ご案内
【おまえを待つ ~Ver,4 SIDE Andre 「大切な約束」~ 】
UP◆ 2013/7/12【大切な約束】
コト…
廊下から、小さな物音が聞こえた気がした。
こんな時間に?
俺は顔を向け、そちらへ耳を澄ましてみる。
こざっぱりした使用人用の部屋。
戻ってきたのは、小一時間ほど前だった。
『おやすみ』
そう言って、俺は夜着姿のオスカルをぎゅっと抱きしめた。
それから大切にくちびるを重ねて。
『…ア…ン…ドレ…』
小さく漏れる声に、ずるずると深まるくちづけ。
積極的に応えてきたオスカル。
俺だって、本当はもっといきたいところだった。
でも。
―― 仕方ねぇだろ。あの女の方から寝台に連れて行けって言い出したんだから ――
『今日はダメだよ、オスカル。明日も早いだろ』
『判っている』
そう言いながらもあいつは離れたがらず、結局俺が寝室まで付き添って、押しこむように寝台に横たわらせた。
『言ってはくれないのか?』
『何を?』
俺がとぼけてみせると、あいつは拗ねた目をして俺を見上げた。
上目づかいはどんな女でもそれなりにかわいく見えるけれど、あいつは普段が普段だけに、異常にかわいく見える。
そして、まったくそれを自覚していない。
―― おまえ、勘ぐりすぎだ。あんな顔されてみろ ――
『愛しているよ』
額にくちびるを触れさせながら言ってやると、眠るのをゴネていたあいつは素直に目を閉じた。
2人きりの寝室では、従順なほどのオスカル。
きっと誰も想像つかない。
あのジャルジェ准将が、こんなにも愛らしいなんて。
俺は手燭を持つと寝室を出て、寝静まったお屋敷を部屋へと向かった。
足音に気を使いながら長い廊下を進んでいると、頭に浮かんでくるのは、上目づかいに見つめてきたあいつと、ケツの青いガキのことだ。
それは先週。
アランが当番兵だった日の出来事だった。
あの日アランは、午後の勤務に入ってからも、なんだか様子がヘンだった。
何がという程ではないが、どうにも一拍ズレていて、ミスまでいかない些細なヘマを連発していた。
やっぱり何かあったんだろうか。
小さな疑問の芽。
それはアランが妙なそぶりを見せるたびに、スルスルと育ってツルを伸ばし、俺の心にからみついてくる。
だって。
あの日の昼休み、あいつの昼食を届けに行ったアランは、珍しく早く戻ってきた。
『今日の当番は、やけにお戻りが早いじゃないか』
訝る俺に、あいつが司令官室で眠りこけていたと、クシャクシャになった書類を放ってよこした。
それにはアランのサインは入っていても、肝心な隊長のサインが入っていない。
握られてシワのよった書類には、乾ききってないアランの名前がかすれていた。
…オスカル…?
俺がすぐに司令官室に駆けつけると、あいつは応接用のソファに横になり、まったくすきだらけな姿で眠っていた。
そして。
―― 少しは自覚させろよ、あの女に惚れてるんなら ――
寝静まったお屋敷。しんとした俺の部屋。
しばらく廊下の気配を聴いていた俺だったが、静かに立ち上がると扉に近づいた。
物音は途絶えて無かったけれど、俺は苦笑混じりに扉を開ける。
「何をしてるんだ、おまえは」
「え”っ」
音もなく開いた扉に、おまえはちょっとばつの悪そうな顔をした。
「入れば?」
「…いいのか?」
「こんな時間にここまで来ておいて、何を言っているんだか」
俺が身を引かせると、おまえはスルリと入ってきた。
そして扉が閉まるのも待ちきれないように、俺を見上げて訴えた。
ほら、この熱のこもった上目づかい。
「やっぱり眠れないんだ、アンドレ」
「うん?」
「眠れない」
そう言いながら、おまえは上目づかいだった目線からうつむいて、額を俺の胸に押しつけてきた。
グッと近づく、微熱気味の体。
「欲しいの?」
「…だって」
指先が俺のシャツをつかんだ。
「おまえが悪い。おまえが私にあんなことを教えるから」
少し前まで、すれ違い気味だった俺たち。妙な気遣いをしあって素直になれず、体は交わっているのに、心だけがみるみる離れていくようだった。
“もしかしたら、これで終わるのかもしれない”
お互いに、そんな予感を潜ませていた。
短い恋人同士としての時間は本当に幸せで、片思いが長く苦しかったぶん、生まれてきてよかったと心から思えた俺。
それが終わる。終わってしまう。こんなに呆気なく。
