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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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【最終話】

UP◆ 2012/12/1

    細く響く笛の音色。
    あれほど陽気に聞こえたのに、今はなぜこんなに、もの悲しく沁みてくるのだろう。
    露店の軒先に吊された“提灯”とかいう柔らかい灯りがひとつひとつ消えてゆく。それはまるで、夏のあいだ懸命に生きた蛍たちが死に絶えていくよう。
    「疲れた~」
    「年甲斐もなく、はしゃぎ過ぎてしまったな」
    「でも、こんなに遊んだのは」
    「ああ。久しぶりだ」
    不思議なめぐり合わせで、夏祭りの主役となってしまった2人。手をつないで、始めこそはドギマギして。
    『私は皆の空気を読んでいるだけなのだからな』
    なんて、わざと口に出してみたりして。
    彼女がそんな可愛げのない台詞を吐いても、彼は優しく笑っているだけだった。
    見たこともない余興や、変わった食べ物。小さいながらも熱気のこもった広場。そして、2人の素性をたいして知らない者たち。
    常にはない解放感から、だんだんと余興に夢中になっていった2人は、やがて手をつなぐことも瞳が近いことも気にならなくなり、気がつけば幼い頃のように、本気になって遊んでいた。
    「あれが美味しかったな、ほら」
    「あ~、とうもろこしを焼いただけの?」
    「そう!なにやら黒い調味液をつけて炭焼きにしただけなのに、なぜあんなに香ばしく美味なのだろう。屋敷でも作らせてみようか」
    「いや。きっと、今この祭りのひと時だからこそ、格別に美味しいんだと思うよ」
    「…うん」
    三々五々と人も少なになる広場。またひとつ灯りが消えるのを、2人は奥まった露店のはずれで眺めていた。
    「悪かったな、アンドレ」
    「?」
    「せっかくの誕生日だったのに、ろくに祝ってもやれないで」
    「ああ、そんなこと」
    彼の胸の内から、抑えきれない笑みが湧き上がってくる。
    『おまえにときめいてしまっているみたい…なんだ』
    弱りきった目をして、そう訴えてきたオスカル・フランソワ。
    勢いでしてしまったくちづけよりも、アンドレには、彼女の瞳に映る熱を帯びた艶が嬉しくもあった。
    「誕生日祝いの支度は、させてあったんだ。こんなことになるとは思わなかったから、屋敷に連絡を入れることもできなかったけれど」
    「そっかぁ。じゃあ、今ごろおばあちゃんは、帰ってこない俺たちに相当イライラしてるだろうな。ひゃ~、恐ろしいっ」
    まだ抜けない祭りのハイテンションに、彼はおどけてみせる。
    「あの小さな体で、すんごいハイキックを繰り出してくるんだぞぉ。まったく恐るべきおババさまだよ」
    「では、早く帰らなくてはな」
    祭りも終盤に向かい、最後の踊りの輪が崩れてからずいぶん経つ。露店は店仕舞いを始め、この夜の偽りの登場人物たちが少しずつ舞台から去っていく中、2人はお互いに何度か、そう口にしていた。
    『もう帰らなくては』
    けれど、2人の足はいっこうに広場から出る夏木立の路には向かわず、うだうだとところを移しながら、広場に留まっていた。
    なぜこんなにも、立ち去り難いのだろう。
    でも。
    「もう本当に帰らないと」
    広場に残る灯りは、いくつも残っていない。
    「ああ、そ」
    うだな。
    彼女は、そう答えようとしたが。
    カサッ。
    微かな物音がした。
    「ん?」
    小さい紙包みが、袖の中で擦れる音。
    「あ…」
    「おまえ、コレ、拾ってたのか」
    広げれば、包みの中には短い紐の束が入っている。
    『たいしたものじゃなかったわ。退屈でつまらなかった』
    そう言って王妃が投げ捨ててしまった、あの紙包みだった。
    「これ、なんなんだろうな」
    彼は、その細い紐のようなものを1本、取り出してみる。
    「薄紙で、よってあるんだよなぁ」
    「それに片側の先端からは、火薬の匂いがするぞ」
    「ベルトレー火薬?」
    「悪い冗談はやめてくれ」
    珍しそうに、手にしたものを眺めまわす2人のもとに、笛吹き男がやってきた。
    たった今、すべての灯りが落ちた祭りの広場。
    手燭代わりの小さな提灯を届けてくれたのだ。
    そして目配せだけを置き去りに、足取りも飄々と去っていく。
    これに火をつけろと?
