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【雨に濡れて、のち 最終話】 (2012 / 6月企画)
UP◆ 2012/6/30「隊長…俺!」
「どうした?」
慌てるわけでもない、穏やかな隊長の声。
それはぴたっと触れ合った体を通して、体温と共に直接胸に響いてきた。
怒鳴られるか、即座にぶっとばされるかと思ったのに、隊長はおっとりと俺に抱かれている。
信用してくれてんのかもしれないけど… あんた、少しは男を警戒した方がいい。そして、ちょっとぐらいは俺を男だと意識してくれ。
つくづくカラ回りしている自分が情けなくも哀しくなり、俺は、本当に言いたいことがたった1つも言い出せなくなってしまった。
あんたが抱きしめられてくれている。
ただ、それだけのことで。
これを計算でやってるとしたら、隊長、やっぱりあんたは女だよ。
「どうしたのだ、アラン?」
「隊長、俺…まだ無理…です。もう1日だけ、ついていてくれませんか」
「へ?」
瞬時に完敗を覚った俺に出来るのは、隊長を少しでも休ませることだけだった。
演技過剰で弱々しく訴えてみせる俺に、隊長はマヌケな声をあげて俺を振り返る。
「アラン、本当に…どうしたんだ?」
「あんたがいてくれたら、早く良くなる気がする」
ムチャクチャに照れた俺が目をそらすと、隊長は俺の手首に指先を当て、脈を探った。
「うーん。ちょっと速いかな。まだ熱も残っているし。何よりおまえがそんなことを言うなんてよほどつらいのだろうな。 …よし、いいだろう。私は今日はここで書類を片づける。おまえの今日の仕事は眠ることだ。私は朝食をこちらへ回すよう手配してくるから、いったん席を外すぞ。少しなら1人でも大丈夫だな?」
隊長はそう言うと、衛生室から出て行った。
「ふーっ」
とりあえず、これで隊長をここに引き止めておくことはできたワケだ。あとは…隊長を休ませるには、どうしたらいいだろう。
もしかしたら俺が起きてると、隊長は気が抜けないんじゃないか?
そう思いついた俺は、そそくさと寝台に戻ると横になり、ぴっちり目を閉じてみた。
ああ、なんか落ちつかねー。
たぬき寝入りをキメこんだ手持ち無沙汰な時間がしばし流れ、やがて隊長が戻ってきた。
軍靴が床を打つ音が近づいてくる。
床頭台で何かを動かす気配。小さな物音。
そして。
「アラン…?」
隊長が俺を見つめているのが感じられ、緊張してくる。
まぶたが動いてしまいそうだ。
「眠ってしまったか…。できれば朝食を取り、薬を飲んで欲しかったのだが」
隊長は、俺の髪に指を差し入れてきた。
さらさらと髪を梳かれて、鼓動が跳ね上がる。
あんた何してくれてんだよ!!
隊長の指が、首の裏側に回った。額にもう一方の手を置き、気道を開かせるように首を支える。
は?
コレって。
この体勢って、もしかして意識のないヤツに人工呼吸をするときの、アレ…!?
俺は反射的に目を開けた。
視界いっぱい、超至近距離で、伏せたまつげと唇が迫ってきている。
ちょっ、待っ、なんっ
「おいっっ!」
軽く混乱した俺は、思わず隊長の腕をつかんだ。
そのとたん、激しく咳きこむ隊長。
「ごほっ!けほっ!ア…ラン、おま…けほけほけほっっ」
隊長はしばらく口もとを抑えて咳をおさめようとしていたが、やがてヘタリと座りこむと、床に手をついて本格的に咳きこみ始めた。
「なん…なんだよ」
俺は何がなんだかよく判らなかったけれど、とりあえず隊長がとても苦しそうなので、再び寝台を降りて側につき、背中をさすった。
「ごほっ…おまえ…けほっっ…びっくりさせ……げほげほっっ…ああ、薬湯が気管に入っ…けっ」
隊長はゼィゼィと肩で息をしている。
が。
隊長、今なんて言った?
『薬湯が気管に入った』って、言わなかったか?
つまり、俺に薬湯を飲ませようとしてたと?
そういう、やり方で?
「隊…長、確か昨夜も、俺に薬湯を飲ませてくれたん…ですよね…?」
「ごほっごほっっ!…ああ、そうだが…それが何か?…けふっ」
まさかとは思うけど、く‥ち‥移し…で…?
