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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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    「お疲れさぁ~っす!」
    閉会式が終わり、すっかり陽も落ちた。昼間は小春日和だったのに、陽射しがなくなるだけでグッと寒くなる。
    チーム・ジャルジェの面々は、祝勝会のために用意されていた試合会場近くの店に来ていた。ここでの経費は大会本部持ちということなので、皆、しっちゃかめっちゃか騒ぐ気じゅうぶんだ。
    試合中はスタンドで観戦していた1班のメンバーも祝勝会に呼ばれている。
    なんでこいつらまでいるんだろう?
    アランはチラッとそんなことを思ったが、支払いを気にせずみんなで飲めるとあって、そんな疑問はすぐにどうでもよくなった。
    ダグー大佐が乾杯の音頭を任され、軽く一席ぶち始めたが、テンションの上がっている隊員たちは誰も聞いてはいない。
    「…隊長」
    「まぁ、いいじゃないか。今日は大目に見てやってくれ。遊競技とはいえ、優勝したのだから」
    上官である彼女にそう言われては仕方ない。
    ダグー大佐は苦笑を浮かべると演説をあきらめ、「乾杯」とだけ短く言った。
    「かんぱーい!」
    皆、口々に叫ぶと、会場は一気に無礼講な状態になった。オスカル・フランソワはそれを見て、にこにこ笑っている。
    「失礼ながら、あなたさまが衛兵隊に着任したばかりの頃には、このような日が来るとは思いませんでした」
    「ダグー大佐」
    「もともと衛兵隊は気の荒い者が多く、新着の管理官は皆、苦労していたのですが、あなたさまへの反発は尋常ではありませんでしたから」
    彼女の脳裏に数々の場面が浮かんだ。
    言うことは聞かないし訓練はさぼるし勤務中に酒は飲むし嫌がらせのネタは尽きないし、まぁ、よくあれだけ反発してくれたものだ。
    「私も諦めかけたことはあったが」
    いつも支えてくれたひとがいたから。
    彼女は早くも宴たけなわな店内に視線を巡らせた。1番いて欲しいひとがいないのを判っていて。
    「肩の具合はいかがですか?早く医師の手当てを受けられた方が良いのでは」
    「お気遣いありがとう、大佐。でも大丈夫だ。もともと軽く筋を傷めただけだし、打撲もたいしたことはない。それに、あまり大げさにはしたくはないのだよ」
    彼女はアランに目を向けた。
    メンバーたちの真ん中で笑ってはいるが、彼女の負傷にまだ責任を感じているのは想像に難くない。医師だのなんだのと耳に入ったら、余計な刺激を与えるだけだ。
    「それよりも大佐。フランソワとラサールにあの支度を」
    「ああ、アレでございますな」
    大佐は席を立ち、2人にこっそりと指示を出してからアランに近づいた。
    「お楽しみのところ悪いが、アラン」
    「あぁ?なんだよ」
    大佐はアランの腕をつかむと席から連れ出した。
    「ちょっと大佐、なんなんだよ。俺、何かしたか?」
    抵抗するアランを、皆、黙って眺めている。
    なんだよ、こいつら。冷てぇな。
    アランが皆から良く見えるホール前方まで引き出される。すると軽く照明が落ち、アランにピンスポットが当たった。
    「なんだコレ?」
    困惑するアランにおかまいなしで、表彰式でおなじみの、あの贈呈調の音楽が流れる。
    フランソワとラサールが、ボーナスフラッグの賞金のプレートを運んできた。金額がどーんと入った、バカでっかい小切手デザインのプレートだ。
    すかさず1班のメンバーたちから拍手が湧いた。
    「一体なんのまねだよ」
    「この賞金は、隊長と俺たちからアランに!」
    「へ?なんで?意味判んねぇ」
    訝しむアランに、フランソワが種明かしを始める。
    「このお金はディアンヌの結婚式のために。アラン、結婚式の費用が厳しいって言ってただろ。でも、なんとか恥ずかしくないだけの支度をさせてやりたいって」
    「そりゃ確かにそう言ったけど」
    「最初、隊長は個人的に援助しようと思ったんだ。だけどアランはきっと受け取らないだろうから、どうしたらいいかって俺たち相談されたんだよ」
    「俺たち!?」
    「うん。ここにいる全員」
    「マジかよおまえら。いつからだよ」
    アランは頭を抱えてしゃがみこんだ。
    どいつもこいつもあの女に手懐けられやがって!
    「受け取ってもらえないと、ホント俺なんか報われねぇわ。隊長との練習、マジでキツかった。もっとも、投げ上げたり抱きとめたり、俺はおいしい思いもさせてもらったけど」
    「おいっ!ルイっっ!!隊長の前でそんな」
    って、ありゃ?
