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はじめに

このストーリーは原作から大きく逸脱しております。

昼ドラ的べたな展開になることが予想されますので、せんべい片手に読んでやるくらいの軽い気持ちでお読みください。ちなみに展開はべたですが、昼ドラほどドロドロにはなりません。とてもあさーい文章ですので、ご理解いただける方のみお読みください。

文中、カタカナでのフランス語表記や英語表記が混在しますが、フランス語表記のところは作者がドヤ顔で書いていると思ってください。

フランス語の大した知識はありません。
以上、よろしくお願いします。


第一話 恋に落ちて

「紹介するよ。こちらロザリーの…」
振り返った瞬間、時が止まった。
全ての雑音が消え、俺は全身で君を感じていた。
ブロンドの髪、青い瞳…その姿は…まるでペガサスか白い薔薇のように凛として…冷たさを感じるほどの美しさを湛え、君はそこにいた。

そして俺は、恋に落ちた。




「おい、アンドレ!ベルナールからの返事はまだか?」
「ついさっき、メールが来ていたよ。…今夜のパリ祭のレセプション、ご招待させていただきますとさ!アラン・ド・ソワソン閣下!」
「ヒュー!さっすがベルナールだな!
本当夢みたいだぜ!フランソワの晴れ舞台!しかも麗しの貴婦人たちを眺め放題だろ?しっちゃかめっちゃか騒いでやろうぜ!」
「おい、俺たちは新聞記者に扮して参加するんだぞ?しっちゃかめっちゃか騒ぐ記者なんざどこにいるんだよ。」
「かーっ!お前はお堅いね!フランソワの晴れ舞台なんだ。ちったぁはめはずしたっていいじゃねぇか!
ま、いいや。こうしちゃいられねぇぜ!貸衣装係のベルタンに話つけてくらぁ!お前の分のタキシードも借りてきてやるからよ!」
「いや、俺はあるからいいよ。じゃあ、またあとでな!」
「おう!」

オテル・ラ・ガルド。
俺たちが働くオテルだ。
比較的新しいオテルだが、料理と接客には定評があり、著名人がお忍びでくることもある。
そのレストランで働く俺、コンシェルジュのアンドレ・グランディエと専門学校の同期でシェフのアラン・ド・ソワソンは、今夜フランス屈指の高級名門オテル、オテル・ド・ベルサイユのレセプションに参加することになった。そこにはこれまた同期のフランソワ・アルマンが働いていて、なんと今回のレセプションで彼がアントレ(前菜)のチーフとして抜擢され、会場で料理を振る舞うのだ。
その晴れの舞台を見ようと、どう考えたって俺たちのような庶民には入れっこないレセプションに、新聞記者ベルナール・シャトレに頼み込んで無理矢理記者として招待してもらった。(ちなみに彼は俺と同郷で、レセプションには仕事で行くのだ)
アランは口は悪いが、根は友人思いのいい奴で、今回のフランソワの抜擢が嬉しくてしょうがないらしい。
それに俺たちにとっては、名門オテルの接客や料理を学べるチャンスでもある。
そんなわけで、俺たちのレストランもパリ祭で忙しい中、行けるかどうかわからないのに無理言って今日は早番にしてもらっていた。

「着いたぞ!」
くそ忙しいのにも関わらず、残業もしない二人への冷ややかな目とブーイングに耐え、仕事を終えた俺たちはベルナールと落ち合い、オテル・ド・ベルサイユに着いた。

「フランソワのやつがちゃんとやってんのか見てやるか!」
「ふふ…お前はいい奴だな」
「るせぇよ」
「おいおい、お前らは一応記者ってことになってるんだからな!それらしくしてくれよ。」

軽口を叩きながら俺たちはレセプション会場に足を運んだ。

「ベルナール!」
「ロザリー!もう着いていたのか。」

ロザリー・ラ・モリエール。
ベルナールの恋人だ。ファッション誌のエディター。可憐な容姿に似合わず(?)相当やり手らしい。
今回のレセプションにはファッション業界からも多数参加しているようで、ロザリーはその一人として正式に招待されている。

「ロザリー、久しぶり。」
「アンドレ、久しぶりね!お元気そうで何よりだわ。そちらの方は?」
「アラン・ド・ソワソンです。はじめまして。」
「ロザリー・ラ・モリエールです。よろしくお願いします。
早速なんだけど、ベルナール、紹介したい人がいるの。少しいいかしら?」
「ああ。アンドレ、アラン、また後でな。」


「あれがベルナールの彼女か…別嬪じゃねーか。」
「ああ。相変わらず忙しそうだな。お前、ああいう娘がタイプなのか?」
「やめろよ。俺は…もっと気が強そうなのがいいんだけどな。」
「(ああ見えてロザリーは相当気は強いと思う。)…そうか。」
「お前は?ちっとも浮いた噂も聞かねぇがよ。さっきも『グランディエさんに恋人はいないんですか?』ってベルタンのとこのアシスタントに聞かれたぜ。」
「恋人はいないよ。」
「そのわりに女に興味あるようにも見えねぇしな。お前ひょっとして男に興味あんのか?
おっ!フランソワのところにいるのは、このオテルのCEO、ルイ・オーギュストとその奥方のマリーなんとかじゃねえか?
ははっフランソワのやつ、話しかけられてがっちがちに固まってやがる。あとで冷やかしに行ってやろうぜ。」
「うん。…あと俺は男に興味はない。」
「どうだかよ。」

