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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


【貴賓室】へはこちらの階段からお進みください。
貴賓室へ
ゲスト作家さまの作品がお楽しみいただけます。

    俺が額にくちづけると、さっきまで腕の中で暴れていたおまえは、うっとりと目を閉じた。
    それはほんの一瞬だけだったけれど、それでも俺は満足した。
    今までおまえが俺に見せてくれた、いろんな顔。
    たぶん俺は、誰よりもたくさんの表情(おまえ)を知っている。
    けれどそれは、気ごころの知れた幼なじみとして、あるいは、仲のよい兄に向けるものだけだった。
    でも今は。
    ほら、こんなふうに柔らかく目を閉じて、心地よさそうな顔をしてくれる。
    それだけで俺は、おまえがどんなにかわい気のないことを言っても、つまらない一悶着のさなかにだって、こんなに幸福な気持ちになる。
    『判った。おまえも疲れてるだろうし』
    俺はそう言って、部屋を出た。
    久しぶりに、超不機嫌なおまえ。
    おそらく勤務上がり直前の、俺とアランの会話が聞こえていたのだろう。
    全部聞かれてしまっただろうか。
    ミシェルの片思い。
    一応、おまえには伏せていた。
    別に口止めはされてなかったし、言ったところでおまえもバカじゃないから、悪いようにはしなかったと思う。
    でも俺やアランにしてみれば、勤務が激しさを増していく中、ミシェルが酒場の女の子にハマり、連日店に通っているなんて言い出しにくいことだった。
    しかし、今思えばこんなこと、早いうちに口にしておけば良かったのだ。
    出来る限りミシェルに付きあって、このところの俺は、ついおまえをほったらかしにしていた。安定してきた2人の関係に、無意識におごりが出ていたのかもしれない。
    …やってしまった…
    男にありがちなケアレスミス。
    “釣った魚に餌はやらない”
    そんなつもりじゃなかったけれど。
    俺は2人の間に昂まるピリピリした空気を醒まそうと部屋を出たが、そのついでに、気がかりだった酒場に向かうことにした。
    どれどれ?
    懐中時計をちらりと見る。
    行って帰って…よし。
    イラ立ちを冷ますには、ちょうどいいぐらい。
    俺は急ぎ、厩舎に向かう。
    大階段を足早に降りて、お屋敷の裏側、使用人たちが忙しく立ち働くあたりを通り抜けたとき、侍女の1人が俺を呼び止めた。
    「アンドレ!今、少しいい?」
    「悪いね。ちょっと出かけるところなんだ。明日じゃダメかな」
    俺は足を止めることなく裏口へ向かったが、侍女は小走りに追いかけてきた。
    「急用?」
    「そうじゃないけど、これ」
    ひと気のない厩舎まで来ると、侍女は何かを包んだ手を差し出した。
    女の子らしいハンカチにくるまれて、見えているのは3つばかりの小ぶりなマカロンだった。
    なかなか上手に出来ているけれど、大きさがちょっと不揃いで、クリームを挟んだ成形も多少歪んでいる。
    一目で手作りと判った。
    「ね、アンドレ、食べてみて」
    侍女はマカロンを手に、訴えかけるような瞳を向けてくる。
    やばいな、この瞳。
    今までの経験で、告白だとピンときた。
    こんなときに!