    アランはホールを見回した。
    「隊長は!?」
    「隊長でしたら先ほど出て行かれましたぞ。上官などいない方が、飲み会は盛り上がるとおっしゃって」
    「あ~、そんなの止めろよ大佐!使えねぇじじぃだな」
    今、礼を言わなきゃ、あとからなんて、照れくさくて言えないだろうが。
    おめでたいムードの中、アランだけが1人、神経をきりきりさせている。
    そこにルイがニヤリと笑いながら肩に腕を回してきた。
    「で、アラン。どうだった?」
    「何がだよ」
    「隊長ってやっぱ貧乳だったか?」
    いっせいに集まってくる仲間たち。
    「見…っ、見てねぇよ!」
    「アランちゃんったらまたまた~。隊長って胸元の奥にほくろがあるじゃん?あれ、色っぽいよな」
    「え?そんなもんなかっ…」
    「ほらぁ!やっぱ見てんじゃねーか。吐けっっ」
    「てめぇ胸元のほくろって」
    「そんなの俺が知るわけないじゃん。こんな古典的な手にひっかかるなんて、アランもなんだかんだ言ってまだガキだわ」
    今すぐ彼女のあとを追って感謝(きもち)を伝えたいのに、すっかりおもちゃにされ始めたアラン。
    『上官などいない方が飲み会は盛り上がる』
    ある意味彼女の言葉通りに、チーム・ジャルジェの祝勝会の夜は更けていくのだった。


    月明かりの下で、彼女はラビリンスの蒼い壁をなぞっていた。
    この迷宮の中で、試合中に起きたこと。
    決別したはずの男と再会し、いとも簡単に翻弄され、そして…
    背後でさくさくと氷を踏む音がする。
    彼女がふりむくと、凍り始めたフィールドをこちらに向かってくるフェルゼンの姿があった。
    「待たせてしまったか?」
    「いや。私が早く来すぎただけだ」
    彼女は自分の心の内を探るように、しばらくフェルゼンの顔を見つめてみた。
    やっぱりだ。
    判ってしまえば、彼の顔を見たところで惑わされることはない。
    表彰式でジェローデルと話したとき、気がついた。フェルゼンの眼差しに応えてしまうのは、彼女の中に残る「あの頃の彼女」。突然現れたかつて愛した男に、懐かしさから気持ちを取り違えていたのだと。
    フェルゼンに会いたかったという偽りない気持ちに、昔の自分がリアルに引き出され、男女のことに疎い彼女は初恋のしっぽに踊らされていただけ。
    でも、それも仕方ない。
    だってあんなに好きだったんだもの。
    あの頃の自分。消し去るなんてできない。
    「フェルゼン。私は近衛には戻らない。王后陛下のお心遣いは、身に余る誉れだけれど」
    「そう言うと思ったよ、表彰式での君たちを見て。君は今、衛兵隊で大切にされているんだね」
    う…ん?大切に?貧乳扱いされることが?
    彼女は苦笑いしながらも頷いた。
    「彼らなりに、大切にしてくれているらしい」
    「そうか。部下からの報告ばかりでは、なかなかに厳しい様子だったから。百聞は一見に如かず、かな。老婆心が過ぎたようだ」
    「まったくだ。ジェローデルにも言ったが、フェルゼン、おまえももう」
    「ストーカー行為はやめろ?」
    2人は目を見合わせると吹き出した。
    「笑い事ではないというのに」
    可愛らしくフェルゼンをにらむ彼女に、彼も種明かしをした。
    「少佐も私も、王后陛下に頼まれたのだよ」
    「?」
    「衛兵隊は荒いところらしいから、君に少し気をつけて欲しいとね」
    ああ、王后陛下。
    あなたさまが無邪気にそんな戯れ言をおっしゃるのが、目に見えるようだ。
    『オスカルはわたくしの大切なお友達。衛兵隊がそんなところだなんて心配だわ。少し気をつけてあげてちょうだい』
    なんて…
    おそらく私のプライバシーなど、少しもお考えではないのだろうなぁ。
    彼女は激しく脱力したが、気を取り直すともう1つの大切な話を切り出した。
    「それからフェルゼン、あのラビリンスでの」
    けれどそれは、彼に遮られた。
    「オスカル。君には今、恋人がいるか?」
    「へ?」
    急に方向性を変えられて、ぽかんとする彼女。
    「では質問を変えよう。ラビリンスで私と2人きりになったとき、誰のことを想った?」
    「それは…」
    兄で親友で、部下までやってる黒髪の幼なじみ。
    蒼い迷宮の中でどうしようもないほど惑わされて、心の中で彼の名を呼んでいた。
    『助けてくれ、アンドレ』
    今思えばあのときから、自分の中に彼へのあやしげな感覚が生まれた気がする。
    いつも見守ってくれていた黒い瞳。
    その面影を少し思い浮かべただけなのに、もう鼓動がおかしくなってきた。
    まずい。フェルゼンの前だというのに。
    早く落ちつかなければ、長いつきあいのこの男にはきっと見抜かれてしまう。
    もうフェルゼンに恋心がないとはいえ、今の気持ちを知られてしまうには抵抗があった。
    けれど、焦れば焦るほど動悸は昂ぶり、危うくも顔に出そうになる。
    たった1日で、自分がこんなに変わってしまうなんて。
    彼女自身、信じられない思いがしている。