    「やってみるか」
    「うむ」
    彼女がぷらんと下げた紐の先に、彼が提灯の火袋を押し下げて火を移す。
    火薬がはぜるシュッという音。紐の先に火花が出て、やがてぷっくりと橙色の玉が現れた。
    紐の先にぶら下がったような、光のかたまり。
    「アンドレ、ほら!見てみろ」
    彼にも見やすいように、彼女は手にした紐を引き上げたが。
    ぽた。
    「あっ」
    2人の見つめる目の先で、ちっちゃな光は落ちてしまった。
    「え~!?」
    あまりにあっけない終了。
    「なんなんだ、これは」
    ぽかんとする彼女の手から、彼は火の消えた紐を抜き取る。確認してみれば、紐の先端部分には少量の火薬が残っていた。
    「つまりコレは、こうして手もとで鑑賞するタイプの花火で」
    「まだ続きがあるということか」
    彼は束から新しいものを引き抜き、彼女にも1本渡す。
    本格的にしゃがみこむ2人。
    万全を期すため、彼は提灯からろうそくを外してしまうと、本気の体勢でゆっくり花火の先に近づけた。
    「動かすなよ」
    「判っている」
    慎重な動作に、お互い知らず知らずのうちに声までひそめてしまう。心持ち、肩を寄せあって。
    シュッ。
    火薬が包み込みこまれた部分に、ろうそくの灯が触れる。
    着火のときだけは、少しだけ威勢よく炎が吹いて、下げた先端が煽られて揺れた。
    「おっと、危ない」
    でもそれは、一瞬のこと。
    熟したような光の玉が出来始めると、手に伝わってくるのは、震えるような微かな振動だけ。
    ジジッ。ジジジッ。
    小さく音をたてながら、光の玉はぽってりと重くなっていく。
    いや、重いわけはないのだが、揺らしてはいけないと思うとつい…
    「あ”」
    力が入り過ぎた彼女の手もとから、せっかく育った火種が落ちた。
    「おまえ、ださっ」
    彼はプッと吹き出したが、手もとは器用に揺らさない。
    「うるさい」
    彼女は顔色も変えず、彼の手首をグイと引いた。
    「わあぁぁ」
    ぽったりと落ちてしまった、彼の火種。
    「オスカルっ」
    「さぁて、次いくぞ」
    涼やかな顔の彼女。
    「コドモか、おまえは」
    「次だってば」
    どこ吹く風の彼女は、サクサクと次の花火を取り出して、彼に向けた。
    「ほら」
    しぶしぶとろうそくを取り上げる彼。
    「う ご か す な よ」
    「もちろんだ」
    彼は再び慎重に火をつけた。
    ぷくぷくと大きくなっていく火種。
    そして。
    「お!」
    チリチリと音を立てながら、開き始める花火。
    橙色の雪の結晶のような火花が、思った以上に大きく咲きこぼれていく。
    「わ…ぁ」
    魅入った2人が、よりいっそうよく見ようと目を凝らしたとき、花火はゆるゆるとしぼんで消えてしまった。
    あっという間に戻った夜の闇。
    ほのかに感じていた寂しさがより増すようで、2人は次々と花火に火を点ける。
    繊細な火花を開かせて、一瞬で闇に還る可憐な光の軌跡。飲まれそうに大きな夜の中、懸命に咲き誇り、けれどひっそりと消えていく。
    『たいしたものじゃなかったわ。退屈でつまらなかった』
    そう言った王妃。
    ええ、王后陛下。
    あの艶やかに美しく夜空を彩った打ち上げ花火。
    あなたは、あの打ち上げ花火のようなお方です。
    すべてのひとを魅了し、誰もが感嘆の息をもらす。
    そう。あの男も。
    つまらないと言われたこの小さな花火が、彼女には自分のことのように思えた。
    大きな闇に立ち向かい、精一杯輝こうとしながらも、あの男(ひと)に知られることもなく、ひっそり消えるだけのちっぽけな花火が……
    「オスカル?」
    彼女の頬が光った気がして、彼は敏感に声をかけた。