ルイ・オーギュストによる乾杯の音頭のあと、堂々と部屋の真ん中にいるのも気がひけて、端の方でアランと二人シャンパンを飲んでいた。

その時だった。

「アンドレ、アラン!
紹介するよ。こちらロザリーの友人の…」

ベルナールの声に振り返った。

「フランソワーズです。よろしく。」

ベルナールに被せるように、少しアルトのいい声が耳に届いた。


正直言って、そこから先の記憶はほとんどない。

ただ、俺の頭のてっぺんから足の先まで、全ての神経、全ての細胞が、そこにいるたった一人の人を見ていた。

真珠のように輝く肌。
胸元と背中が広くあいたオフホワイトのシンプルなイブニングドレス。
ブロンドの髪は緩く結い上げられ、薄い化粧はその美しい青い瞳を際立たせていた。


稲妻に打たれたような衝撃とふわふわとした感覚で、何を話し何を食べて何を飲んだのか、それどころかどうやって家まで帰ったのかすらわからないほどだった。

実際、ほとんど何も話していないと思う。
ただ頭の中で彼女の名前を連呼していた。

フランソワーズ。
…美しい、フランソワーズ。




これまでの人生、人並みに恋愛はしてきたつもりだ。
でも、いつもなにかが物足りなくて、恋に夢中になったことなど一度もなかった。
あの瞬間までは。

フランソワーズ。
00年代、一世を風靡したスーパーモデルだ。パリコレをはじめとした数々のコレクションにも何年も出続けていた。
名前はフランソワーズというだけで、苗字はない。おそらく芸名なのだろう。
オテル・ド・ベルサイユCEOの夫人で、デザイナーのマリー・アントワネットの寵愛をうけ、某メゾンのミューズとして君臨していたため、マリー・アントワネットと関係があるのでは、と噂されていたのも有名な話だ。
凛として、他人を寄せ付けない雰囲気は、氷の華などと表現されていた。
しかし数年前、突然引退を表明し、現在は全く表舞台に出てこなくなっていたのだ。

もちろん、彼女のことは知っている。美しいと思っていた。
しかしテレビや雑誌で見る彼女は人形のようで、現実の人としての感覚ではなかった。


でもあのとき、生きた、血のかよった彼女をなんと美しいと思ったか。

あれから、寝ても覚めても彼女が頭から離れることはなかった。
彼女の写真集や特集が組まれた雑誌を、古本屋やネットなどで探し、購入した。
だがそれも気休めでしかなかった。

彼女と会いたい。
彼女と話がしたい。

頼みの綱のロザリーは来期の春夏コレクションの展示会で忙しく、ベルナールですらなかなか連絡がとれないほど。
俺にはどうしようもなかった。

あまりの俺の豹変ぶりに、アランは「お前でも女に夢中になることがあるんだな」と笑っていた。

あれから3ヶ月。
会いたい想いは募るまま。
気持ちをまぎらわそうと、俺は懸命に仕事に打ち込んだ。


「えーっと次のスイートの予約は…今日から二泊三日か…
オトヌにヴィクトール・クレマン・ド・ジェローデル様、お連れ様がイヴェルと。」

プランタン、エテ、オトヌ、イヴェル。
このオテルには四つのスイートルームがある。

10数年このオテルで働いている俺は、主任コンシェルジュとして、スイートルームを任されていた。


「お連れ様は…ジャルジェ様か。これはまた、名家がお揃いで。」

ジェローデル家にジャルジェ家といえば、この国屈指の家柄である。
なぜベルサイユに住んでいるのに、パリに連泊するのかはわからなかったが、まぁ仕事でもあるんだろう、と深くは考えなかった。

襟をただし身だしなみを整える。
ご予約の時間は間もなくだ。

部屋の最終チェック等を済まし、万全の準備は整った。

「ジェローデル様、ジャルジェ様、お着きです。」
フロントより連絡が入り、俺は出迎えに向かった。


「ジェローデル様、ジャルジェ様。
ようこそいらっしゃいました。
わたくし当オテルのコンシェルジュ、グランディエでございます。
何なりとお申し付け下さいませ。
それではお部屋までご案内致します。」

亜麻色の長い髪のお客様がジェローデル様。
つばの広い帽子を深く被った方がジャルジェ様。

顔はよく見えなかったが、お忍びの宿泊ならよくあること。雰囲気やシルエットでもお客様のことは覚えておける。


「ディネは18時にご予約を頂戴しておりますので、お時間5分前になりましたらお迎えに参ります。」

お二人をご案内し、丁寧にお辞儀をして退場。ここまでに失礼はなかったはずだ。

ディネまで時間がある。
グランシェフと打合せをし、その後事務所まで今夜のパリの情報を仕入れに行く。ディネのあと、街に繰り出すお客様は多いのだ。何を聞かれても的確にご案内できるようにしておくのも、コンシェルジュの仕事だ。

事務所に足を向けたときだった。

「ムッシュウ・グランディエ?」
前から歩いてきたジャルジェ様に呼び止められ、足を止める。
「これはジャルジェ様。」

お辞儀をした俺が顔を上げるのを見計らい(俺にはそう見えた)、ジャルジェ様が帽子を外した。
「ムッシュウ・グランディエ…

…アンドレ。」


そこには恋い焦がれたブロンドの髪と、青い瞳があった。
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