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こちらはメインコンテンツの【令嬢の回顧録】です。
開設の2010/12より概ね2013/10までにUPしたノベルを置いています。


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    その街に通りかかったときには、すでに夜だった。
    7月。
    馬車の小さな窓から、ようやく暮れゆく見知らぬ街を臨む。
    とある場所を探して、私はもう何度目になるか判らない旅の途中だった。
    求める場所が今度こそ目指す其処にあるのか、まだ私には判らない。何年もかけていくつもの街を探し歩き、けれど何処の街にも見つけることは出来なかった。
    「もっと辺鄙なところかと思ったが、意外に整っているのだな」
    「ヴィクトールさま、何か?」
    御者台に座った従僕が、車輪の音に負けぬよう、声を張った。
    「いや」
    私は短く返事をし、再び車窓へと目を転じる。
    小高い丘から見下ろす小さな街は、遠景にピレネーの稜線をいただき、ちんまりと箱庭のようだ。
    それはきっちり収まり過ぎて造り物じみて見えるけれど、街を分断して流れる川の存在が、そこに人の生活する場所なのだと感じさせている。
    川沿いに建つ聖堂の鐘の音。
    架かるいくつかの橋。
    そこだけ見ていれば、なにやら小さなパリのようにも思えてくる。
    ならばあの辺りがバスティーユ。
    そしてあの辺りが革命広場といったところか。
    王后陛下の、首を跳ねられた場所。


    ━━ ガクン。
    馬車は時おり強く揺れながら、ゆるゆると丘を下っていく。
    やがて人々の声が近くなり、瀬音も近づいた。
    田舎町だと侮っていたが、なかなか賑わっているようだ。
    「ヴィクトールさま」
    軽い揺れとともに、馬車が止まった。
    「いかが致しましょう。もう夜も遅くなって参りましたし、ここを行き過ぎれば次の街まではおそらく」
    「ふ…む」
    出来れば先を急ぎたいところだが、如何に夏とはいえ、もういくらもしないうちに宵闇が迫るのは判りきったことだった。
    「近くに宿屋なりと聞いて参りましょう」
    「頼む」
    御者台を離れる従僕の気配に、私もなんとなく外へ出てみる。
    丘から見下ろしたときには結構な高さに感じたが、こうして街まで下りて見渡すと、私が先ほどまでいた其処はなだらかな丘陵で、さしたる圧迫感もなかった。
    悠々と見えていたピレネーは薄闇に染まった背景の一部となり、ベルサイユに生まれ育った私はその自然の景観にしばし見惚れた。
    「地味ではあるが、なかなかに美しいところだ」
    私は川岸に寄ってみた。
    「ほほう」
    思ったより広い川幅で、豊かに滔々と流れている。
    遅い西陽に照り返し、水面は朱い。
    7月14日。
    あの日も私は、暮れゆく川を見つめていた。


    近衛連隊長という要職に、あの日も私は王后陛下のお側を離れることが出来ずにいた。
    『早馬を!急いでオスカルを止めるのです!!』
    悲鳴のように叫ばれたという陛下のご命令は、すぐにも私に伝えられた。
    衛兵隊に出動命令が下ったときから、衛兵隊のみならず、近衛をも包んだ不穏な空気。私は屋敷に帰ることもせず、執務室に詰めたきりだった。
    そこに13日の、王后陛下の急なご命令が届いたのだった。

    あなたが、たかだか2個中隊の指揮を取られてパリへ向かわれた!

    私は愕然としながらも、腹の底から湧き上がる嗤いが止められなかった。
    こうなることは、判っていたのではないか?