    「どした?」
    「なんでもない」
    彼女は何気ないふうを装い、空を仰いだ。
    彼もつられて空を見上げる。
    「打ち上げ花火、すごくきれいだったなぁ」
    「ああ。王后陛下のお計らいで、素晴らしいものを見せていただいた」
    「でも」
    彼は言い澱んで、そして苦笑する。
    「あれだけの花火を打ち上げて、しかもこれだけの設定をブチかましておいて、“フェルゼン伯(あのかた)と密かに見送る(つい)の夏”もあったもんじゃないよな」
    「おまえ、知っていたのか?この祭りの意味を」
    「ああ。2人で露店をまわったときにね、王妃さまが話してくれた」
    「そうか」
    風が吹き、見上げる月が雲に霞む。
    薄く翳る彼女の顔。
    「確かにこれだけの催しを仕掛けて“密か”とは、さすがオーストリア皇女。女帝マリア・テレジアの愛した末姫だけあって、私など凡人には思いもよらないことをなさる」
    自分自身も結構な末姫のくせに、彼女もアンドレと同じく苦笑した。
    「でもそのおかげで、俺には忘れられない夏になったけどな」
    「…ん。私も楽しかった」
    「…本当に?」
    言おうか言うまいか。
    そんな気配をにじませて、けれど抑えられずに彼は問いかける。かっこう悪いと判っていても、聞かずには…… いられない。
    「おまえ、本当に楽しかった?」
    「もちろんだとも。とても楽しいひと時だった。でもアンドレ、なぜそんなことを?」
    国王と彼女が祭りのざわめきに姿を消し、王妃と2人きりになってしまったとき。
    王妃は彼に、明るく朗らかなそぶりで、この夏祭りの秘密を口にした。露店のお遊びに興じて、時にきゃらきゃらと笑い声をもあげながら。
    けれどその瞳だけが、楽しそうな仕草や、浮き立つ祭りの空気にそぐっていなかった。
    そして。
    疾る風に雲が寄せられ、月あかりがふっつりと途切れた迫間。王妃はじっと彼を見つめた。
    『‥‥王妃‥さま?』
    『どんなに想いあっていたとしても、きっとこうしてすれ違っていく運命なのでしょう。わたくしたちは』
    王妃の眼差しと、問いかけ。
    それは彼に向けられたものとも、ここにいて欲しかった想い人に向けられたものとも取れた。
    いや。
    あのとき王妃さまは、俺を見つめながら、フェルゼン伯を視ていた。かの人の着るはずだったゆかたに、その想いを重ね合わせて。
    暗転のように落ちた月あかりに、からみあう王妃とアンドレの視線。
    お互い瞳の奥に、求めるひとの面影を探りあって、そして。
    押し流された雲に月が戻る頃には、王妃の顔にも無邪気な笑顔が戻り、彼の眼差しには、愛する(ひと)へ注ぐべき優しさに満ちていた。
    ふぅっと月の翳った一瞬に感じた、王妃の望み。
    “陛下がお戻りになるまででいいの”
    それは決して、口には出せぬこと。今、2人きりでいるこの時だけ、フェルゼンを演じて欲しいのだと。
    『さぁ、何から楽しみましょうか。夜は存外に短いものです、アントワネットさま』
    “アントワネットさま”。
    “王妃さま”ではなくそう呼ばれて、大国の皇女に生まれただけの平凡な女は、彼を注視した。
    黒髪に黒い双眸。
    愛する男に似たところなど、ひとつもない。
    けれど。
    『あなたも…… 苦しい恋をしているのね、アンドレ』
    黒曜石の煌めきに、無理やりに隠された彩。
    それだけで、王妃は彼をフェルゼンとすり替えることが出来た。そして彼もまた、出来る限りの優しさと尊敬をもって王妃をエスコートする。
    依って濃さを増す、恋に艶めく眼差し。それはアンドレ自身に対するものなどではなく、あくまでも擬似的な。
    けれど、国王夫妻が退場したそのあと、彼女と祭りを楽しみながら、彼は愛する女の瞳にもその艶を見つけていた。
    オスカル。おまえは今、誰を見ている?
