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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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    彼女が紙片を開くと、そこには誓いの言葉、そして2人のサインが書いてあった。
    8歳の子供とは思えぬ流麗なオスカルの文字と、9歳の子供らしい正確な筆跡のアンドレの名。
    そして。
    2人の名前の横には、奇妙に変色した赤黒い 印 (しるし)が並んでいた。
    「ちょっ… これ!血判状じゃないか!!」
    「そうだよ」
    アンドレは苦笑した。
    「あの頃おまえ、すっかり海賊かぶれでさ。『宝の秘密を守る誓いの書』だから血判状じゃなきゃだめだって言いだして。少しとはいえ指先を切るなんて、子供ごころに怖かったな。はじめは全部血文字で書くとか言ってたんだぞ、おまえ」
    「うわ…。子供の頃の私、最悪だな。っていうか、おまえも断れよ。そんなこと」
    オスカルが自らの所業に呆れていると、彼はおちゃらけた口調で言った。
    「俺がおまえの頼みを断ったことがあるか、お嬢さま?おまえの無茶なお願いのせいで、俺はろくでもない目にばかりあってきたぞ」
    アンドレの脳裏には、子供の頃に彼女に引きずりこまれてやらかしたいたずらの数々と、それに伴う祖母のバリエーション豊かなヤキがよぎっていた。
    まったくおばあちゃんも容赦なくやってくれたからなぁ。俺はオスカルにつきあわされてただけなのに。
    彼にとっては懐かしい記憶だが、しかし、傍らにいる恋人はその表情をこわばらせていた。
    彼の言葉に、黒い騎士の事件が思いだされたのだ。
    そう。
    あのときもおまえは、私の浅はかな頼みを聞いてくれた。嫌がるおまえに髪を切らせ、盗賊の衣装を着せて。
    夜毎貴族の屋敷を荒らすニセ黒い騎士。
    そしてその結果…
    わずかに顔色を変えた彼女の頬を、アンドレは優しく撫でた。彼女の考えていることが手に取るように判る。
    「あれは事故だったんだよ、オスカル。おまえが気にすることじゃない」
    「違う!あれは私が」
    「もう終わったことだ。それよりお宝を見に行かないか?」
    彼女はもっと何か言おうとしたが、アンドレは強引に話を変えた。
    これ以上オスカルをしゃべらせてはいけない。
    そうでなくても、彼女は未だ自身を責め続けているのだから。
    「お宝の 在り処 (ありか)、おまえもだいたい思い出しただろう?」
    「ああ。今は使われていない古い方の厩舎。昔よく遊んだところだ。馬具の棚の1番下に埋めたな」
    「そう。コンフィチュールの瓶に入れて埋めたけど、 中身 (あれ)、大丈夫かなぁ」
    「おまえ、何を埋めたか覚えてるのか?私はまったく思い出せないんだが」
    「降ってきた本を見て思い出したんだよ。埋めて何年かはすごく気にしてたけど、いつの間にかすっかり忘れてた」
    何年かはすごく気にして?
    オスカルは一気に興味をそそられた。
    私などすっかり忘れていたのに、それほどの宝とはなんだろう?
    少し首をかしげて思案する彼女は愛らしく、アンドレはオスカルの関心がうまくすり替わってくれたことに安心する。
    彼が彼女の手を取って立たせると、2人は敷地のはずれの古厩舎に向かった。


    久しぶりに訪れたそこは、変わらず優しかった。
    ここには、幼い日の思い出が数限りなくある。
    老朽化した広い厩舎を奥へと進み、馬具の置いてあった部屋の扉を開ける。
    たくさん並んだ棚の中のひとつに、2人は迷うことなく近づいた。
    彼がその棚の1番低い段に敷かれた古いビロードを剥ぎ、はめ込み式の棚板を外すと、オスカルは屈みこんで地面に触れた。
    ここだよな…
    アンドレが用具入れから壊れかけた小さなシャベルを出してくる。
    「ちょっとどいてろ」
    彼が慣れた手つきでサクサクと地面を掘ると、拍子抜けするほどあっさりと、深い緑色をした口の広いガラス瓶が出てきた。さすがに子供の仕業だけあって、詰めが甘い。
    「血判状まで書いておきながら、お粗末な隠し方だな」
    「おかげで楽に取り出せたじゃないか」
    アンドレは瓶から湿った土を払うと彼女に渡した。
    目を凝らしてみても、濃い緑の瓶の中身は見えない。
    開けようとしたが、長い年月のせいか詮の部分が固まっていてびくともしなかった。
    彼がやってみても、やはり開けられない。
    「……割る?」
    「それしかあるまい」
    アンドレは厩舎の崩れかけた外壁のかけらを拾って来ると、力をこめて瓶を割った。
    窓から射しこむ午後の淡い光に、砕けたガラスがきらきらと光る。
    一緒にこの厩舎で遊んだ頃の思い出が、砕けた破片の数だけ溢れるようで、オスカルはまぶしそうに彼を見つめた。
    ごく自然と、兄のように親友のように思ってきたひと。
    子供の頃のオスカルは、祖母しか身よりのない彼に「私が守ってやるからな」ぐらいの気持ちでいた。
    でも、今、振り返れば守られていたのはいつも自分の方こそだった。
    ずっとずっと、私はおまえの手の中にいたんだ…
    そう思った瞬間、甘やかな幸福感に胸がきゅんっと痛んで、彼女は吐息をもらした。
    胸に手を当てて落ちつかせてみようとしても、痛みはより甘くからみつく一方で。
    …やだ、こんな…
    どうしよう。ほんとに私…ダメ…
    アンドレは割れた瓶の中から出てきた2つの封筒を手にして、細かいガラス片を払い落としている。
    その彼に、オスカルはにじにじと近よっていった。
    肩が触れるぐらいまで近づいて、ちょこんと並んで座ってみたりする。
    でもここから先はどうしたらいいんだろう?
