを熱く抱きしめて、ついでにこっそり尻なども撫でまわしながら、そんな安堵を感じていたのだ。
けれど。
恋人同士の日々が始まったとたん、それは甘い夢だと覚った。
甘いったってSWEETに甘いわけじゃなく、自分が甘チャンだったと覚ったのだ。
お互いのすべてを与えあって、身も心も、オスカルの全部が自分のものだと実感できた俺は、嫉妬や欲望から解放されるどころか、余計にそれに翻弄されることになった。
1度知ってしまったおまえの肌。
焦がれ続けた女のからだに、俺は溺れた。
夜毎部屋に通い、会話ももどかしいまま寝台にもつれこむ。
勤務時間中ですら軍服の下の肢体を想像し、その味を知ってしまっただけに、突き上げるものは勢い増した。
自分でも呆れるほどの肉欲。
それは当然、新たな嫉妬も煽りたてる。
夜闇にまぎれた天蓋の下、俺の思うまま揺り動かされるおまえの声、僅かに寄せられた眉やシーツをつかむ指先。
こんな姿を、万一おまえが他の男にも見せることがあったら!
今度こそ俺は、おまえを殺してしまうかもしれない。
それも毒などというぬるい方法ではなく、この手でぎりぎりと締めあげて、自らの力と感覚で命をねじ切っていくようなやり方で。
…恐ろしい。
俺という男は、どこまで欲が深いのか。
こんな自分につくづくと嫌悪し、俺はだんだんと素直に部屋を訪ねることが出来なくなっていった。
それに、おまえの方もなぜか、俺を部屋に呼びつけることがなくなっていった。
やっと恋人同士になれたのに、どこか、なにかがズレていく。
それを感じながらも、俺は踏み込めずにいた。
怖かったのだ。
問い詰めたとたん、おまえが冷えた瞳で俺を見返すのではないかと。
始まったばかりのこの恋が、おまえにとっては気の迷いだとしたら。
それに気づいて、俺に身を許したことを後悔しているとしたら?
2人の間に漂う違和感に、俺はただ、曖昧に微笑うことしか出来なかった。
昨日の夜までは。
「オスカル?」
ソファに広がる豊かな金色の髪。
俺は差し入れた指で、毛先を梳く。
「うぅ…ん」
くちびるが小さく開いて、微かな声が漏れた。
起こしてしまったか?
おまえは頬をすりつけるように、なおもソファに埋もれようとする。
俺は髪から手を離し、カッチリと喉元を締めている軍服を緩めた。
もちろんスケベ心からではない。
いけないと思いながらも、どうしようもない独占欲から刻みつけてしまったくちづけの痕。
それが見たかった。
指先に感じる、ずくずくとした痛み。
『隊員たちを思い、おまえは“胸”を痛めている』
そんな事実を思うだけで、俺の頭の中にはもう、はだけられた白い胸もとが連想してしまう。
まったく恥ずかしいほどのガキっぷりで、自分でも、こんな自分が信じられない。
どちらかと言えば、俺は女には淡泊な方で、今までがっついたことがなかった。
行きつけの娼館はあったけれど、それだって生理的な欲求をオスカルに向けないためで、女が欲しかったわけじゃない。
それなのに。
細い鎖骨あたりに、うすく残した情事のあと。
夜明け前、共寝の別れ際に俺が残したしるし。
こんなものを侍女が見つけたら。
そう思っても、愚かしい独占欲が止められなかった。
それだけ、昨日の夜は特別だったのかもしれない。
もしかしたら、初めて結ばれた夜よりも。
俺とおまえの間に、少しずつ広がっていた溝。
俺は昨夜、2人きりの部屋で、ついにそこに踏み込んだのだ。