    『おまえにときめいてしまっているみたい…なんだ』
    戯れ言でそんなことを言える女じゃないのは、判っている。
    でも。
    もっと言葉が欲しかった。この眼差しは、他の誰でもなく、自分に向けられたものだと。
    若さからくる焦りや独占欲。
    胸の片隅でちらつく北欧の貴公子の影を、彼女自身の言葉で追い払って欲しかったのだ。
    今までそれを、抑え過ぎるほど抑えつけてきたアンドレだったけれど、この夜だけは、確かめてみたかった。彼女がほんのり涙ぐんでいるのが判っていても。
    「もう、本当に帰らなければならんな」
    自分を落ちつけるような、静かな声音。
    そのままついと立ち上がり、彼女は夏木立の小路へと足を向けた。
    手もとで揺れる小さな提灯の淡い灯り。照らし出された彼女は、まぎれもなく女の姿をしている。
    ――今しか聞けない。
    胸に迫る想いに、彼は彼女の前に回りこむ。
    「待ってくれ、オスカル!」
    急に肩をつかまれて驚いた彼女は、ついキュロットのときと同じように動こうとして、つまづいた。
    「痛…」
    「え?」
    「いや」
    足もとを気にするそぶりの彼女に、彼はかがみ込む。
    「あ。おまえ、これ」
    初めて履いた下駄。鼻緒が擦れて、創が出来ていた。薄く皮が剥がれ、ジクジクしたところが土や草の葉にまみれている。
    いつから?
    これでは痛かっただろうに。
    彼は、彼女の足首と、下駄に手を添えた。
    「脱いで。そして俺の膝に足を乗せて」
    まずは、こびりついた泥を落とさなきゃ。
    彼はごく自然に下駄を脱がせようとしたが、彼女は足を引っこめた。
    「いっ…いいから!大丈夫だから!!」
    「おまえ、なに遠慮してんの?」
    ちょっと強引に足首を上げさせようとするアンドレだったが、彼女は心中吠える。
    遠慮ではないわっ!
    切なく満ちていた、あの男への感傷さえぶっ飛んでいた。
    かがんだ彼の膝に足など乗せたら、この危険な装束の裾が大きく開いてしまう。ふくらはぎや膝小僧までもが露わになって、そして。
    ――まさかの猥褻物の陳列。この、至近距離で。
    いかん。
    それだけは、なんとしてでも避けねばならなかった。
    「ちょっ、離せアンドレ」
    なんとか逃げようとする彼女。
    「化膿したら困るだろ」
    痛そうな傷を見て、絶対逃すまいとする彼。
    「や‥だ」
    「すぐ済むから、おとなしくしてろって」
    「だからそういうことでは」
    「じっとしてろ、オスカル。わっ」
    「わわっ」
    不安定に揺すられて、ぐらついた彼女がバランスを崩す。
    とっさに彼は腕を伸ばし。
    どさっ。
    一瞬ののち、彼女はアンドレの腕の中に転がりこんでいた。
    こっ、これは。
    しりもちをついた彼の膝の間に、すっぽりとはまってしまった彼女。
    頬と頬が、触れそうに近い。
    いや、くちびるとくちびるが。
    「ごめ…」
    「いや…」
    他に言いようがなく、身動きも出来ず、突然ピンと張った2人の緊張。
    “悪い悪い。大丈夫だったか?”
