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【月あかりのダンス SIDE Alain ~下~】
UP◆ 2011/6/21俺とあんたの背後に立った2人の女。1人は赤みがかった金色の髪で、もう1人はつやつやな栗色の髪をしている。
2人とも、俺よりいくつか年下なようだ。
少し気の強そうな金髪の方が話しかけてきた。
栗色の方はニコニコと笑っている。
「お話し中ごめんなさい。
あの…もしかしたらダンスの相手をお探しかと思って。さっきここを通り過ぎたとき、ダンスに誘うとかって言ってたのが聞こえたから」
俺とあんたは思わず顔を見合わせた。
いろいろ誤解されているようだ。
「悪いけど俺とこの人は」
言いかけた俺の足をあんたが蹴った。
そしてすかさず耳元に顔を寄せてくると、小声で言った。
「金髪?栗色?どっちだ?」
「はい?」
「どっちが好みか聞いてるんだ。さっさと答えろ」
「しいて言えば金髪の方ですかね」
気の強そうな瞳が、あんたに少し似ているから。
「判った。では金髪はおまえに任せた。
ダンスに誘え」
「はぁ!?何言ってんですか隊…」
言い終わらないうちにまた、カウンターの下で足を蹴られる。
「隊長と呼ぶなと言っているだろう!
さっさと誘え、グズ。これは逆ナンだ。女に恥をかかせるな。逆ギレした女はけっこうコワイぞ」
「え!?逆ナンって」
「ああ、もういい。黙って見ていろ」
あんたはスツールを離れると、女たちの前に立った。
俺が今まで見たこともないような、ド派手な笑顔を浮かべている。きれいはきれいだけど、あんたのこんなチャラい顔、なんか不気味だ。
「はじめまして。君たち、ここにはよく来るの?」
「ええ。お気に入りの店よ。安いのにおしゃれで、集まっているお客さんもみんな楽しいから、女の子だけで来ても安心だしね」
「今日来ている客の中では、私とこいつが一番安全そうに見えたってこと?」
あんたは俺に顔を向けると、肩を小突いた。女たちに見せる顔とは打って変わったキッツイ目線を送ってくる。
怖い。あんた二重人格か?
俺は即座に立ち上がった。
「うわぁ、背が高いんですね~」
女たちが
いつも思うことだけど、女ってヤツはなんで背が高いだけでこんなに騒ぐんだろう。
確かに俺はでかいけど、身長なんて俺自身の能力にはなんにも関係ねぇのに。
…なんて思っても、つい顔がにやけてしまう。なんだかんだ言っても、女にキャーキャー言われたら、やっぱり悪い気はしない。
だけど今は、あんたが隣にいるのに!
俺はあんたにへらへらした顔を見られなかったか気にかかり、さりげなく様子をうかがった。
しかし、すぐに見なければ良かったという気持ちにさせられた。あんたが軽妙なトークで女たちを笑わせていたから。
「あなたっておもしろーい」
「まぁね。よくそう言われる」
誰が!?
「彼女いないんですかぁ?」
「残念ながら、今まで私に彼女がいたことは、1度もないんだ」
「ホントですか!?イケメンなのに~」
「王妃さまの愛人だと、噂になったことはあるけどね」
「やだもぉ、冗談ばっかり」
女たちもあんたもケラケラ笑っているけれど、俺はまったく笑えなかった。
ジャ…ジャンヌ・バロア回想録。
あんた、そんな自虐ネタを持ち出してまで笑いが取りたいのか。いつもの氷みたいに整ったクールな顔は、どこにいったんだよ。
「あなたは無口なのね」
あんたの豹変ぶりに度肝を抜かれていると、金髪の方が俺に話しかけてきた。俺は適当にあしらおうと思ったが、あんたは俺を見てニヤリと笑った。
あんたのこの暴走具合を考えると、イヤな予感がする。
「こいつ、職場の仲間でアランっていうんだけど、ちょっと今、緊張してるんだ。
さっき、君のことをタイプだと言ってたから」
「ホントですかぁ?」
はあぁぁぁぁ!?
「ちょっと!なに言ってんですか。やめてくださいよ隊…」
「な に か な ? 同僚のアランくん」
怖い。怖すぎる、あんたの目が。
話を合わせろという無言の圧力が。
「やっ…やめてくれよ。お‥おすっ‥おすかるっっ」
俺がぐだぐだにそう言うと、あんたは満足そうな目をした。
すごくむかつくそのドヤ顔。
「オスカルさんっていうんだ。お仕事は何してるんですか?」
「公務員」
「安定してますねっ!」
「私の家は代々公務員なんだ」
「へ~。アランさんは?」
俺っ!?
