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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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    「なぁ、アンドレ。隊長って最近、おまえのこと避けてねぇ?」
    アランが薄ら笑いを浮かべて言った。
    絶妙に神経に障るその言い方。
    「おまえがそう思うんなら、そうなんじゃねーの?」
    「おお、アンドレにしちゃ珍しくやさぐれてんな。せいぜい慰めてもらえよ。……オススメのコだから」
    最後のひとことに妙な含みをこめて、アランはニヤリとくちびるを歪めた。
    普段は来ない、ちょっとお高めな娼館のウェイティングルーム。
    1班のメンバーがやってくれた俺の誕生祝いの3次会。
    まぁ、3次会と言っても、いるのは俺とアランだけ。
    2次会で帰ろうとした俺をアランが引き止めた。
    やけに熱心に誘うと思ったら、これが言いたかったのか。
    確かにこのところ、オスカルの様子がおかしい。何がどうと言えるほどハッキリした根拠はないのだが妙によそよそしい。
    簡単に言ってしまえば、避けられている気がする。
    俺、あいつになんかしたっけ?
    ここしばらくの自分の行動や2人の会話を思い返してみても、心当たりはない。
    恋人同士になって、数ヶ月。
    つきあい始めのハイテンションも落ちついて、2人のペースもできつつあり、いい感じになってきたと思っていた。
    少し前までは、近づいてきた俺の誕生日の話なんかしてにこにこ笑ってたのに。
    お屋敷で顔を合わせても、忙しそうに引きこんでしまい、部屋にも呼ばない。
    はじめの頃は気のせいかと思って話しかけていたけれど、最低限の会話だけで済まされてしまい、それが続くうちに俺から話しかけるのはやめた。
    あいつが急に勤務をずらしたから、昨日からは顔すら合わせていない。
    オスカル。なぜ?
    「うわ、なにコレ。アンドレ、おまえ遊びすぎ」
    いつの間にやらアランが俺の財布をすりとって、ショップカードなんか開いて見てる。
    「おまえ、何してんだよ」
    「まぁまぁ、いいじゃねぇか。もう見ちゃったんだから。しかしすごいねぇ。ゴールド会員!どんだけ通ってんだよ。しかも、わわっ!今月だけでもこんなに?スタンプ、超貯まってんじゃん。この娼館、そんなにイイのか?」
    「別に」
    あいつと恋人同士になってから、俺は娼館に行く頻度が上がっている。普通は恋人ができたら娼館なんて、足が遠のくんだろうけど。
    でも。
    仕方ないじゃないか。
    大切なお姫さまは、そんなこと、まるで考えてないんだから。
    抱きしめれば、抱かれていてくれる。
    そっとくちづけをすると花のように笑って、もっと欲しい顔をする。
    それなのに。
    楽しく語らって少しばかり酔って、皆、寝静まった2人だけの時間。
    ずっと想い続けた恋人は俺の腕の中にいる。
    体温や香りや、首筋をさわさわとくすぐる金色の毛先に、俺が(よこしま)な気持ちを抱えていても、おまえは熱心に仕事の話なんかしている。
    わずかな恋人の時間が惜しくて強引にくちびるをふさぐと、このときばかりは話の途中なのにと怒りだす。
    厳しくなってきているらしい国庫のことや、貴族の中からも批判が増え始めた王妃さまへのご心配。
    隊員たちのことだって、誰が調子が悪そうだとか痩せたみたいだとか、子供が産まれたから何を贈ろうだとか、隊員なんてくさるほどいるのに、長いつきあいの俺でも、頭の中はどうなっているのだろうと思うぐらい細かく把握している。
    それどころか。
    『先日の会合でジェローデルが』
    元婚約者もどきの名前まで出てきたりする。
    職務上、今も交流があるのは仕方ない。
    でもなぜ俺にその名を口にする?