    『私の屍をこえて行け!!』

    そうおっしゃるあの方と対峙したとき、私にはこのような日が来ることが視えていた。さまざまな軋轢と希望的観測から、そうはなるまいと思いこみ、自分を欺いていただけで。
    不安に怯える陛下のお側に控えながら、私こそがあの方の元へ駆けつけたいものをと、苛立つ気持ちをどれほど抑えたことだろう。
    刻々と入ってくる報告に拳をきつく握りしめ、それが間違いであって欲しいと強く祈り続けたあの夏の日。
    まごうかたなき謀反人として、あの方が生涯を終えられた7月の。

    ……風の精のように、あなたは逝ってしまわれた。

    川面を渡る湿った風に、封じてきた記憶がずるずると引き出され、私はますます流れに見入る。
    深き浅きにたゆたうのは、それまで王妃のご機嫌取りに群がっていた馬鹿な貴族の、ひどく混乱するさまだ。
    おお。
    蜘蛛の子を散らすように、この国とその王を見捨てた名ばかりの貴族どもが、早む瀬にもまれ右往左往しているではないか。あの時と同じく。
    そして。


    お呼びを受けてより、国王陛下と王后陛下の御座所に釘付けにされていた私は、14日の夜になってやっと、皇太子殿下と内親王殿下が御寝所に移られる隙に宮殿を抜け出した。
    供の1人も付けず、派手な真紅の軍服のままであの日のパリに馬を駆ったのだから、落ちついていたつもりの私だが、やはり心乱れていたのであろう。
    それでもしっかりと目に焼きついたのは、落陽に禍々しく染まったバスティーユの惨状と、朱く血を含んだように反射するセーヌの流れだった。
    あの方は?
    せめて亡き骸なりとも私の手で…!
    まだ興奮の昂まる熱を抱いたパリ市中。
    あのまま単身で彷徨き廻っていれば、きっと私もただでは済まなかっただろう。
    けれど。
    『少佐』
    控えめな声に目を向けた瞬間には、両側からしっかりと拘束されていた。
    さりげなく細身な、けれど訓練された体を持つ2人組みの男。
    『私を私と知ってのことか』
    いかにもシトワイヤンという出で立ちの男たちは、粗末な馬車に私を押しこむ。
    『お静かに』
    男の1人が、喉もとからチラリとペンダントを引き出して見せた。メダイユ風なトップのその裏側には、ジャルジェ家の紋章が刻まれている。
    …将軍が街に放った諜報の手か。
    私が納得すると、堅く肘を捕らえていた腕が離れていった。
    『今はまだ、あなたさまのようなご身分の方がいらっしゃる時期ではありません。ご一緒にベルサイユへお戻りいただきます』
    『…仕方あるまい』
    私は抵抗の無駄を覚り、深く座り直した。
    男の1人が外へ出て、私の連れ出した馬を馬車へと繋ぐ。
    その作業を目の端に置きながら、私は残った男に要求した。おとなしくベルサイユへ戻る交換条件とばかりに、市中で見聞きしたことをすべて聞かせろ、と。
    そして知ったのだ。
    重大な誤報。

    アンドレ・グランディエの生存を。


    「おにいさん?ちょっとおにいさんってば!」
    川音に紛れ、近くで声を上げている女がうるさいと思って目を向けたが、女が話しかけているのはどうやら私だったらしい。
    “おにいさん”
    そんなふうに呼ばれたことなど初めてで、私のことだとはついぞ思わなかった。
    「大丈夫かい、おにいさん。そんな目をして。あんたもこの川に用事があって来たクチ?」
    いくつなのだろう。
    女は威勢のよい口調でポンポンしゃべる。
    「でも期待しない方がいいよ。伝説なんておおげさで、期待するだけ損なんだから」
    伝説?
    「ま、時おり見たっていう人はいるけどね。それだって本人がそう言ってるだけで、あたしなんてもう長いことココに住んでるけど、そんなもん見たことないもの」
    女は1人でしゃべって、豪快に笑った。
    何を言っているのだ、この女は。この川で、いったい何が見られるというのだろうか。
    「おにいさん、街には今着いたばかり?」
    「ああ、そうだが、それより」
    「もう陽も暮れるし、今日はこの街に泊まるんだろ?」
    「そのつもりだ。それよりマダム、先ほど話して」
    「なら、うちに泊まりなさいな。あたし、実は宿屋をやっているのよ」
    ふ。そういうことか。
    いやに調子よく話しかけてくるとは思ったが、私を宿泊先を求める旅人と見切っての客引きだったわけだ。
    だとすれば先ほどの“伝説”とやらも、客の気を惹く戯れ言なのだろうか?