絶対に手に入らないと思っていただけに、手放すときは余計につらい。
それでも俺は、あいつのためには別れてやらなきゃと背を向けた。
今となっては笑い話だけれど、あのときの俺たちは真剣だった。
だからそれが本当にバカバカしい気の回し過ぎだと判ったとき、2人を締めつけていたタガは一気に外れてしまった。
“気遣い”という言葉でごまかしていたカッコつけたい自分を捨てて、本当の俺とおまえ。生々しいぐらいに欲望まみれに愛しあって。
この夜こそが俺たちの本当の始まりだと、どろどろに疲れちゃってるおまえが愛おしくて仕方なかった…んだけど。
「翌日に勤務のある日は?」
「…しない」
「そうだよ、オスカル。この間、約束したばかりだろ?」
『勤務のある日は控えめに』
あの日、司令官室でうたた寝していたおまえと、俺はそんな約束をした。
そして食堂に戻り、午後の勤務でポカをやらかすアランを見るうち気がついた。
『ちっとも片付きゃしねーよ』
そう言って、無造作に渡された書類。
それにはどれも、あちこちにインクのスレが散っていた。司令官室に行く直前に、アランがサラサラと書いていったサインの。
重ねられた書類がこすれたなら、かすれは1番上のものだけなはず。
でも、どの書類にも裏と言わず表と言わず、不規則にかすれたあとがついていた。
そしてアランの手にも。
何かのはずみで、書類がバラまかれたんだろうか。ただ落としたのではなく、手にインクが押しつけられてしまうような何か…で?
そこまで考えたとき、俺は心のすみでツルを伸ばす疑問の芽の、その“種”に気がついた。
インク。
そうだインクだ、あれは!
アランから“隊長が眠りこけていた”と聞いて、司令官室にすっ飛んで行った俺。
てっきり執務机でウトウトしているのかと思ったら、当のオスカルはちゃんと応接用のソファに横たわっていた。
アランがここに移したのだと、簡単に想像がついた。
『隊長が寝てただけだ。触っても起きないし』
『触った!?』
俺はつい、ガキっぽい独占欲と嫉妬から、眠るオスカルの襟元を開いた。そのとき。
軍服の胸に、微かな汚れ。
そのときは気にもしなかったけれど、でも、どこかで予感のようにひっかかっていた。
あれは、かすれたインクだったんだ!
そしてソレを思い出してしまうと、見過ごしていたはずのビジョンも甦ってきた。
右肩あたりにも、こすったような跡が残っていたことが。そして、どんなふうにしたら、そんなことになるか。その……イメージも。
俺は矢も盾もたまらず、勤務が終わった直後、アランのひじをつかむと物陰へと引っぱりこんだ。
『おまえ、昼休み』
そこまで言っただけで、アランはなんの話かピンときたようだった。
『だからなんもしてねーって。俺からしたのは、肩を揺すったぐらいだ』
『おまえから?』
言葉の意味を計りかね、力が弛むと、アランは俺の腕を振り払った。
そして、出会ったばかりの頃みたいに軽薄な笑いを浮かべて言ってきた。
『仕方ねぇだろ。あの女の方から寝台に連れて行けって言い出したんだから 』挑発されてる。
それは判っていた。
でも。
『寝台だと?』
『だから仮眠室へ連れこもうと思ったんだけどさぁ。めんどくさいから、手っ取り早くソファでいいや、ってな』
自分でも、顔色が変わるのを感じた。
どういうことだ?司令官室で会ったとき、オスカルはいつも通りだった。
あいつはそういう種類のウソがつける女じゃないのに。
アランはしばらく黙って俺を見ていたけれど、次に口を開いたときには、一変、イラつきのまざったまじめな口調だった。
『おまえ、勘ぐりすぎだ』
『?』
『寝ぼけてただけだ。あの女、寝ぼけて俺に』
『おまえに?』
『‥‥なんつーか、抱きついてきたっつーか』
『抱きついた!?』
『いや、厳密に言うと違うけど… あ~、もういいじゃねぇか!』
『いや、よくな…』
『っせーよ。とにかくあの女はひどく寝ぼけてて、俺がものすごく迷惑したってコトだ。あんな顔されてみろ、なんも出来るわけがねぇ!』
『あんな顔って』
『あんな、マヌケづらだよ!』
アランの言うことはブツ切りで、全然ストーリーにはなっていなかったけど、つまり、寝ぼけたオスカルがアランに抱きついて、それで2人はソファに…ってことなのか。
肩や胸についていたインクの汚れは、そのときについたもの?手のひらについた生乾きのインクが、オスカルの胸に?
