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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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    まだ誰も朝食から戻らない宿舎。
    俺は自虐的だと判っていながら、寝台に転がって1人、けっこう長い間、昨日のことを思い返していた。
    「あーあ。ウダウダ考えてても仕方ねぇ。はりきって今日の訓練に向かうしかねーんだよな…っと」
    はずみをつけて起き上がり、かったるい体に軍服を着せると、集合場所の練兵場に向かった。
    昨日はそれほど重いと感じなかったリュックが、今日はやたらと重い。きっと、朝っぱらからバカみたいに照りつける太陽のせいだ。
    まだ6月だってのに。
    俺達班長は、班員の点呼を取って人数を確認すると、全員を演習のスタート地点へ移動させた。
    アホみたいに広いベルサイユの庭園は、移動するだけでけっこうな距離がある。
    「フランソワ、無理すんなよ。つらくなったらすぐに言うんだぞ」
    「メルシ、アラン」
    「もし倒れられたら、おまえを抱えて兵舎まで戻らないといけないからな。その方が演習よりきつい」
    俺がそう言って笑うと、フランソワも笑顔を見せた。
    ルイもジャンもピエールもラサールも調子は良さそうだな。ジュールとミシェルはいつも通りにだるそうだ。
    俺達が手入れの行き届いた管理区画を抜け、森に入るとさっそく訓練が始まった。ここから先は私語は使えない。各班が適当にバラけて間合いをとりながら行軍する。
    昨日の演習でだいたいの要領は飲みこめたと思うので、俺は今日は先頭につかず、班の最後尾で班員を見守った。コマンドが読めていない者にだけ助言する。
    隊長が愛用の剣を掲げて徒手信号を出す。それに合わせて俺達は陣形を変えてゆく。
    前任までの隊長は、俺達にろくに訓練などさせなかった。
    ――まぁ、俺達がこれっぽっちも言うことを聞かなかったのもあるが――
    今の隊長になって、初めて軍隊らしい訓練を経験した者も多い。
    はじめはだるそうにしていたヤツらもかなりいたが、どこまでも真剣に俺達にかかわろうとする隊長に、みんないつの間にか巻きこまれて、今ではやりがいを感じている。
    実は俺もその1人だけれど。
    おっと。目を離したすきにジャンが方向を誤っている。今のは『元の陣形に戻れ』だよ。
    俺はジャンのそばに駆け寄ると、コマンドの意味と特徴を教えた。
    しっかし今日は暑いな。
    少し動いただけでも息が切れる。
    体力に自信がある俺でもきついのだから、小柄なヤツや基礎体力のないヤツはかなりきついはずだ。みんなよくついて行ってる。
    これも「隊長効果」なんだろう。
    陸軍の他の隊では、うちの隊長を「衛兵隊の女神」なんて呼んでいる。
    秋には初の野営の予定もあるので、この夏は敷地内の行軍で体力をつけておかなければならない。みんなもそれを判っているから弱音も吐かない。
    もうすぐ中間地点だから、休憩に入ったらみんなを褒めてやろう。
    俺がそんなことを考えて黙々と歩いていたら、ふいに隊長がフラついて、地面に片膝をつくのが見えた。
    隊長!?
    隊員全員に緊張が走る。
    けれど隊長は、頭上で手首を交差させた。
    『その場で待機』
    でも、俺はかまわず隊長の元まで走った。
    「隊長っ!!」
    駆けつけたのは3班と5班の班長、それにアンドレとダグー大佐だけだった。他の連中はコマンドを守っているのか、驚いて動けないのか。
    「隊長!!大丈夫っすか!?」
    俺が呼びかけると、隊長は剣を突いてゆらりと立ち上がった。
    「大丈夫…と言いたいところだが、そうでもなさそうだ。ダグー大佐、すまないが私の代わりに指揮を任せてもよいだろうか」
    隊長がそう聞くと、ダグー大佐がおもむろに頷いた。
    「それからアンドレ。おまえは1班をみてやってくれ」
    「いいけど、何でだ?」
    「1班の班長は、私が借りるからだ」
    え?俺?
    何のことかと驚く俺に、隊長は剣をおさめながら寄りかかってきた。
    「衛生室までつきあえ」
    「はいぃ?」
    でも、これっていつもならアンドレの仕事じゃないのか?
