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【今はあなたを見送る 2】
UP◆ 2011/1/7見せかけの紳士・淑女が、見せかけの恋を拾う舞踏会。
この中に本当の紳士や淑女がどれほどいるのか、今宵限りの恋に本物があるのか、私は皮肉な微笑を浮かべ、コンティ太公妃の舞踏会に来ていた。
あまり目立ちたくはない。
あなたには及ばないが、私もこれでも宮廷を彩る華の貴公子。
大抵の舞踏会で、私は淑女たちに囲まれる。
しかし今日は目立つわけにはいかない理由がある。
仕方がないので、私は近くにいた適当な貴婦人に声をかけ、壁際のすみへ引っぱりこんだ。
瞳を寄せ、さも親密な話をしているかのごとく振る舞う。
一夜限りの遊びなど貴族にはお約束。女を口説いている最中の男に声をかけるような無粋な者は1人もいない。
私は小芝居を続けながら、内心では次々と到着する招待客を気にしていた。
いくらもしないうちに舞踏会は盛り上がってゆき、香水の匂いが濃さを増す。
人々の笑い声が耳障りになってきた頃、あなたが手を引かれてホールへと入って来た。
誰もが一瞬言葉を無くし、目が離せなくなる。髪を高く結いあげ、オダリスク風のローブをまとまったあなたから。
そして私もまた、あなたに見とれた1人だった。
父親同士が王党派武官であり、ともに伯爵家ということで特に親交が深かったため、私たちにも子供の頃からつきあいがあった。
笑った顔も怒った顔も、最近では愁いを含んだ女性らしい顔も、たくさんのあなたを知っている私でも見とれるぐらい、その夜のあなたは美しかった。
あなたがローブ姿で舞踏会に出席すると密かに知ったとき、私は、なんと無謀なことをするものかと驚いた。
おそらくあなたは、ベルサイユ1有名な武官だ。
男装の伯爵令嬢、オスカル・フランソワ。
その数奇な運命も、類い希な美貌も、ベルサイユに集う貴族や軍人ならば知らぬ者など1人とていない。
そのあなたがローブをまとって、舞踏会で男と踊るなどと!
どれほどの好奇の目に曝されるか、どれだけ下卑た噂を流されることになるのか、想像するのはたやすかった。
そんな危険を冒してでも、あなたはあの男に抱かれたいのか。
そう考えると、自分でも呆れるぐらい心によどんだ澱が溜まる。
他人のことになど、まるで執着のない私だというのに!
しかし、私のこのねじれた感情はまったく的外れなものとなった。
なんとなれば、その会場にいた者のたった1人たりともが、あなたの素姓に気がつかなかったのだから。
外国から来た美しい伯爵夫人。
あなたはその役を見事に演じ切っていた。
いや、演じていたのではないだろう。
軍服の下に抑えこまれてきた本来のあなた。
それが初めて人前で花ひらいたに過ぎない。
あの男への思いゆえに内側からにじみ出るような愛らしさと、甘やかな儚さと、けれどやはりあなたらしい気丈さも折り混ざった、不思議に現実感のないたたずまい。
ゆらゆらと輪郭を変え、手を伸ばしてもつかむことのできない夢の女のようだった。
それは圧倒的な統率力とカリスマ性で近衛を率いていくオスカル・フランソワとはまったく違う顔。
この数年、あなたを腕の中で慈しんできた私にも見ることのできなかった、恋だけに酔う女の顔だった。
あの男のために・・・!
苛立ちで、思わず知らず私の腕に力がこもる。
壁際に囲い込んでいた貴婦人の腰を乱暴に引き寄せ、雑なくちづけをしていた。
「ジェローデルさまったら…なんて性急な」
愉悦混じりの瞳で私を見上げ、続きを期待するかのように媚びた声音で女が言った。
その声がまるで神経を細くひっかくようで、私は簡単にキレた。
続きが欲しいならくれてやる。
私は女の腕をつかむと庭園に連れ出した。
広大な庭をずかずかと突っ切って行く。
ばら園の奥の東屋で放り出すように手を離すと、女は台本通りのごとく倒れこんだ。
まさに貴族の様式美。
……くだらない。
私のくちもとに歪んだ笑みが浮かぶ。
そのくちびるを女の首筋に滑らせた。
あなたでなければ、どの女でも同じこと。
そしてあなたは今ごろ。
…あの顔で。
女の熱い息づかいを感じながら、私の眼の奥には、あの男と踊るあなたの姿が視えていた。
3へつづく
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