    いつもだったら少しは話も聞きながら、やんわりとケムに巻いてしまうところ。同じ屋敷に勤める同士、わだかまりなど作りたくない。
    若い頃、悪気なくサックリふった侍女に恨まれて、結構えらい目にあった俺。それ以来、こういうことには敏感で、慎重になっていた。
    ましてや今の俺には、おまえがいるんだし。
    「アンドレ、あたしね」
    思いきったように話しだす侍女。
    でも俺は、忙しさを全面に押し出して、その甘い空気を混ぜっ返していく。
    「あ、そこ危ないよ」
    わざと大儀そうに馬具を扱い、侍女の言葉を遮った。
    「あのっ。あのね」
    それでも侍女は、俺と目線を合わせようと、マカロンを差し出しながら、ちょこまか回り込んでくる。
    慣れない人物の侵入に、馬がイライラしはじめた。
    「アンドレ、少し話を」
    「今じゃなきゃダメかい?」
    「今がいいの。アンドレが帰ってくるのを、ずっと待ってたんだもの」
    俺は支度の整った馬を連れ出しながら、ヒョイとマカロンに手を伸ばした。
    パァッと明るくなる、侍女の顔。
    ナッツをあしらったもの選び、パクリと口に放り込む。
    「どう?アンドレ。とってもおいしいでしょ?」
    「自分で作ったの?」
    言いながら俺は、馬を引く足を止めない。
    「え? あの… ええ、そう‥ねぇ。手作りなの」
    恥ずかしいのか、ちっちゃな声で曖昧に答える侍女に、俺は天真爛漫な笑顔を向けた。
    「うーん、いまいち!」
    「ええっ!?」
    呼び止められて、初めてまともに目線を合わせた俺に、侍女のビックリ顔が映る。
    「これ、恋人のために作ったんだろ?味見役に俺を選んでくれたのは光栄だけど」
    「そんな!あたしはっ…」
    「ごめんね。俺にはいまいちだったけど、味覚って人によって違うからさ。きっと君の恋人は“おいしい”って言ってくれると思うよ」
    俺は“な~んにも判ってません”といった無邪気な笑顔を装ったまま、馬に乗りこみ、侍女に手をふった。
    「待って。違うの。あたしが好きなのは」
    そんな言葉を最後まで聞かないよう、俺は馬を出す。
    「あたしが好きなのは、アンドレなのよ!聞いてよ、ばかぁっ!!」
    ばっちり聞こえた告白だけど、ここで振り返っては元も子もない。何も聞こえなかったふりをして、俺はどんどんスピードを上げた。
    お屋敷を出るのに手間どったぶん、前だけを見て懸命に馬を走らせる。お互いの頭を冷やすためとはいえ、この流れの中で、あまりおまえを1人にしたくなかった。
    意地っぱりなおまえ。
    長椅子の上で膝を抱え、涙ぐんでいるのが簡単に想像できる。
    かわい気のないオスカル。
    それが可愛くてたまらないのだから、俺もたいしたマゾ野郎だ。
    凍みつく石畳に、煙る白い息。
    やがて着いた酒場でも、一応の乾杯をしながら、俺の頭の中にはおまえの顔ばかりが浮かんでいた。
    テーブルにはアランだけでなく、他の隊員たちも何人か顔を見せている。
    これなら俺がいなくたって大丈夫そうだ。
    ちらりとアランを見ると、クイッとあごを上げて扉を示した。
    店のにぎわいに紛れて、小声で言ってくる。
    「顔を出した心意気だけは買ってやるよ。どうせあのオトコ女が気になってるんだろ?上の空な顔しやがって」
    俺が肩をすくめると、アランはテーブルの下で手を出してきた。俺はこっそり財布を取り出して、溜めこんだドリンク券を全部、その手に握らせる。
    そしてさり気なく席を立ち、一目散にお屋敷に取って返した。
    おまえの機嫌。
    なおっているといいが。
    お屋敷に意識が向くと、さっきの告白も思い出された。
    口の中にフワリとよみがえる、マカロンの味。
    本当は、すごく美味しかった。
    そりゃ、職人が作ったものには劣るけれど、何かそれ以上の… 月並みな言い方をすれば、心のこもった味がした。
    優しくて、懐かしい。ほっと気持ちがほぐれるような。
    想いが込められた小さな菓子。
    全部食べたいぐらいだったけれど、そんなことをすれば、要らぬ期待をさせるだけ。
    それに、あの侍女が俺を想って、あんなに美味しい菓子を作ってくれたのなら。
    ……ちょっとグラつきそうだった。