    女が亭主と営んでいる宿屋。
    そこは1階がビストロになっていた。
    旅人だけではなく、街の住人たちも出入りしており、明るい活気と笑い声が満ちている。
    あれから15年あまり。
    地方はもとより、パリ市内にはパサージュなども出来はじめ、人も街も新たな彩りをまとって、時代は今もなお急速な変化の過程にある。
    かつて太陽王が愛でた都は廃れ、あの方が命を賭された祖国は皇帝を戴く共和国となった。
    その中で私だけが。
    あの夏から私の時間は止まったままで、この歳月を、あの男の消息を掴むことのみに費やしてきた。
    テュイルリーで重傷を負い、その瀕死の身で、あの方の亡き骸とともに消えた隻眼の従僕。
    此度こちらへ赴いたのも、塵ほどの噂話に一縷の望みをつないでのことだった。
    出どころすら不確かな、いい加減な口伝え。
    そんなものに縋ろうとする我が身が落ちぶれたものにも思えたが、私は時間をかけて、噂話の断片を丁寧に広い集めた。
    それは国境にそびえる山懐、のどかな田舎町に盲いた男が隠れ住んでいるというものだった。
    黒髪で素性を語らず、しかし、日々の暮らしの糧を得るためにか、ほんの時おり身のまわりのものを手放す。
    その品のひとつが巡り巡ってパリの古美術商の手に渡り、見まごうことすらない王家のものと鑑定された。恐らく、何かちょっとした親愛のしるしか、褒美のような形で与えられたものではないかと。
    このことは、王党派だった貴族のあいだでは素早く口の端にのぼったが、王后陛下も断頭台に消えた今、二転三転してきたという小さな装飾釦ごときの出どころを探そうという酔狂はいなかった。
    ━━ 私を除いては。
    このように語ってしまえば簡単なようだが、二束三文で売られたというその装飾釦と、盲いた男の住む田舎町をつなぐ線はなかなか浮かび上がらず、私は大変な労力と時間をかけ、ようやく此処まで来たというわけだった。
    そして今こうして、噂伝えの田舎町の手前にまで辿り着いている。
    あの方の眠る場所に花を手向けたい。
    ただ、それだけのために。


    「やぁだ、おにいさんってば」
    追憶に沈む私に、宿屋の女がケラケラ笑いながら話しかけてきた。根っから陽性なたちのようだ。
    壁際の小卓。
    私はビストロの片隅で、適当な食事を取っていた。
    「申し訳ありません、ヴィクトールさま」
    私に安っぽい店で平民どもと雑多な夕食を取らせることを、長く仕える従僕は済まなそうに詫びる。
    「かまわん」
    もう幾度もこのような旅を繰り返しているのだ。今さら何を苦にすることもない。
    私は従僕に、気楽にやってこいと幾許かの金を握らせた。
    「しかしながら、このような田舎町でお側を離れるわけには」
    近衛に在っては従卒を勤め、腕に覚えのある従僕は、そう言って出かけるのを渋った。
    「いくら錆びたとはいえ、私も武人だよ」
    私はくつくつと喉を鳴らす。
    それで安心したのか、従僕は夜の街へと出かけて行った。いくらよく仕えてくれる者とはいえ、24時間私の側にいたのでは息苦しくもなろう。
    この者が見つけてきた宿屋が、たまたまあの威勢のいい女の営むところだったものだから、私はあの川岸から直接このビストロに来た。
    小さな街のそれなりのにぎわいに触れ、止まったまま過ぎた時間を想う。あの7月14日の意味、あの方に神が与えたまもうた儚き運命(さだめ)の意味を。

    あなたはその星の瞬間に、チラとでも私を思い出してくださっただろうか。

    「ほらほらまたそんな険しい顔をして!せっかくのイロ男が台無し」
    女は混んだ客の相手をしながら、私にもちょこちょこと声をかける。
    「ふふん。色男、か」
    「あら、おにいさん。それだけキレイな顔をして、いい男の自覚がないの?」

