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【白熱!雪のベルサイユ!! 8】
UP◆ 2011/5/24「それでは先ほどの場面をもう1度、今度はスローでご覧ください。ここでジャルジェ准将がグランディエを狙い撃ちにするのですが…
雪球が准将の手元を離れ、次の、そう!ここでソワソンが振りかえる。この隙を狙って、フェルゼン伯が投球動作に入るわけですね。そしてフェルゼン伯が投げた雪球をソワソンがよけ…
この場面です。ここはソワソンセーフ。完全によけきっています。が、その雪球がソワソンの背後にいたジャルジェ准将の肩に当たり…
まともに当たってますね。これは通常であれば、即アウトな状況。
ですが、ちょっと別方向から見てみましょうか。こちらのカメラからですと、ジャルジェ准将が投げた雪球をグランディエがかわしたこの瞬間には、もうフェルゼン伯がソワソンに向かって雪球を投げ…かけていますね。そしてここからです。そのフェルゼン伯にグランディエがよけた雪球が届き…フェルゼン伯がとっさに上げた手に当たり…弾けた雪球がジェローデル少佐へ向かいます。
さてこの場面。ちょっとズームアップできるでしょうか。
…もう少し寄ってください。
えー、跳ねた雪球で頬を傷つけられたように見える少佐なのですが、これは雪球が掠めたのか、飛び散った氷片のせいなのか。もし雪球がかすったのであれば少佐はアウトですし、氷片が飛び散っただけならばセーフ。VTRではいささか判断のつきにくいこの状況に、ジャッジの審議は続いています。
今、ジェローデル少佐がジャッジに呼ばれました。
雪ベル史上前代未聞のキャプテンの同時被弾。もしジャッジの判断が『同時』ということになれば、先に雪球から手が離れた方、今回の場合はジャルジェ准将のポイントになるのですが、うーん。どうなりますか。
さて、そのジャルジェ准将ですが、チーム・ジャルジェのメンバーに囲まれてよく見えません。障壁Aに寄りかかってうずくまっているよう。ソワソンがかなり取り乱している様子です。あ、今、ようやく衛生兵が来ましたね。肩を固定しています。
おや?ジェローデル少佐がやってきましたが」
オスカル・フランソワがアンドレに向かって最後の一球を投げたとき、彼には彼女の意図が判っていた。
彼女が狙ったのは自分ではなく、自分の後方。
障壁Cにいるフェルゼンだということが。
アンドレはギリギリまで雪球を引きつけて、最小限の動作でかわした。
彼の陰からいきなり飛び出した雪球をフェルゼンはよけきれず、彼と彼女の目論見は大成功なはずだったが。
「オスカル!」
彼の目の前で、彼女は肩を弾かれる。
彼がみずからの手で痛みを与えた肩。
座りこんでしまった彼女にいち早く駆け寄ったのは、けれどアランだった。
あと一瞬でも試合終了のラッパが遅ければ、バックラインを超えたアランは即座にアウトになっていただろう。
「隊長っ」
血相を変えたアランが傍らに膝をつき、声をかけたが、顔を伏せた彼女は金色の髪に埋もれて表情が判らない。気丈な彼女がこんな様子を見せるのだから、よほどつらいのだろう。
「隊長!」
ああ、俺がバカだった。なんであの時、陸軍連隊長の雪球をよけたんだろう。
バックスに隊長がいたのは判っていたのに!
