フリーエリア2


 今夜の彼女はいつになく激しかった。いつものうぶな様子はどこへやら、寝台の上で膝立ちになると、俺を見下ろしながら自らコルセットの紐を解いていくし、頼みもしないうちから紅い唇を俺の股関に寄せてくるし。これ程の別嬪にこれ程のサービスをさせたら、さぞかし法外な追加料金をふっかけられるだろう。そんな不埒な事を思い浮かべていないとすぐにでも暴発しそうだった。
彼女の蜜壺は最後の一滴まで搾り取るように俺に絡みつき、痙攣した。全身を浸食する甘い痺れ。



 伯爵とお会いしたのは久しぶりだった。
大切な友人だから直接結婚の報告をしたいという彼女の希望により、今夜パリの店に一席設けた。
 長らくお目にかかっていなかったが、伯爵は相変わらず爽やか且つ朗らかで、よく飲み、饒舌だった。ご自身もひた隠しにしなくてはならない愛に身を投じていらっしゃるからなのか、俺達のことをまるで我が事のようにお喜びになり、こちらが招待した側だというのに、前祝いだから代金は自分が持つと言って譲らなかった。
話の流れで、俺のことをしきりに誉めてくださったが、恐れ多いことこの上ない。平民出の俺が言うのもおこがましいが、スウェーデン王家の信任も厚い大貴族の嫡男でありながら、出自によって人を差別することなく、誰でも分け隔てなく扱う。母国や留学先で見聞したことを俺にも面白おかしく聞かせてくださり、それらはまるで昔彼女と頭を突き合わせて読んだ冒険物語のようで、遠い異国へ思いを馳せたものだ。
この方なら彼女が惚れるのも当然だ・・・。当時、嫉妬するよりも先に現れたのはそんな思いだった。
 俺と伯爵は時には男同士差し向かいで杯を交わすこともあった。
あまりに遠い存在の女性に焦がれると、とりあえず身近なところで虚無感を埋めようとするのは男の悪い癖だ。伯爵にもそのようなお相手が数多いた。だが、一時の充足感の後には更なる虚しさの波が押し寄せる。
俺も伯爵も、その連鎖の中にいた。
そんな後悔を唯一感じさせなかった女性・・・嘗てアメリカ合衆国の独立戦争に従軍した時に、現地で熱病に倒れた伯爵を癒やしたそのひとは、かの高貴でまろやかな方でなく、百合のように凛とした女性だったという。まるで彼女のような。
もしも・・・・あのオペラ座の夜に彼女が女性なのだと伯爵が見破っていたとしたら・・・・?


 我が妻(予定)は寝台の上で半身を起こし、夜気で素肌を冷ましながら幼い頃から俺を泣かせ続けた表情────唇の端を心持ち上げ、〔してやったり〕という顔をしている。
おいおい。「大切な友人だから直接報告したい」は表向きの理由で、本当は振られた腹癒せに当て付けようって魂胆だったんじゃないだろうな。・・・・・・やりかねない。彼女なら。
 氷の花。鬼の連隊長。衛兵隊の荒くれ者達すら彼女の一瞥で震え上がる。だが、真に心を許した者には無邪気に悪戯を仕掛けたり、子どものように仕返しをしたりするのだ。これまでは俺だけに与えられた特権だった。
辛いだけだった初恋も笑いながら語れるようになったか。
伯爵が彼女にとって【真の】親友に格上げされたことを喜ばしく思う。
同時に、何の疑いもなく祝福してくださった善良な伯爵に我が妻(予定)の所行を詫びたくなってくる。伯爵のあの慈愛に満ちた青灰色の瞳。

 もう一度我が妻(予定)に目を遣ると既に不敵な様子は消え、俺を見て仄かに笑うと「彼にもいつか喜びの愛が訪れるだろうか」そう呟た。 
              end
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