    そもそも私、何がしたいんだ?
    困ってしまって彼を見上げると。
    「ほら。これが気になるんだろ。待ちきれないのか?」
    ジャルジェ家の紋章が入った方の封筒を差し出された。
    いや、私が気になっているのはおまえなんだけど…
    「何か言った?」
    「いっ、言ってない。何も言ってない。まっったくっ」
    彼女は無駄なほど否定しながら、封筒を受け取った。
    瓶の中に押し込められてひしゃげた封筒には、紙ではない何かが入っているようで、歪んだ膨らみがある。
    焦る自分をごまかしたくて、普段に輪をかけて男らしい仕草でオスカルがそれを開くと、レースのハンカチに包まれた見事な細工のクラバット留めが転がり出てきた。
    「おまえの宝物はこれか」
    アンドレがひょいとつまみ上げる。
    ゴールドとプラチナをベースに、オーバルにカットされたサファイアをたくさんのダイヤが取り巻いたクラバット留め。
    「思い出した!それを選んだのは、私の持ち物の中でそれが1番海賊の財宝っぽかったからだ」
    「確かにね」
    昔からシンプルなものを好む彼女のわりには、それはかなりゴージャスなデザインだった。
    なるほど、これなら海賊のお宝の山に乗っかっていても遜色はない。
    アンドレは煌めく宝物をハンカチの中に戻すと、手元のもう一方の封筒を取り上げた。
    隠してから何年も気にかけていたという彼の宝物。
    オスカルには興味が押さえ切れない。
    アンドレが封を開くと、決して質が良いとはいえないくすんだ金色の指輪が出てきた。
    「指輪?」
    アンドレと指輪。
    その取り合わせがオスカルには意外だった。
    「俺のね、母親の指輪」
    「亡くなられたお母上の?」
    今度こそ本当に彼女の顔色が変わった。
    「おまえ馬鹿だろう!?なんだってそんな大切なものを!!」
    「だって俺には宝物なんてこれぐらいしかなかったし」
    そう言われて、オスカルはすまない気持ちでいっぱいになった。
    「ほんの子供の遊びだったのに」
    考えてみれば、両親すらすでに亡い、一使用人の子供に宝物を出せなんて酷なこと。
    そしてアンドレはそんなにも子供の頃から、大切なものを平気で自分へと差し出してきたのかと、今さらながらに彼女は知った。
    これから先だって、身分違いの2人では正式に結婚することもできないし、誰に話せるわけでもない。
    自分でも数奇な運命を与えられたと思ってきたが、その運命の巻き添えにされたアンドレこそが、1番人生を歪められたのかもしれなかった。
    「私と出会わなければ」
    きっとおまえには今ごろごく普通の妻がいて、子供に囲まれた幸せな暮らしをしていただろう。
    武官の家に生まれた私と違って、おまえは軍属する必要なんてまったくなかったのに、私につきあわされて衛兵隊に入れられて。おまえは何も言わないけれど、いやな思いもたくさんしただろうし、この先どんな危険な目に合うかも判らない。私に関わり続ける限り、おまえは犠牲を払い続けるんだ…
    自分で止めようもない負の思考に溺れそうなオスカルに、ふと、簡単な解決策が思い浮かんだ。
    ―――おまえを…手放す?
    そうだ。
    適当な言葉で傷つけて突き離して、ジャルジェ家から追い出してやればいい。
    今は恨まれるかもしれないけれど、その方がおまえに取って、結果的にはどれほど幸せか判らない。
    賢くて器用なアンドレなら仕事もすぐに見つかるだろうし、おまえはけっこうイケメンだから、仕事より先に女が見つかるかもしれない。
    普通に結婚して子供が生まれて平凡な幸せ。
    万々歳じゃないか。
    おめでとう、アンドレ!こんな恋などコロッと忘れて、私なんかより若くて素直で可愛げのある女とお幸せに!!
    ――げしっ
    ふいに額を小突かれた。
    「ばーか」
    オスカルが顔を上げると、彼が呆れた半笑いを浮かべている。
    「また余計なことを考えてたろ」
    嘘をつかせない瞳でアンドレに問われ、彼女はうわずった声で言った。
    「お…まえの妻には若い女がいいかな、なんて」
    否定してくれると思いながらそう言ったのに、彼はあっさりと頷いた。
    「うん。若い女がいいな」
    って、え…?