アランが犠牲になっていれば、その瞬間にチーム・ジャルジェの優勝は確定したかもしれないのだ。
自分のへまが悔しくて、アランは気持ちの持って行き場所がなかった。
そしてそれ以上に。
「俺が。俺の判断ミスのせいで隊長が。肩は!?痛むのか?なんとか言ってくれ」
心配のあまり彼女につかみかかりそうなアランを、ルイとフランソワが押さえる。
「アラン、落ちつけ。今、衛生兵が来るから」
「でも俺がミスらなければ隊長は!優勝だって俺がしくじったから!!」
「まだ負けたわけじゃないだろ」
「…ルイの言う通りだぞ、アラン」
興奮気味のアランに、ようやく彼女が顔を上げた。
「おまえらしくないな。何を弱気になっている?」
「弱気になんかなってねぇ。試合結果なんて、俺にはそんなもんどうでもいい。あんたは肩を傷めてたのに、俺のせいでまた」
今までさんざん手こずらせてくれたアランにそんなことを言われ、彼女はこんな時だというのに嬉しくなってしまった。
「大丈夫。ただの打撲だ、アラン。私がよけきれなかっただけだ。おまえのせいではない」
彼女はアランを落ちつかせるために、じんじんと痛みを主張する肩を無理に上げてみせた。
痛っ…た…
でもそれは顔には出さずに腕を伸ばし、アランの背中を軽く叩いてやる。
「せいぜいが、しばらくあざになる程度だろう」
彼女はこともなげに笑ったが、それはアランの後悔をさらに助長させた。
薄暗いベンチの奥で見た仄かに白い肩。
「あんなにきれいな肩なのに」
きっとひどいあざになる。
フェルゼンに執拗に狙われていたアランには、予想がついた。大柄なアランと同じか、それ以上にいい体格のフェルゼンは、かなり硬質で大きな雪球を使っていたのだ。
あんな華奢な肩に、男が力任せに投げた氷同然の塊が直撃したんだ。大丈夫なわけがねぇ。
『フェルゼン伯、投げてはいけない』
あの感じ悪い近衛連隊長でさえ気づいていたのに、ああ、本っ当にバカだ俺!
激しく自分を責めているアランに、彼女は困ったような顔をしている。
ルイもジャンもフランソワも、駆けつけたダグー大佐もラサールも同様に困った顔をしているが、その困惑顔は彼女の表情とは意味が違った。
アラン。おまえの隊長への気持ち、だだ漏れだわ…
そんなチーム・ジャルジェの様子を、やはり駆けつけたアンドレも近くから見ていたが、その輪の中に入ることはできなかった。
『あんなにきれいな肩なのに』
アランのつぶやきに足が止まる。
彼は
彼女はそれに気づいていたが、慌ただしく手当てを始めた衛生兵に阻まれて、彼を引き止めることは出来ない。
フェルゼンに肩を撃たれて思わずうずくまり、顔を伏せていた彼女。それは痛みのせいばかりではなかった。
フェルゼンを急襲したトリックプレイ。
体が自然と動いていた。
自分がやろうとしたことなのか、相手がやらせたことなのか、彼は彼女の考えが判っていたし、彼女は彼の考えが判っていた。
意識を共有するような感覚は、幼いときから当たり前にあったもの。
サベルヌで彼が、彼女の声を聞いたように。
久しぶりのその感覚が嬉しくて、彼女はちょっと涙目になってしまい、アランが心配しているのは判っていても顔を上げられなかったのだ。
でも、アンドレ。
彼女は衛生兵の手当てを受けながら、遠ざかる彼の背中を見て思う。
おまえはいつもそばにいてくれて、私にはそれが自然過ぎて。
…当たり前なわけないのに。
今さらだけれど、それに気がついたから。
どう言ったらよいのか判らない、まだあいまいなだけの気持ち。
いや。
素直に認められないだけで、本当はとっくに正体の判っている気持ち。
いつ告げようか。
今夜、私の部屋で…?
どんなふうに?
そんなことを思ったら、不覚にもどきどきしてきてしまった。
頬がじんわりと熱く、赤面しているのが自分でも判る。
いけない。遊競技とはいえ、一応勤務中なのに!
肩を固定しようと、衛生兵がちょこまか動いているのがありがたかった。皆、手当てに気を取られていてくれる。その間に彼女はできるだけ上官らしい顔を作り、頬の熱を冷まそうと立て直しを図った。
しかし。
「どうされました?」
げっ!