    もちろん俺には、おまえ以上に愛する女などいないし、これからだって、おまえ以上に愛せる女なんかいるはずがない。
    誰と比ぶるべくもない、オスカル、俺にとっておまえは運命そのもの。
    でも。
    あたたかな、手作りの菓子。
    ごく普通の家庭を知らない俺は、それにはつい揺さぶられた。
    家庭的な女。
    決しておまえに求めてはいけないもの。
    そう判っていても、女にまったくそれを求めない男なんて、いるんだろうか。
    あのマカロンは、禁断の果実のようなものだった。
    全部食べていたら…
    俺はあの侍女に、自分でも思ってもいない調子のいい台詞を吐いていたかもしれない。
    そんな心の浮つきが、アランの鋭い目には、上の空に見えたのだろう。
    こんな俺を知ったら、おまえはどう思うか。
    いくらおまえが、俺にとって特別な女だと言い聞かせたとしても。
    後ろめたさを感じながら、お屋敷に戻った俺は、いったん自分の部屋へと向かった。
    勤務あけからのバタバタで、まだ着替えすら済んでいない。おまえへのヴァランタンの贈り物も、部屋に隠したままだった。
    使用人用の裏口から廊下を進むが、女の子の姿を見かける度に、あの侍女かと後ろめたさが重さを増す。
    楽しみにしていた休暇。
    楽しみにしていたヴァランタンだったのに。
    「はあぁ」
    思わず廊下の片隅で、深いため息をついていた。
    ら。
    「ア~ンドレ♪」
    背後から、肩を叩かれた。
    「ひぇっ」
    「なに廊下の隅っこで暗くなってるのよ」
    奥さま付きの侍女だった。
    「元気の出るものをあげるわ。はい、ヴァランタン。日頃の感謝をこめて」
    侍女はポケットからハンカチを取り出すと、中に包まれたマカロンをつまみあげた。
    コンフィチュールのつまった、小さなマカロン。
    マカロン!?
    「じゃあね~」
    「ちょっと、これ!なんで君が」
    俺は言葉をかぶせたが、侍女はヒラヒラ手をふり、行ってしまった。
    どういうことだ?
    手のひらに乗せられた1粒のマカロン。パクッと口に入れてみれば、あの侍女のくれたものと同じ、慈しみに満ちた味がした。
    「どういう…ことなんだ?」
    俺は釈然としないまま、再び部屋に向かって歩き出したが、そこから先は本当にわけの判らないことになっていった。
    ひと角曲がるごとに、侍女やお端(おはした)の女の子が、包みを押しつけてくるのだ。
    いや、こういうことはヴァランタンには珍しくなくて、俺だって使用人仲間にはちょっとした気遣いの用意はしている。
    けど、なんだって今年はこんなにマカロンばっかりなんだ?それも、どれも同じもの…?
    謎のマカロンが多数出現し、うち沈んでいた気持ちは疑問符にすり替わっていく。
    本当になんなんだろう。
    俺は小さな包みをいくつも腕に抱え、自室の扉を開けた。
    テーブルの上にそれらをそっと落とし、ともかくも軍服を脱ぐ。
    手早く着替えていると、扉がノックされた。
    「アンドレ、あたしよ」
    「ジュリか?」
    特に仲のいい、妹のような侍女だった。
    「そう。入ってもいい?」
    俺は履きかけのキュロットを慌てて引き上げ、ジュリを部屋に招き入れた。
    「あ、着替えてた?」
    「まあね」
    ペーパーバッグを抱えていたジュリは、俺に背を向け、つかつかとテーブルに寄る。
    「あたし、こっち見てるから、早く着替えちゃいなさいよ」
    「…うん。メルシ」
    女の子の前で半裸になるのも気が引けたけれど、おまえのことが強く気になり始めていた俺は、ばさりとシャツを脱いだ。
    「それにしても、みんな考えることって同じなのねぇ」
    ジュリがテーブルの上に散らばった包みをのぞいて、クスクス笑っている。
    「って言ってるあたしも、マカロン持ってきちゃったけど」
    「そう!ジュリ、これっていったいどういうことなんだ?」
    シャツのボタンを留めながら、俺がテーブルに近づくと、ジュリは内緒話をするように声をひそめた。
    「意地悪で言うんじゃないわよ?」
    「うん?」
    「女の子の策略に、引っかかっちゃダメ」
    策略って、なんのことだろう?