    こまやかな気配りができるはずなのに、なぜだか昔から俺の気持ちにだけ、おまえは鈍感だ。
    判ってる。
    きっと俺は、おまえにとって限りなく同化した存在なのだろう。同じものを見たら、同じように感じると思っている。
    そうだ。
    言葉では言い現せないシンパシー。
    それが俺たちにはある。
    子供の頃から、不思議なほど感覚を共有しながら生きてきた。
    だけどオスカル。
    俺たちには、決定的に違うことがあるんだよ。
    それは、おまえが女で、俺は男だということ。
    おまえがごく自然に俺に寄りかかって何気ない話をしているとき、俺が何を考えているのか、おまえは知らない。
    真剣に話を聞いてるふりをして、ちょっと当たっている胸の感触や、腰に回した手に、男にはない曲線を探ってることなんか、きっとおまえは考えてもいない。
    しまいには、そんな気持ちでいる俺の腕の中で、少し酔ったおまえはまどろみ始めたりする。
    安心しきった姿を見せつけられ、そりゃ男として守ってあげたい気持ちになるけど、でも。
    眠りこんだおまえの胸が、ゆっくりとした呼吸にあわせて動いている。
    細く開いたブラウスの併せ目。
    白い首筋から続くデコルテはきっともっと白いのだろう。
    ブラウスの誘うようなすきまに手をかけて、少しだけ広げてみる。でもそれだけじゃ、いつも見え隠れしているところまでしか見えない。
    ひとつ目のボタンを外し、胸元をもう少し広げてみようとするけれど。
    無理矢理につかんだおまえの手首を思い出す。
    押し殺してきた気持ちがどうしようもなくなって、愛していると告げながら、力ずくで手に入れようとした。
    本気で泣かれてすぐに目が覚めたけど、あのときつかんだ手首の細さ。折れそうなその感触は、後悔とともに俺の中に残っている。
    あのとき、こんなことはもう二度としないと誓ったから。
    外したばかりのボタンをかけ直し、胸元を整えてやると抱き上げて寝台へ運び……
    俺は夜の街へ出る。
    なんとなく人波をほっつき歩き、特に気に入ってるコがいるわけでもないけど、いつもの店に行く。
    そこでほんの1~2時間、おまえの知らない俺になる。
    おまえじゃない女を抱きながら、記憶にある限りのおまえの感触を追う。
    おまえのために。
    おまえをあのときみたいに泣かせないために。
    矛盾してるよな。おまえを傷つけないために他の女の体に劣情を吐き出して。
    俺のやってることをおまえが知れば、きっと裏切りだと思うのだろう。
    「隊長は誕生祝いとかしてくれないのか?」
    アランは本当に、絶妙にイヤなところを突いてくる。
    「子供の頃から欠かさず祝ってくれてるよ」
    出会いから毎年、おまえに贈られる誕生祝い。
    子供の頃には外国のお伽話が綴られた本。
    揃って宮廷に上がった年には銀の懐中時計。
    翡翠のカフス留めを贈ってくれたこともある。
    子供の頃は単純に嬉しかったけれど。
    『メルシ、オスカル。でもこんな分不相応な…』
    おまえへの想いを自覚するようになってからの俺は、そんなふうに言うようになっていた。
    もちろん贈られた品はどれも逸品で、身分を考えれば実際不相応で、もったいなく思う気持ちもあった。
    でも、本当はおまえの贈ってくれる品々が俺にはとても嬉しかった。
    それが高価なものだからではない。
    おまえが(た)めつ(すが)めつ品物を選ぶあいだ、俺のことだけを考えてくれていただろう時間が嬉しかった。
    けれどその贈り物を素直に受け取ることが、俺には少し怖くもあった。
    1度すんなりと受け入れてしまったら、きっと欲が出る。
    次々と欲しくなり、最後にはおまえのすべてまでが欲しくなる。
    それが判っていたから。
    将軍家の伯爵令嬢と従僕。
    まともに考えれば、絶対叶わない想い。
    その上、おまえには好きな男がいた。