    そんなふうに、いつも通り笑えばなんてことなかったのに、意識してしまったらもう、どうしようもない。
    せっかく2人とも、遊びに没頭することであの打ち上げ花火のくちづけを頭の中から追い出していたのに。
    追及は、諸刃の剣と判っていた。
    それなのに。
    今、目の前にあるのは、お互いのくちびる。
    もう1度、くちづけたい。
    彼の中には強い衝動が湧き上がる。
    「…オスカル…」
    頬に手を添えて、気持ちの確認をするように、あと少しだけ彼女を上向かせてみる。
    そっと目を閉じて、受け入れて欲しかった。
    けれど。
    「アンドレ、私」
    掠れきった声が、彼を止める。
    いつくちびるが触れあってもおかしくないほどの距離なのに、彼女の瞳には彼へのときめきと、でも激しいとまどいがせめぎ合っていた。
    このままくちづけられてもいい。
    そんなアンドレへと惹かれる気持ちを感じながら、けれど、愛しているのはあの男なのだと、二分される想いに苛まれる彼女。
    白か黒か。
    人の心はそんなにきっちり分けられるわけではないのに、男女のことに不慣れな彼女には、傷つくことしか出来ない。
    潤んでいく、青い瞳。
    彼にも、そこに自分へ向けられるまだ曖昧な恋の熱はほの見えた。もう、言葉を欲しがる必要など、ないかに思えたけれど。
    「悪い悪い。大丈夫だったか?」
    彼は棒読みの台詞を口にしていた。
    …フェルゼン伯。
    オスカル・フランソワをよく知る彼には、潔癖なほどの想いに心を裂かれ、自らの不誠実にいっぱいいっぱいになっている彼女の心持ちが、手に取るように判った。
    ……ごめん、オスカル。
    「え?」
    「なんでもないよ。それより足は大丈夫かい?」
    姿勢を崩した彼女を起こしてやりながら、彼はつとめて幼なじみらしい表情を造る。
    このまま強く抱きしめて、何度も何度もくちづけたら、もしかしたら、長い片恋に疲れている彼女を取りこむことは簡単だったかもしれない。
    ふいにした、千載一遇のチャンス。
    惜しくないわけがなかった。
    けれど彼には、自分のためにつらそうな顔をする彼女を見る方が痛い。
    少年の頃から彼女を密かに愛し続けてきたアンドレが、本当に大人になった瞬間だった。
    「メルシ」
    小さな声と共に、彼女の体温が離れていく。
    今は…これでいいんだ。
    答えはいつか、彼女自身が出すもの。
    そうだよな?オスカル。
    起き上がった彼女が、彼にまっすぐ向き合う。
    「アンドレ、私は。でも私には」
    「うん。……判ってるよ。だけど今は、何も言わなくていい」
    「しかし!」
    まじめで直情型のバカな彼女は、なおも言い募ろうとした。
    けれど。
    ぴらっ。
    彼は彼女のゆかたの裾をめくった。
    「なっ… なんのつもりだアンドレ!!」
    「なぁ、オスカル。さっきおまえが崩れこんできたときにちょっと思ったんだけど、おまえ今、もしかして」
    かあぁっと真っ赤になって、くちびるを震わせる彼女。
    猥褻物だとバレた?
    とっさに言葉も出てこない。
    「帰る!」
    足先の生傷もなんのその、彼女はアンドレに背を向けると、夏木立の路へ逃げていった。
    1人、広場を振り返る彼。
    そこに在るのは、朝陽と共に幻と消える偽りの夏。
    くちびるに彼女の感触が甦りかけたけれど。
    大切なのは、幻でも偽りでもない本物のおまえ。
    名残惜しさを振り捨てて、彼も祭りの広場をあとにした。


    この小さな夏ののち。
    王妃はプティ・トリアノンから宮殿に戻り、オスカル・フランソワは自らの想いにけりをつけるために、生涯1度とローブをまとった。
    彼は左目に重傷を負い、黒曜石のごとき双眸が、夜空を彩る花火を見上げることは2度とない。

    誰にとってもこの夏が、終の夏となったのだ。


    FIN
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