    「これ、手作りだって言って渡した子もいたでしょ?」
    「ああ」
    そうなのだ。女の子の何人かは『手作りなの』、そう言っていた。
    どう見ても同じように見える菓子だけれど、それぞれが手作りだと言う。それもこのマカロンの謎だった。
    「ま、手作りは手作りよね。でも騙されちゃダメよ、アンドレ。誰も“自分の手作り”だとは言ってないんじゃない?」
    「あ…!」
    「あわよくば、そんなふうに勘違いしてくれたらってとこなんでしょうけど」
    困ったものよね、と、ジュリは苦笑した。
    でも。
    「じゃあジュリ。これを作ったのは誰なんだ?」
    「さ…ぁ。それはあたしにも判らないわ。お茶の時間に出されただけだもの。とっても美味しかったし、手作りっぽいから、ヴァランタンの贈り物にちょうどいいって思っちゃった子は、多かったみたいね」
    そういうとジュリは、自分の抱えていたペーパーバッグをピリッと破った。
    しっかり封のされていた包みから立ちのぼる、甘い香り。
    「アンドレになるべく美味しいところを食べて欲しくて、すぐにパッキングしたの」
    「あ…」
    ああ、この優しい香りは。
    ジュリは、例のマカロンがぎっしり詰まったペーパーバッグを俺に押しつけると、クリームの挟まったものを1つ、俺の口に突っこんだ。
    「むっ… むぐぅっ」
    「はい、アンドレ。これがあたしからのヴァランタンの贈り物よ」
    「むぐ~~」
    俺はマカロンの詰まった口でジュリの名を呼んだけれど、ジュリはそのままバタバタと部屋を出て行ってしまった。
    「っ……ふぅ」
    いきなり押し込まれた菓子をやっと飲みこみ、それから改めて、俺はペーパーバッグからの香りを確かめた。
    しっかりした芳香はもう逃げてしまっていたけれど、ほのかに残る香りはかえって、ここ数日、微かに感じていたものを呼び起こさせる。
    やっぱりそうだ。
    出勤の馬車の中で、おまえがまといつかせていた甘い香り。おや?と思わないこともなかったのに。
    …いい年をして、なにをやってるんだ、俺は。
    家庭的な女だなんて、勝手なイメージを侍女に押しつけて、それをおまえに求めてはいけないなどと決めつけて、挙げ句の果てには、ちょっとグラついた気になっていた。
    俺はなんて情けない男なんだろう、オスカル。
    ペーパーバッグをテーブルに起き、俺は全力のダッシュで、おまえの部屋へ向かった。
    途中でまた何人かの女の子に声をかけられたけれど、侍女の機嫌なんてそんなもん、もうどうでもいい。
    おまえの部屋に駆けつけて、俺は扉の前で息を整え、様子を窺った。
    まだ怒っているだろうか。
    いや、怒っていて当然だ。
    このヴァランタン、おまえはどんなに楽しみにしていてくれたことだろう。
    扉を細めに開き、隙間からこっそりのぞいてみる。
    おまえは長椅子に横たわっていた。僅かにおとがいを上向かせて。
    その表情は、俺とのくちづけに溺れているときの、ちょっと淫らで、でも不思議に聖らかにも見える、たまらなく色っぽい顔をしていた。
    薄く開いたくちびる。
    『アンドレ、私…もう…っ』
    アノときのおまえの声が、頭の中で反響する。
    ――ダメだ、俺。
    小競り合いも、侍女たちの小さな嘘も、バカな自分も、全部がぐちゃぐちゃに混ざりあい、おまえへの想いも飲みこまれる。
    ごめん、オスカル。今夜の俺は、ちょっとダメだ。
    くちびるの濡れた艶。
    フラフラと惹きつけられ、考えることも放棄して、俺は部屋に入りこむと身勝手にくちづけた。驚くおまえにもかまわず、自分の気が済むまで延々と。
    なぜか俺が娼館に行ったと思いこんでいたおまえに、種明かしのような言い訳をして、それでも俺は自分をコントロールすることが出来ずに、おまえの胸元のリボンを解く。
    まだ話したがっているおまえ。
    目の端には、トレイの上で揺れるマカロンが映っている。
    だけど。
    俺は浮かされるように、おまえを抱いていた。
    小競り合いもろくに決着しないままの交わり。
    女にはきっと、なし崩しな行為に思えるだろう。それは俺にも判っているけれど。
    頼む、オスカル。
    今夜はこのまま、バカな俺と一緒に流されてくれ…


    自分でも、いつ処を移したのか覚えのない寝台の上。
    荒く乱れた呼吸が落ち着いて、にじんだ汗がひいた頃、俺はマカロンにまつわる顛末を正直に話した。
    「そう…か」
    おまえは俺の情けない心のブレよりも、俺がすでに侍女たちからマカロンをもらってしまっていたことに、がっかりしていた。
    「もう、食べてしまったのか」
    おまえはシーツを引き寄せて、くるまりながら身を起こした。2人の間に置いたトレイに目を落とし、指先でマカロンたちを突ついている。
    「すまなかった」
    「仕方ないさ。私も悪かったのだし、不可抗力だ」
    おまえはグズグズ言うこともなく、こざっぱりと笑った。
    ああ、この笑顔だ。
    注意深く見ていても、俺はときどき、この笑顔にごまかされてしまう。
    あまのじゃくで意地っぱりなこのお姫さまは、つらいときほど上手に笑顔を見せるから。
    「どう…だった?」
    照れくさそうな顔。
    おまえがなんて答えて欲しのか、そんなの俺にだって判っている。
    朝の光に甘い香りをまとわせて、おまえの作ってくれた菓子。
    嬉しくないわけがない。
    そんなこと、おまえにだって判っているだろう?