    『分不相応な…』
    そんなふうに恐縮してみせるのは、俺なりのブレーキのつもりだったんだけど。
    おまえは俺に振り向いた。
    突然おまえが俺の腕の中に飛びこんできて…嬉しかったなぁ。
    それからは、毎日が新しい発見だった。
    長いつきあいなのに、恋人同士になったとたん、おまえは俺の知らないいろんな顔を見せだした。
    鮮やかに彩を増した日常。
    近づいてくる俺の誕生日が、密かに楽しみになっていた。
    恋人と迎える初めての誕生日。おまえは何を贈ってくれるだろう。
    贈り物のリボンを解き、『わぁ』と声をあげそうになるのを、毎年抑えていたけれど。
    今年は心からのありがとうを言える。
    そんなふうに思っていたのに。
    どうせまっすぐ帰っても、おまえを気にして身の置きどころがないのは想像がついた。
    誕生祝いに飲みに行こうという1班の連中の誘いがありがたく、俺は二つ返事で話に乗った。
    食事も取れる店で1次会をし、酒と女のコがメインの店へ移って盛り上がり、アランにしつこく誘われて娼館(ここ)にいる。
    なかばヤケクソな気持ちで。
    恋人がいるのに、誕生日に娼館。笑える。
    「アンドレ!」
    アランに声をかけられて、俺は顔を上げた。
    部屋の支度が整ったと、男性従業員が囁きかけてくる。
    アランと俺。
    今夜はこれで流れ解散だ。お互いの首尾についてはまた明日。男なんてそんなもの。
    従業員に案内されるまま、店の奥へと進む。
    初めて来た店だけれど、俺は指名をしていた。
    いや、俺が選んだんじゃない。
    アランがやたらとすすめるコがいて、最終的にはヤツが勝手に決めた。誕生日祝いってことでアランのおごりだったから、俺も特に口は挟まなかった。
    どうせ俺には、女は2通りしかいない。
    おまえと、おまえじゃない女と。
    けれど、アランがすすめるのがどんな女なのか、それには興味を惹かれて、俺は示された扉を開けた。
    かなり灯りを落とした部屋。
    甘く官能的な香りがする。
    見えにくい俺の目にも、その女が金髪なのは判った。細身で、どことなく冷たい雰囲気を漂わせた女が近づいてくる。
    腰まではあるゆるやかな巻き毛を揺らし、俺の真正面まで来ると、優雅に腰を落として一礼した。
    顔かたちはまったく違う。
    それなのに、目を伏せたときの一瞬の表情やちょっとした仕草が、ときどき妙に……おまえに似ていた。
    通り一片の口上のあと、女は寝台へと俺の手を引いていった。
    もつれるように倒れこみ、女の髪がふわりと広がる。
    豊かな金髪に埋もれる白い頬。
    間近で見れば、やっぱり似てはいない。
    でも。
    「悪い」
    俺は身を起こすと足早にその部屋を出た。
    何か失礼でもあったのかと慌てて問いかけてくる男性従業員に、忘れていた用を思い出しただけだと答えながら、俺は店の前で客待ちをしていた辻馬車に乗りこんだ。
    オスカルに似た面差しの女。
    とても抱く気にはならなかった。
    別の女と判っていても、欲望の処理をするためだけの道具として、オスカルを使うような気がして。
    お屋敷の裏口で、俺は馬車を降りた。
    梟がばさばさと飛び立つ音がする。
    使用人用の門を押すと、静かな夜に軋んだ音が響いた。
    一応、次期当主の棟にまわりこんでみる。
    銀の懐中時計を確認した。
    23時45分。
    おまえの部屋の灯りは落ちていた。
    やっぱりな。
    このところのおまえの態度から、予想はしていた。
    でも、心のどこかで、ちょっといいワインなんか用意して、いらいらしながら俺を待っててくれているんじゃないかなんて、バカな期待もしてはいた。
    俺は自室へ戻ると、手早く部屋着に着替える。
    あと10分もすれば、俺の誕生日も終わり。
    ジャルジェ家に来て以来、最悪の誕生日、か?