    オスカルは少しばかりうろたえた。
    「それ‥に、おまえには素直な女の方が合ってるかと」
    「ああ。そうだな。女は素直なのがいいよね」
    ふむふむと首を縦に振るアンドレ。
    おまえ、本当に!?
    自分の 天の邪鬼 (あまのじゃく)さには自信のある彼女は、いっそううろたえた。首を締められたように息苦しくなり、それでも減らず口を止められず、オスカルはさらに言う。
    「可愛げのある女の方が、おまえには似合ってる」
    否定しろよ、馬鹿!
    しかしアンドレは、当たり前のような顔をした。
    「うん。女の子は可愛くないと」
    …それ、私にはムリだ…
    おまえが本当は、そんなふうに思っていたなんて。
    オスカルはなんだか自虐的になり、やけくそで言った。
    「おまえには普通の女が合っている」
    「うん。俺も普通の女がいいな」
    アンドレのその言葉は、彼女にはショックが大きすぎた。
    キレることもできず、逆にうっすら微笑ってしまう。
    「そう…だよな。早く‥見つかるといいな。…そういう‥女が」
    詰まりながらやっと彼女がそういうと、彼はついっと顔をそむけた。肩をわずかに震えさせて。
    「ア…」
    オスカルは口を開きかけたが、でも何を言えばよいのか判らずに、そのまま絶句した。
    どうして?図書室では、あんなに優しくしてくれたのに。
    …今ではもうこんなにおまえを…好きなのに…
    少し前の自分なら、きっとアンドレを怒鳴りとばしていただろう。でも、それもできなくて、彼女は小刻みに震えている彼の肩に額をつけた。
    くっくっく…」
    え?
    オスカルの耳に低い笑い声が響く。
    「くっくっくっく…」
    なに!?なんでおまえ、笑ってるんだ?
    アンドレはくるりと彼女に向き直ると、金色の髪をくしゃくしゃとかき回した。
    「おまえ、ほんっとにかわいいなぁ」
    は…ぁ?
    「昔からかわいかったけど、最近はすっごくかわいい」
    「おまえ、なにをバカなこと言って…」
    彼女は一瞬で耳まで赤くなった。
    「ほらほら、おまえのそういうとこ。おまえ、俺の前ではなんでも顔に出まくりなんだよ」
    うそっ!?
    「うそじゃない」
    ってバレてるー!!
    じゃあ、じゃあ私のおまえへの気持ちも!?
    もう彼女は恥ずかしくてアンドレの顔を見ていられなかった。
    そんな彼女は普通の女で、むしろ普通の女以上に乙女だ。彼にはそれが判っている。
    「でっ、でも私、若くもないし」
    まだそんなことを言うオスカルに、彼はいいことを教えてあげた。
    「俺より1つ、若いじゃないか」
    からかうような余裕を含んで彼女を翻弄する漆黒の瞳。
    …ああ、もう私…
    オスカルは自分が完全に彼に捕まったのを感じる。
    そのことは、勝ち気な性格の彼女にとってはちょっと屈辱的で…
    それなのに妙な悦楽があった。
    「これは、おまえに」
    アンドレはオスカルの手のひらに母親の遺した指輪を乗せる。
    「2人で過ごすヴァランタンの記念に」
    彼女の指にはめるものは自分で贈りたいから、彼はあえて手のひらに乗せたが。
    「こんな大切なもの、受け取れない。やっとおまえの手に戻ったのに」
    オスカルはそれをていねいに返そうとした。
    「じゃあ俺はこれを受け取ってくれるひとを探さなきゃな。若くて素直で可愛げのある女、だっけ?」
    そう言われた彼女は、一瞬不機嫌そうな表情を見せたが、やがて挑戦的な瞳をして鮮やかに笑った。
    「そんなこと、絶対に許さない」
    彼女は指輪を大切に手の中へと包みこむ。
    あとで返せと言ったって、返してなんかやらないぞ?。
    「私もなにか記念に贈りたいな」
    オスカルがそう問いかけると、彼は意外な返事をした。
    「もうもらったよ」
    意味が判らずきょとんとする彼女。
    アンドレは気づかれぬよう、胸の奥で忍び笑いする。
    図書室でのオスカル。
    ちょっと足首に触れただけなのに、あんなにかわいい声を出しちゃって。
    アレを聞けただけでも彼にはじゅうぶんだった。
    もしかしたら、おまえが俺と一夜を過ごしてくれる日も近いかもね。
    そりゃ彼もオトコだから、早く彼女と結ばれたい気持ちはある。
    でも。
    こうなってみると、清らかなままとっておきたい気もするんだよな。
    そっと一人ごちた彼が目を向ければ、恋人がくちづけの欲しい 表情 (かお)をしている。
    これで自分では、素直じゃないと思ってるんだから。


    どんな海賊だって持っていない宝物。
    やっと手に入れた。
    2人、同じことを思っているこの時こそがヴァランタンの贈り物。
    外はまだ冬の風が舞っているけれど、始まったばかりの2人には、萌えいずる春の気配が感じられるのだった。


    FIN
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