ジェローデルだった。
相変わらずの浮き世離れした優雅さで、彼女を見下ろしている。
まずいやつが来たな。
オスカル・フランソワは気まずそうに彼を見上げた。
「おまえ、いつからそこにいた?」
「来たばかりですよ。ただ…」
ジェローデルはかがみ込むと、彼女の耳元に顔を寄せた。
「あなたの頬が薔薇色に染まる貴重な瞬間には間に合いましたけれど」
ああもうっ。やっぱりか!
「それは…ちょっと、肩…が」
言い澱む彼女に、ジェローデルは瞳に愁いを含ませる。
「何をお考えなのか、私には判るような気がしますが」
そうだ。だから私はおまえが苦手なんだ。おまえはときどき、私よりも私のことを判っている。
気まずい表情をさらに渋くする彼女。
ジェローデルにはそれが拗ねたように見え、苦笑してしまった。
本当にあなたは愛らしい。
…他の男を想っていても、なお。
「オスカル嬢、失礼」
ジェローデルは彼女の左側から腕をまわし、膝をすくうと一瞬だけ抱き上げてオスカル・フランソワを立たせた。
「あんた、うちの隊長に何すんだよ」
もう黙っていられず吠えかかったアランに、ジェローデルはおっとりと笑う。
「ド・ソワソン… でしたね。威勢のいいことだ。それだけ体力が余っているのなら、じゅうぶんオスカル嬢の盾になることもできたでしょうに」
イタいところをじっくり突いてアランを黙らせると、ジェローデルは彼女の左手を取った。
「こちらへ」
怪訝そうなそぶりを見せる彼女を、少し強引にエスコートする。
「あなたをお連れしたいところがあります」
ジェローデルは彼女の手を引いて歩き始めた。
チーム・ジャルジェサイドの中央から障壁Cへ、そしてラビリンス横へ。
障壁Cを過ぎるとき、彼女はほんの少し気にかかっていたことを口にした。
『フェルゼン伯、投げてはいけない』
そう言ったジェローデル。
「おまえ、なんであのとき私を刺さなかった?フェルゼンには私の姿は見えなかっただろうが、おまえの位置からは見えていたはず。しかもフェルゼンを狙っていた私は、隙だらけだったのに」
「そうですね。確かにあなたには隙がありました。でも私はあまり… コントロールの良い方ではないので」
「笑わせるな。おまえは『夏のベルサイユ』でピッチャーを務めていたじゃないか」
「まぁ、それは今はお気になさらずに。それよりも」
ラビリンスの角を曲がると、チーム・ジェローデルサイドには表彰式の支度が整っていた。
チーム・フラッグの立っていた場所には、今は表彰台が置かれている。
それを見つめて立ち止まりかけたオスカル・フランソワをさらに強引にエスコートすると、ジェローデルは大会役員たちが立ち並ぶ表彰台の前まで彼女を連れていった。
しん…としたフィールド。
試合中であれば歓声が飛びかうスタンドのギャラリーも、一言も発することなく2人のキャプテンを見つめている。
スタッフに先導されて、障壁B・D側から、チーム・ジャルジェのメンバーも顔を見せた。
「ジェローデル、これは?審議はまだ続いているのだろう?」
妙な緊迫感のあるフィールドの空気にオスカル・フランソワはとまどっているが、ジェローデルはまず自らが表彰台に上がると、彼女を引き上げた。
「審議は先ほど終わりました。ジャッジと私以外、結果はまだ知りません」
ああ、そういうことか。
そのための緊迫感なのだと、彼女は合点がいった。
「私があなたをお連れしたかったのは、ここです」
ジェローデルは彼女を表彰台の中央に立たせると、自分はひょいと飛び降りた。
その瞬間、鳴り響く空砲。
そして歓声。
フィールドの両サイドから、ギャラリーが次々とバズーカクラッカーを撃ち鳴らした。
チーム・ジャルジェのチーム・カラーであるピンクの紙テープが空に舞う。
「ジェローデル…?」
「ジャッジは『キャプテンの同時被弾』と判断しました。ポイントはあなたのものです」
では、私たちの優勝…?
