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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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ゲスト作家さまの作品がお楽しみいただけます。

    「隊長…俺!」
    「どうした?」
    慌てるわけでもない、穏やかな隊長の声。
    それはぴたっと触れ合った体を通して、体温と共に直接胸に響いてきた。
    怒鳴られるか、即座にぶっとばされるかと思ったのに、隊長はおっとりと俺に抱かれている。
    信用してくれてんのかもしれないけど… あんた、少しは男を警戒した方がいい。そして、ちょっとぐらいは俺を男だと意識してくれ。
    つくづくカラ回りしている自分が情けなくも哀しくなり、俺は、本当に言いたいことがたった1つも言い出せなくなってしまった。
    あんたが抱きしめられてくれている。
    ただ、それだけのことで。
    これを計算でやってるとしたら、隊長、やっぱりあんたは女だよ。
    「どうしたのだ、アラン?」
    「隊長、俺…まだ無理…です。もう1日だけ、ついていてくれませんか」
    「へ?」
    瞬時に完敗を覚った俺に出来るのは、隊長を少しでも休ませることだけだった。
    演技過剰で弱々しく訴えてみせる俺に、隊長はマヌケな声をあげて俺を振り返る。
    「アラン、本当に…どうしたんだ?」
    「あんたがいてくれたら、早く良くなる気がする」
    ムチャクチャに照れた俺が目をそらすと、隊長は俺の手首に指先を当て、脈を探った。
    「うーん。ちょっと速いかな。まだ熱も残っているし。何よりおまえがそんなことを言うなんてよほどつらいのだろうな。 …よし、いいだろう。私は今日はここで書類を片づける。おまえの今日の仕事は眠ることだ。私は朝食をこちらへ回すよう手配してくるから、いったん席を外すぞ。少しなら1人でも大丈夫だな?」
    隊長はそう言うと、衛生室から出て行った。
    「ふーっ」
    とりあえず、これで隊長をここに引き止めておくことはできたワケだ。あとは…隊長を休ませるには、どうしたらいいだろう。
    もしかしたら俺が起きてると、隊長は気が抜けないんじゃないか?
    そう思いついた俺は、そそくさと寝台に戻ると横になり、ぴっちり目を閉じてみた。
    ああ、なんか落ちつかねー。
    たぬき寝入りをキメこんだ手持ち無沙汰な時間がしばし流れ、やがて隊長が戻ってきた。
    軍靴が床を打つ音が近づいてくる。
    床頭台で何かを動かす気配。小さな物音。
    そして。
    「アラン…?」
    隊長が俺を見つめているのが感じられ、緊張してくる。
    まぶたが動いてしまいそうだ。
    「眠ってしまったか…。できれば朝食を取り、薬を飲んで欲しかったのだが」
    隊長は、俺の髪に指を差し入れてきた。
    さらさらと髪を梳かれて、鼓動が跳ね上がる。
    あんた何してくれてんだよ!!
    隊長の指が、首の裏側に回った。額にもう一方の手を置き、気道を開かせるように首を支える。
    は?
    コレって。
    この体勢って、もしかして意識のないヤツに人工呼吸をするときの、アレ…!?
    俺は反射的に目を開けた。
    視界いっぱい、超至近距離で、伏せたまつげと唇が迫ってきている。
    ちょっ、待っ、なんっ
    「おいっっ!」
    軽く混乱した俺は、思わず隊長の腕をつかんだ。
    そのとたん、激しく咳きこむ隊長。
    「ごほっ!けほっ!ア…ラン、おま…けほけほけほっっ」
    隊長はしばらく口もとを抑えて咳をおさめようとしていたが、やがてヘタリと座りこむと、床に手をついて本格的に咳きこみ始めた。
    「なん…なんだよ」
    俺は何がなんだかよく判らなかったけれど、とりあえず隊長がとても苦しそうなので、再び寝台を降りて側につき、背中をさすった。
    「ごほっ…おまえ…けほっっ…びっくりさせ……げほげほっっ…ああ、薬湯が気管に入っ…けっ」
    隊長はゼィゼィと肩で息をしている。
    が。
    隊長、今なんて言った?
    『薬湯が気管に入った』って、言わなかったか?
    つまり、俺に薬湯を飲ませようとしてたと?
    そういう、やり方で?
    「隊…長、確か昨夜も、俺に薬湯を飲ませてくれたん…ですよね…?」
    「ごほっごほっっ!…ああ、そうだが…それが何か?…けふっ」
    まさかとは思うけど、く‥ち‥移し…で…?
    「たっ、たひちょう、あのっっ」
    思いもよらぬことで喉がカラッカラになりながら、俺が確認しようとしたそのとき。
    「アラン、調子はどぉ~?」
    バカみたいに明るい声でしゃべりながら、ラサールとフランソワが入って来た。
    「ちょっ、アラン、何してんの?」
    「あー!アランが隊長を襲ってるっ!!」
    床に手をついて涙目で息を切らしている隊長と、背中に手をかけている俺。
    「違っっ!そんなんじゃねぇ!!」
    一気に頭に血がのぼる。
    「俺はなんもしてねーよっ」
    なんかあったとしても、されたのは俺の方だ!
    しかし隊長は、咳きこみ過ぎて涙のたまった目で、2人を見るなり言った。
    「ああ、おまえ達。けほっ。…そうなんだ。アランが私に無体なことを」
    「隊長!やめてください!!こいつら信じるじゃないですかっっ!!!」
    俺が立ち上がって、いきせききってそう言うと、隊長はケラケラ笑った。
    「ん!元気そうじゃないか、アラン」
    ぐっ。そうきたか。
    「でも、今日は休んでおけ。私は仕事に戻るが」
    「冗談じゃねぇよ。あんたが仕事に戻るんなら俺も休まねぇ。本当はあんたの方が」
    勢いこんでそこまで言った俺の唇に、隊長の指先が触れた。
    「私の、方が?」
    俺を見る隊長の目が、すがりつくようだった。
    俺を惹きつけて離さないあんたの瞳。斬りこむようなアイスブルー。それがなりをひそめて、今は俺の言葉を怖がっている。
    …何も、そこまで。
    やっぱりバカだ、あんたは。
    「なんでもねぇ。行けよ」
    俺は隊長の肩を押した。
    儚げだった隊長の瞳に意思の強い青が満ち、ほんの一瞬、甘く揺れる。
    ──俺がそう思いたかっただけかもしれないけれど。
    すっきりと背筋を伸ばしたいつも通りの隊長が部屋を出て行くと、俺は寝台に倒れこんだ。
    「アラン、大丈夫?」
    フランソワの問いかけを手でいなす。
    あ~、なんだかすんごく疲れた。
    隊長。
    あんた、なんて手のかかる女なんだ。
    ややこしいんだよ、あんたは…