    俺はらしくもなく本気でとまどってしまって、ヤツを見た。
    けっこう情けない顔をしていたかもしれない。
    「アラン、オスカルを頼むよ。歩けないようなら、悪いけど抱き上げてやってくれ」
    アンドレは心配そうではあったけれど、落ちついてもいた。意外なことを言い出した隊長に、なんの違和感も覚えてないようだ。
    むしろ落ちつけないのは、俺の方だった。
    隊長の世話はいつだって、アンドレが当たり前のようにしていたわけで、急に「抱き上げて」なんて言われたってそんな…俺だって…困る。
    こんなオトコ女だって、一応は女だし。
    「アラン。私に協力する気はないのか?」
    どぎまぎと行動の遅い俺に、隊長が不満そうな顔をする。寄りかかって見上げてくる瞳が近すぎて、俺は内心かなり動揺した。
    やばい。コレはすごくやばい。
    「あ‥の、いえ…、とりあえず俺はどうしたら」
    「衛生室まで、肩を貸してくれればいい。抱き上げるなんて、アンドレは大げさなんだ」
    な‥んだ、肩か。
    俺は少しホッとして、隊長を支えて一緒に歩き出した。
    みんなの視線を集めながら、もと来た道を逆戻りして行く。
    「隊長、大丈夫ですか?」
    「ああ。大丈夫だ」
    俺の肩にかかる隊長の重さと体温、そしてかすかに薫る髪の香りで、俺はとても平静じゃいられなかった。
    以前に1度、貧血で倒れた隊長をアンドレが抱き上げるのを見たことがあるけれど、今さらだがヤツはすごい。慣れもあるのだろうが、よく、ああも平然とこの女を抱き上げられるものだ。見ているぶんにはたやすそうだけれど、俺には無理だ。肩を貸している今だって、いっぱいいっぱいだ。
    隊長が無頓着に体を密着させてくるせいで、騒ぎ出している鼓動が伝わってしまわないか気になって、俺はもう、ホントにどうにかなりそうだった。
    でも、来た道を逆行してしばらくたち、隊員達がすっかり見えなくなると、ぐったりもたれかかっていたはずの隊長は、急に俺から離れた。
    「隊長?」
    1人でしっかり立って、シャキシャキと歩きだしている。
    「衛生室が必要なのはおまえだろう、アラン。なぜ今日、出てきた?」
    隊長は白い手をすぃっと伸ばすと、俺の首筋に手を当てた。
    「かなり熱があるようだな」
    咎めるような瞳で俺を見る。
    「…なんで、判ったんです?」
    「私は暇つぶしに武官をやっているわけではない。これでも1人1人見ているつもりだ。おまえは点呼のとき、やたらと班員達の体調を気遣っていただろう?自分がつらい証拠だ。おまえは天の邪鬼だからな」
    そうか。バレていたのか…でも。
    「俺、大丈夫ですよ?戻りましょう」
    俺が立ち止まると、隊長は小さく笑った。
    「アラン。無理することが頑張ることじゃない。休むときは休むんだ」
    そう言うなり、俺の手を取った。
    ってウソだろ?だっ…て…手ぇ!?
    焦る俺の手を握ったまま、隊長がグイグイと歩きはじめたので、俺はついて行かざるを得なくなった。
    「たっ…隊長。手、離してください。俺、逃げませんからっ」
    無造作につながれた左手が熱い。
    振り払おうと思えば振り払えるその手をどうすることもできず、俺は隊長に手を引かれたまま、兵営まで戻ることになった。
    その道すがら、隊長は1班の班員のことだとか、近衛にいた頃のことだとか、珍しくいろいろ話してくれたけれど、俺はろくに返事もできなかった。隊長と手をつないで歩いているという異常事態と、もう体調不良を隠さなくてすむことで気が抜け、一気に朦朧としてきたのだ。
    衛生室に着く頃には、手を引かれるどころか、ほとんど隊長にのしかかっていた気がする。
    「すみません」
    衛生室の寝台に寝かされて軍医を待つ間、霞みがちな意識の中で俺がつぶやくと、隊長は俺に目隠しするように手を置いて、目を閉じさせた。
    「アラン、おまえは少し甘えることを覚えた方がいい」
    …けっ。甘えるなんてガラじゃねぇや。
    そう言いたかったけれど、熱でひどく混沌としていて言葉にならず、そのうち何も判らなくなった……


    3へつづく
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