    ━━ 『近衛に入隊を許されたということは、少しは自信を持ってよいのではないかと』━━

    王宮の飾り人形。そんな時代もあったが。
    「少なくとも“おにいさん”と呼ばれる程には、若くない」
    私がそのように返すと、女は気難しい顔をしてみせた。どうやら私を真似ているらしい。
    「客商売では老いも若きも、男は“おにいさん”、女は“おねえさん”だよ」
    そして声を潜めて付け加えた。
    「それに、あんたはあまり名前や素性を聞かれたくない人じゃない?そんな匂いがするもの」
    ほ…う。
    なかなか頭の回転のよい女のようだ。
    それとも客商売の勘なのか。
    女は私の席を離れると、それほど広くはない店内を一巡し、笑い声をあげたり片づけものをしながら、また戻ってきた。
    その頃には客も多少ひいており、店の空気も落ちついたものとなっていた。
    「で、川の話だったわね、ムッシュウ。興味を惹かれていたのは」
    「ほう?」
    私を“おにいさん”から“ムッシュウ”に呼び変えてきたあたりといい、やはり馬鹿ではないようだ。
    「ときどき来るのよ。あなたみたいな目をして、川面に誰かの面影を探す人」
    女は威勢のよい口調から、ふと、独り言のように付け加えた。自分にも会いたい人がいて、この川へ来たのだと。
    「会いたい人がいるから、川へ?」
    「ああ!悪かったわ、ムッシュウ。そうか、本当に川を見に来たんじゃないんだね。陽暮れに川べりで見かけたとき、憑かれたように川面を見つめてたから、てっきりそのクチかと思っちゃって」
    「まぁ、それはそうだったかもしらんが」
    「でしょ?だからあたしも勘違いしたんだ。じゃあ、ムッシュウはこの川の伝説を知らないんだね」
    私が黙ったまま先を促すと、女は不意に芝居がかって言った。
    「あの川では、死んだ人間に会えるのです!」
    「何を言うかと思えば」
    私は鼻で笑ったが、女はかまわず続けた。
    「もう1度だけ会いたいと願う人はいませんか?せめて、ひと目。ひと言だけでも。伝えきれなかった想いや、それが(つい)とは思わずに、ろくに顔も見ぬまま別れてしまった大切な人に、今ひとたび逢うことが叶うなら!さあ、あなたはどうしますか?」
    「……」
    「あなたには、後悔がありませんか?」
    「…私、には…」
    近衛を去られるというあの方を、なぜ私はお引き留め出来なかったのか。
    あの花婿選びの舞踏会の夜、なぜもっと踏み込まなかったのか。
    あの男への愛を自覚し始めたあの方を、私ならば無理矢理にでも娶ることができた。
    そうしていれば。

    『私の血で紅に染まって行け!!』

    そうだ、あの時でも遅くはなかった。
    力ずくにでもあの方をさらい、否が応にも婚姻の秘跡を受けさせ、どれほどに嫌がろうとも我がものとしておけば。

    少なくともあなたは今、生きていてくださった…!