「う…うちも代々公務員だ。おすかるんちと違って下っ端だけどな」
なんかもう、破れかぶれな気分になってきた。
こうなったらこの茶番、あんたの気の済むまでつきあってやる。
俺がやる気になったのが判ったのか、あんたは先ほどとは違って挑戦的な表情になった。ド派手な笑顔をさらにキラキラさせて、栗色の女の手を取る。
「アランがあなたのお友だちに執心しているので」
あんたは大仰に膝をつくと、女の手の甲にくちづけた。
「あなたのダンスのお相手は私でもいいでしょうか?
さくらんぼのようなくちびるのお嬢さん」
あんたのそのカユくなるようなセリフに、あっちこっちから甘ったるい悲鳴があがった。
ただでさえ目立つあんたがカウンターの前で女をかまっているものだから、気がつけば俺たちは女性客に囲まれていて…
そいつらは、今度は俺が金髪の女をどうダンスに誘うのかと期待しているようだった。
ふざけるなよ。
あんたの前で俺に何が言えるってんだ。
「行くぞ」
「え?行くって、アランさん?」
「ダンスフロア!踊るんだろ?」
「でも」
女はなんか言って欲しそうに、もたもたしている。
俺に女ウケするセリフなんて言えるわけねぇのに。
「期待ハズレで悪かったな。俺はおすかるとは違うんだよ」
四の五の言ってんのは性に合わない。
俺は金髪の女を抱き上げてテーブルの間を抜け、ダンスフロアまで出た。
うしろの方でまたキャーキャー声があがったが、そんなもん俺にはどうでもいい。
「公衆の面前でお姫さまだっことは!やるな、アラン」
ダンスの最中にすれ違った瞬間、あんたにそんなことを言われたけど、それもどうでもよかった。
『やるな』じゃねぇよ!
俺たちは2~3曲踊ってカウンターに戻ったけれど、そこからはもう大変だった。俺たちと踊りたがる女がわらわらと寄ってきて、わけが判らない。
ヤケクソ状態だった俺は、ガンガン飲みまくってガンガン踊りまくった。
しかもあんたは、軽快なトークで女たちを沸かせるたびにドヤ顔を見せてくる。
それを見てイラっとしている内に、だんだん俺にもおかしなスイッチが入ってきた。まるで飲み会で、男同士、お持ち帰りを張り合っている気分だ。
同僚のおすかる並みに、カユいセリフが次々と口から出始めた。
こんなの俺じゃねぇ。
きっと酒だ。あんたのすすめたあの酒のせいだ。
「アラン、ゴブレットがあいてるぞ。次行くか?」
「おすかると同じ
俺がそう言うと、あんたは得も言われぬ嬉しそうな顔をした。
その顔が見たくて俺は、飲み過ぎてると判っていながらゴブレットを重ねていた。
あんたはギャルソンに、もう何度目か判らない酒のオーダーをする。
「ショットでは面倒くさい。ボトルで持ってきてくれ。
私とこいつのぶん、1本ずつ!」
なぁ、アンドレ。
これじゃ悪酔いもするよな。
「もうすっかり真夜中過ぎか」
あんたの目線につられて、俺も空を見上げた。
白く浮かぶ半月に雲が早く、石畳に影が落ちては光が射す。
通りにはもう人影はなかった。
あんたも俺も、相当飲んでる。
これだけ飲んでケロッとしているあんたは化け物だ。
やっぱり女じゃないかもしれない。
「こんな時間に辻馬車なんか拾えるのかよ」
「大丈夫だ。もう少し先の
あんたの指す方へ、俺はたらたらと歩いた。
あんたは少し離れて遅れ気味についてくる。
飲んで踊っての繰り返しに、酒がやたらと効いていた。
いや、ただの飲み過ぎか。
「こんなに酔ったのは、俺、久しぶりだ」
「私もちょっとはしゃぎ過ぎたな」
ちょっとじゃないだろうよ、アレは。
あんたがあんなにバカだとは思わなかった。
「
「まぁな。でも、おまえの笑った顔が見たかったから」
誤解しかねないその言い方。
判ってる。この女は他意なく言ってるんだ。
だけど。
どんな顔してそんな思わせぶりなことを言うのか、俺は振り返った。その瞳に、ほんの少しでも期待していい光があるのか、それが見たい。
「なに言ってんだ、あんた」
けれど月は流れる雲に、ちょうど隠されてしまった。
霞みのような薄い雲。
闇に紛れるほど暗くはなく、しかし、あんたの表情が判るほど明るくもない。ぼんやりと白い頬や、ディアンヌが憧れる金色の髪の艶。