    差し出された腕は水平より高く、手のひらを見せている。
    『準備よいか』
    続いて頭上で手を重ねる。
    『声を出すな』
    今日もここから、訓練が始まる。
    練兵場に顔を見せた俺に、隊長は渋い顔をしたが、俺が目をそらさずに見つめ返していると笑ってくれた。
    あんたが休まないというなら、それもいいさ。でも少しでも調子の悪いそぶりを見せたら、そのときは有無を言わさず抱き上げて、衛生室に直行してやる。
    もっとも、あんたが本当に限界だったら、ヤツがサラッとそれをやっちまいそうだけど。
    「アラン、もういいのか?」
    そのヤツが、俺の隣まできて囁いた。
    「おかげさまでな」
    俺達は並んで隊長に目を向けた。
    陽射しに透けた金髪が、淡く光ってまぶしい。
    「アンドレ。隊長はきれいだな」
    「ああ。そうだな」
    「バカだから、ちょっと面倒くさいけど」
    「ああ。ばかで面倒だよな」
    俺達は声をひそめて笑いあった。
    「アンドレ、アラン!私語は禁止だと言っているだろう!!」
    うわっ。隊長の怒声が飛んできた。
    「おまえ達、カナルを1周して気合いを入れ直してこい」
    げっ。
    「オスカル、カナル1周ってどれだけあると思ってるんだ」
    「そうですよ、隊長!」
    隊長はクールな瞳で俺達を見ている。
    俺の心を捉える、あんただけの力強い眼差し。
    「行くか」
    「仕方ねぇ」
    俺達はリュックを下ろすと、上着を脱いだ。
    「病み上がりなのに、アラン、かわいそ~」
    そんなヒソヒソ声が聞こえてくる。
    俺を見るヤツの隻眼が、含みをこめた笑いを浮かべていた。
    判ってるよ、アンドレ。
    隊長は俺をみんなから遠ざけて、こっそり休ませようとしてるんだろ。
    どうせおまえはその見張り。
    まったくイヤんなるぜ、あんたら2人の以心伝心ぶりには。
    いっそのこと、アンドレを振り切って全力でカナルを1周してみようか。それでまた衛生室に担ぎこまれるのも、俺には悪くはない。
    そのときは、隊長。
    俺があんたに薬湯を飲ませてやるよ。
    「よし、行くか」
    先を行くアンドレを追って、俺も走り出した。


    FIN
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