    ちょっとだけ捻れてしまったヴァランタンの夜。
    一抹の寂しさと、久しぶりのお互いの熱に、気だるく黙りこんだりして。
    「…でも」
    「ん?」
    「まだおまえからは、もらってない」
    俺はトレイを、おまえの方へ押しやった。
    「今さらか!?」
    恥ずかしがることもないのに、おまえは急に頬を赤くする。
    「だって俺には、おまえからもらうことに意義があるんだぞ?」
    「もう食べてしまったくせに」
    「それでも!おまえから直接もらうものの方が、美味しいに決まってる」
    「だから、どうせ全部私の作ったものだと」
    俺はおまえに額を寄せた。
    「気持ちの問題だよ。そうだろ?」
    「…う…っ。それ…は」
    「せっかく恋人が手作りしてくれた菓子だぞ。当然俺は、おまえが食べさせてくれるものと思ってる」
    「なっ…はあぁぁ!?」
    おまえは“照れくさい”を通り越して、耳まで真っ赤になった。
    「おまえ、なんでそうなる…っ」
    「だって恋人同士だし」
    「意味が判らんぞ!」
    「俺が喜ぶ」
    「へ?」
    「意味はそれだけだ。他に何がいる?」
    青い瞳をじっくり見つめてそう言うと、おまえは赤面した顔を伏せて、マカロンを1つ手にとった。
    「どう…すればいい?」
    「じゃ、俺がお手本を見せるから」
    「手本っ!?」
    イヤな予感を覚えたらしいおまえに、俺はにっこり笑いかけた。
    「はい、オスカル。あーん」
    口元にマカロンを差し出され、おまえはピキッと固まった。
    「オスカル?どした?ほら、あーん、だぞ?」
    「………か」
    「ん?何?」
    「こんなこっぱずかしいこと、出来るか!」
    「俺は出来るけど」
    「ならやってみろ」
    おまえは手にしたマカロンを、俺の口元にグイッと突き出した。
    「ほら、アンドレ。あー…」
    俺にはめられ、思わず乗りかけたおまえ。
    慌てて手を引っこめようとしたけれど、俺はそれより早く、指先ごとマカロンを口に入れた。
    「うっまぁぁぁ~」
    「大げさだぞアンドレ!すでに食べているくせにっ!!」
    乗せられたことが悔しいのか、自分のやってしまったことがただただ恥ずかしいのか、おまえはプリプリと怒りだした。
    今食べさせてくれたマカロンは、すでに味わっていたものより格別に美味しくて、何倍もの幸福感を俺にくれたのに。


    俺の抱える情けなさや醜い感情。おまえも実は、そんなものに翻弄されているんだろうか。
    俺がもう1度差し出した菓子に、赤い頬のままやけくそでくちびるを開くおまえ。
    意地っぱりで、かわい気のない台詞ばかり吐く俺の恋人。
    願わくは、どれほどに捻れ、すれ違う夜があっても、幼い頃の混じり気のない笑顔が、お互いの胸から消えることだけはありませんように。
    それさえ、なくさなければ。

    俺たちはきっと、ずっと一緒にいられる。


    FIN
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