彼女は思わず、メンバーたちを振りかえった。
「アラン!ルイ!フランソ…」
今すぐに喜びを分かち合いたいのに、彼らはすでにヒーローインタビューの取材陣に囲まれている。
早くもアランがいらついているのが見てとれた。
仕方のないやつだな。
彼女の口元に笑みが浮かぶ。
この短い試合時間にいろいろあったけれど…
「おめでとう、ジャルジェ准将」
大会委員長が彼女にクリスタルの優勝杯を手渡す。重厚なそれは痛む肩には重過ぎて、受け取った左手では支えきれない。
「…っと」
表彰台の上でバランスを崩しかけた彼女を、ジェローデルがとっさに支えようとした。
しかしその腕より早く、横から伸びた別の腕が彼女を支える。
「悪いな、連隊長。うちの隊長の世話はうちでするんで。何しろ俺、体力余ってるからよ」
囲み取材を突破してきたアランだった。
肩で息をしながら挑戦的な目でジェローデルを見ている。
「アンドレの野郎なら仕方ないけど、連隊長、あんたにはもうこの女は触らせねぇ」
アランは彼女から優勝杯を取り上げると、その重さをまったく気にせずぶん投げた。
「ルイ!」
光を反射させてきらきら輝く優勝杯。
高い放物線を描き、それはルイの手におさまった。
「おまえたちっ!伝統ある優勝杯をなんと心得るかー!!」
いつもの勢いで一喝したところで、優勝杯を抱いて代わる代わる写メを撮ってはしゃいでいる彼らの耳には入らない。
そんな彼らを取材陣がさらにカメラにおさめている。
まったく困ったやつらだ。
「ジェローデル。おまえには理解しがたいかもしれない。でも、ここが私の選んだ場所だ。王后陛下のお側近く過ごした日々も得難いものだった。懐かしく思うこともあるし、戻りたいと思ったことも… ある。でも今は、ここが私のいる場所だから」
「ええ。おっしゃりたいことは私にも判るような気がします。ただ、あのソワソンだけはどうしても
おまえ、意外と根に持つな。
そんなことを思った彼女だったが、そういえば。
「私が衛兵隊着任時にトラブったとき、おまえ、いろいろと暗躍していたようだが」
そう言われて、ジェローデルは美しい顔を曇らせた。
フェルゼン伯。そんなことまでしゃべったのか!あのようなことを私に知られているなど、この方の尊厳をどれほど傷つけることか…
ふつふつと怒りが湧くジェローデル。
しかし彼女はあっさりと言葉を続けた。
「いや、それはいい」
「は?」
「そんなことより、心配してくれるのはありがたいが、もう私にかまうなよ?私の動向を探るなど、おまえたちのやっていることは軽いストーカー行為だ」
「ストーカーってオスカル嬢。私はただ、あなたの身辺が心配だっただけで」
「あんたなぁ」
一応気を遣って、少し離れたところでたたずんでいたアランが口をはさんだ。
「それをストーカーっていうんだよ。もういいだろ。隊長を返してもらうぜ」
アランはずかずかと歩みよると、ぶっきらぼうなエスコートで彼女を表彰台から下ろした。
「隊長、取材のやつらがチーム写真撮りたいんだとよ。みんな待ってる」
アランと並んで歩きながら、彼女はジェローデルに言った言葉を自分自身にもう一度言う。
『今はここが、私のいる場所』
14で近衛士官としての配属が決まったときの誇らしさや、王后陛下と過ごした日々の煌めきは、変わらずに胸の奥で鮮やかだけれど。
でもそれは「あの頃の私」。
今の私は
……ああ、そうか。
彼女は不意に、ひとつの想いに気がついた。
なんだ。そうだったんだ。
彼女をもっともとまどわせた最後の迷いが消えていく。
彼女は晴れやかな笑顔をジェローデルに向けると、手をふって仲間たちのもとへ還っていった。
さまざまな思惑が絡みあった今年の雪のベルサイユは、終わったのだ。
最終話へつづく
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