「たっ、たひちょう、あのっっ」
思いもよらぬことで喉がカラッカラになりながら、俺が確認しようとしたそのとき。
「アラン、調子はどぉ~?」
バカみたいに明るい声でしゃべりながら、ラサールとフランソワが入って来た。
「ちょっ、アラン、何してんの?」
「あー!アランが隊長を襲ってるっ!!」
床に手をついて涙目で息を切らしている隊長と、背中に手をかけている俺。
「違っっ!そんなんじゃねぇ!!」
一気に頭に血がのぼる。
「俺はなんもしてねーよっ」
なんかあったとしても、されたのは俺の方だ!
しかし隊長は、咳きこみ過ぎて涙のたまった目で、2人を見るなり言った。
「ああ、おまえ達。けほっ。…そうなんだ。アランが私に無体なことを」
「隊長!やめてください!!こいつら信じるじゃないですかっっ!!!」
俺が立ち上がって、いきせききってそう言うと、隊長はケラケラ笑った。
「ん!元気そうじゃないか、アラン」
ぐっ。そうきたか。
「でも、今日は休んでおけ。私は仕事に戻るが」
「冗談じゃねぇよ。あんたが仕事に戻るんなら俺も休まねぇ。本当はあんたの方が」
勢いこんでそこまで言った俺の唇に、隊長の指先が触れた。
「私の、方が?」
俺を見る隊長の目が、すがりつくようだった。
俺を惹きつけて離さないあんたの瞳。斬りこむようなアイスブルー。それがなりをひそめて、今は俺の言葉を怖がっている。
…何も、そこまで。
やっぱりバカだ、あんたは。
「なんでもねぇ。行けよ」
俺は隊長の肩を押した。
儚げだった隊長の瞳に意思の強い青が満ち、ほんの一瞬、甘く揺れる。
──俺がそう思いたかっただけかもしれないけれど。
すっきりと背筋を伸ばしたいつも通りの隊長が部屋を出て行くと、俺は寝台に倒れこんだ。
「アラン、大丈夫?」
フランソワの問いかけを手でいなす。
あ~、なんだかすんごく疲れた。
隊長。
あんた、なんて手のかかる女なんだ。
ややこしいんだよ、あんたは…
差し出された腕は水平より高く、手のひらを見せている。
『準備よいか』
続いて頭上で手を重ねる。
『声を出すな』
今日もここから、訓練が始まる。
練兵場に顔を見せた俺に、隊長は渋い顔をしたが、俺が目をそらさずに見つめ返していると笑ってくれた。
あんたが休まないというなら、それもいいさ。でも少しでも調子の悪いそぶりを見せたら、そのときは有無を言わさず抱き上げて、衛生室に直行してやる。
もっとも、あんたが本当に限界だったら、ヤツがサラッとそれをやっちまいそうだけど。
「アラン、もういいのか?」
そのヤツが、俺の隣まできて囁いた。
「おかげさまでな」
俺達は並んで隊長に目を向けた。
陽射しに透けた金髪が、淡く光ってまぶしい。
「アンドレ。隊長はきれいだな」
「ああ。そうだな」
「バカだから、ちょっと面倒くさいけど」
「ああ。ばかで面倒だよな」
俺達は声をひそめて笑いあった。
「アンドレ、アラン!私語は禁止だと言っているだろう!!」
うわっ。隊長の怒声が飛んできた。
「おまえ達、カナルを1周して気合いを入れ直してこい」
げっ。
「オスカル、カナル1周ってどれだけあると思ってるんだ」
「そうですよ、隊長!」
隊長はクールな瞳で俺達を見ている。
俺の心を捉える、あんただけの力強い眼差し。
「行くか」
「仕方ねぇ」
俺達はリュックを下ろすと、上着を脱いだ。
「病み上がりなのに、アラン、かわいそ~」
そんなヒソヒソ声が聞こえてくる。
俺を見るヤツの隻眼が、含みをこめた笑いを浮かべていた。
判ってるよ、アンドレ。
隊長は俺をみんなから遠ざけて、こっそり休ませようとしてるんだろ。
どうせおまえはその見張り。
まったくイヤんなるぜ、あんたら2人の以心伝心ぶりには。
いっそのこと、アンドレを振り切って全力でカナルを1周してみようか。それでまた衛生室に担ぎこまれるのも、俺には悪くはない。
そのときは、隊長。
俺があんたに薬湯を飲ませてやるよ。
「よし、行くか」
先を行くアンドレを追って、俺も走り出した。
FIN
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