『おまえ、俺とのこと…後悔してるのか?』
沈んだ様子を見せるおまえにじれきって、俺はもう我慢が出来なかった。
抱かれるたびに、だんだんと虚ろになっていくおまえ。俺がどんなに夢中でも、どれほど深く貫いても、どこかボンヤリと心を飛ばして。
『やっぱり伯爵家の令嬢と平民の従僕には、越えられない壁があるんだな』
らしくもなくオロオロし、涙を溢れさせたオスカルに、俺は背を向けた。
おまえを泣かせてばかりの、どうしようもない俺。
ならば、終わりの言葉ぐらいおまえには言わせず、自分から黙って去ってやろうと思ったのだ。
ほんの短い間でも恋人同士になれて、おまえがすべてを捧げてくれて、しがないド平民の従僕(おれ)には、もうじゅうぶんじゃないか。
ここしばらく感じていた漠然とした予感に、用意していた自分への慰めの言葉。
それで胸をいっぱいにしながら、俺は扉に手をかけた。
ふり返る気はなかった。
そんなことをしたら、おまえをなじって、無理やりにくちづけた挙げ句、嫌がろうが泣こうが犯してしまうのは判りきっていた。
『“あいしている”って言ったじゃないか!』
陳腐な台詞。
ああ、それこそ最悪の結末だ。
きれいに別れて、明日からはまた、幼なじみで主従の2人に戻る。
そのために、俺は黙って立ち去るつもりだったのに。


「…アンドレ…?」
軍服の襟もとを開き、くちづけのあとにくちびるを重ねていると、おまえがふぅっと目を開いた。
ああっ、コレはヤバい!
やっぱり来てみてよかった。
まだ寝ぼけているおまえは、愛しあったあとみたいなぼぉっとした目つきをしている。
こんな顔をアランが見たら!
「起きる?」
「ああ」
そう答えたものの、おまえはクタッと横たわったまま、からだを起こす気配がない。
うーん。そうだろうなぁ。
「くくっ」
「笑うな」
おまえは瞳に映っていた婀娜(あだ)っぽさを、ムッとかき消した。
「ごめんごめん… ほら」
俺はおまえを起こそうと手を差し出し。
グッ。
おまえは俺の手を握る。
昨夜、すれ違ったまま部屋を出ようとした俺の、シャツをつかんだ右手。


『そばにいて。…私をひとりにしないで』
背後からそう聞こえてきた声は、『あいしている』と告げてくれたときより、緊張しているみたいだった。
引き止められている?
俺が、おまえに!?
てっきり“これで終わるんだ”と思いこんでいた俺は、節操ないほどの変わり身の早さでふり向いた。
泣きながらむしゃぶりついてくるおまえを、がっぷり四ツで受け止める。
今思えば、もっと絵になる演出をしてやればよかったんだろうけど、おまえは間違っても小柄とは言えないし、俺はそれ以上に柄がデカい。とても繊細に抱きあうという感じにはならなかった。
まるで勝ち負けを争う宿敵みたいにガッツリ組み合って、きっと古参の侍女が見たら、また俺たちが取っ組み合いのけんかをしていると思っただろう。
あの時のおまえは、珍しくしっちゃかめっちゃかに取り乱していて、言ってることもぐちゃぐちゃで、ほんっとにヒドいものだった。
でも、なにが1番言いたいのかは、まっすぐに伝わってきた。
俺を愛しているのだと。
ヤキモチ焼いて寂しくて、もっと早くこうなりたかったとおまえは訴え、ムダに過ぎた時間が悔しいと、まるで初恋の少女みたいに涙をこぼした。
う…わぁ…
その告白も姿も、なにもかもが俺には衝撃的で、だってそうだろう?おまえが俺を寂しがり、涙を見せるなんて。
他の男を想って涙するオスカルなら容易に想像できるけど、俺のために泣くおまえなど、考えたことすらなかった。
ああ…!
心の底から嬉しくて、喜びがふつふつと湧いてくる。
それは下半身にも正直に反映され、からだの中心がイヤラシく重くなった。
そして。
おまえ…も?
俺の胸に頬を寄せたまま見上げてくる青い瞳は、涙のなごりと妖しい光で潤んでいる。
『アンドレ。このまま私を寝室へ連れて行ってくれ』
おまえからの、初めてのお誘い。
『どうしたオスカル。おまえがそんなことを言うなんて。珍しい。熱でもあるんじゃないのか?』
俺はそんなふうにちゃかしたけれど、本当は、俺とおまえの欲望の波が、ぴったりシンクロしたのを感じていた。
言葉遊びの駆け引きをしながら寝室へ抱いていき、おまえを寝台へと放つ。
ブラウスを開き、いつも通りにだんだんと行為を深め。
でもそれが“いつも通り”じゃないのは、始めてみればすぐに判った。
『熱いよ、オスカル』
重ねたからだには、体温とは違う熱がこもっていた。
それまでの、申し分なく従順に身を任せていたおまえ。一応は声を漏らすこともあったけど。
でもそれは、悦びの声というよりも、俺の重さに窮屈な姿勢と、突き動かされることで出てしまうだけの単純な声だった。
俺をそそる少ししかめられた表情(かお)だって、不慣れなせいだと判っていたけれど、おまえと愛しあっていると実感できて、それはそれで俺には嬉しかったのに。
少しずつ漏れてくる、オスカルの声。
それはいつもより、ちょっとだけ高かった。
乱れていく呼吸とからまって、切れ切れになるのがたまらない。
素人童貞の俺にも、キモチよくなってる女の子の声だと確信できた。
そうなってしまえば、もうどうしようもなく…
『いや』『だめ』『恥ずかしい』
そう言う声が全部えっちな響きに聞こえて、俺はつい調子に乗り、いろんなコトをイタシテしまった。
おまえもソレをがっぷり四ツで受け入れてくれて…
昨夜は2人にとって、本当に素晴らしい恋人の夜になったのだ。
そして…… うっかりヤり過ぎた。
おまえをこんなに、疲れさせるぐらいに。