……アランの手が、あいつの……!!
『そんなに大事だったら自分でちゃんと見張っとけ。そして、少しは自覚させろよ、あの女に惚れてるんなら』
捨て台詞みたいに吐き出して、アランはさっさと立ち去ったのだった。
あの日の夜、俺は司令官室での約束を『翌日に勤務のある日は控えめに』から『翌日に勤務のある日はしない』に変更した。
というのに。
「はぁ~」
深夜の男の部屋を、夜着姿で訪ねてくるおまえ。俺のせいで眠れないと。
「困ったお嬢さまだな」
「だって」
「俺がイロイロと教えたから?」
「そうだ。だから責任を取れ」
おまえはさらに体を寄せながら、もう1度見上げてきた。まったく自覚なしの、誘う女の顔で。
ああ!
こんな顔をあっちこっちで振りまかれたんじゃ、俺はたまらんぞ、オスカル!!
「来な」
俺はオスカルを寝台へ連れ、でもそれは押し倒すためではなく、膝の上に抱きとった。
壁に寄せた寝台の上、寄りかかった俺は膝と膝の間をあけて、おまえを座らせる。
うしろから抱くような姿勢に、おまえは少し嫌がった。
「違う、アンドレ。私は」
振りむこうとするおまえを押さえながら、夜着のあわせ目に手を入れる。
左手は胸元に。
右手は太ももの最も肉感的なはざまの……奥に。
だって利き手の方が器用だから。
それだけでおまえは、ピクンと震えたきり動けなくなった。
もう息遣いが変わってる。
「…いや…だ。私が欲し…の…は」
愛しあいたいのだと主張するおまえ。
いつの間に、こんなことが言える女になったのだろう。
まったくアランの言う通りだ。目を離してはおけない。
「貪欲だな」
「だ…れのせい…だ?」
「俺」
右手の動きに、思うつぼなほど反応しているオスカル。
「もうこんなトロトロ。おまえ、早すぎ」
「…ぁ……っんっ……ゃ‥」
すぐにあんまり意味のあることも言えなくなっていく。
俺はしばらくの間、なかなか器用にいじりまわし、それから耳を噛むように言った。
「でも、今夜はあげない」
「こ…の、サド野郎!」
「いや、どっちかっていうとマゾ野郎だと思うよ」
今すぐ突っこみたいモノを、こんなに我慢してるんだから。
いやだいやだと言いながら、指先だけで強制的にイかされたおまえ。
こんなのは違うと涙目になってたくせに、満足したとたん呆気なく眠りに落ちた。
「まいったなぁ」
焦がれ続けた幼なじみの恋人は、ちょっとえっちな片鱗も見せ始め、かつて強姦未遂までやらかした俺には喜ばしい限りなのだが。
オスカルが無意識に放つ女の眼差し。
それはまだ、判るヤツにしか判らないけれど。
「ほんとに危ない」
恋人同士になれて、これで安心できると思った俺はやっぱり甘ちゃんだったのだ。
そして、新たに加わった妄想外の不安。
俺、オスカルを満足させ続けられるんだろうか…?
今はいい。
が、しかし、この調子でいくと……
うう。想像するだに恐ろしい。
「とっ… とにかく勤務中にうたた寝するようなことだけは、させないようにしないとな」
小さくくちびるを開き、すぅすぅと寝息を立てている恋人。
…やっぱりかわいい。
なんだかんだ言っても幸せな気持ちで、俺はおまえを寝室へ送り届けるために抱きあげた。
FIN
スポンサードリンク
次の間と別館
次の間
【墓標の間】10/23
【Hermitage】
【寝室の令嬢/R18】
Web拍手お返事の館
【WebClapRoom】
交流サロンの館
【BBS】
BBSはスマホ/タブレットからの閲覧の場合、画像が反映されません。
画面右上に表示される【PC】のボタンを押すと、修正される場合があります。
【墓標の間】10/23
【Hermitage】
【寝室の令嬢/R18】
Web拍手お返事の館
【WebClapRoom】
交流サロンの館
【BBS】
BBSはスマホ/タブレットからの閲覧の場合、画像が反映されません。
画面右上に表示される【PC】のボタンを押すと、修正される場合があります。