    ちょっとカマを掛けただけなのに判りやすくうろたえた彼女を、フェルゼンは黙って見おろしていた。
    いったい誰を想っているのか、その少女のようにもの慣れぬ様子。何もかもがお約束通りの、大人の駆け引きばかりに染まったフェルゼンの目には、そんな彼女がいっそう清らかに映る。
    けれど。
    ラビリンスで見つめあったときから、フェルゼンには判っていた。
    オスカル。
    あのとき、君の瞳にはもう、私への熱などなかった。ただ、昔の恋の残り香に、少しばかり惑わされていただけ。
    そして不毛な恋に疲れている私は、それを利用しようとしただけ。
    あの舞踏会で君を受け入れていれば、今、私たちはどうしていただろう。
    今さら詮無いことを思う自分が滑稽で、フェルゼンはほんの僅かなため息をつくと、昔と変わらない親しい友人の顔を装った。
    「ラビリンスでのあれは、作戦だ、オスカル」
    「作、戦?」
    「チームの戦略だよ。君を動揺させるのが目的だった。本気にしたか?私の想う女性はただ1人だけだ。君も判っているだろう?」
    「なん‥だ」
    彼女は明らかにほっとしたようだった。
    「戦略だったとしても、たちが悪いぞ。ちょっと本気にしたじゃないか」
    少し緊張感のあった頬が緩み、柔らかな表情になる。
    それはフェルゼンの心に、ざらついた感触を与えた。
    「でもオスカル。君がラビリンスで思い浮かべたひとが、今、もっとも大切なひとなんだろう?」
    「いや、そ…れは」
    もうフェルゼンにだって、想い人がいることはすっかりバレているのに、それでもまだ彼女はぎりぎりのところで素直になりきれなかった。
    「あいつが1番かなんて…まだ判‥らない」
    アンドレに感じ始めた新しい感情。
    彼が1番大切だと口に出すのは、怖い気がする。
    フェルゼンは彼女の左手をつかむと、ラビリンスの壁に押しつけた。まるで試合中のときのように。
    そのまま瞳を近づけ、そしてくちびるも近づける。
    「ちょ‥っ、やめ… なんで」
    なんの脈絡もなくそんな振る舞いをされ、彼女の中でひとつの場面がフラッシュバックした。
    この男との決別がきっかけで、アンドレに突然抱きしめられ愛していると告げられて、くちびるをふさがれたときのこと。熱っぽく弾力があって、しっとりとおしつつんできた彼の…
    フェルゼンは今でも好きだけれど、でも違う!
    こんなこと、アンドレじゃなきゃいやだ。
    「判った?」
    フェルゼンはつかんでいた手首をぽいっと放り出すと、くすりと笑って彼女から離れた。
    「判っ…た」
    判っていたけれど、本当は判っていたのだけれど。
    口に出して認めてしまうのは、想像以上の気まずさと恥ずかしさだった。
    何が悲しくて、自分をふった初恋の男にこんな追及を受けねばならない?
    ちくしょう。
    それもこれも、私をこんな気持ちにさせたあいつが悪い。
    思えば今日、彼女はアンドレのせいでけっこうひどいめにあっている。
    寝返りは本当にショックだったし、肩だって気合いで凌いでいたけれど、実はかなり痛い。試合途中からは妙な気持ちにとらわれて、ちっとも集中できなかったし。
    考え始めたら、なんだかすごく腹が立ってきた。
    今すぐ顔を見て、何か言ってやりたい。
    「帰る」
    唐突にそう言った彼女に、フェルゼンは驚きもせず静かに聞き返した。
    「1番大切なひとのところへ?」
    オスカル・フランソワはフェルゼンの瞳をしっかりと見上げた。Ouiと言ってしまえば、今度こそ本当に彼女の初恋は終わる。
    ラビリンスでのこと。
    戦略だったかそうでないか、彼女だって子供じゃないから本当は判っている。
    でも。
    これでいい。
    これでフェルゼンと私には、永遠の友情が残されるのだから。
    彼女は照れた笑顔で頷こうとした。
    しかし、フェルゼンの肩ごし、遠くギャラリースタンドの支柱の陰に人影を見つけてしまった。
    月明かりの頼りなさでも判る、見慣れた輪郭。
    アンドレ…?
    「ああ、彼なら少し前からあそこにいたな。君が呼んだのかと思ったが」
    そんなわけあるか。
    アンドレとは、あの寝返りから顔を合わせていないのだ。
    「本当にまったく」
    彼女はため息とともに額に手をあてると、ラビリンスの壁に寄りかかった。確かにさっきまで、今すぐ顔を見たいと思っていたけれど。
    アンドレ。なんでおまえ、私がここにいることを知ってるんだ…
    王妃の戯れ言どころではない脱力感。
    「どいつもこいつも!私の身のまわりにいる男はみんなストーカーか!!」
    「おい、オスカル。怒ってる割には顔が笑ってるぞ」
    「そっ…んなことないっっ」


    華麗なプレイで例年、雪ベルを沸かせてきたジャルジェ准将。
    しかし、彼女にとっての大勝負は、むしろこれから始まるのだった。


    FIN
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