    「やぁだってば、おにいさんたら」
    女は元の口調を取り戻し、再びケラケラと笑った。
    「も~、そんな顔して!やっぱりあんたは“おにいさん”が合ってるよ。気難しそうにしかめっつらしてるけど、実はてんで青いんだもの」
    私を少し馬鹿にした女の表情には、悪戯っぽい豊さが漂っている。
    やはり馬鹿ではないのだな。
    このような女がいたなら、義理で応じる舞踏会も退屈ではなかったろうに。
    「しかしその伝説、“信じるだけ損”なのだろう?」
    「ほんの10年や15年で流行りだした嘘っぱちだからね」
    …10年や、15年?
    「けど、街のお偉いさんたちは観光の目玉にしようとしてる。あたしがさっきやったみたいにさ」
    女はまた、先ほどの芝居がかった一連を演ってみせた。
    「だが、見た者はいないのだろう?」
    「そうだね。あたしも噂に惹かれてこの街に来たけれど。死んだ恋人に逢いたくてね。でもその人に会えるわけはなくて、代わりに今の亭主に出会っちゃった。そのままココに居ついて、結果オーライってとこよ」
    「ならば、それでよかったのだろう」
    女にとっても亭主にとっても ……死んだ恋人にとっても。
    「ああ、その目だわ」
    「なんだ?」
    「初めて見かけたときにも思ったのよ。誰かに似てるって。今、気づいた」
    「ふ‥ん?」
    「丘を越えた街はずれにあるマッサビエルの森の人だわ。15年ぐらい前、ふらりとやってきた」
    「…15年?」
    「そう。嘘っぱちの伝説の元になった人。なんでも昔、本で読んだんだって。どこだか遠い外国の言い伝えだって言ってた」
    それは、夜空を飾る星屑を川に見立てた物語だった。
    1組の男女が川によって引き裂かれるのだが、2人があまりに嘆くので、天の王が年に1度だけこの者たちが会えるように計らう、といった筋書きの。
    「それが口伝えされるうちに変わってしまったらしいのよ。“神さまが会いたい人に1度だけ会わせてくれる”っていうふうに。神さまに会わせてもらうって言ったら、なんとなく死んだ人みたいな気がするじゃない?そしたらもう、あっという間に広まっちゃったんだって」
    噂などそんなものだと、女は肩をすくめた。
    「その人もちょっと不思議なところのある人だったから、噂が回るのは余計に早かったらしいわ」
    「不思議、とは?」
    「なんでもその人は、お告げを聞いたんだそうよ」
    「お告げ?」
    「この国境近くのピレネーの麓に、泉があると。マッサビエル近くの洞窟に隠されたその泉には、秘められた癒やしの力があるんだとかって」
    「各地によくある聖母降臨の噂話か」
    「そう。でも驚いたことにその人は、街に現れたときにはびっくりするほどの大ケガをしていたのに、数日ほどで治ってしまったそうなのよ」
    15年ほど前、驚くほどの重傷を負って?
    「おにいさんが川を見ていたときの眼差しは、その(ひと)とよく似てる。水底に誰かの面影を探すような、この世のものを何も見ていないような瞳。と言っても、その男はおにいさんと違って黒曜石みたいな隻眼のうえに、もうそれも見えてはいないんだけどね」
    ガタンッ!
    私は膝裏で椅子を跳ね飛ばし、立ち上がっていた。
    「名は?その者の名は!?」
    「ちょっとおにいさん、どうしたの!?」
    とうとう見つけたのか。あの男を。
    そして私は今、あの夏以来もっともあの方に近い場所にいる!?
    突然立ち上がった私と、訝しんで見上げるだけの女。
    そこに見慣れた従僕が戻ってきた。
    「ヴィ… だんなさま!」
    「ちょうどよいところへ戻ってきた。すまないが…」
    「それどころではありません!」
    珍しく従僕は、私の言葉を遮った。
    「興味深いことを小耳にはさんだのです」
    我が伯爵家に長く仕え、私好みに仕込まれた従僕は、近衛に在りし頃の知性の煌めきを失わぬまま、よくまとまった報告をした。
    それはたった今、宿屋の女に聞き及んだ事柄とほぼ同じく、私はますます確信を深くする。
    しかし。
    「それだけではありません!」
    従僕は低く抑えた声で、急きこむように言った。
    「いくつかの店をまわって情報を集め、ここに戻る道すがらのことです。あの川辺を通りかかったとき、架かる橋の中程に、川面を見おろす男がいたのです。あれは」
    アンドレ・グランディエなのか、本当に!?
    「おそらくは」
    報告の終わりを示すよう目を伏せた従僕の横を、私はすり抜けた。カツカツと高い音を立てて、扉へ向かう。
    「ヴィクトールさまっ!」
    しかし、月の昇る石畳に出る頃には、私は川に向かい、全力で走っていた。


    中へつづく
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