「…っと」
俺の手を取り、ソファに起き上がったおまえは、軽く頭を振った。
「だる…」
「大丈夫か?」
「誰のせいだと思っている?」
「あんなに欲しがったくせに」
「ばっ‥‥誰がっっ」
ギロリと睨み返すおまえのくちびるに、俺は疼く指先をあてた。
熱をもって拍動する、昨日の夜の証。


『…アンドレ……っ…』
何度となく俺の名を繰り返して、おまえは懸命に声を抑えていた。
そんなオスカルはとても可愛らしくて、でもあまりにもせつない音色鳴いていて、かわいそうなぐらいだった。
屋敷に奥まったおまえの部屋。
次期当主の重厚な扉を越えた寝室の中でさえ、おまえが声をひそめるのは、俺たちが許されない関係だから。
ごめん、オスカル。
こんなときにさえ、俺にはそれを忘れさせてやることが出来ない。
『んんっ…っ!?』
小さく開いていたくちびるに、俺は指を突っこんだ。
『つらかったら、これでも噛んでろ』
『……っっ!!』
首を振って逃れようとするくちびるに無理やり指をくわえさせ、俺はさらに交わりを深めていく。
くぐもった声は徐々に指先の疼痛へと変わり、その痛みが強くなるごとに、俺の硬さも増すようだった…


「ゆうべのお疲れが顔に出ていますよ?」
そうからかうと、おまえは俺を睨んだまま、一気に頬を赤くした。
「これからは、翌日に勤務のある日は控えめにしないとね」
「とっ…当然だ!」
おまえはソファから立ち上がると、午後の執務をとるべく机に向かった。
わざとらしく書類など取り上げ、顔の前にかざす。
そして。
その陰から、独り言みたいなささやきが聞こえた。
「でも… 部屋には毎晩、来て欲しい…な」
顔を隠しているつもりだろうけど、いっそう赤くなった耳が俺でもチラリと見えている。
「そりゃあ、もちろん行くよ」
“控えめ”とは言ったけど、“しない”とは言ってない。
俺は書類をツッと取り上げ、机ごしに身を乗り出して、おまえと瞳を近づけた。
「今日のぶん、今しようか?」
おまえは呆気に取られ、マヌケづらで目をパチパチさせ。
「無礼者――っ!!司令官室をなんと心得ておるかーっ」
「ひゃ~」
俺はケラケラと笑いながら、司令官室を出た。


勤務のある日は控えめに。
厳守しますとも、お嬢さま。
司令官室でうたた寝して、またあんな顔を誰かに見られたんじゃ危なくって仕方ない。
こんな心配が出来るのも、2人が恋人同士になれたから。
これからは、夜毎天蓋の下で俺を待つおまえがいる。


喜びに甘い胸にふたをして、疼く指を握りこむ。
「さてと」
午後の勤務に励むべく、俺は仲間の待つ場所へと戻っていった。


FIN
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