それだけが存在する。
「私の自惚れでなければ、最近では
でも、おまえは私に距離を置いている。
みんなが笑っているときでも、おまえだけは不機嫌そうで」
「それは俺が」
あんたを意識してるから。
でもそんなことを言えるわけがない。
「俺は不器用なんだ。他のヤツらみたいに笑えねぇんだよ」
「そうか?でもおまえ、さっきまで女の子たちみんなにいい笑顔を見せていたぞ?」
薄闇に表情がうかがえず、からかうような口調の中に寂しさが混ざっているように感じるのは、俺がそう思いたいからなのか。
「アラン。おまえ、女を口説くのが意外とうまいんだな」
「口説いてなんかねぇ」
あいつらが集まってきたから、酔いに任せて適当に遊んでただけだ。
「口説くってのはな」
俺はあんたに近づくと、そっと胸に引きよせた。
ああ。やっぱり俺、ひどく酔ってる。
でなきゃこんなことできやしない。
「どうしたアラン。具合でも悪いのか?」
「具合?悪いさ。あんたに出会ってから、気分が悪くて仕方ない。
毎日毎日女の言うことなんか聞いてられるかよ。
あんたが将軍の権力を笠に着たきれいなだけの人形みたいな女だったら良かったのに。
そうしたら、憎んで軽蔑して、他の大貴族のヤツらみたいに、あんたをきらいになれたのに」
「悪酔いしてるぞ、おまえ。ここはもう酒場じゃない。
おまえが今、抱いているのはかわいい女の子じゃなくて、私なんだが。
判っているか?」
判ってるに決まってる。
「こんな豪華な黄金の髪、2人といねぇ。俺が今、口説いてるのは…
オスカル。あんただよ」
腕の中の両肩が、小刻みに震えている。
ごめんな。言うつもりなんてなかったのに。
薄暗かった街角に、雲が流れて月あかりが戻る。
あんたは肩を震わせたまま、うつむいている。
まさか、泣いてる?
俺は一気に酔いが引いた。
「すみません、突然こんな。…気を悪くしました?
あの…顔、上げてくれませんか?心配するじゃないですか。
…隊長…?」
俺はかがんで、強引にあんたの顔をのぞきこもうとした。
その瞬間。
「アラン!おまえ本当にすごいな。
たいした口説き文句だ。落としておいて上げる、か。
今のは私でもグラッときたなぁ」
あんたはクツクツと、喉の奥を鳴らすように笑っていた。こらえきれぬとでも言うように、肩が小刻みに揺れている。
「ディアンヌの披露宴でもその調子でダンスに誘えば、どんな女も100%OKする。
私も今誘われたなら、Ouiと答えそうだ」
な‥んなんだ、あんた。
なんでそうなるんだ。
「あんなに棒読みな誘い文句だったのに、おまえ、やればできるものだな」
あんたは無邪気な瞳をして少し首をかしげ、ふむふむと本気で感心している。そのしぐさは、いい年してるクセにやたらとあどけなく、妙に少女っぽく見えた。
めちゃくちゃ強いくせに壊れそうで、生意気だけど実は優しくて、できる女なのにどっかハラハラさせる。
…ダメだ。
この女は俺の手には
アンドレ。
おまえ、とんでもない女に惚れたな。
仕方ねぇ。
明日からは少し、協力してやるよ。ほんの少ーしだけな。
だけど今はちょっと借してくれ。
「サファイアの瞳のお嬢さん。
もしよろしければ1曲お相手を」
あんたは目を上げて俺をにらんだ。
「いくつも年下のくせに、お嬢さんとは言ってくれたものだな」
かわいげのないことを言いながらも、あんたは俺の手を取った。
「喜んで」
あんたが低く口ずさむコメディフランセーズ。
淡い月あかりの下に2人きり。
この最初で最後のダンスが、俺のあんたへの想いを生涯支えることとなった。
FIN
こちらの物語には姉妹作として「月あかりのダンス SIDE Oscar」 がございます。
UPしていただいているベルサイト【光さす時の中から】さまへは、Linkのページからジャンプすることができます。
(2011年7月企画として掲載していただいております)
もしくは【こちら】をクリックでジャンプすることもできます。
よろしければそちらもどうぞ。
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