    そう広くはない簡素な部屋に、ひとりで座っていると、女々しくも『誕生日なのに』なんて思えてくる。
    重くため息をついたとき、不意に頭の中で何かが弾けた。
    それは俺たちだけのシンパシー。
    耳を澄ませて待っていれば……ほら扉がノックされた!
    「誰?」
    本当は聞かなくたって判ってる。
    静かに忍びこんできたのは、頭からストールにすっぽりくるまったおまえ。
    2人のつながりを感じ、俺は笑みが浮かぶのを抑えられなかった。
    ここしばらくのモヤモヤも一気に晴れる。
    おまえは寝台に座る俺の前まで進み出ると、ストールをするりと落とした。
    唐突に現れたのは、髪をあげて、儚いほどに淡い水色のローブ姿。
    嘘だろ!?
    「誕生日おめでとう。今年はこれだけしか贈り物を用意してやれなくてすまない」
    おまえは悪戯っぽい瞳をして、俺を見おろしている。
    ああ、このお姫さまは!
    「どうしたアンドレ。何か言ってくれないのか?
    『すばらしくきれいだ』とか」
    おちょくるようにおまえはそう言ったが、胸元のオペラピンクのリボンは鼓動に合わせて揺れている。
    俺は立ち上がると、美しくラッピングされた贈り物を大切に抱きよせた。
    密着する胸に、おまえのドキドキが伝わってくる。
    安心しろオスカル、俺の方がよっぽどドキドキしてる。
    「今までで1番嬉しくて、最高に美しい贈り物だ」
    俺がそう言うと、おまえはしてやったりとでもいうように満足そうな笑みを見せた。
    おまえ、このためだけに、俺に何日も寂しい思いをさせたのか?
    お姫さまのとんでもない悪戯に、怒ってやろうと思っているのに、浮かぶ微笑いが隠せない。
    美しくて憎たらしいドヤ顔。
    そのくちびるをふさいでやろうと顔を近づけると、くすくす笑っておまえはくちびるをそらした。
    近づいては逃げられ、近づいては逃げられ
    くるくるくるくる―――…
    俺とおまえは、小さなステップを踏んでいた。
    音楽など要らない。
    弾む胸の鼓動を重ね合わせて、リズムなんてそれだけでよかった。
    「この贈り物より気に入るものは、ないかもしれないな」
    「かもしれない?」
    贈り物は不満そうに聞き返した。
    「当然だろう?だってまだ開けてみていないんだから。気に入るかどうか判らないじゃないか。美しいラッピングは、まさに俺好みだけれどね」
    俺の言葉に、腕の中で贈り物がぴくりと反応した。
    悪戯好きな贈り物に、俺はお似合いな質問をしてみる。
    「贈り物をあける時はね、国によって違いがあるらしいよ。とある国では、贈ってくれた人の前で、包装紙をビリビリと破りながらあけるのが慣例だそうだ」
    「なぜだろう?」
    「それぐらい早く中身がみたい、という喜びの表現らしいね。またある国ではその逆で、丁寧に開くのが好まれる。その場では見ずに、あとでひとりで開くのが作法とされる国もあるそうだけれど…
    さて、どんなふうに開いて欲しいんだろう、この贈り物は」
    考える時間を与えるために、俺は足を止め、優しく長いくちづけをした。
    おまえはいやがるフリをして、けれど、そのうちくちづけに夢中になる。それを見計らって俺が答えを求めると、おまえは耳もとで小さく言った。

    「この贈り物はもうおまえのものだから。
    おまえの好きにするがいい。
    ただ…ビリビリと破られるのはもう、勘弁して欲しいな」


    FIN
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